第47話 勝った後
ノアとの順位戦から3日後。
Dクラスの教室前に掛けられていた順位表が、新しいものへ取り替えられた。
登校してきた生徒たちが壁の前に集まり、自分や知り合いの名前を探している。
レオンは人の隙間から、中央より少し上の欄を確認した。
24位 レオン・アーヴェル
以前まで名前があった28位の欄には、ノア・ウェルズと記されている。
順位戦の結果が正式に反映され、2人の位置が入れ替わっていた。
「本当に24位になったな」
隣で順位表を見ていたガルドが、レオンの肩を強く叩いた。
「試合に勝ったからだ」
「もう少し喜べよ」
「順位が変わったことは確認した」
「それを喜べって言ってるんだ」
ガルドは呆れた顔をしたが、自分の名前がある最上段も確認した。
1位は変わらず、ガルド・ベルンだった。
レオンが教室へ入ると、いくつかの視線が向けられた。
以前から見られることはあった。
無属性で、一般級のスキルしか持たず、入学時最下位だった生徒。
それだけでも、周囲の興味を引く理由にはなっていた。
だが、今の視線は以前とは違う。
何ができないのかではなく、何をしてくるのかを見られている。
レオンが席へ向かう途中、話していた生徒たちの声が一度止まった。
机の上に置かれた左手へ目を向ける者もいる。
ノアとの試合で使った、見える糸と見せるだけの糸。
それを次に自分がどう防ぐか、考えている顔だった。
ミナはすでに席へ着いていた。
「見られてる」
「ああ」
「前より多い」
「順位が上がったからだ」
「それだけじゃない」
ミナはレオンの左手を見る。
「糸を隠さなかった」
「見えていても使えると分かった」
「相手も分かった」
ノアに使った方法は、次から警戒される。
見える糸へ反応させるだけでは、同じ結果にならない。
「次は変える」
「向こうも変える」
「ああ」
それだけ確認すると、ミナは教本へ視線を戻した。
少し遅れて、ノアが教室へ入ってきた。
周囲の何人かが気まずそうに視線を逸らす。
ノアは気にした様子もなく、以前と同じ席へ向かった。
レオンの横を通る直前、足を止める。
「順位表を見たか?」
「ああ」
「24位は一時的に預ける」
「次は俺へ挑むのか?」
「同じ相手との連続した順位戦は認められていない。別の相手に勝って戻る」
「誰を狙う?」
「教える理由がない」
ノアはそのまま自分の席へ座った。
敗北したからといって、レオンだけを追い続けるつもりはないらしい。
順位を失えば、別の相手へ挑み直す。
ノアも上へ進むために動いている。
授業開始の鐘が鳴る直前、Dクラスの担当教師が教室へ入ってきた。
教師は順位表の更新について短く触れたあと、次の順位戦申請が2週間後に始まると告げた。
レオンが現在挑戦できるのは、19位まで。
上位15人へ入るには、まだ9つ順位を上げる必要がある。
数字だけなら、入学時より近い。
だが、上にいる生徒たちも立ち止まってはいなかった。
放課後。
左手の状態を確かめるため、レオンは第3実技場で短いゼロスレッドを伸ばしていた。
治療師から許可された使用回数は5回まで。
細かな振動は禁止されている。
1本目は地面の杭へ固定し、身体を半歩だけ引く。
2本目は木製の短剣へ巻きつけ、手元へ戻す。
どちらも問題はない。
3本目を伸ばそうとしたとき、背後から声がした。
「ノアに勝った24位か」
レオンが振り返る。
少し離れた場所に、木剣を肩へ担いだ男子生徒が立っていた。
細身の身体。動きやすいよう短く整えられた制服。風に揺れる灰色の髪。
胸元には17位を示す札がある。
「名前は?」
「セイル・ハーディ」
「17位か」
「順位表を覚えてるのか?」
「上にいる名前は見た」
セイルは木剣を肩から下ろした。
「ノアとの試合も見た。最後の糸は悪くなかった」
「次は通じない」
「分かってるならいい」
セイルはレオンの足元へ視線を向けた。
ゼロスレッドではなく、踏み込みの跡を見ている。
「糸を使わない時間を作ってたな」
「ああ」
「でも、まだ遅い」
「何が?」
「使うと決めるまでが」
セイルが姿勢を低くした。
次の瞬間、実技場の砂が小さく舞う。
レオンが反応したときには、木剣の先が喉元へ向けられていた。
速い。
風属性魔法は使っていない。
足音も聞こえていた。
それでも、踏み出す前と踏み出した後の差が小さく、動き始めた瞬間を捉えられなかった。
セイルは木剣を引く。
「今のが17位だ」
「順位で速さが決まるのか?」
「決まらない。でも、俺より上にはもっと速い奴もいる」
セイルは実技場の出口へ向かう。
「24位からなら、次は19位までだ。俺のところへ来るには、まだ遠い」
「待っているのか?」
「待つわけないだろ。俺も15位を狙ってる」
セイルは振り返らなかった。
「追いつくつもりなら、急げ」
そのまま実技場を出ていく。
レオンが17位へ届くまでに、セイルが同じ場所にいる保証はない。
ノアも、セイルも、上を目指して動いている。
順位表は目標を示すものではあるが、固定された階段ではなかった。
レオンは残り2本の使用を中止した。
セイルの動きを見た直後に試せば、必要以上に速度を求める可能性がある。
左手の状態を確認するという目的から外れる。
片づけを終えて実技場を出ると、入口近くでミナが待っていた。
手には、古びた紙を丸めて抱えている。
「それは?」
「学院の図面」
「どこで見つけた?」
「資料室」
ミナは周囲を確認してから、紙を広げた。
黄ばんだ紙には、学院の校舎と地下通路が細い線で描かれている。
現在使われている案内図より古く、増築される前の構造らしい。
「匿名の紙を入れた者を探していたのか?」
「通れる場所を見た」
「寮の周囲か?」
「そこも」
ミナは図面の中央を指した。
管理棟と第2実技場の間に、現在の案内図にはない地下通路が描かれている。
通路の先には、小さな長方形の部屋があった。
レオンは現在の学院案内図を取り出した。
同じ場所には、何も記されていない。
通路も部屋もなく、厚い壁として塗りつぶされている。
「増築で埋められた可能性は?」
「ある」
「ほかには?」
「消された可能性」
古い図面の文字は薄れていた。
レオンが紙を光へ傾けると、部屋の横に書かれた名称がかろうじて読める。
第2保守室。
「今の図面には、第1保守室しかない」
「第2は?」
「ない」
ミナが古い図面の端を指で押さえる。
そこには、修正した跡があった。
名称の一部を削ろうとしたように、紙の表面だけが不自然に薄くなっている。
匿名の紙を置いた者と関係があるかは分からない。
ノアとの試合を観察していた者が、学院の古い施設を使っている証拠もない。
それでも、消えた部屋が存在していた。
「クラリスへ報告する」
レオンが言う。
「今から?」
「ああ。図面が持ち出されていないうちに確認してもらう」
「その前に、写す」
「なぜ?」
「なくなるかもしれない」
ミナはすでに、別の紙へ通路の位置を書き始めていた。
古い資料が偶然残っていたのか。
誰かが、見つからないと思って消さずにいたのか。
順位表では、レオンの名前が4つ上へ移動した。
その変化を見ていたのは、クラスの生徒だけではないかもしれない。
見せる糸に頼るな。
匿名の忠告を置いた者。
消された第2保守室。
現在の図面からなくなった地下通路。
勝ったあとに待っていたのは、次の順位戦だけではなかった。
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