第15話 無効となった試験
『送信状況』
『完了』
黒い魔導兵から取り出した金属板に、魔導文字が浮かんでいる。
レオンは、その2文字を見つめた。
黒い魔導兵は、ただ自分を排除するために動いたのではない。
戦い方を観察し。
新しい魔法の使い方を記録し。
どこかへ送信した。
対象B。
第0研究室。
20年前に廃棄されたはずの魔導兵。
自分の能力を知り、戦闘記録を集めている何者か。
考えなければならない。
今見たものを、忘れないうちに帳面へ記録する。
そう思い、腰へ手を伸ばした。
その瞬間。
指先から力が抜けた。
金属板が床へ落ちる。
硬い音が、静かになった実技場へ響いた。
「レオン?」
リゼットの声が聞こえる。
返事をしようとしたが、息がうまく吸えない。
黒い魔導兵につかまれた首が熱い。
視界の端が、ゆっくりと暗くなっていく。
魔力を使いすぎた。
昨日から、満足に休んでもいない。
身体が限界を迎えていたことに、気づくのが遅れた。
また失敗した。
記録しなければ。
レオンは、もう1度腰へ手を伸ばした。
だが。
指は帳面に届かなかった。
膝から力が抜ける。
身体が前へ傾いた。
「レオン!」
床へ倒れる直前。
リゼットが、レオンの身体を受け止めた。
「しっかりしなさい!」
遠くでヴァルターが何かを叫んでいる。
女性職員が、治療師を呼ぶために走り出す。
頬に触れる手の感覚。
焦りを含んだリゼットの声。
それを最後に。
レオンの意識は、暗闇へ落ちた。
目を覚ますと、白い天井が見えた。
薬草の匂いがする。
身体を起こそうとすると、首に鋭い痛みが走った。
「動かない方がいいわ」
隣から声が聞こえる。
リゼットが椅子へ座り、腕を組んでいた。
窓の外は、すでに夕暮れだった。
「ここは?」
「学院の治療室よ」
レオンは首元へ手を伸ばす。
包帯が巻かれていた。
「どれくらい眠っていましたか」
「4時間ほど」
「魔導兵は?」
「停止したまま。学院の研究員が調べているわ」
「金属板は?」
「学院が回収した」
「記録は?」
「あなた、自分の身体より先にそれを聞くの?」
「重要です」
リゼットは、呆れたように息を吐いた。
「記録用の魔導器は止まっていなかったそうよ。お父様が複製も要求しているわ」
そこまで聞き、レオンは枕へ頭を戻した。
起きたことが記録に残っているなら、学院も簡単には隠せない。
ヴァルターが仕組んだ追加試験。
20年前に廃棄されたはずの適応型魔導兵。
第0研究室。
対象B。
そして、どこかへ送信された戦闘記録。
「ヴァルターさんは?」
「拘束されているわ」
「拘束?」
「正式な許可を取らずに、追加試験を行ったことが分かったの」
リゼットは、机の上から1枚の書類を取った。
試験前。
レオンがヴァルターへ作成させた、追加試験の記録だった。
「入試管理部には、試験内容を一部変更する権限がある。でも、個別に追加試験を行う場合は、入試総責任者の許可が必要だったそうよ」
「ヴァルターさんは、許可を取っていなかった」
「ええ」
「理由は?」
「聞いても話さないみたい」
ヴァルターは、鑑定を行う前から、レオンが5個のスキルを持っていることを知っていた。
しかし。
黒い魔導兵。
対象B。
その2つについては、本当に知らなかったように見えた。
レオンを調べようとした者。
レオンの戦闘記録を集めている者。
学院の中で、別々の人間が動いている可能性がある。
治療室の扉が開いた。
入ってきたのは、銀色の髪を後ろでまとめた女性だった。
年齢は30歳ほど。
紺色の制服。
左胸には、学院の紋章と金色の徽章がついている。
その後ろから、ダリウスとオルディスも入ってきた。
女性はベッドの前へ立った。
「レオン・アーヴェル君ね」
「はい」
「王立魔法学院の入試総責任者、クラリス・エルネストです」
クラリスは深く頭を下げた。
「今回の件について、学院を代表して謝罪します」
レオンは、すぐには答えなかった。
謝罪を受け入れるには、分からないことが多すぎる。
「ヴァルター・ヘインズは、規則に違反して追加試験を実施しました」
「黒い魔導兵も、ヴァルターさんが用意したんですか」
「本人は否定しています」
「学院は、どう判断していますか」
「現時点では、ヴァルターが起動させた証拠はありません」
クラリスは、迷わず答えた。
「第7実技棟の地下から、設計図には存在しない保管庫が発見されました」
「黒い魔導兵が入っていた場所ですか」
「おそらく」
「第0研究室は?」
クラリスの表情が、わずかに硬くなる。
「学院の現在の記録には存在しません」
「20年前は?」
「確認させています」
知らないのか。
知っていて隠しているのか。
今のレオンには判断できなかった。
「黒い魔導兵から外した金属板は?」
「学院で保管しています」
「見せてもらえますか」
「今はできません。危険な魔導器の一部です」
証拠を学院だけへ預ければ、消される可能性がある。
それを考えたのは、レオンだけではなかった。
「金属板の調査と保管には、アルヴァ家の人間も立ち会わせてもらう」
オルディスが言った。
「学院内で、娘とレオン君を狙う事件が起きている。学院だけへ任せるつもりはない」
クラリスは、少し考えたあとにうなずいた。
「認めます」
「記録魔導器の複製も必要だ」
「すでに用意しています」
クラリスは、レオンへ視線を戻した。
「君の追加試験については、無効とします」
「合格ではないんですか」
「無許可で行われた試験です。入学試験の点数には加えられません」
魔導兵5体を停止させた。
そのうち1体は、レオンの魔法を模倣する危険な試作機だった。
それでも。
試験結果としては、何も残らない。
「通常の入学試験は、明日の朝です」
クラリスが続ける。
「希望するなら、7日後へ延期できます」
「延期した場合、試験内容は同じですか」
「いいえ。別の試験を用意します」
学院内に敵がいる可能性がある。
1人だけ違う試験を受ける方が危険だった。
「明日、受けます」
「レオン!」
リゼットが声を上げた。
「さっきまで意識を失っていたのよ!」
「延期した方が危険です」
「でも――」
「明日の朝、治療師が確認します」
クラリスが2人の会話を止める。
「危険だと判断した場合は、本人の意思にかかわらず延期します」
「分かりました」
「今夜は、必ず休みなさい」
クラリスは治療室を出ていった。
リゼットは、まだ納得していない顔をしている。
「本当に受けるつもり?」
「はい」
「試験中に倒れても知らないわよ」
「そのときは助けてください」
リゼットが目を瞬いた。
レオンも、自分の言葉に少し驚いた。
これまでなら。
誰かへ助けを求めることはなかった。
自分で考える。
自分で準備する。
自分で失敗を修正する。
だが。
1人ではできないこともある。
リゼットは、少しだけ笑った。
「仕方ないわね」
「まだ倒れると決まったわけではありません」
「今のは取り消しよ」
「なぜですか」
「可愛げがないからよ」




