第26話 世界を数える石碑
翌日の大講義室。
黒板には、昨日学んだ7つのスキルレアリティが並んでいた。
一般級。
熟練級。
職人級。
達人級。
英雄級。
伝説級。
神話級。
その隣には、大陸を簡略化した地図が描かれている。
地図の各所には、合計10個の印がつけられていた。
「これが、十大国に存在する天数碑の位置だ」
属性基礎学の教師が、印の1つを指す。
「天数碑は、十大国に1基ずつ存在する古代の石碑だ。現在の技術では、同じものを製造することはできない」
教師は別の印へ指を移した。
「破壊する方法も、確認されていない」
講義室がわずかにざわついた。
作れない。
壊せない。
それほどのものが、世界に10基ある。
レオンは地図と説明を帳面へ書き写した。
「10基の天数碑は、すべて連動している」
教師が黒板の印を線で結んでいく。
大陸の端から端まで離れた10個の印が、1つの輪になった。
「どこか1基に変化が起きれば、ほかの9基にも同じ変化が現れる」
「何を記録しているんですか?」
Cクラスの生徒が手を上げた。
教師は、黒板に並ぶ7つのレアリティを指した。
「世界に生存している、各スキルレアリティ保有者の総数だ」
講義室が静かになる。
「一般級から神話級まで、すべての人数が表示される。新たな保有者の発現、スキルの進化や喪失、そして保有者の死亡によって数字は変化する」
「属性の人数も分かるんですか?」
今度はBクラスの生徒が尋ねた。
「分からない」
教師は即座に答えた。
「天数碑が表示するのは、スキルレアリティごとの総数だけだ」
火属性が何人いるのか。
双属性者が何人いるのか。
四精者がどこにいるのか。
そういった情報は表示されない。
「名前は?」
「表示されない」
「国は?」
「表示されない」
「種族や年齢は?」
「それも表示されない」
教師は黒板へ、天数碑が表示しない情報を書いていく。
氏名。
年齢。
性別。
種族。
国籍。
所在地。
具体的なスキル名。
「天数碑に分かるのは、人数だけだ」
ガルドが首を傾げた。
「それなら、何の役に立つんだ?」
「人数だけでも、国家にとっては重要な情報になる」
教師は伝説級と神話級の文字へ線を引いた。
「伝説級保有者が1人増えれば、国家間の戦力差が変化する可能性がある」
伝説級は国家戦略級。
たった1人の存在が、戦争や外交へ影響を与える。
昨日の授業で学んだことだ。
「神話級なら、なおさらだ」
教師は、黒板の最下段へ数字を書く。
10。
「現在、世界で生存が確認されている神話級保有者は10名」
講義室の空気が変わる。
数字としては少ない。
1クラスの生徒数よりも、はるかに少ない。
だが、その10人は世界法則や因果へ影響し得る能力を持っている。
「その10人は、全員が知られているのですか?」
Sクラスの生徒が尋ねた。
「公に身元が知られているのは、5名とされている」
教師は答えた。
「残る5名については、各国や組織が情報を秘匿している、本人が能力を隠している、まだ自覚していないなど、さまざまな可能性が考えられている」
「存在しているのに、誰か分からないんですか?」
「天数碑には、10としか表示されないからだ」
教師は黒板の数字を軽く叩く。
「各国は、自国が把握している高位スキル保有者の記録と、天数碑に表示された人数を照合している」
登録されている人数と、石碑の人数が一致するか。
一致しなければ、どこかに未確認の保有者がいる。
その人物が味方か、敵か。
自国にいるのか、他国にいるのか。
何の能力を持っているのか。
何も分からないまま、国家はその存在だけを知ることになる。
「もし、神話級の数字が増えたらどうなるんです?」
教室のどこかから声が上がった。
教師は黒板に書かれた10の横へ、新しい数字を書く。
11。
たった1つ増えただけだった。
それでも、講義室に緊張が走った。
「世界中の天数碑が、同時に11を示す」
教師の声が静かに響く。
「十大国は、新たに現れた11人目を捜すだろう」
「保護するためですか?」
「そう主張する国もある」
教師は11という数字を見たまま答える。
「自国へ迎えるため。ほかの国に渡さないため。危険がないか確かめるため。能力を利用するため」
言葉が続くたびに、意味が変わっていく。
保護。
確保。
監視。
利用。
同じ行動でも、呼び方によって印象は大きく変わる。
「高位能力者は、それほど危険なのですか?」
リゼットが手を上げていた。
教師は彼女を見る。
「能力による」
「では、能力の内容が分からないうちから捜し出すのですか?」
「分からないからこそ捜す。それが国家の考え方だ」
リゼットの表情がわずかに険しくなる。
「本人が望んでいなくても?」
講義室の空気が重くなった。
教師はすぐには答えなかった。
「国によって対応は異なる」
やがて、慎重に口を開く。
「保護を優先する国もあれば、登録を求める国もある。本人の自由を尊重する国もあれば、国家への奉仕を当然と考える国もある」
教師の答えは、どちらが正しいとも言わなかった。
レオンは前方に座るリゼットを見る。
赤い髪の少女は、黒板に書かれた11を見つめている。
街道で会ったとき、彼女は自分の力に強い誇りを持っていた。
今も、それは変わっていない。
だが、評価されるほど、周囲から求められるものも増えていく。
「先生」
ガルドが再び手を上げた。
「高位スキルだけでいいんじゃねえのか? なんで天数碑は一般級まで数えてるんだ?」
教師は、一般級の文字へ目を向けた。
「分からない」
予想外の答えに、生徒たちがざわつく。
「天数碑が造られた正確な年代も、造った者も、すべての目的も判明していない」
教師は黒板の地図を見る。
「現在の人々は、天数碑に表示された情報を利用している。だが、それが本来の使い方と同じである保証はない」
レオンのペンが止まった。
現在の技術では作れない。
壊すこともできない。
誰が、何のために造ったのかも分からない。
それでも各国は、その数字を信じて人を捜している。
「天数碑が間違っている可能性は?」
レオンが手を上げた。
講義室の視線が、最後列へ向く。
「否定はできない」
教師は答えた。
「だが、これまで天数碑の表示が誤りだと証明された例もない」
「証明できないだけでは?」
何人かの生徒がレオンを見る。
教師は怒らなかった。
「そのとおりだ」
黒板に書かれた10と11の数字を消す。
「疑問を持つことは悪くない。ただし、疑うなら調べろ。証明できないものを、事実とも間違いとも決めつけるな」
レオンはその言葉を帳面へ書き込んだ。
――疑うなら、調べる。
教師は教本を閉じた。
「天数碑について、1年生が知るべき基礎は以上だ」
授業終了の鐘が鳴る。
生徒たちが立ち上がり、大講義室から出ていく。
レオンは最後まで席に残り、帳面を見返していた。
天数碑は人の名前を知らない。
その人物が善人か悪人かも知らない。
どれほど努力したのか。
何を望んでいるのか。
どんな人生を選びたいのか。
数字には、何も表示されない。
それでも人々は、その数字を見て誰かを探し、評価し、管理しようとする。
「レオン」
声をかけられ、顔を上げる。
いつの間にか、隣にミナが立っていた。
彼女は、帳面の端に書かれた言葉を見ている。
――能力を数えるのは、誰のためだ。
「答えは分かった?」
ミナが尋ねた。
「いいえ」
レオンは帳面を閉じる。
「分からないことが増えました」
「それでいい」
ミナは講義室の前方へ目を向けた。
すでに消されたはずの11という数字を、まだ見ているようだった。
「数は、嘘をつかない」
一度言葉を切る。
「でも、数を使う人間は嘘をつく」
ミナはそれだけ言うと、講義室を出ていった。
レオンは閉じた帳面へ手を置く。
天数碑。
世界中の能力を数える、10基の石碑。
それは、世界を見守るためにあるのか。
それとも、人間を見張るためにあるのか。
今のレオンには、まだ分からなかった。
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