第51話 上を目指す者
比較試験の翌日。
第2訓練場は封鎖され、入口には教員と管理職員が立っていた。
内部から回収された模倣人形と金属製の核は、学院長の許可を受けた調査室へ移されている。
レオン、リゼット、ガルド、ミナの4人は、クラリスの執務室へ呼ばれていた。
机の上には、布に包まれたA―07とB―31の核が置かれている。
「第0研究室に関する調査は、ここから学院側で進めます」
クラリスは4人を順番に見た。
「あなたたちは、第2保守室にも第2訓練場にも近づかないでください」
「また呼び出された場合は?」
レオンが尋ねる。
「応じず、すぐに報告してください」
「相手が別の生徒を使ったら?」
「それも含めて、こちらが調べます」
クラリスの返答に迷いはなかった。
レオンたちが自分で動いた結果、対象Aと対象Bという記録まで見つけられた。
だが、同時に相手の用意した試験へ踏み込んだことも事実だった。
「今回、無事に戻れたからといって、次も同じとは限りません」
「分かりました」
「本当に分かっていますか?」
クラリスの視線がレオンへ向く。
「分かっています」
「では、しばらくは生徒として生活してください。授業を受け、訓練し、順位戦へ備える。それもあなたが学院へ来た目的のはずです」
レオンは机の上の核を見る。
A―07。
B―31。
番号の意味は分からないままだった。
それでも、今できることはなかった。
「調査結果は教えてもらえますか?」
「あなたたちに関係する内容は伝えます。ただし、すべてを共有できるとは約束しません」
「それでいいです」
リゼットが先に立ち上がった。
「これ以上、勝手に比較されるのは御免ですもの。調査は任せるわ」
「あなたも、単独で動かないように」
「レオンと同じ扱いにしないでいただける?」
「昨日、同じ訓練場へ入った2人です」
「……気をつけます」
リゼットは不満そうだったが、それ以上は反論しなかった。
学院生活へ戻ると、時間は早く進んだ。
午前は座学。
午後は実技。
放課後は訓練と順位戦。
第0研究室のことを忘れたわけではない。
教室の壁や実技場の観察窓を見るたび、どこかから記録されている可能性を考えた。
だが、考えるだけで立ち止まれば、順位は上がらない。
最初の順位戦で、レオンは22位の槍使いと戦った。
相手は長い間合いを保ち、レオンが糸を伸ばす前に連続した突きを放った。
以前なら、正面から間合いを越えようとしていた。
今回は、槍を避けることに糸を使わなかった。
足で距離を外し、相手が引き戻す瞬間にだけ短い糸を柄へ絡めた。
試合は長引いた。
左手を使った回数は4回。
最後は槍の内側へ入り、短剣を胸元へ突きつけた。
22位。
3日後、20位の土属性魔法を使う生徒へ挑んだ。
相手は足元へ低い壁を作り、レオンが進める場所を狭めた。
ゼロスレッドを壁へ固定して越える。
その動きは、最初から読まれていた。
着地先へ土の柱が伸び、レオンは肩を強く打った。
同じ方法を使わず、次は壁を越えなかった。
見える糸を上へ伸ばし、相手へ跳び越えると思わせる。
相手が着地先へ魔法を集中させた瞬間、レオンは足元の低い壁を蹴り崩し、正面から距離を詰めた。
20位。
さらに4日後、19位への順位戦が行われた。
相手は双剣を使い、止まらずに攻撃を続ける生徒だった。
レオンは最初の数分で、制服の袖を2度切られた。
短い糸で剣を止めようとしても、もう一方の刃が迫る。
距離を取れば、すぐに追いつかれる。
そこで、レオンは攻撃を止めることを諦めた。
右の剣を避け、左の剣を短剣で受ける。
次の攻撃が来る前に、自分から肩をぶつけた。
相手の姿勢が崩れる。
その瞬間だけ、ゼロスレッドを足首へ巻きつけた。
転倒させるほど強く引く必要はない。
次の一歩を遅らせるだけでよかった。
レオンの短剣が先に届いた。
19位。
2週間で、順位は5つ上がった。
すべての試合が思いどおりに進んだわけではない。
左手の使用を止められた日もある。
通常実技で下位の生徒に負けたこともあった。
それでも、1つの相手だけに何日も使うことはしなかった。
使えなかった方法を記録し、次の訓練で短く試す。
通じれば残し、通じなければ捨てる。
順位表が更新された朝、レオンの名前は中央より上へ移っていた。
19位 レオン・アーヴェル
その2つ上に、見覚えのある名前がある。
17位 セイル・ハーディ
さらに上位15人との境界に、別の名前があった。
15位 ユリア・ノルド
「早かったな」
背後から声がした。
振り返ると、セイルが順位表を見ていた。
以前と同じように木剣を肩へ担いでいる。
「急げと言われた」
「本当に来るとは思わなかった」
「まだ17位には届いていない」
「俺も、もう17位にいるつもりはない」
セイルは15位の欄を見る。
「次は上へ行く」
「ユリアへ挑むのか?」
「そのつもりだった」
その言い方に、わずかな引っかかりがあった。
「だった?」
「先に動かれた」
セイルが順位表の横に貼られた申請一覧を指す。
15位のユリア・ノルドから、14位への挑戦申請が出されていた。
15位の生徒も、境界を守って待っているわけではない。
さらに上へ進もうとしている。
「追いつく前に動く」
レオンが言う。
「当たり前だろ。順位表は飾りじゃない」
セイルは木剣を肩から下ろした。
「放課後、第3実技場へ来い」
「訓練か?」
「今のお前が、どれくらい動けるか見る」
「教えてくれるのか?」
「勘違いするな。次に戦う可能性がある相手を確認するだけだ」
セイルは先に教室へ入っていった。
午後の実技で、レオンは初めてユリアの戦いを見た。
淡い銀色の髪を肩まで伸ばし、腰には短い杖を差している。
相手が正面から走り込むと、ユリアは大きな氷壁を作らなかった。
足元へ薄い氷を広げる。
相手が避ける。
避けた先へ、もう1枚だけ氷を置く。
攻撃はしていない。
それでも、相手の進む場所が少しずつ限定されていく。
最後に残された道へ踏み込んだ瞬間、ユリアの杖が胸元へ触れた。
「勝者、ユリア・ノルド」
教師が結果を告げる。
ユリアは相手へ手を貸して立たせると、すぐに杖を腰へ戻した。
歓声にも、周囲の視線にも反応しない。
セイルが近づく。
「14位へ挑むそうだな」
「申請表を見れば分かるでしょう」
「俺が追いつくまで待てよ」
「嫌よ」
「即答か」
「あなたが遅いのが悪いわ」
ユリアの視線が、セイルの後ろにいるレオンへ移る。
「19位になった無属性?」
「ああ」
「ノアに勝った試合は見たわ」
「どうだった?」
「水に追い詰められすぎ」
短い評価だった。
「最後は勝った」
「勝ったことと、余裕があったことは別よ」
ユリアは杖へ手を添える。
「17位も19位も、私を目標にしているようだけど、待つつもりはないから」
「分かってる」
セイルが答える。
「なら結構」
ユリアは2人の横を通り過ぎた。
14位への順位戦へ向けて、別の実技場へ移動するらしい。
レオンはその背中を見る。
24位から19位まで上がった。
だが、近づいた分だけ、上にいる者の動きも見えるようになった。
セイルは15位を狙う。
ユリアは14位を狙う。
ノアも別の相手へ挑み、失った順位を取り戻そうとしている。
誰も、レオンが追いつくのを待っていない。
放課後の鐘が鳴る。
セイルが木剣を肩へ担いだ。
「来い、19位」
「どこへ?」
「第3実技場だ。俺の速さを見に来たんだろ」
「以前見た」
「あれは、止まっている相手へ1回近づいただけだ」
セイルが口元を上げる。
「今度は、お前が俺へ触れてみろ」
順位表の数字が変わっただけでは、上位15人へは入れない。
次に越えるべき速さが、レオンを待たずに動き始めていた。
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