第39話 返された盾
翌朝、レオンたちは授業が始まるより早く、施設管理棟の裏へ集まっていた。
廃棄書類保管庫の前には、新しい木材と工具が用意されている。壊した扉を今日の朝までに直せという、Dクラス担任からの指示だった。
「扉代、高くないか?」
ガルドが請求書を見て顔をしかめる。
「錠前も壊しましたから」
「俺が壊したのは扉だけだ。錠前は扉についてただけだろ」
「同じことです」
「納得いかねえ」
ミナは工具箱から釘を取り出した。
「早くしないと授業に遅れる」
「分かってるよ」
3人で古い木材を外し、新しい板を取りつける。ガルドが板を押さえ、レオンが寸法を確認し、ミナが釘を渡した。
作業そのものは難しくない。
レオンは板のずれを確かめながら、昨日のことを考えていた。
対象B。
第2観測区画。
観測段階2。
そして、Dクラスの担任が口にした言葉。
第0研究室は、存在していたことを誰かが消そうとしているから危険だ。
担任はどこまで知っているのか。第0研究室の関係者なのか。それとも、以前に同じものを調べたことがあるだけなのか。
「曲がってる」
ミナが言った。
「何がですか?」
「釘」
レオンが見ると、打ちかけの釘が斜めになっていた。
「考え事をしながらやるなよ」
ガルドが呆れた顔をする。
「すみません」
「昨日からそればっかりだな」
「昨日は謝っていません」
「態度が謝ってた」
レオンは曲がった釘を抜き、もう一度打ち直した。
修理を終えた頃、施設管理棟の中年職員が裏口から現れた。新しくなった扉を何度か開閉し、錠前を確認する。
「素人仕事にしては悪くない」
「これで終わりですか?」
ガルドが尋ねる。
「終わりなわけがあるか。費用は後で請求する」
「直したのに?」
「材料代は別だ」
ガルドが肩を落とした。
職員は壊れた木材を荷車へ載せながら、3人を順番に見る。
「昨日、ここで誰かを追ったらしいな」
レオンは答える前に、ミナを見る。ミナは小さく首を振った。
「人影を見ました」
「顔は?」
「確認できませんでした」
「そうか」
職員は、それ以上追及しなかった。
「最近、この辺りで変な物音がする。勝手に調べようとするな。見つけたら職員へ知らせろ」
「知らせれば、調べてもらえますか?」
レオンが尋ねる。
職員の手が止まった。
「俺たちにも、触れていい場所と悪い場所がある」
「地下は、どちらですか?」
職員は答えない。壊れた木材を載せ終えると、そのまま荷車を押して施設管理棟へ戻っていった。
「今の、知ってる顔だったな」
ガルドが言う。
「でも、話したくない」
ミナが職員の背中を見る。
「話せないのかもしれません」
レオンは新しくなった扉へ目を向けた。
担任だけではない。
施設管理棟の職員も、地下に何かがあると知っている。しかし、正式な記録には存在しない。
学院の中で、何人が同じ秘密を抱えているのか分からなかった。
3人は作業道具を片づけ、Dクラスの教室へ向かった。
扉を開けた瞬間、ガルドが足を止める。
「何でだ?」
彼の机の横に、大型盾が立てかけられていた。
昨日、第2観測区画の鉄扉の内側へ残したはずの盾だ。
「誰かが運んだ?」
ミナが教室を見回す。
まだ授業前で、生徒は数人しかいない。誰も盾に関心を示していなかった。
ガルドは急いで盾へ駆け寄る。表面には、白い仮面の攻撃を受けた傷が残っている。持ち手も重さも、間違いなく本人の物だった。
「壊されてない」
盾の内側には、白い紙が挟まれている。
レオンが取り出す。
『忘れ物を返却する』
それだけだった。
署名はない。
「親切」
ミナが言う。
「親切な奴は、地下に閉じ込めたりしねえよ」
ガルドが紙を奪うように受け取った。
「どうやって教室まで持ってきた?」
「学院内を自由に動ける人物なら可能です」
「教師か、職員?」
「生徒かもしれない」
ミナが答える。
誰かが夜の間に観測区画へ入り、盾を回収し、Dクラスの教室まで運んだ。
つまり、相手は地下の出口だけでなく、ガルドの所属クラスと席まで把握している。
レオンは盾の内側を確認した。
紙が挟まれていた場所の近くに、白い蝋が僅かに付着している。
白い仮面。
手紙に使われていた封蝋と同じものだ。
「昨日の人ですね」
「何のために返した?」
ガルドが尋ねる。
「もう必要がないから」
ミナが淡々と答えた。
「必要がない?」
「私たちのことを知った。観測対象にも追加した。盾を置いておく理由がない」
ガルドの表情から、盾が戻ったことへの喜びが消えた。
「返してやるから、また来いってことか?」
「可能性はあります」
「行くの?」
ミナがレオンを見る。
レオンはすぐには答えなかった。
地下へ入ったことで、ミナとガルドまで観測対象になった。次に行けば、さらに相手の思惑へ近づくかもしれない。
だが、離れたところで観測が終わる保証もない。
「今は行きません」
レオンが答える。
「諦めるのか?」
「準備が足りません」
昨日は追跡を優先し、逃げ道を確保しないまま地下へ入った。その結果、戻り道を塞がれ、相手の用意した観測区画へ誘導された。
次も同じように動けば、同じ失敗をする。
「地下の地図を作ります。入口と出口、罠の位置、観測区画までの距離。それから、白い仮面が使った転移魔法についても調べます」
「また3人で?」
ガルドが聞く。
「はい。ただし、次は地上にも協力者を残します」
「誰を頼る?」
レオンの頭に、何人かの顔が浮かんだ。
リゼット。
セレス。
Dクラスの担任。
だが、どこまで話していいか判断できない。
「それを決めるためにも、まず相手のことを知る必要があります」
そのとき、教室の扉が開いた。
Dクラスの担任が入ってくる。
担任はガルドの盾を見ると、一瞬だけ足を止めた。
「戻ってきたか」
「先生が運んだんですか?」
ガルドが尋ねる。
「知らん」
担任は教壇へ向かい、授業用の資料を置いた。
「だが、持ち主の元へ戻ったなら、今度は忘れるな」
「忘れたんじゃなくて、閉じ込められたんですけど」
「同じ場所へ置いてきたことに変わりはない」
担任は黒板へ今日の日付を書く。
レオンはその背中を見つめた。
ガルドが盾を地下へ残したことを、担任は知っている。
昨日、レオンたちは盾のことを話していない。
「先生」
レオンが呼ぶ。
担任の手が止まる。
「何だ」
「なぜ、盾が地下に残ったことを知っているんですか?」
教室が静かになった。
担任はゆっくりと振り返る。
「授業を始める」
質問には答えなかった。
しかし、その沈黙だけで十分だった。
Dクラスの担任は、昨日の地下で起きたことを知っている。
良ければブックマークしていただけると泣いて喜びます。




