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第50話 比べさせない

節目の50話!

ここまできたかぁ。

対象Bと記された観察記録が見つかった翌日。


朝の教室へ入ったレオンは、自分の机の上に置かれた封筒を見つけた。

差出人の名前はない。封は閉じられておらず、中には短い指示だけが書かれている。


『本日放課後、第2訓練場へ』

『対象B、単独で来ること』


前日に見た記録と同じ呼び方だった。


レオンが紙を折り直したところで、教室の入口から聞き慣れた声が飛んできた。


「相変わらず、不審な物を見つけても驚かないのね」


振り返ると、リゼット・アルヴァが同じ形の封筒を手に立っていた。

王都へ向かう途中で出会って以来、合同授業や実技で何度も顔を合わせている。

今さら互いの名前や属性を確認するような関係ではなかった。


「そっちにも届いたのか?」

「ええ。対象Aだそうよ。公爵家の人間を記号で呼ぶなんて、随分と度胸があるわね」

「俺も対象Bと呼ばれている」

「あなたは怒らないの?」

「呼び方より、目的の方が重要だ」

「本当に面白みがないわね」


リゼットは封筒から紙を取り出した。


『本日放課後、第2訓練場へ』

『対象A、単独で来ること』


場所も時間も同じだった。

単独で来るように書かれているにもかかわらず、2人を同時に呼び出している。


「単独という指示に意味はない」

「私たちを周囲から離したいのでしょうね」

「クラリス先生へ報告する」

「当然よ。王都へ来たときならともかく、今さら怪しい呼び出しへ素直に応じるほど無知ではないわ」


授業が終わると、レオンとリゼットは管理棟へ向かった。

ガルドとミナも同行している。


クラリスは第0研究室に関する緊急会議へ出ており、執務室にはいなかった。

代わりに管理職員が封筒を受け取り、第2訓練場の使用記録を確認する。


「本日、第2訓練場を使用する予定はありません」

「この紙は学院から出されたものではない?」

「少なくとも、正式な許可証ではありません」


職員は紙を机へ置いた。


「クラリス先生が戻るまで、訓練場には近づかないでください」

「相手は、俺たちが来なければ別の方法を使う可能性があります」

「だからといって、生徒だけで向かわせるわけにはいきません」


リゼットが腕を組む。


「中へ入らなければいいのでしょう?」

「何を考えていますか?」

「訓練場の外から確認します。扉が開いているか、誰かが待っているか。それ以上はしません」

「以前も、似たようなことを言って危険へ近づきませんでしたか?」

「今回はレオンもいます」

「それは安心材料になりません」


管理職員の視線がレオンへ向く。

レオンは否定しなかった。


最終的に、4人で向かい、異常があれば中へ入らず戻ることを条件に許可された。


放課後。


第2訓練場の周囲に、生徒の姿はなかった。

入口の扉は閉じている。使用中を示す札も掛かっていない。


ミナが扉を見る。


「中で魔力が動いてる」

「人か?」


レオンが尋ねる。


「分からない。いくつもある」

「やはり罠ね」


リゼットは封筒を握り潰した。


ガルドが扉の取っ手をつかむ。


「開けるか?」

「待て」


レオンは扉の下へ短いゼロスレッドを通した。

糸は内部へ進み、すぐ近くの床へ触れる。

人が立っている感触はない。

さらに奥へ伸ばそうとしたところで、訓練場の内部から金属音が響いた。


扉が自動的に開く。


中は暗い。

普段なら天井に並んでいる魔導灯も消えていた。

中央の床だけが、細い光で照らされている。


そこには、2枚の金属板が置かれていた。


『対象A』

『対象B』


「私たちを歓迎しているつもりかしら?」

「入った瞬間に扉が閉じる」


レオンの言葉に、ガルドが顔をしかめる。


「分かってて入るのか?」

「放置しても別の場所で試される可能性がある」

「それでも危険だぞ」

「分かっているわ」


リゼットはレオンを見る。


「以前の合同実技みたいに、勝手に1人で結論を出さないでちょうだい」

「今回は先に伝える」

「ならいいわ」


ガルドが不満そうに眉を寄せる。


「俺たちは?」

「扉の外にいてくれ。閉じたら開ける準備をする」

「中の魔力を見る」


ミナが言う。


「変わったら知らせる」

「ああ」


レオンとリゼットが訓練場へ足を踏み入れる。

予想どおり、背後の扉が閉じ始めた。


ガルドが隙間へ腕を入れようとする。

だが、レオンが首を横へ振った。


「まだ止めるな」

「本当に大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫とは言っていない」

「そこは前と変わらないのね」


リゼットが呆れたように言う。


扉が閉じた。


魔導灯が順番に点灯し、訓練場全体が明るくなる。

壁際には、見覚えのない木製人形が2体立っていた。


1体は細身で、右手に短剣を持っている。

左手の指先から、何本もの細い魔力線が伸びていた。


もう1体は杖を持ち、身体の周囲へ炎を浮かべている。


「私たちの模倣ね」

「形は似ている」

「あなたの糸は、あんなに目立たないでしょう?」

「普段はな」

「私の炎も、あんな単調な色ではないわ」


2人とも、互いの能力はすでに知っている。

合同授業でも、訓練でも見てきた。

だからこそ、本物との違いもすぐに分かった。


正面の壁に文字が浮かび上がる。


『比較試験を開始』

『対象A・対象Bの戦闘性能を測定』

『優位対象を判定する』


リゼットの周囲へ炎が現れる。


「勝手に比べられるのは気に入らないわ」

「俺もだ」

「なら、結果を出させないわよ」

「ああ」


炎をまとった人形が動いた。

リゼットと同じように杖を振り、3つの火球を放つ。


リゼットも炎を放った。

空中で火球同士が衝突し、熱風が広がる。


同時に、短剣を持った人形がレオンへ向かってきた。

左手から伸びる魔力線が床と壁へ固定され、身体を急激に加速させる。


ゼロスレッドと似ている。

だが、レオンが普段使っている糸より太く、動きも直線的だった。


壁へ固定する。

引く。

短剣を振る。

着地が乱れると、別の糸で身体を戻す。


記録された動きを、そのまま順番に並べているだけだった。


レオンは右へ避け、短剣を受け流した。


「あなた、以前はあんなに無駄な糸を使っていたの?」

「今も使う」

「直していないのね」

「必要なら使う」

「そういうところよ」


リゼットの火球が炎の人形へ直撃する。

だが、人形は炎の壁を作り、威力を弱めた。


壁に新しい文字が浮かぶ。


『対象A、出力優位』

『対象B、対応速度優位』

『比較継続』


人形たちの動きが変わった。

短剣の人形がレオンを無視し、リゼットへ向かう。

炎の人形はレオンの左右へ火を置き、進路を狭めた。


2人を別々に攻撃するのではない。

互いの能力を組み合わせている。


「私たちの合同実技まで見ていたようね」

「動きは見ている。でも、連携は理解していない」

「なら、教えてあげましょうか」

「必要はない。壊せばいい」

「本当に言い方というものを知らないわね」


炎がレオンの正面へ迫る。

右へ避ければ、短剣の人形がリゼットへ届く。


「リゼット、右へ」

「分かっているわ」


レオンが言い終える前に、リゼットはすでに動いていた。

以前の合同実技で何度も見た、レオンが糸を伸ばすときの左手の動きに気づいていた。


レオンのゼロスレッドが、リゼットのすぐ横を通り、木製人形の肩へ巻きつく。

糸を引くと、人形の身体が左へ崩れた。


空いた正面へ、リゼットの炎が突き刺さる。


木製の肩が黒く焼ける。

だが、人形は止まらない。

切れかけた腕を魔力線で固定し、再び短剣を構えた。


「あなたの真似というより、記録の寄せ集めね」

「ああ。糸の太さも全部同じだ」

「距離に合わせて変えていない?」

「途中で止めることもない」


観察した形は再現している。

だが、レオンが状況に応じて選んでいる細かな違いまでは再現できていない。


炎の人形も同じだった。

火球の形はリゼットに似ている。

しかし、色も温度もすべて一定だった。


リゼットが状況に応じて変えている、熱の細かな差までは再現していない。


「温度までは真似できないようね」

「形しか見ていない」

「なら、本物との差を教えてあげるわ」


リゼットの周囲にあった赤い炎が、徐々に白く変わった。

空気が震え、床に残っていた水分が一瞬で蒸発する。


炎の人形も同じ形の火を作ろうとする。

だが、色は赤いままだった。


リゼットが杖を振る。

白い炎が、相手の火球を正面から飲み込んだ。

形は同じでも、熱が違う。


炎の人形の右腕が溶け、杖が床へ落ちた。


短剣の人形がリゼットへ向かう。

レオンは見えるゼロスレッドを、その正面へ3本伸ばした。


人形はすべての糸を避けようとした。

左へ。

右へ。

さらに後方へ。


動きが何度も切り替わる。

魔力線が絡まり、自らの足へ巻きついた。


「ノアとの試合も記録されているのね」

「ああ。見える糸を避けるように変わっている」

「なら、その記録を利用しましょう」


リゼットが白い炎を細く絞った。

人形の胸部へ突き刺さる。


木材が焼け落ち、その奥から金属製の核が露出した。


レオンはゼロスレッドを核へ巻きつける。

引き抜く。


人形の動きが止まった。


同時に、腕を失った炎の人形が残った左手を上げる。

訓練場全体へ炎を広げようとしていた。


リゼットは正面から炎をぶつけない。

床へ杖を突き立て、白い火を細い線として走らせた。


炎は人形の足元を通り、背後へ回る。

露出していた接続部を焼き切った。


炎の人形も崩れ落ちた。


壁の文字が消える。

代わりに、新しい表示が現れた。


『比較不能』

『協調行動により個別評価を中断』

『第2項目へ移行』


訓練場の奥にある壁が開き、細い通路が現れる。

内部から、冷たい魔力が流れてきた。


『対象A・対象Bは内部へ進入せよ』


リゼットは通路を見る。


「どうする?」

「入らない」

「今回は意見が合うのが早いわね」

「相手が決めた次の項目へ進む理由がない」

「私たちを比べるための試験ですもの。次も素直に従う必要はないわ」


レオンは倒れた人形の核を見る。

2体とも、訓練場の奥へ魔力線でつながっている。


「制御を切る」

「出口は?」

「扉の上に魔力が集まっている。ミナが外から見ているはずだ」

「では、いつものように勝手に引っ張る前に言ってちょうだい」

「引っ張らない」

「それなら結構よ」


レオンは短剣の人形から引き抜いた核へ、ゼロスレッドを巻きつけた。

リゼットが炎で接続線を焼く。

魔力の流れが途切れ、訓練場の灯りが一瞬揺れた。


扉の方から、大きな音が響く。


「今だ!」


外からガルドの声が聞こえた。

扉が数センチ開く。

太い指が隙間へ入り、力任せに押し広げていく。


レオンとリゼットも内側から扉を押した。

制御を失った扉は抵抗しきれず、ゆっくりと開いていく。


2人が外へ出た直後、訓練場の灯りがすべて消えた。


「遅いぞ!」


ガルドが扉から手を離す。


「中の魔力が変わった」


ミナは奥の暗闇を見ていた。


「もう動いてない」

「第2項目を断った」

「勝ったのか?」


ガルドが尋ねる。


「相手が決めた勝負には勝っていない」

「でも、人形は壊したわ」


リゼットが制服についた煤を払う。


「私たちを比べる試験だったの。だから、比べられない方法で終わらせたわ」


管理職員を呼びに行く前に、レオンは手に持った金属製の核を確認した。

表面には、製造番号らしき文字が刻まれている。


短剣の人形から抜いた核。


『B―31』


リゼットが焼き壊した人形の胸部にも、別の金属板が残っていた。

煤を拭うと、刻印が現れる。


『A―07』


対象Aと対象B。

それぞれに付けられた番号。


今回が7回目と31回目という意味なのか。

過去に別のAとBが存在したのか。


まだ分からない。


ただ、レオンとリゼットを比べるための準備は、昨日今日に始まったものではなかった。

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