第37話 観測される者
レオンは拾った金属板を鉄扉へ近づけた。
扉には取っ手も鍵穴もない。中央に刻まれた数字の0。その下に、金属板と同じ大きさの窪みがあった。
「それが鍵か?」
ガルドが尋ねる。
「おそらく」
「入れるの?」
ミナが鉄扉を見つめる。
レオンは答えず、金属板を窪みへ差し込んだ。
カチリ。
扉の奥で、複数の金属が動く。長い間閉ざされていたような重い音を立て、鉄扉がゆっくりと横へ開いた。
中から、冷たい空気が流れてくる。
部屋は円形だった。壁一面に大小さまざまな魔導器が並び、床には複雑な魔力線が刻まれている。多くの装置は壊れていたが、部屋の中央にある大きな機械だけは、青白い光を放ちながら動き続けていた。
規則正しい機械音は、そこから聞こえている。
「古いな」
ガルドが壁へ触れる。
「でも、動いてる」
ミナは中央の機械へ近づいた。
機械の上部には、透明な板が2枚並んでいる。片方には大きくA。もう片方にはBと刻まれていた。
Bの板だけが、弱く点滅している。
レオンが近づくと、光が強くなった。
「反応した」
ミナが言う。
「僕の魔力に?」
レオンは足を止める。しかし、Bの光は消えなかった。
ガルドが機械の側面を確認する。
「こっちに紙が出てるぞ」
細い隙間から、古びた紙が何枚も垂れ下がっている。ほとんどは文字が薄れ、読むことができない。
一番下にある紙だけが新しかった。
レオンは慎重に引き抜く。
『第2観測区画・自動記録』
その下には、日付と短い文章が並んでいた。
『対象B、王立魔法学院へ入学』
『対象B、第1観測点へ接近』
『対象B、第0研究室の記録を確認』
『対象B、第2観測区画へ到達』
最後の記録は、今日の日付だった。
「今、書かれた?」
ガルドが機械を見る。
「僕たちが入ったことで更新されたようです」
「見られていた」
ミナが呟く。
学院へ入学した日からではない。
少なくとも、誰かはレオンが地下へ近づくことを予想し、その行動を記録し続けていた。
レオンは紙の続きを確認する。
最下部には、ほかとは違う文字があった。
『観測段階を2へ移行』
「段階?」
「何の段階でしょう」
答える者はいない。
ミナはAと刻まれた透明板へ顔を近づけた。こちらは光っていない。
「Aもいる」
「誰かは分かりません」
「学院の生徒?」
「対象Bが僕なら、その可能性はあります」
ガルドが眉を寄せる。
「お前と同じように、知らねえうちに観察されてる奴がいるってことか」
レオンはAの板を見る。
対象A。
対象B。
どちらも人物の名前ではない。何を基準に選ばれ、何を観測されているのかも分からない。
「記録を持ち帰ります」
レオンは紙を折り畳み、鞄へ入れた。
その瞬間。
中央の機械音が止まった。
部屋から、すべての音が消える。
「何だ?」
ガルドが盾を構える。
透明板のBが赤く変わった。
続いて、部屋の入口で鉄扉が動き始める。
「閉まる!」
3人は扉へ駆け出した。
だが、扉の方が速い。重い鉄板が、出口を塞ごうとしている。
「ガルド!」
「任せろ!」
ガルドが大型盾を扉の隙間へ差し込んだ。鉄扉が盾へぶつかり、激しい音を立てる。
「長くは持たねえぞ!」
レオンはゼロスレッドを扉の内側へ伸ばした。開閉装置へ糸を通す。複数の歯車と魔力回路が、同時に扉を閉じようとしている。
すべてを止めることはできない。
ならば、1カ所だけ動きを遅らせる。
ゼロスレッドを歯車へ絡ませ、回転方向とは逆へ引く。左腕へ強い負荷がかかった。
扉の動きが僅かに鈍る。
「ミナ、先に!」
ミナが盾と扉の隙間を通り抜ける。
「レオンも行け!」
ガルドが叫ぶ。
「ガルドが先です!」
「俺が盾を抜いたら閉まるだろ!」
そのとき、ミナの腕が外側から伸びた。
黒い魔力が扉の影へ広がり、ガルドの足元までつながる。
「影を踏んで」
「何を――」
「早く」
ガルドが黒い影へ足を乗せた。
次の瞬間、身体が闇へ沈む。大型盾を残し、ガルドの姿が扉の外側へ移動した。
支えを失った盾が床へ落ちる。
鉄扉が一気に閉まり始めた。
レオンはゼロスレッドを消し、隙間へ身体を滑り込ませる。外套の端が扉に挟まれたが、そのまま引き裂いて外へ転がった。
直後。
鉄扉が完全に閉じた。
「間に合ったか」
ガルドが床へ座り込み、息を吐く。
「盾が中に残った」
「命より盾ですか?」
「俺の盾は命の次に大事だ」
ミナは閉じた鉄扉へ手を触れた。
「もう開かない」
金属板は扉の内側に残されている。再び入るには、別の方法を探す必要がある。
レオンは鞄から持ち出した記録紙を取り出した。
対象B。
観測段階2。
地下へ入ったことで、何かが始まった。
そのとき、紙の裏側に新しい文字が浮かび上がった。
先ほどまではなかった文章だ。
『対象Bの同行者、2名を確認』
その下へ、さらに文字が続く。
『以後、観測対象へ追加する』
レオンは紙を握りしめた。
自分だけではない。
ミナとガルドも、記録する側に知られてしまった。
おもしろかったらブックマークしていただけると泣いて喜びます。




