第27話 消された地下
実は最終301話までの大筋ができてたりします。
楽しんでいただけると幸いです。
天数碑の授業が終わった日の放課後。
レオンがDクラスの教室で帳面を整理していると、机の上に細長い紙が置かれた。
顔を上げる。
ミナが、すでに教室の出口へ向かっていた。
紙には短く書かれている。
『図書塔、3階。学院史の棚』
「何だ、それ」
前の席からガルドが覗き込んだ。
「ミナからです」
「見れば分かる。呼び出しか?」
「おそらく」
「俺も行くか?」
レオンは少し考えた。
ミナの部屋へ置かれていた警告文。
『色なき者を、学院の地下へ近づけるな』
そのことを、ガルドにはまだ話していない。
隠したいわけではない。
だが、何が起きているのか分からない状態で、関わる人数を増やすべきではなかった。
「今日は、ミナと2人で調べます」
「そうか」
ガルドはあっさりと引き下がった。
「危ないことなら呼べよ」
「危ないと分かっていれば呼びます」
「分かってからじゃ遅えんだよ」
ガルドは呆れたように笑い、大型盾を背負う。
「まあいい。俺は訓練場にいる」
「分かりました」
ガルドが教室を出ていく。
レオンも帳面を鞄へ入れ、図書塔へ向かった。
王立魔法学院の図書塔は、中央校舎の北側に建つ、5階建ての円塔だった。
魔法、歴史、政治、魔物、薬学、魔導器。
階層ごとに異なる分野の書物が並んでいる。
3階は歴史と地理に関する資料が置かれた階だった。
レオンが学院史の棚へ向かうと、床に数冊の本を広げたミナが座っていた。
「遅かった」
「授業が終わってから、まだ鐘1つ分も経っていません」
「待っている側は長い」
ミナは古びた本をレオンへ差し出した。
表紙には、
『王立魔法学院・創立200周年記録』
と書かれている。
「これを?」
「地下の記録を探す」
レオンはミナの隣へ腰を下ろした。
「直接地下へ行くのでは?」
「何があるか分からない場所に、何も調べず入るのは嫌」
「同感です」
ミナは少しだけ目を細めた。
「レオンなら、すぐ行くと思った」
「僕を何だと思っているんですか」
「壊れた魔導兵の中に、自分から糸を入れる人」
否定できなかった。
レオンは創立記録を開く。
学院の建設。
校舎の増築。
過去の学院長。
研究棟の設置と廃止。
年代ごとに、さまざまな出来事が記されていた。
2人は頁を分担して調べる。
古い地図が挟まれている頁には、現在とは異なる学院の姿が描かれていた。
今よりも校舎が少ない。
図書塔も存在しない。
その代わり、中央校舎の裏側に、大きな研究棟が建っている。
「研究棟」
ミナが地図を指さす。
「現在の第1研究棟とは位置が違います」
レオンは現在の学院案内図を取り出した。
入学時に配られたものだ。
古い地図と並べる。
「今の図書塔が建っている場所に近い」
「でも、同じ場所ではない」
古い研究棟は、図書塔より少し南へずれている。
現在は中庭になっている場所だった。
レオンは建物の横に書かれた注記を見る。
『魔導研究棟』
その下に、小さく文字が続いている。
『地下実験区画を含む』
「ありました」
ミナが顔を寄せる。
「地下実験区画」
「今の学院案内図には載っていない」
現在の地図では、中庭の地下に何かがあるとは書かれていない。
レオンは次の頁をめくった。
研究棟の取り壊しについて書かれた記録が見つかる。
『魔導研究棟は老朽化により解体。地下区画は安全上の理由から閉鎖された』
それだけだった。
何を研究していたのか。
地下にいくつ部屋があったのか。
なぜ閉鎖ではなく、埋め戻さなかったのか。
詳しい説明はない。
「安全上の理由」
ミナが呟く。
「便利な言葉です」
「何も説明していないのと同じ」
レオンは頁の端を見る。
紙の一部が、不自然に残っていた。
次の頁が破り取られている。
古くなって自然に外れたのではない。
綴じ目の近くで、刃物を使って切られていた。
「誰かが持っていった」
ミナが切り口へ指を近づける。
「最近ではありません」
紙の変色から見て、切り取られたのは何年も前だ。
しかし、必要な部分だけが意図的に消されている。
レオンは前後の頁を確認した。
取り壊しの記録。
破り取られた頁。
その次には、図書塔の建設記録が始まっている。
「消えた頁には、地下区画の閉鎖について書かれていた可能性があります」
「または、地下へ入る方法」
ミナが立ち上がる。
「行こう」
「どこへ?」
「中庭」
先ほどまで慎重だったはずの少女は、すでに階段へ向かっている。
レオンは本を棚へ戻し、その後を追った。
放課後の中庭には、まだ多くの生徒が残っていた。
魔法の練習をする者。
芝生に座って話す者。
次の授業の課題を確認する者。
古い研究棟があったとは思えない、明るく開けた場所だ。
中央には、大きな噴水がある。
ミナは古い地図を見ながら、ゆっくりと歩く。
「研究棟の入口は、この辺り」
「今は何もありません」
地面は石畳で覆われている。
地下へ続く階段も、扉も見当たらない。
レオンは周囲を確認した。
多くの生徒がいる場所で、ゼロスレッドを広く使うことはできない。
2人は中庭の端を歩きながら、目立たない範囲で調査を続けた。
噴水の北側。
古い石壁の近くで、ミナが足を止める。
「ここ」
「何か見えますか?」
「魔力の流れが途切れている」
石壁には、学院の歴代卒業生の名前が刻まれている。
見た目に不自然な部分はない。
だが、ミナはその一角を見つめていた。
「壁の向こうに空間がある」
レオンは壁へ手を触れる。
石は冷たい。
軽く叩いても、ほかの部分との違いは分からなかった。
周囲から見えないように身体を寄せ、左手から細いゼロスレッドを伸ばす。
石と石のわずかな隙間。
糸を入れる。
数センチ進んだところで、抵抗が消えた。
空洞。
さらに奥へ糸を進める。
石壁の裏には、人1人が通れるほどの狭い空間があった。
その先には、下へ向かう段差が続いている。
「階段です」
レオンが小声で言う。
「地下へ?」
「おそらく」
ミナは周囲を見回した。
中庭にいる生徒たちは、2人に気づいていない。
「開けられる?」
「仕組みを調べれば」
レオンは糸をさらに動かした。
石壁の内側。
古い金属製の留め具。
それとは別に、新しい魔導錠が取りつけられている。
「古い入口に、後から鍵が追加されています」
「学院が閉鎖したから?」
「そうかもしれません」
レオンは糸を引こうとした。
そのとき。
金属に触れた糸から、わずかな振動が伝わった。
カチリ。
壁の向こう側で、何かが動いた。
レオンはすぐにゼロスレッドを消す。
「誰かいる」
ミナの視線が鋭くなる。
壁の奥から、微かな足音が聞こえた。
1歩。
2歩。
階段を上ってくる。
レオンは右手を剣の柄へ近づける。
だが、危機察知は反応していない。
足音が、壁のすぐ裏側で止まった。
ミナとレオンは動かない。
石壁を挟み、誰かと向かい合っている。
数秒。
何も起きない。
やがて、足音はゆっくりと遠ざかっていった。
「追う?」
ミナが尋ねる。
「入口の開け方も、中に何人いるのかも分かりません」
「今日はやめる?」
「はい」
警告を無視して、準備もなく突入する理由はない。
調べることは、危険へ飛び込むこととは違う。
2人が石壁から離れようとしたとき、レオンは足元に白いものを見つけた。
小さな欠片。
拾い上げる。
白い蝋だった。
片面には、丸い窪みが残っている。
レオンは鞄から、仮入学証に挟まれていた手紙を取り出した。
白い封蝋。
仮面に似た丸い印。
足元で拾った欠片にも、同じ形の一部が刻まれていた。
「同じもの?」
ミナが尋ねる。
「おそらく」
白い仮面の人物。
レオンへ届いた手紙。
ミナの部屋へ置かれた警告。
そして、消された地下への入口。
それらが、少しずつつながり始めている。
だが、つながった先に何があるのかは、まだ分からない。
レオンは白い蝋の欠片を布へ包み、鞄へしまった。
「次は準備して来ましょう」
「誰かに話す?」
ミナが聞く。
レオンは少し考える。
学院の教師。
クラリス。
アルヴァ家。
信用できる可能性のある相手はいる。
だが、学院内に協力者がいる可能性も消えていない。
「まず、この地下の存在が公式に知られているか調べます」
「知られていたら?」
「入る理由を考えます」
「知られていなかったら?」
レオンは、入り口が隠された石壁を見る。
「もっと慎重に入る方法を考えます」
ミナはわずかに口元を緩めた。
「どちらでも入るんだ」
「調べると決めましたから」
放課後を告げる2度目の鐘が、学院に響いた。
その音の下で。
閉ざされた石壁の向こうから、再び小さな金属音がした。
今度は、何かに鍵をかける音だった。
あ、タイトル短くしました。




