第22話 最下位と首位
Dクラスの生徒たちは、校舎の裏手にある訓練場へ移動した。
土を固めて造られた広い円形の敷地。その中央には、白い線で直径20歩ほどの円が描かれている。
教師は生徒たちを円の外側へ並ばせると、訓練用の武器が収められた棚を指さした。
「武器は自由に選べ。魔法とスキルの使用も許可する」
生徒たちの間に緊張が走る。
「勝敗は、降参、場外、戦闘続行不能、または俺が決着したと判断した時点で決める。訓練ではあるが、遊びではない」
教師の視線が鋭くなる。
「故意に相手へ重傷を負わせた者は、その場で失格とする」
「分かりやすくていいな」
ガルドは背負っていた大型盾を地面へ下ろした。鈍い音とともに土が沈む。
試験で使っていたものと同じ、ガルド自身の盾だった。金属で補強された分厚い盾は、彼の身体をほとんど隠してしまうほど大きい。
「自分の武器を使ってもいいんですか?」
レオンが尋ねる。
「学院の確認を受けた装備なら構わない」
教師が答えた。
レオンは腰の剣へ手を伸ばしかけたが、途中で止めた。模擬戦で真剣を使う必要はない。
棚から、自分の剣と重さの近い木剣を選ぶ。何度か軽く振り、重心を確かめた。
少し先端が軽い。だが、問題はない。
「レオン」
ガルドが大型盾を構えながら言った。
「手加減はいらねえぞ」
「怪我をします」
「お前が俺を心配してんのか?」
「自分の心配です」
一瞬の沈黙。
ガルドが腹を抱えて笑った。
「正直な奴だな!」
2人が円の中央へ進む。
円の外側では、生徒たちが小声で話していた。
「いくら制御がすごくても、相手が悪いだろ」
「ガルドはDクラス1位だぞ」
「あの盾をどうやって突破するんだよ」
「300位が勝てるわけない」
先ほどとは違い、レオンを完全に笑う声は少なかった。木の輪を操った魔力制御は、全員が見ている。
それでも、ガルドが優勢だと考える者がほとんどだった。レオン自身も、同じ判断をしていた。
正面から力をぶつければ、勝ち目はない。ガルドは入学試験で、石人形の攻撃を大型盾だけで受け止めている。
レオンの身体能力は鍛えた同年代の範囲を出ない。剣を何度打ち込んでも、盾ごとガルドを押し切ることは不可能だった。
ならば、力比べをしなければいい。
「準備はいいな」
教師が右手を上げる。
ガルドが腰を落とした。大型盾の下端が、わずかに土へ食い込む。
レオンは木剣を中段に構える。
「始め!」
教師の腕が振り下ろされた。
直後、ガルドが地面を蹴った。
「おおおっ!」
大型盾を前へ突き出し、一直線に突進してくる。
速い。
身体の小ささと盾の重さからは想像できない加速だった。
危機察知が反応するよりも早く、レオンは右へ踏み出した。
歩法。
盾の進行方向から身体を外し、その側面へ回り込む。
ガルドの脇が見えた。
レオンは木剣を振る。
だが、剣が届く直前、ガルドの盾が横へ動いた。
「なっ」
分厚い盾の側面が、レオンの木剣を受け止める。
ガルドは正面へ突進しながら、身体を回転させていた。剣を弾くと同時に、盾の角がレオンの胸へ迫る。
危機察知。
レオンは上体を反らした。
盾の角が服の表面をかすめる。あと半歩遅ければ、まともに胸を打たれていた。
レオンは後方へ跳び、距離を取る。
「避けるなあ!」
ガルドが楽しそうに笑う。
ただ盾を前へ構えているわけではない。
盾術。
攻撃を受ける位置を調整し、相手の武器を流し、そのまま反撃へつなげている。盾そのものが、攻撃と防御を兼ねた武器になっていた。
「次はこっちから行くぞ!」
ガルドが盾の裏側から右腕を伸ばす。地面へ土属性の魔力が流れた。
「ストーンウォール!」
レオンの背後で地面が盛り上がる。土と石が絡み合い、瞬く間に腰の高さを超えた。左右にも壁が伸び、レオンの退路を狭めていく。
正面にはガルド。
背後には石壁。
左右へ逃げられる幅も少ない。
ガルドは大型盾を構え直した。
「今度は避けられねえぞ!」
再び突進。
先ほどよりも速い。
レオンは退路を確認する。
左側にはわずかな隙間がある。だが、ガルドもそれを見ている。左へ逃げれば、盾の向きを変えて押し出される。
右側には石壁が張り出している。正面から受ければ、木剣ごと吹き飛ばされる。
レオンは動かなかった。
「おい!」
円の外から誰かの声が上がる。
ガルドとの距離が縮まる。
5歩。
4歩。
3歩。
ここだ。
レオンは右へ踏み込んだ。逃げ道のない、石壁の方向へ。
「そっちは壁だぞ!」
ガルドが叫ぶ。
レオンは木剣を振り上げた。刃のない木剣の表面へ、色のない魔力を集める。
薄く、細く。
必要な場所だけに。
ゼロエッジ。
木剣が石壁へ触れた。硬いはずの石が、ほとんど抵抗を見せずに切れる。
レオンは人1人が通れるだけの細い切れ目を作り、その隙間へ身体を滑り込ませた。
次の瞬間、ガルドの大型盾が石壁へ激突する。
轟音。
石壁の中央に大きな亀裂が走った。
「壁を切ったのか!?」
生徒たちの声が上がる。
ガルドは盾を石壁へ押しつけたまま、レオンの姿を探した。
その背後。
切れ目を通り抜けたレオンが、木剣を振り上げる。
「後ろだ、ガルド!」
円の外から声が飛ぶ。
ガルドが振り返る。大型盾も同時に動いた。
間に合う。
レオンの剣が届くよりも先に、盾が進路を塞ぐ。ガルドの反応は速かった。
レオンは木剣を振り下ろす。
乾いた音。
木剣は大型盾の中央に受け止められた。
「惜しかったな!」
ガルドが盾を押し返す。
レオンの身体が後ろへ下がった。
力では耐えられない。
両足が土の上を滑る。ガルドは逃さず距離を詰めてくる。盾の向こう側から、鋭い視線がレオンを捉えていた。
「もう一度だ!」
大型盾が横薙ぎに振られる。
レオンは姿勢を低くし、盾の下へ潜り込もうとする。
だが、ガルドは盾を下げた。逃げ道を塞がれる。
レオンは後方へ跳んだ。
盾の先端が木剣へ当たり、強い衝撃が腕まで伝わる。木剣を落としそうになる。
重い。1回受けただけで、手のひらが痺れていた。
攻撃を受け流されれば、そのまま反撃される。
距離を取れば、ストーンウォールで退路を塞がれる。
接近しても、大型盾の内側へ入れない。
ガルドの防御には、ほとんど隙がなかった。
「どうした!」
ガルドが盾の陰から声を上げる。
「まだ終わりじゃねえだろ!」
「もちろんです」
レオンは木剣を握り直した。
ガルドの呼吸は乱れていない。
盾を持つ腕も下がっていない。
長期戦になれば、体格と筋力で劣るレオンが不利になる。
正面から盾を破ることはできない。回り込んでも対応される。
ならば、盾を動かせばいい。
レオンはガルドへ踏み込んだ。右上から木剣を振り下ろす。
ガルドが盾を傾け、攻撃を外側へ流す。レオンは流された勢いに逆らわず、そのまま左へ回る。
横から2撃目。
盾が追ってくる。
防がれる。
レオンは一度距離を取り、今度は低い位置へ木剣を振る。
ガルドが盾を下げる。
再び右上。
盾が上がる。
左側面。
盾が回る。
すべて防がれた。
「何回やっても同じだぞ!」
ガルドが笑う。
だが、レオンは攻撃をやめない。
右上。
左側面。
足元。
突き。
同じ動きを、わずかに順番を変えながら繰り返す。
反復作業。
繰り返すたびに、ガルドの動きを記憶する。
盾を上げるとき、右足が半歩前へ出る。
左からの攻撃を受けるとき、身体を時計回りにひねる。
低い攻撃を防いだ直後だけ、盾の上端がわずかに外側へ開く。
大きな隙ではない。剣を通すには足りない。
だが、盾を動かすには十分だった。
レオンは再び右上から木剣を振り下ろした。
ガルドが盾を傾ける。予想どおりの角度。
レオンは攻撃を途中で止め、足元へ踏み込んだ。
「フェイントか!」
ガルドが盾を下げる。
それも予想どおり。
レオンの左手から、細い魔力の糸が伸びた。
ゼロスレッド。
色のない糸は、大型盾の上端へ絡みつく。
レオンはガルドの盾を力ずくで引こうとはしなかった。そんなことをしても、力で負ける。
ガルドが盾を下げる動きに合わせ、斜め外側へわずかに力を加える。
ほんの指1本分。
盾の向きがずれた。
「なにっ?」
ガルドの顔が、盾の陰から現れる。
レオンはすでに動いていた。
歩法。
ずれた盾とガルドの身体の間へ、滑り込む。
ガルドが慌てて盾を戻そうとする。
間に合わない。
レオンの木剣が、ガルドの首元で止まった。大型盾の角も、レオンの脇腹へ届く寸前で静止している。
2人はその姿勢のまま動かなかった。訓練場から音が消える。
教師が2人の位置を確認する。
木剣はガルドの首へ届いている。
盾はレオンの身体へ触れていない。
「そこまで」
教師の声が響いた。
レオンはすぐに木剣を引き、ゼロスレッドを消した。ガルドも大型盾を下ろす。
「勝者、レオン・アーヴェル」
一瞬の静寂。次の瞬間、Dクラスの生徒たちが一斉にざわめいた。
「300位が勝った……?」
「Dクラス1位に?」
「最後、盾が勝手に動かなかったか?」
「糸みたいなものが見えたぞ」
ガルドは自分の盾を見下ろした。
上端には傷も跡も残っていない。それでも、確かに何かに引かれた感触があった。
「力で盾を動かしたわけじゃねえな?」
「ガルドが動かしていた方向を、少し変えただけです」
「少しって……」
ガルドは呆れたように呟き、やがて大きく笑った。
「負けた! 完敗だ!」
ガルドは迷いなく手を差し出した。
「次は、その糸ごと防いでやる」
レオンは差し出された手を見る。
負けた直後にもかかわらず、ガルドの表情に怒りや悔しさはなかった。
いや。
悔しさはある。だが、それ以上に楽しんでいる。
レオンはその手を握った。
「次は、別の方法を考えます」
「同じ方法でもう1回やれよ!」
「対策すると言ったのはガルドです」
「それはそうだけどよ!」
円の外から笑い声が起きた。
教師は2人から視線を外し、名簿を開く。
赤い文字で書かれた、レオンの名前の横。その下へ、新たな言葉を書き加えた。
魔力制御。
判断力。
剣術。
未知の魔法。
そして最後に、短く記す。
――実戦能力、順位不相応。
教師は名簿を閉じた。
「勘違いするな」
その声で、生徒たちが静かになる。
「今回の勝利だけで、クラス内順位が入れ替わるわけではない。ガルドは1位、レオンは60位のままだ」
レオンは小さく頷く。
1度勝っただけだ。
目標の15位以内まで、あと45人。
何も変わっていない。
「だが、今日の結果は評価へ加える」
教師は次の2人の名前を確認する。
「自分より順位が低いという理由だけで、相手を弱いと決めつけるな。入学試験の順位は現在地にすぎない」
教師の視線が、生徒たちを順番に捉える。
「4カ月後、この中の誰が上位15人にいるかは、まだ決まっていない」
先ほどまでレオンを笑っていた者たちは、もう笑っていなかった。向けられる視線も変わっている。
好奇心。
警戒。
そして、競争相手を見る目。
教師が名簿を読み上げた。
「次。Dクラス2位と59位、円の中へ入れ」
2人の生徒が緊張した表情で歩き出す。
レオンは木剣を棚へ戻し、円の外へ向かった。ガルドも大型盾を背負い、その隣へ並ぶ。
「レオン」
「はい」
「お前、本当はどこまで上がるつもりだ?」
レオンは訓練場の先へ目を向けた。
Dクラスの上にはCクラスがある。その上にはB、A、S。Sクラスには、リゼットがいる。
「まずは15位以内です」
「その先を聞いてんだよ」
レオンは少しだけ考える。そして、正直に答えた。
「上がれるところまで」
ガルドが口元を上げる。
「なら、俺も負けてられねえな」
訓練場に、次の模擬戦の開始を告げる声が響いた。
最下位だった少年を見る教室の目は、もう以前と同じではなかった。
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