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第23話 変わり始めた視線

午後の授業が終わる頃には、Dクラスの空気は朝とはまるで違うものになっていた。


レオンが席を立つたび、近くの生徒たちの視線が動く。


話しかけてくる者はいない。


だが、もう笑う者もいなかった。


Dクラス1位のガルドを模擬戦で破った。


その事実が、教室の中に静かに残り続けていた。


レオンは席に座ったまま、帳面へ今日の記録を書き込む。


魔力制御訓練。


木の輪を浮遊させる。


評価、クラス最高。


模擬戦。


対戦相手、ガルド・ベルン。


結果、勝利。


課題。


ゼロスレッドを使用するまでに時間がかかった。


盾術シールドアーツへの対処方法を増やす必要あり。


「勝った側の反省にしては、細かすぎねえか?」


前の席から帳面を覗き込んだガルドが言った。


「勝ったから、問題がなくなるわけではありません」


「普通はもう少し喜ぶもんだぞ」


「嬉しくないわけではありません」


「全然そう見えねえ」


ガルドは呆れたように笑った。


模擬戦で敗れたことを気にしている様子はない。


むしろ授業が終わってから、先ほどより機嫌が良くなっているように見えた。


「それより、ガルドの反省点は?」


レオンが尋ねる。


「俺か?」


ガルドは腕を組んだ。


「最後の糸を防げなかった」


「それだけですか?」


「それだけじゃ駄目か?」


「その前に、同じ防御動作を繰り返しています」


ガルドの表情が止まる。


「右上から攻撃を受けると盾を斜めに傾ける。低い攻撃には盾を下げる。その直後、盾の上側が開きます」


「……全部見てたのか?」


「見なければ勝てません」


ガルドはしばらく黙り込み、自分の大型盾へ目を向けた。


「なるほどな」


その声から、先ほどまでの軽さが消える。


「防げてるから問題ねえと思ってた」


「防げてはいました」


「でも、お前には利用された」


「はい」


「そこは否定しろよ」


ガルドは頭をかいた。


だが、すぐに笑みを浮かべる。


「次からは、同じ受け方をしねえ」


「それなら、別の隙を探します」


「お前、本当に容赦ねえな」


そのとき、教室の前方で教師が机を叩いた。


「帰る前に伝えておくことがある」


帰り支度をしていた生徒たちが、動きを止める。


教師の後ろ。


黒板には、授業開始時に書かれた15という数字が残っていた。


「明日から通常授業を開始する。午前は座学、午後は実技だ」


教師は全員を見回す。


「週の終わりには小試験を行う。筆記と実技、両方だ」


教室のあちこちから不満の声が上がった。


「入学したばかりだぞ」


「もう試験するのかよ」


教師は一切反応しない。


「言ったはずだ。順位は固定ではない」


その一言で、教室が静かになった。


「毎週の小試験、授業態度、課題、模擬戦。そのすべてが評価へ加算される」


教師の視線が、最前列のガルドから最後列のレオンまで動く。


「最初の順位更新は、1カ月後だ」


空気が変わった。


4カ月後の昇降格戦。


そこへ挑めるのは、Dクラス上位15人だけ。


だが、それまで順位が変わらないわけではない。


1カ月後。


今の立場が最初に動く。


「今日の模擬戦で勝ったからといって、明日も勝てるとは限らない」


教師はレオンを見る。


「反対に、今日負けた者が4カ月後も下にいるとは限らない」


次にガルドを見る。


「全員、自分の順位に責任を持て」


教師は名簿を閉じた。


「以上だ。解散」


生徒たちが一斉に立ち上がる。


廊下へ出ようとする者。


その場で仲間と話し始める者。


教師へ質問に向かう者。


レオンも帳面を閉じ、鞄へ入れた。


「レオン・アーヴェル」


教室を出ようとしたところで、教師に呼び止められる。


「お前は残れ」


足を止める。


ガルドがレオンと教師を交互に見た。


「先に行っている」


「分かりました」


ガルドが教室を出る。


他の生徒たちも、レオンを気にしながら廊下へ消えていった。


最後の1人が扉を閉める。


教室には、レオンと教師だけが残った。


教師は教壇の上から名簿を持ち上げる。


「今日の模擬戦で使った魔法について聞く」


「ゼロスレッドです」


レオンは答えた。


隠しても意味はない。


試験でも使用している。


「属性は?」


「ありません」


教師の眉が動く。


「無属性魔法という意味か」


「分かりません」


「自分の魔法だろう」


「自分で作ったので、正式な分類を知りません」


教師の目が細くなる。


「自作魔法か」


「はい」


「誰かに教わったわけではない?」


「はい」


教師は何も言わず、名簿を開いた。


レオンの位置からは、書かれている文字が見えない。


「石壁を切った魔法も同じか」


「ゼロエッジです」


「それも自作か」


「はい」


教師の指が止まった。


「色のない魔力を糸や刃の形に固定する。少なくとも、一般的な無属性魔法とは性質が異なる」


レオンは黙って話を聞く。


「入学試験の報告書には、魔力測定値7とある」


「間違いではありません」


「分かっている」


教師は名簿を閉じた。


「お前の魔法は、放出する魔力量そのものが少ない。だから測定器には低く表示された」


教師の視線がレオンを捉える。


「だが、少ない魔力を異常な精度で圧縮している」


異常。


その言葉に、レオンの指がわずかに動いた。


「威力の低さを、密度と精度で補っている。違うか」


「おそらくは」


「自覚がないのか?」


「比較する相手がいませんでした」


屋敷で魔法を教えてくれたのは、グレゴールだった。


だが、グレゴールは剣士であり、魔法の専門家ではない。


レオン自身も、自分の魔力が普通とどれほど違うのか判断できなかった。


教師は腕を組む。


「お前の魔法については、学院側でも調べる」


「断ることはできますか?」


即座に尋ねると、教師の目がわずかに鋭くなった。


「理由は」


「知らない相手に、自分の力をすべて知られたくありません」


教室に沈黙が落ちる。


窓の外から、生徒たちの声が遠く聞こえていた。


「学院を信用できないか」


「判断する材料が足りません」


教師はしばらくレオンを見つめた。


怒る様子はない。


やがて、小さく息を吐く。


「調査を強制するつもりはない」


レオンはわずかに目を見開いた。


「ただし、授業中に使用した魔法は記録される。それは学院の規則だ」


「分かりました」


「それ以上の調査には、お前の許可を取る」


教師は名簿を教壇へ置いた。


「今はそれでいい」


話は終わった。


そう判断し、レオンは扉へ向かう。


「レオン」


背後から再び声がかかる。


振り返ると、教師は赤い文字が書かれた頁を開いていた。


「自分の力を隠すなとは言った」


教師の視線が名簿からレオンへ移る。


「だが、誰にでもすべてを見せろという意味ではない」


レオンは黙って、その言葉を受け取った。


「見せる相手は選べ。それも実力のうちだ」


「覚えておきます」


レオンは一礼し、教室を出た。


廊下には、もうほとんど生徒が残っていない。


だが、階段へ向かおうとしたとき、窓際に立つ人影が見えた。


黒い外套。


ミナ・クロウ。


「遅かった」


ミナが言う。


「待っていたんですか?」


「少しだけ」


彼女の視線が、閉じられた教室の扉へ向く。


「何を聞かれた?」


「僕の魔法についてです」


「どこまで話した?」


「名前と、自分で作ったことだけです」


ミナは小さく頷いた。


「それでいい」


「なぜですか?」


ミナは答えず、周囲を確認した。


廊下に他の生徒はいない。


それでも声を落とす。


「色のない魔力を使う人間は、珍しい」


「知っているんですか?」


「少しだけ」


ミナは外套の内側へ手を入れた。


取り出したのは、細く折り畳まれた紙だった。


レオンが受け取る。


開くと、そこには短い一文だけが書かれていた。


『色なき者を、学院の地下へ近づけるな』


レオンは紙から顔を上げる。


「これは?」


「今朝、私の部屋に置かれていた」


ミナの表情から、いつもの気だるさが消えていた。


「扉には鍵がかかっていた」


白い仮面の人物。


色のない魔力。


レオンへ届いた手紙。


そして、ミナの部屋へ置かれた警告。


偶然とは思えない。


「学院の地下には、何があるんですか?」


レオンが尋ねる。


ミナはゆっくりと首を振った。


「分からない」


そして、階段の下へ視線を向ける。


「だから調べる」


レオンは手の中の紙を見つめた。


学院生活は始まったばかりだ。


それなのに、最下位から這い上がるという目標の裏側で、別の何かが動き始めていた。

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