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第49話 対象B

第2保守室へ続く通路から戻ったあと、クラリスは入口の石壁を閉じ、管理棟の職員へ見張りを命じた。

レオンたちにも、許可が出るまで近づかないよう念を押した。


回収した金属片は、学院の管理部門へ運ばれた。

表面に刻まれた0という数字以外、すぐに分かることはなかった。

使われていた術式も古く、現在学院で採用されている形式とは異なっているらしい。


翌朝。


授業が始まる前に、レオン、ミナ、ガルドの3人はクラリスから呼び出された。

執務室へ入ると、机の上に昨日の金属片が置かれている。

隣には、学院の保守設備に詳しい男性職員が立っていた。


「術式の解析が終わったのか?」


ガルドが尋ねる。


「一部だけです」


クラリスが答えた。


「この金属片は、昨日の壁を作るための使い捨て式の起動具です。ただし、学院の正式な備品として登録されていません」

「外から持ち込まれた?」

「その可能性はあります。ですが、使われている金属は学院の古い施設で多く使われていたものと一致しました」


クラリスは古い図面を広げた。

第2保守室の奥には、昨日通ったものとは別に細い通路が伸びている。


「昨日は追跡を中止しましたが、今朝、教員と管理職員だけで先を確認しました」

「何があった?」

「工具箱が落ちていました」


フードの人物が持っていたものだった。

追跡を振り切ったあと、持ち運ぶのを諦めたのかもしれない。


クラリスは机の下から、布に包まれた金属製の箱を持ち上げた。

表面には傷が多く、取っ手の片側が壊れている。

鍵はすでに外されていた。


「中身を確認します。あなたたちを呼んだのは、昨日の人物や通路について気づくことがないか見てもらうためです。ただし、触れないでください」


クラリスが布越しに蓋を開く。

中には、細い工具、魔導線、交換用の魔石、金属製の札が入っていた。

どれも古く見えるが、手入れされた跡がある。


レオンは最も大きな札を見る。

表面には、擦れた文字が残っていた。


『第2保守室』


その下には、別の刻印が重ねられている。


『封鎖済』


「封鎖された部屋の札を、今も使っていたのか?」


ガルドが顔をしかめる。


「札として使っていたとは限りません」


クラリスは裏面を向けた。

金属の表面が削られ、文字の大部分が消されている。

それでも、光の角度を変えると、いくつかの線が浮かび上がった。


レオンは目を細める。


「第0……」

「研究室」


ミナが続けた。


削られた文字は、完全には消えていなかった。


『第0研究室備品』


部屋の番号ではない。

研究室の名称だった。


「学院に第0研究室という部署はあるのか?」

「現在はありません」


クラリスが答える。


「古い組織図にも、今のところ見つかっていません。正式な部署ではなかったか、記録ごと消された可能性があります」


匿名の紙。

図面から消えた第2保守室。

0と刻まれた起動具。

そして、第0研究室備品と記された札。


偶然として切り離すには、痕跡が増えすぎていた。


「昨日の人物は、第0研究室の人間ですか?」


レオンが尋ねる。


「断定はできません。この札を持っていただけかもしれません」

「でも、通路は使っていた」

「ええ。だから調査を続けます」


クラリスは工具箱の中から、細長い鍵を取り出した。


「もう1つ見つかったものがあります。この鍵が使われていたと思われる扉です」


午前の授業が終わったあと、4人は再び管理棟の地下へ向かった。

今回はクラリスのほかに、2人の教員と管理職員が同行している。

昨日のように、生徒だけが危険へ近づく形ではなかった。


透明な壁が現れた場所を越えると、通路の先に工具箱が落ちていた跡が残っていた。

そこからさらに進んだ場所で、石壁に埋め込まれた細い扉が見つかっている。


扉には取っ手がない。

鍵穴だけが、壁の中央に開いていた。


クラリスが工具箱から回収した鍵を差し込む。

回すと、内部で複数の金属が動く音がした。


扉が内側へ開く。


その先は、小さな部屋だった。

机が1つ。

壁際に棚が3つ。

正面には、曇ったガラスがはめ込まれている。


部屋の広さに対して、椅子の数が多い。

数人が並んで座り、同じ方向を見るための配置だった。


「ここは保守室ではないな」


ガルドが声を低くする。


クラリスが正面のガラスへ近づいた。

布で表面の埃を拭う。


向こう側に、第2実技場の一部が見えた。


「観察用の部屋です」


ガラスは一方向からしか見えないよう加工されていた。

実技場側からは、ただの壁に見える。

この部屋からは、生徒たちの訓練を見られる。


レオンはガラスの位置を確認した。

ノアとの順位戦が行われた場所も、視界に入る。


匿名の紙を置いた者が、ここから試合を見ていたとは限らない。

だが、誰かが生徒を隠れて観察できる場所は存在していた。


ミナが棚の前で足を止める。


「魔力が残ってる」

「いつのものですか?」

「分からない。新しくはない。でも消えてない」


クラリスが教員へ合図し、棚を調べさせた。

上段には空の記録板。

中段には壊れた測定器具。

最下段の奥から、薄い金属板が数枚見つかった。


文字は魔力を流さなければ読めない形式だった。

クラリスが慎重に魔力を通すと、表面へ青白い文字が浮かび上がる。


最初の板には、短い記録が並んでいた。


『対象A』

『火属性』

『高出力時に温度上昇を確認』

『模倣時の再現困難』

『公爵家との接触には注意』


レオンは公爵家という文字を見る。


火属性。

高い出力。

公爵家。


該当する生徒は多くない。


「リゼット・アルヴァ」


レオンが名前を口にする。


クラリスは否定しなかった。

次の記録板へ魔力を流す。


『対象周辺』

『闇属性による魔力視認』

『大型盾使用者との継続的接触』

『行動への影響を要観察』


ミナとガルドのことだ。


名前は書かれていない。

それでも、特徴は一致している。


「俺たちも見られてたのか?」


ガルドが拳を握る。


「対象としてではなく、周囲の人物として記録されています」


クラリスの声は落ち着いていたが、表情は硬い。


最後の金属板へ魔力が流れる。

文字が浮かび上がるまで、ほかの板より時間がかかった。


『対象B』

『無属性』

一般級コモンクラス反復作業ルーティン

『ゼロスレッドの運用変化を確認』

『失敗後の修正速度が上昇』

『左手魔力経路に損耗』

『継続観察』


レオンは最後まで読んだ。


属性。

スキル。

使っている魔法。

失敗後の変化。

左手の状態。


学院の公開記録だけでは分からない内容まで書かれている。

治療室で診察を受けた結果か。

日々の訓練を見た記録か。

どちらにしても、短期間で集められた情報ではない。


「対象Bは、俺です」


誰も否定しなかった。


ノアとの試合だけではない。

入学してからの動き。

訓練での失敗。

左手の負担。

それらを誰かが継続して見ていた。


ガルドが観察窓を睨む。


「何のために?」

「それを調べます」


クラリスは記録板を布で包んだ。


「ここから先は学院の正式な調査に切り替えます。あなたたちは、この部屋にも第2保守室にも近づかないでください」

「記録の対象になっているのは、俺たちです」

「だからこそです。相手が何を目的にしているか分からない状態で、自分から観察場所へ近づくべきではありません」


レオンは観察窓の向こうを見る。

第2実技場では、別の生徒たちが授業を受けている。

誰も、この壁の裏側に部屋があるとは気づいていない。


「匿名の紙も調べてください」

「預かります。ただし、同じ人物が置いたとは決めつけません」

「分かっています」


第0研究室が忠告を置いたのか。

第0研究室を知る別の誰かが置いたのか。

ノア戦と観察記録に、どこまで関係があるのか。


まだ分からない。


部屋を出る直前、レオンはもう1度、金属板へ視線を向けた。


対象A。


対象B。


名前ではなく、記号として扱われている。


誰かにとって、リゼットもレオンも生徒ではない。

比較し、記録し、変化を測るための対象だった。

良ければブックマークしていただけると泣いて喜びます。

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