第41話 狙われる28位
第41話 狙われる28位
学院中央棟の1階。壁に掲示された順位表の前へ、多くの生徒が集まっていた。
1カ月分の筆記試験、実技演習、授業態度。それらをもとに更新された、各クラスの順位。
レオンはDクラスの欄を下から順に確認した。60位には、別の生徒の名前がある。そこから視線を上げていく。50位、40位、30位。
そして、見つけた。
『28位 レオン・アーヴェル』
入学時は、300人中300位。Dクラスでも60位だった。そこから1カ月で、32人を追い越した。
「本当に28位だな」
隣に立っていたガルドが、何度目か分からない確認を終える。
「見れば分かる」
「いや、分かるけどよ。少しくらい喜べよ」
「喜んでいる」
「そうは見えねえ」
レオンは自分の名前から、さらに上へ視線を移した。27位、26位。そして、15位。
4カ月目に行われる昇降格戦へ出場できるのは、各クラスの上位15人だけだ。現在のレオンとの間には、13人いる。
1カ月で60位から28位まで上がった。数字だけを見れば、大きな前進だった。だが、ここから先も同じ速度で進めるとは限らない。
下位にいた生徒ほど、筆記か実技のどちらかに大きな問題を抱えていた。レオンは不足していた基礎知識を補うだけでも、順位を大きく伸ばせた。
28位より上にいる者たちは違う。大きな欠点が少なく、それぞれが得意分野を持っている。同じ改善を続けるだけでは、追いつけなくなる。
「やっぱり、そこを見るんだな」
ガルドが15位の名前を指した。
「目標だからな」
「28位になったばかりだぞ」
「だから確認している」
ガルドは呆れたように笑った。
周囲から、いくつもの視線が向けられている。以前のような嘲笑ではない。困惑、警戒、そして観察。
レオンが視線を返すと、何人かの生徒がすぐに顔をそらした。
「見られてるな」
「ああ」
「気にならねえのか?」
「見られるだけなら問題ない」
レオンが答えると、近くにいた男子生徒が小さく鼻を鳴らした。聞こえるようにしたのだろう。
「次も同じように上がれると思うなよ」
レオンは男子生徒を見る。顔も名前も知っている。帳面にも記録してあった。
Dクラス24位。水属性。中距離からの連続攻撃を得意としている。
「思っていない」
レオンが答えると、男子生徒の眉が動いた。
「だったら、随分と余裕そうだな」
「余裕がないから、15位までの差を確認している」
「お前……」
「教室へ行くぞ」
ガルドがレオンの肩を押した。
「朝から喧嘩して、授業に遅れたら順位が下がる」
レオンは抵抗せず、順位表の前を離れた。背後に残った生徒たちは、まだこちらを見ている。
32人を追い越した。
それは同時に、32人の順位を下げたということでもある。
教室へ入ると、普段よりも会話が少なかった。順位の上がった者、下がった者、変わらなかった者。結果を受け入れられる者ばかりではない。
自分より下だった者が上へ行けば、その原因を探す。次に抜かれないため。奪われた順位を取り戻すため。
学院では、生徒同士の関係さえ順位によって変わる。
始業の鐘が鳴り、担任が教室へ入ってきた。生徒たちの前へ立ち、いつものように教室全体を見回す。
「最初の順位更新が終わった」
誰も話さない。
「結果を見て喜んだ者も、落ち込んだ者もいるだろう。だが、今日の順位が4カ月目まで続く保証はない」
担任は黒板へ、大きく15という数字を書いた。
「昇降格戦へ進めるのは、上位15人だけだ」
教室の空気が変わる。
「現在15位以内にいる者も安心するな。16位以下の者も諦める必要はない。残り3カ月で、順位は何度でも動く」
黒板の数字へ、全員の視線が集まった。
「ここまでは、自分に何ができるかを確かめる期間だった。今日からは違う」
担任は黒板へ、もう1つの言葉を書いた。
『対策』
「自分の得意なことだけを繰り返しても、相手は同じ方法で負けてはくれない」
レオンは、その文字を見つめた。
「1度見せた魔法。1度使った戦い方。1度成功した奇襲。すべて、次からは知られているものとして考えろ」
教室の何人かが、レオンへ視線を向けた。
無属性魔法。透明な糸。足を止め、武器を引き、相手の動きをずらす戦い方。
授業や模擬戦で、すでに何度も使っている。
「本日の実技は再戦だ」
担任が告げると、生徒たちから声が上がった。
「1度戦ったことのある相手と、もう1度戦ってもらう。ただし、前回と同じ戦い方は禁止する。相手の能力を知ったうえで、何を変えるのか。それを評価する」
担任が組み合わせを読み上げていく。
そして。
「レオン・アーヴェル。ガルド・ベルン」
ガルドが拳を握った。
「また、お前とか」
「不満か?」
「逆だ」
ガルドは笑う。
「今度は、前みたいにはいかねえぞ」
実技場の地面は、前回と同じ乾いた土だった。
レオンとガルドが向かい合って立つ。ガルドの左腕には大型の盾。右手には、訓練用の片手槌が握られている。
装備は以前と変わらない。
だが、構えが違う。
盾を身体の正面へ置かず、少し斜めにしている。足幅も前回より狭い。踏み込むためではない。何かへ反応するための構えだった。
「始め!」
合図と同時に、レオンは左手を下げた。
ゼロスレッド。
透明な糸が、地面すれすれを走る。狙いはガルドの右足。前回と同じように踏み込みをずらし、盾の向きを崩す。
糸が足首へ届く直前、ガルドが盾を地面へ叩きつけた。
「土属性魔法!」
低い振動が、実技場へ広がった。乾いた土が跳ね上がり、細かな砂が宙を舞う。
その砂が、透明な糸へまとわりついた。
見えなかったはずの糸が、薄い茶色の線となって浮かび上がる。
レオンの目が細くなる。
ガルドは糸の位置を確認し、右足を引いた。
「見えたぞ!」
盾の縁が、地面に張られた糸を押さえる。
ガルドが前へ出た。
レオンは糸を解除し、後方へ下がる。
予想はしていた。透明な糸が知られれば、見えるようにする方法を考える者も現れる。
だが、砂を使うとは思っていなかった。
ガルドが再び盾を地面へ当てる。振動が広がり、砂が舞う。レオンが新しく伸ばした糸にも、土がまとわりついた。
「透明だから避けられねえ。だったら、見えるようにすればいい」
前回の敗因を考え、原因を見つけ、次の方法を試した。
レオンが何度も行ってきたことを、ガルドも行っている。
大型の盾が迫る。
レオンは右へ動いた。ガルドも盾の向きを変える。左へ切り返しても、追ってくる。
以前は、正面から突進するだけだった。今はレオンの足を見ている。動く方向を予測し、逃げ道を狭めていた。
レオンはゼロスレッドを伸ばした。
狙いはガルドではない。背後の地面へ落ちている、小さな石。
糸を巻きつけ、引き寄せる。
石がガルドの盾へ当たり、硬い音が響いた。
ガルドの視線が、一瞬だけ動く。
レオンは、その隙に左へ踏み込んだ。
だが。
「そっちだと思ったぜ!」
ガルドが盾を振った。
視線を動かしたのは、レオンを誘うためだった。
避け切れない。
レオンは両腕を身体の前で交差させる。
盾が腕へぶつかり、強い衝撃が走った。身体が浮き、そのまま地面へ転がる。
レオンは、実技場の境界線を越えた。
「そこまで!」
担任の声が響いた。
レオンは仰向けになったまま、空を見る。
負けた。
力でも、属性でもない。
1度見せた戦い方を分析され、その対策によって敗れた。
ガルドが盾を置き、手を差し出す。
「大丈夫か?」
レオンはその手を取り、立ち上がった。
「問題ない」
「怒ってないよな?」
「なぜ怒る?」
「お前、負けると黙って帳面に書き始めるだろ」
「まだ書いていない」
「これから書くんだろ?」
「当然だ」
ガルドが笑った。
レオンは腰から帳面を取り出す。
『失敗』
『ゼロスレッドを砂によって可視化された』
『相手が視線を外したことを隙だと判断した』
『過去の行動を利用され、移動方向を誘導された』
書き終えたあと、その下へ新しい1文を加える。
『同じ成功は、相手が知らない場合にしか同じ価値を持たない』
レオンは顔を上げた。
実技場の周囲では、他の生徒たちがこちらを見ている。ガルドの対策を記憶している。
次に戦う者は、同じように砂を使うかもしれない。別の方法で糸を見つける者もいる。
これまでのレオンは、上にいる者を観察してきた。強みを探し、弱点を考え、追いつく方法を試してきた。
だが、28位になったことで状況は変わった。
今度は、下にいる者たちがレオンを見ている。
追いかけている。
対策を考えている。
担任が全員を集めた。
「1週間後、最初の順位戦を行う」
実技場がざわめく。
「対戦結果は、次回の順位査定へ大きく反映される。組み合わせは、明日の朝に掲示する」
生徒たちの表情が変わった。
ガルドがレオンの隣へ並ぶ。
「今度は練習じゃないな」
「ああ」
「砂への対策、間に合うか?」
レオンは、帳面に書いたばかりの失敗を見る。
1週間。
試せる回数は限られている。
だが。
ゼロスレッドを初めて出したときは、1000回失敗した。
それに比べれば、7日もある。
「間に合わせる」
レオンが答える。
実技場を出ようとしたとき、順位表の前で話しかけてきた24位の男子生徒と目が合った。
男子生徒は、砂の付着した地面を見たあと、レオンの左手へ視線を移す。その口元に、小さな笑みが浮かんだ。
すでに次の対策を考えている顔だった。
28位になった日。
レオンは初めて、追う側ではなく。
狙われる側になった。
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