第29話 最初の小試験
第0研究室の記録を見つけてから、3日が過ぎた。
レオンとミナは、地下区画へ近づいていない。図書塔でも施設管理棟でも、それ以上の調査は行わず、授業と訓練だけを続けていた。
少なくとも、表向きは。
レオンは授業へ出席し、教師の話を帳面へ記録する。放課後には剣を振り、魔力制御の訓練を行う。ミナとは講義室ですれ違っても、必要以上に言葉を交わさなかった。地下にいる何者かが見ているなら、こちらが調査を諦めたと思わせる必要がある。
ただし、何もしていないわけではない。施設管理棟へ出入りする職員、中庭を通る生徒、研究棟から運び出される荷物。レオンは目立たない範囲で記録を続けていた。
まだ、地下へ出入りしている人物は見つかっていない。
「全員、筆記具以外を机の下へ置け」
午前の授業が始まると、Dクラスの担任が数十枚の紙を教壇へ置いた。生徒たちが顔を見合わせる。
「今日は、入学後最初の小試験を行う」
教室のあちこちから不満の声が漏れた。
「聞いてませんけど」
「言っていないからな」
教師は当然のように答え、試験用紙を配り始める。
「学院の試験は、すべて事前に告知されるとは限らない。魔物も敵兵も、都合よく準備が終わるまで待ってはくれない」
ガルドが前の席で頭を抱えた。
「俺、昨日は盾の手入れしかしてねえぞ」
「授業は受けていたでしょう」
「受けるのと覚えるのは別だ」
「同じにした方がいいと思います」
「簡単に言うなよ」
試験用紙がレオンの机へ置かれる。
問題は全部で30問。
スキルレアリティの正式名称。一般成人の平均スキル保有数。8歳の鑑定における標準的な保有数。基本4属性の相性。単属性、双属性者、三属性者、四精者の違い。天数碑が表示する情報と、表示しない情報。
ここ数日で学んだ内容が、ほとんどそのまま出題されている。
「制限時間は鐘1つ分。始めろ」
教師の声と同時に、生徒たちが紙へ向かった。
レオンも筆を動かす。
一般級。熟練級。職人級。
黒板に書かれていた文字と、教師の説明を思い出す。一度記録した内容を繰り返し読み返し、間違えた箇所を確認して覚え直す。それは、レオンが7年間続けてきたことと変わらない。
鉄を叩く回数。魔力を動かした経路。剣を振った角度。
対象が知識に変わっただけだ。
前方では、ガルドが問題用紙を睨んでいる。筆を持ったまま動かない。やがて周囲を見回しそうになり、教師の視線とぶつかった。
「横を見れば、その時点で0点だ」
「見てません」
「今から見ようとしていた」
「まだ見てないなら無罪だろ」
「次に顔を上げたら答案を回収する」
ガルドは慌てて問題用紙へ戻った。
レオンは最後の問題へ進む。
『天数碑に表示される情報が、高位スキル保有者の捜索に利用される理由を説明せよ』
レオンは筆を止めた。
天数碑には、個人の名前も所在地も表示されない。分かるのは、各レアリティの人数だけ。それでも国家は、登録された保有者の人数と照合することで、把握していない高位保有者の存在を知ることができる。
レオンは答えを書く。
『国家が把握している保有者数と天数碑の表示を比較し、差があれば未確認の保有者が存在すると判断できるため』
一度読み返す。内容に誤りはない。だが、それだけでは足りない気がした。
レオンは、その下へ一文を書き加える。
『ただし、天数碑が示すのは存在と人数だけであり、その者の意思や危険性までは判断できない』
試験終了の鐘が鳴った。教師が答案を回収していく。
「午後に結果を返す。それまでは通常授業だ」
「今日返すのかよ」
ガルドが机へ突っ伏した。
「明日まで希望を持たせてくれてもいいだろ」
「結果が変わらないなら、早い方がいいです」
「お前はできたからそう言えるんだ」
午後。
担任は採点を終えた答案を持って教室へ戻ってきた。
「今回の平均点は62点」
生徒たちの表情が分かれる。安心する者。青ざめる者。ガルドは祈るように両手を組んでいた。
「名前を呼ばれた者から取りに来い」
答案が順番に返される。
「ガルド・ベルン」
「はい」
ガルドが立ち上がる。答案を受け取った瞬間、その表情が固まった。席へ戻ると、紙を伏せて机へ置く。
「何点でした?」
「聞くな」
「赤点ですか?」
「赤ではない」
「では?」
「赤に近い何かだ」
レオンが答案の端を見ようとすると、ガルドが腕で隠した。
「レオン・アーヴェル」
レオンは教壇へ向かう。教師から答案を受け取る。
右上には、大きく数字が書かれていた。
96。
教室の数人が、その数字を見た。ざわめきが広がる。
「96点?」
「最下位が?」
「魔力制御だけじゃないのかよ」
レオンは席へ戻り、間違えた問題を確認した。
2問。
1つは、特殊属性に関する用語の書き間違い。もう1つは、十大国のうち天数碑が設置された年代を問う問題だった。授業では詳しく扱われていなかったが、教本の欄外に記載されていた。
レオンはすぐに帳面を開き、間違えた内容を書き写す。
「96点を取って、最初にすることがそれかよ」
ガルドが呆れたように言った。
「間違えたので」
「4点くらい忘れろ」
「次も同じ問題を間違えるかもしれません」
「次も96点なら十分だろ」
レオンが答えようとしたとき、教師が教壇を叩いた。
教室が静かになる。
「今回の最高点は、レオン・アーヴェルの96点だ」
視線が一斉に集まる。
以前のような嘲笑ではない。
驚き。警戒。納得できないという反発。
さまざまな感情が混ざっている。
「だが、勘違いするな」
教師はレオンではなく、教室全体へ言った。
「今回の試験範囲は、入学後に扱った基礎だけだ。過去にどれほど教育を受けたかは関係ない。授業を聞き、復習した者ほど点が取れる」
教師は黒板へ、2つの言葉を書く。
知識。
実行。
「知識があっても、実行できなければ意味はない。実行できても、自分が何をしているか理解していなければ、いずれ限界が来る」
その視線が、レオンへ向く。
「両方を身につけろ」
「はい」
レオンは答えた。
「そして、この小試験の結果は、今月の順位評価へ加算する」
教室の空気が変わった。
小さな試験。ただの座学。
そう考えていた生徒たちの顔から、余裕が消える。
Dクラスの順位は、固定されているわけではない。授業、試験、実技、模擬戦。それらの評価によって、毎月更新される。
現在、レオンはDクラス60位。学院全体で300位。最下位だ。
だが、今回の試験では、Dクラスの誰よりも高い点を取った。
教師は教壇の上へ、新しい用紙を置く。
「明日から、実技評価を始める」
黒板へ、大きく課題名が書かれた。
『対属性防御試験』
「攻撃を防ぐだけの試験ではない。相手の属性と術式を見極め、最も被害の少ない方法を選べ」
ガルドが小さく笑った。
「今度は俺の番だな」
「筆記試験より自信がありますか?」
「盾を使っていいならな」
教師は生徒たちを見回す。
「なお、試験は2人1組で行う。組み合わせはこちらで決める」
教室の後方に、組み合わせ表が張り出された。生徒たちが一斉に立ち上がる。
レオンも表の前へ向かった。自分の名前を探す。
『レオン・アーヴェル』
その隣に書かれていた名前を見て、レオンは足を止めた。
『リゼット・アルヴァ』
「どうしてSクラスの名前が?」
誰かが呟く。
次の瞬間、大講義室で見た赤い髪の少女が、Dクラスの教室の入口に姿を現した。
リゼットは組み合わせ表を確認すると、まっすぐレオンを見る。
「今回は、あなたのやり方を近くで見せてもらうわ」
レオンは表とリゼットを交互に見た。
Dクラスの小試験ではない。明日の実技評価は、全クラス合同で行われる。
そして、最下位のレオンと学院3位のリゼットが、同じ組に選ばれていた。
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