第35話 消した者の足跡
施設管理棟の正面窓口には、以前と同じ中年の男性職員が座っていた。外から見る限り、特に変わった様子はない。レオンたちは建物へ入らず、そのまま横を通り過ぎる。
「裏に搬入口があります」
入学時にもらった学院案内図によれば、施設管理棟の西側には備品搬入用の扉がある。3人は建物を一周するように歩き、正面から見えない裏側へ回った。
そこには木製の荷車が3台並び、壁際には空の木箱や、交換済みの魔導灯が積まれていた。
「誰もいない」
ミナが周囲を確認する。
レオンは石畳へ目を向けた。荷車の車輪が残した薄い跡が、いくつも重なっている。
「どれが新しいのか分かりません」
ガルドはしゃがみ込み、指で地面をなぞった。
「こっちは古い。油が乾いてる」
別の車輪跡へ触れる。
「こっちは新しい。まだ少し指につく」
新しい跡は、搬入口から建物の北側へ続いていた。3人は車輪の跡を追う。
建物の北側には、小さな倉庫がいくつか並んでいる。清掃道具、修繕用の石材、壊れた机や椅子などを保管する場所だ。車輪の跡は、一番奥にある倉庫の前で途切れていた。
扉には、『廃棄書類保管庫』と書かれている。
ミナが取っ手へ手を触れた。
「鍵がかかってる」
ガルドがレオンを見る。
「開けられるか?」
「開けられるかではなく、開けてよいかを聞いてください」
「開けていいのか?」
「駄目です」
「なら、どうする」
レオンは木製の扉の下を見る。床との間には、細いゼロスレッドを通せる程度の隙間があった。
「中を調べます」
「それはいいのか?」
「壊してはいません」
「そういう問題か?」
ガルドが呆れる横で、レオンは左手からゼロスレッドを伸ばした。糸を扉の下へ通し、暗い倉庫の中を探る。
積まれた木箱。古い棚。紐で束ねられた紙。壁際には、大きな作業台があった。その上に、台帳ほどの大きさの物が置かれている。
表紙。切られた綴じ糸。外された金具。そして、その横には細長い刃物があった。
「ありました」
「元の台帳?」
ミナが尋ねる。
「まだ分かりません。ただ、ここで本を綴じ直した形跡があります」
作業台の下には、細かな紙片が落ちていた。レオンが糸を動かすと、紙とは違う硬い感触が返ってくる。薄い金属片だった。ゼロスレッドを巻きつけ、扉の下から外へ引き出す。
本の頁を固定するための、小さな金具だ。表面には黒い汚れが付着している。
ガルドが金具を受け取り、鼻へ近づけた。
「油と……焼けた蝋の臭いがする」
「蝋?」
レオンは鞄から、石壁の前で拾った白い封蝋の欠片を取り出した。ガルドは2つの臭いを確かめる。
「同じだと思う」
ミナが倉庫の扉を見る。
「白い封蝋を使う誰かが、ここにいた」
そのとき、危機察知が反応した。
「離れてください」
レオンが2人を扉から下がらせる。
直後。
倉庫の中で、何かが床へ落ちる音がした。作業台の上にあった本が落ちたらしい。
誰かがいる。
ガルドが大型盾を構え、ミナは建物の影へ身体を寄せる。レオンも剣の柄へ手を伸ばした。
倉庫の奥で、床板が軋む。足音は扉へ向かっていない。反対側の壁へ進んでいる。
「逃げる」
ミナが言う。
「裏口ですか?」
「違う。下」
レオンはゼロスレッドを倉庫の奥へ伸ばした。床板の1枚が持ち上がっている。その下には、人1人が通れるほどの穴があった。さらに奥へ、石造りの通路が続いている。
「地下へつながっています」
石壁の隠し階段とは別の入口。地下へ出入りしている人物は、この廃棄書類保管庫を使っていた。
穴の奥から、足音が遠ざかっていく。
ガルドが扉の前へ立った。
「追うぞ」
レオンは一瞬迷った。地下へは入らない。そう決めていた。だが、今追っているのは、地下そのものではない。記録を消した人物だ。
「鍵を壊せますか?」
レオンが尋ねる。
ガルドは大型盾を構えた。
「最初から、そう聞け」
盾の縁が、倉庫の扉へ叩き込まれた。
良ければブックマークしていただけると泣いて喜びます。




