第31話 背中を預ける
火、水、土、風。4つの攻撃が、四方から防衛核へ迫る。
正面から炎弾。右側から水弾。背後から岩弾。左側から風の刃。
すべてを同時に防ごうとすれば、リゼットの魔力消費が大きすぎる。レオンのゼロスレッドでも、4つすべての軌道を一度に変えることはできない。
だが、攻撃同士をぶつけることならできる。
「リゼット、火と風をお願いします」
「水と土は?」
「ぶつけます」
問い返す時間はなかった。リゼットは防衛核の正面へ右手を向ける。
「フラムシールド!」
炎の盾が展開され、正面から飛来した炎弾を受け止める。同じ火属性同士が衝突し、赤い火花が周囲へ散った。
レオンは背後から迫る岩弾へゼロスレッドを伸ばす。大きい。ガルドのストーンウォールほどではないが、昨日動かした岩弾よりも重い。
正面から止めることはできない。
ゼロスレッドを岩弾の側面へ絡ませ、進行方向をわずかに右へずらす。腕に強い抵抗が返ってきた。糸が軋み、左手の指先が痺れる。
「まだです!」
岩弾の軌道が変わる。
右から迫っていた水弾と衝突した。岩の表面で水が弾け、砕けた破片が演習場へ降り注ぐ。完全には相殺できない。水流が岩を回り込み、防衛核へ向かって流れ込んでくる。
レオンが次の糸を伸ばそうとした、そのとき。
「前を見なさい!」
リゼットの声が響いた。
左から飛来した風の刃が、炎の盾へ食い込んでいた。火は風へ有利だが、正面の炎弾を防いだ直後で盾の形が崩れている。
リゼットは盾を維持したまま、左手を水流へ向けた。
「フラムボルト!」
小さな炎弾が水流の先端へ命中する。すべてを蒸発させるほどの威力ではない。だが、水の勢いが崩れた。
レオンは残った水へゼロスレッドを通し、防衛核の左右へ分ける。水流が台座の脇を通り抜け、石床を濡らした。
「助かりました」
「お互いさまでしょう」
リゼットは炎の盾を押し返す。風の刃が炎の中で形を失い、熱気となって散った。
正面の炎弾も消える。
これで4つ。
そう思った瞬間、危機察知が強く反応した。
「まだ来ます!」
レオンが叫ぶ。
消えたはずの4つの魔導器が、再び光っていた。
今度は同時ではない。
正面の火。
その直後に右の水。
さらに左の風。
最後に背後の土。
先ほどより間隔が短い。1つを防いでから次へ向き直る時間を与えない連続攻撃だ。
「配置を変えます」
「どう動くの?」
「防衛核の周りを回ります。僕が合図した方向だけを防いでください」
「あなたは?」
「ほかをずらします」
「無理よ。4つ同時に扱えないと言っていたでしょう」
「同時には扱いません」
魔導器は続けて発射するが、着弾までの距離は同じではない。攻撃の速度も違う。
見た目には連続でも、防衛核へ届く瞬間にはわずかな差がある。
その差を使う。
「正面、火です」
リゼットが防衛核の前へ回る。
「フラムシールド!」
炎弾が盾へ衝突する。
「右へ!」
リゼットは炎の盾を消さず、そのまま身体ごと右へ回転させる。直後に水弾が迫った。
火の盾では相性が悪い。
「盾を下へ傾けてください」
「こう?」
炎の盾が斜めになる。水弾が盾へぶつかり、大量の蒸気が発生した。正面から受ければ押し切られる。だが、傾いた盾は水弾を上方へ滑らせた。
水が防衛核の頭上を越えていく。
「左、風!」
リゼットが再び回る。
だが、間に合わない。
風の刃が先に防衛核へ迫る。
レオンはゼロスレッドを3本伸ばした。刃の形は見えない。空気の揺れと、水蒸気が裂ける位置から進路を読む。
1本目が弾かれる。
2本目も切れた。
3本目が風の刃の端へ引っかかる。
レオンは左腕を振り抜いた。風の刃の軌道が、防衛核からわずかに外れる。
だが、完全には避けられない。
風の端が水晶の表面をかすめた。
透明な防衛核に、細い傷が走る。
「レオン!」
「まだ後ろです!」
最後の岩弾が迫っている。
リゼットは風を防ぐために左を向いている。背後へ振り返る時間はない。
レオンは防衛核と岩弾の間へ入った。
「何をしているの!」
「防衛核をお願いします」
「あなたに当たるわ!」
岩弾へゼロスレッドを伸ばす。
止められない。
軌道を外すには距離が足りない。
ならば、当たる場所を変える。
ゼロスレッドを岩弾の下側へ絡め、わずかに持ち上げる。狙いは防衛核の中心から、レオンの肩の上へずれた。
衝撃に備え、右足を引く。
その瞬間、赤い光がレオンの横を通り抜けた。
「フラムランス!」
炎の槍が岩弾へ突き刺さる。
爆ぜるような音とともに岩が砕けた。細かな破片がレオンへ降り注ぐ。
レオンは両腕で顔を守る。外套や腕へ小さな石が当たったが、大きな負傷はない。
炎の槍は岩弾を貫いた後、演習場の外周へ向かって飛んでいく。
その先には、試験用の魔導器があった。
「まずい」
リゼットの顔色が変わる。
魔導器を壊せば弁償。
レオンは反射的にゼロスレッドを伸ばした。
フラムランスは、すでに魔法として完成している。正面から止めることはできない。
だが、岩弾を貫いたことで威力は落ちていた。
レオンは炎の槍の後端へ糸を絡ませる。
左腕へ焼けるような痛みが走った。
「レオン、触れては駄目!」
魔法の構造は、これまで何度も見ている。
リゼットが放つフラムボルト。
街道で使ったフラムランス。
魔力の流れ。
炎を槍の形へ保つための外殻。
それを壊すのではない。
片側だけをわずかに崩す。
炎の槍が傾いた。
魔導器の横を通過し、演習場を囲む防護結界へ衝突する。赤い炎が結界の表面へ広がり、消えた。
すべての魔導器から光が失われる。
静寂が訪れた。
レオンは左手を押さえる。指先が赤くなり、薄く煙が上がっていた。
リゼットが駆け寄ってくる。
「手を見せて」
「軽い火傷です」
「それを決めるのはあなたではないわ」
リゼットはレオンの手首を掴むと、傷を確認した。皮膚は赤くなっているが、水膨れはできていない。
「私の魔法へ直接触れたの?」
「外側の構造を少し崩しただけです」
「少しでも同じよ。失敗すれば、腕ごと焼けていたかもしれないでしょう」
「魔導器を壊せば弁償です」
リゼットは一瞬、言葉を失った。
「あなた、自分の腕より弁償を心配したの?」
「両方心配しました」
「優先する順番がおかしいわ」
怒っている。
だが、昨日の第1段階が終わったときとは少し違う。呆れと心配が混ざったような表情だった。
教師が円の中へ入ってくる。
「試験終了。防衛核の損傷は1カ所」
透明な水晶には、風の刃がかすめた細い傷が残っている。
完全防御ではない。
「使用魔力量は、リゼット・アルヴァが基準値の6割。レオン・アーヴェルは測定可能範囲では2割以下」
周囲の生徒たちがざわついた。
リゼットは複数の防御魔法と攻撃魔法を使った。それでも魔力を使い切ってはいない。
レオンは魔力の消費こそ少ないが、左手には負担が残っている。
教師は2人を順番に見る。
「判断速度は高い。属性同士を衝突させ、必要な攻撃だけを防いだ点も評価する」
続いて、防衛核の傷を指した。
「だが、相手の技量を把握しきれないまま役割を固定した。その結果、レオンが処理できる限界を超えた」
レオンは黙って聞く。
「そしてリゼット。相方を守るためとはいえ、進路上に魔導器がある状態でフラムランスを放った。実戦なら、味方や建物を巻き込む可能性がある」
「はい」
リゼットは素直に答えた。
「連携は、相手を信じることではない」
教師は言う。
「相手が何をできて、何ができないかを知ることだ」
レオンはリゼットを見る。
彼女の火力と制御能力。
判断の速さ。
味方が危険なら、試験の評価より助けることを優先する性格。
リゼットも、レオンの手を見ていた。
軌道を変えられる範囲。
同時に扱える糸の本数。
無理をしてでも、目の前の損害を減らそうとする判断。
2人とも、相手の力を知っているつもりだった。
だが、それだけでは足りなかった。
「総合評価は?」
リゼットが尋ねる。
教師は記録板へ数字を書き込む。
「現時点では、全組中2位だ」
再びざわめきが起こった。
学院3位のリゼットと組んでいるのだから、高評価は当然だという声。
防衛核へ傷をつけたのに2位なのかという声。
レオンがほとんど魔力を使っていないことへ驚く声。
さまざまな言葉が聞こえる。
「1位は誰ですか?」
レオンが尋ねた。
教師は別の円を指した。
そこでは、大型盾を持った鉱人種の少年が、土まみれになりながら笑っていた。
その隣には、風属性の女子生徒が立っている。
「ガルド・ベルンの組だ。防衛核は無傷。魔力消費も基準値の半分以下」
ガルドがレオンたちに気づき、大きく手を振った。
「見たか、レオン! 筆記じゃ負けたが、こっちは俺の勝ちだ!」
「見ました」
レオンは答えた。
「おめでとうございます」
「もっと悔しがれよ!」
ガルドの声が実技場に響き、周囲から笑いが起こる。
リゼットはしばらくガルドの大型盾を見た後、レオンへ向き直った。
「次は負けないわ」
「ガルドにですか?」
「それもあるけれど」
リゼットは、レオンの火傷した左手を見る。
「次に組むときは、あなたに無理をさせない」
レオンは少し考える。
「僕も、リゼットに無理をさせないようにします」
「では、そのために必要なことは分かる?」
教師が先ほど言った言葉を思い出す。
相手が何をできて、何ができないかを知る。
「一緒に訓練することです」
リゼットは満足そうに頷いた。
「放課後、第3訓練場へ来なさい」
「今日ですか?」
「今日よ」
「左手を治療してからでも?」
「当然でしょう。先に治療室へ行くわよ」
リゼットはレオンの返事を待たず、手首を掴んだまま歩き出す。
レオンは引かれるように円の外へ向かった。
その背後で、Dクラスの担任が記録板へ新たな一文を書き加える。
『レオン・アーヴェル。複数属性への対応能力、高』
その下で筆が止まる。
教師は少し考えた後、もう一文を書いた。
『ただし、自己保全の意識に問題あり』
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