第32話 相手を知る
今日明日と休みなので、いっぱい続きを考えるだ。
第2実技場を出たリゼットは、レオンの手首を掴んだまま、学院中央校舎の治療室へ向かった。歩く速度が速い。火傷を負っているのはレオンの方だが、急いでいるのはリゼットだった。
「自分で歩けます」
「逃げないという保証がないでしょう」
「治療室から逃げる理由はありません」
「あなたは軽い傷だと言って、訓練場へ直行しかねないわ」
否定しようとして、レオンは口を閉じた。実際、動かせないほどの怪我ではない。冷やしておけば、放課後の訓練には間に合うと考えていた。
「今、否定するのをやめたでしょう」
「治療を受けてから行きます」
「最初からそう言いなさい」
治療室へ入ると、実技試験で負傷した生徒が何人か順番を待っていた。打撲や擦り傷が多く、重傷者はいないようだ。治療担当の教師は奥で生徒の腕を診ており、手前では白を基調とした上衣を着た少女が包帯や薬品を整理していた。
少女はレオンの左手を見ると、作業を止めた。
「火傷ですね。こちらへ座ってください」
レオンが椅子へ座ると、少女は向かい側へ回り、赤くなった指先を確認した。触れ方は慎重だったが、迷いはない。
「何に触れましたか?」
「炎の魔法です」
「試験中に?」
「私のフラムランスよ」
リゼットが答えた。
少女はレオンからリゼットへ視線を移す。
「味方の魔法に?」
「進路上に試験用魔導器があったので、軌道をずらしました」
「素手で?」
「魔力の糸を使いました」
少女は少しの間、レオンを見つめた。
「それでも、炎に干渉したことは変わりません」
「はい」
叱られている。
そう気づくまでに、少し時間がかかった。
少女はレオンの左手を両手で包む。淡い光が指先から広がり、赤くなった皮膚を覆った。
「光属性魔法」
柔らかな光が、火傷の熱をゆっくりと取り除いていく。宿場で修道女に治療されたときにも見た魔法だ。だが、目の前の少女が使う光は揺れが少なく、傷ついた部分だけを正確に包んでいた。
しばらくすると、指先の痛みが消えた。赤みもほとんど残っていない。
「軽い火傷でしたので、これで大丈夫です。ただし、今日は同じ場所へ強い負担をかけないでください」
「ありがとうございます」
少女はレオンの手を離した。
「セレス・ルーンです。治療実習の補助をしています」
その名を聞き、リゼットが僅かに目を見開く。
「光属性の聖女候補……」
セレスの表情が、ほんの少しだけ固くなった。
「そう呼ばれることもあります」
それ以上は何も言わず、使った布を片づける。その声には誇らしさも喜びもなかった。
「レオン・アーヴェルです」
「知っています。入学試験300位で合格した無属性の生徒でしょう?」
「そこまで広まっているんですか」
「3位のアルヴァ公爵令嬢と組んで、実技試験で2位になれば目立ちます」
セレスは穏やかな声で答えた後、レオンとリゼットを交互に見る。
「治療できるからといって、傷ついてもよいわけではありません」
今度はレオンだけに向けた言葉ではなかった。
リゼットの表情も引き締まる。
「分かっているわ」
「本当に?」
「……次は気をつける」
「レオンさんもです」
「はい」
「すぐに答えましたけれど、本当に分かっていますか?」
「次は魔法へ直接触れない方法を考えます」
セレスは小さく息を吐いた。
「そういう意味だけではないのですが」
隣でリゼットが深く頷く。
「私も、同じことを何度も言っているのよ」
2人の意見が初めて完全に一致したらしい。
レオンは治った左手を開閉する。痛みも痺れもない。
「治療は終わりましたか?」
「終わりました。ただし、無理はしないでください」
「では、訓練場へ行きましょう」
「やっぱり行くのですね」
セレスの声には呆れが混じっていた。
「強い負担はかけません」
「その言葉を信用してよいのか、まだ判断できません」
「私が見張るわ」
リゼットが言う。
セレスは少し考えた後、リゼットを見る。
「アルヴァさんも、先ほど攻撃魔法を試験用魔導器へ飛ばしかけたのですよね?」
リゼットが黙った。
「2人とも、無理をしないでください」
治療室を出た後も、リゼットはしばらく何も話さなかった。第3訓練場へ続く廊下を歩きながら、わずかに眉を寄せている。
「怒っていますか?」
「誰に?」
「セレスにです」
「正しいことを言われて怒るほど子どもではないわ」
「では、どうして黙っているんですか?」
「反省しているのよ」
リゼットは足を止め、レオンを見る。
「あなたも反省しなさい」
「しています」
「何を?」
「フラムランスへ触れたことです」
「それだけ?」
「魔導器を守るために、自分が怪我をする方法を選んだことです」
リゼットはしばらくレオンを見つめた後、再び歩き始めた。
「本当に分かっているならいいわ」
第3訓練場は、第2実技場よりも狭く、個人や少人数での訓練に使われる場所だった。いくつかの区画に分かれているが、放課後前のため利用者は少ない。
リゼットは空いている区画へ入ると、レオンと向かい合った。
「教師は、相手が何をできて、何ができないかを知れと言ったわ」
「はい」
「だから、先に確認する。あなたのゼロスレッドは、何ができないの?」
レオンは少し考えた。
できることではなく、できないことを聞かれたのは初めてだった。
「自分より強い魔法を、正面から止めることはできません。構造を理解していない魔法への干渉も危険です」
「ほかには?」
「複数の対象を同時に精密操作すると、精度が落ちます。魔法が炎や岩などの物理現象になった後は、魔力だけを動かすより難しくなります」
「左手の負担は?」
「強い魔法へ触れるほど増えます」
「どの程度で限界になるの?」
「状況によります」
リゼットの目が細くなる。
「曖昧ね」
「同じ魔法でも、距離や威力が違います」
「では、危険だと思った時点で言いなさい」
「まだ続けられる場合でも?」
「続けられることと、安全に続けられることは違うでしょう」
レオンは帳面を取り出し、その言葉を書き込んだ。
「今、書く必要がある?」
「忘れないためです」
「そう」
リゼットは少しだけ口元を緩めた。
「次は私ね。フラムボルトは威力を調整しやすく、連続で使える。フラムランスは貫通力が高いけれど、放った後の軌道変更が難しい。フラムシールドは形を変えられるけれど、大きく広げるほど薄くなるわ」
「連続使用すると?」
「魔力より先に、制御が乱れることがある。特に、違う形の魔法を続けて使ったときね」
レオンは記録を取る。
リゼットは腕を組んだ。
「昨日までなら、そんなことを聞かなくても見れば分かると言っていたかもしれないわ」
「今日は違うんですか?」
「見て分かることと、本人にしか分からないことがあると知ったからよ」
2人は訓練場の端に置かれた練習用の魔導器を使うことにした。低威力の魔力弾を一定間隔で放つ装置だ。
リゼットが防壁を作り、レオンが飛来する方向と角度を伝える。最初は言葉が長すぎて間に合わなかった。次は説明を短くしたが、リゼットが意図を誤解して盾を反対へ傾けた。
「右と言ったでしょう」
「私から見て右? あなたから見て右?」
レオンは答えに詰まった。
「決めていませんでした」
「では、私を基準にするわ。右、左、上、下。角度は浅く、深く。盾の厚さは薄く、厚く」
「分かりました」
再び魔導器を動かす。
「右、浅く」
リゼットが炎の盾を傾ける。魔力弾が表面を滑り、区画の外側へ逸れた。
「左、厚く」
次の魔力弾を、狭くした炎の盾が正面から受け止める。
「上、薄く。次が来ます」
盾を広げ、上から落ちる魔力弾を受け流す。その直後に放たれた2つ目へ、レオンがゼロスレッドを絡ませた。完全には止めず、リゼットの盾がある位置へ軌道を寄せる。
魔力弾が炎へ衝突し、消えた。
リゼットは盾を維持したまま振り返る。
「今のは悪くなかったわ」
「最初より、使用魔力も少ないです」
「あなたの左手は?」
「問題ありません」
「無理をしていない?」
「していません」
リゼットはレオンの顔を見て、本当かどうか確かめるように数秒黙った。
「今回は信じるわ」
再び魔導器を動かす。
失敗するたびに、言葉を変えた。盾の位置を変え、魔力弾の流し方を変え、ゼロスレッドで触れる場所を変える。
同じ動きを、ただ繰り返すのではない。
何が遅かったのか。
何が伝わらなかったのか。
どちらが無理をしたのか。
1回ごとに確認し、修正する。
やがて、10発の魔力弾を、最初の半分ほどの魔力で防ぎ切った。
リゼットが炎の盾を消す。
「これが、あなたの反復作業なのね」
レオンは少し考えた。
「おそらく」
「おそらく?」
「今までは、1人で行うことがほとんどでした」
鉄を打つ。
魔力を動かす。
剣を振る。
失敗を記録し、1人で修正する。
だが、今は違う。
相手の意見を聞き、自分では気づかなかった問題を教えられ、2人で答えを探している。
「1人より、修正できることが多いです」
レオンが言うと、リゼットは僅かに目を見開いた。
「それは、私が役に立っているということ?」
「はい」
「そう」
リゼットは顔を背けた。だが、赤い髪の隙間から見える耳が、炎とは違う理由で少し赤くなっていた。
しばらくして、彼女は再びレオンへ向き直る。
「では、次の訓練に移るわ」
「まだ続けるんですか?」
「軽い訓練なら問題ないと、セレスも言っていたでしょう」
「無理をしないでくださいとも言っていました」
「無理はしないわ」
リゼットの掌に、小さな炎が生まれる。
「次は、私の攻撃をあなたが避ける訓練よ」
「治療室へ戻ることになりませんか?」
「戻らないために練習するの」
小さな炎が、フラムボルトの形へ変わっていく。
「安心しなさい。威力は落とすわ」
「どの程度ですか?」
リゼットは微笑んだ。
「当たれば、少し熱い程度よ」
その説明が信用できるのか判断する前に、炎弾がレオンへ向かって放たれた。
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