第19話 最下位の教室
『君は、誰に選ばれてこの世界へ来た?』
白い紙に書かれた一文を、レオンはもう一度読み返した。答えはない。そもそも、自分を選んだ者がいるのかさえ分からない。前世で死に、気がつけば赤子になっていた。それだけだ。
レオンは手紙を折り、帳面の一番奥へ挟んだ。今は調べる手段がない。ならば、忘れないように記録する。それが今できる、唯一のことだった。
王立魔法学院の入学初日。中央校舎前の広場には、合格した300人の生徒が集められていた。
正面には、5枚の大きな掲示板。上から順に、S。A。B。C。D。各クラス60人。入学試験の順位によって、最初の所属が決まる。
「3位。リゼット・アルヴァ……Sクラス」
赤い髪を揺らし、リゼットが掲示板を見上げていた。喜んでいる。だが、その表情はすぐに曇った。彼女の視線が、5枚目の掲示板へ移る。
「300位、レオン・アーヴェル……」
最下段。Dクラスの、一番下だった。
リゼットが人混みを押し分けてくる。
「どうして、あなたがDクラスなのよ」
「入学試験が300位だったからです」
「それは分かってるわ!」
声が広場に響いた。近くの生徒たちが振り返る。リゼットは一瞬だけ口を閉じ、声を落とした。
「あの追加試験の記録が認められていれば、こんな順位には――」
「無効になった試験です」
レオンは淡々と答えた。
「あれを順位に入れれば、不正を認めることになる」
「でも……」
「それに、最下位なら分かりやすい」
レオンはDクラスの掲示板を見る。
「これ以上、下はない」
リゼットが眉を寄せた。
「あなた、本当に悔しくないの?」
「悔しいです」
即答だった。リゼットが目を見開く。
「だから、上がります」
Dクラスの上にはCクラス。その上にはB、A、Sがある。1年を12カ月とし、4カ月ごとに昇降格戦が行われる。下位クラスの上位15人は、1つ上のクラスの下位15人へ挑戦できる。勝てば昇格。負ければ、そのまま。
今の位置は、終わりではない。開始地点だ。
「まず、Dクラスで15位以内に入る」
レオンが言うと、リゼットは小さく息を吐いた。
「4カ月後にCクラス?」
「その予定です」
「遅いわ」
リゼットは胸を張る。
「もっと早く上がってきなさい。私が卒業するまで、ずっとSクラスにいるとは限らないんだから」
「下がる予定があるんですか?」
「そういう意味じゃない!」
また声が響いた。
「お前ら、朝から元気だな」
大きな盾を背負ったガルドが、笑いながら近づいてきた。鉱人種である彼の名前は、Dクラスの最上段にある。241位。Dクラス一位だ。
「俺とレオンは同じ教室だな」
「ガルドはDクラスの一位です」
「おう。そして、お前は60位」
ガルドは豪快に笑い、レオンの肩を叩いた。
「端と端で分かりやすいじゃねえか」
「痛いです」
「悪い悪い」
そう言いながら、まったく悪びれていない。
ガルドが持つスキルは、一般級:盾術。実戦試験では大型盾とストーンウォールを使い、正面から石人形の攻撃を受け止めた。同じDクラスに彼がいることは、レオンにとって悪い知らせではなかった。
「ミナは?」
ガルドが周囲を見回す。少し離れたAクラスの掲示板前。黒い外套を着た少女が、こちらを見ていた。117位。Aクラス。
ミナ・クロウはレオンと目が合うと、自分の目を指さした。次に、レオンの左手。そして、何も言わずに校舎へ入っていった。
白い仮面の人物。色のない魔力。あの手紙。
忘れるな。
そう伝えているように見えた。
「行くぞ、レオン」
ガルドに呼ばれ、レオンはDクラスの教室へ向かった。校舎の1階。廊下の最も奥。扉の上には、大きく「1年D組」と書かれている。
教室には、すでに多くの生徒が集まっていた。レオンが入ると、いくつもの視線が向けられる。
「300位だ」
「本当に入学したのか」
「魔法基礎試験の威力が7だった奴だろ」
小さな声。笑い。好奇心。侮り。前世でも、現世でも知っている目だった。
レオンは反応せず、最後列の空席へ向かう。その途中、教壇に置かれた名簿が、風で1枚だけめくれた。一瞬だけ見えた自分の名前。レオン・アーヴェル。受験番号、1847。
その横に、赤い文字が書き加えられていた。
――要観察。
レオンが足を止める。だが次の瞬間、教室の扉が閉まった。
「全員、席につけ」
教壇の前に立った教師が、名簿を裏返す。赤い文字は見えなくなった。
レオンは何も言わず、最後列の席へ座った。
学院生活初日。最下位の教室にも、すでに誰かの目が入り込んでいた。




