第14話 失敗を知らない模倣
『レオン・アーヴェルの排除を開始する』
黒い魔導兵の左手から、透明な糸が放たれた。
速い。
レオンは右へ跳ぶ。
直後、ゼロスレッドが先ほどまで立っていた床をなぞった。
黒い石床に、細い傷が走る。
糸ではない。
刃として圧縮されている。
灰牙狼を倒したとき、レオンが使った方法だった。
「どうして、あれがレオンの魔法を使えるのよ!」
観覧室からリゼットの声が聞こえる。
ヴァルターは操作盤へ何度も魔力を流していた。
「私にも分からない!」
「あなたが用意したのでしょう!」
「通常の魔導兵は4体だけだ! あの黒い機体は試験内容に含まれていない!」
嘘をついているようには見えない。
少なくとも、今起きている異常はヴァルターの予定にもなかった。
だが。
だからといって、黒い魔導兵が止まるわけではない。
背後から金属音が響く。
赤い目をした4体の魔導兵も動き始めた。
剣。
盾。
長い棒。
無手。
先ほどの試験とは違う。
水晶を守るのではなく、レオンを囲むように広がっていく。
正面には黒い魔導兵。
背後には4体。
逃げ道はない。
レオンは左手を上げた。
「ゼロスレッド」
透明な糸を天井近くの魔石へ伸ばす。
糸を縮め、その力で身体を上へ引く。
地上から逃れる。
そのつもりだった。
黒い魔導兵が同時に左手を上げる。
透明な糸が、レオンの糸へ絡みついた。
引かれる。
レオンの身体が上ではなく、黒い魔導兵の方へ動いた。
「っ!」
魔法を消す。
床へ着地した直後、黒い剣が横から迫る。
レオンは身体を低くした。
頭上を刃が通過する。
続いて、金属の膝が腹部へ向かってくる。
両腕を交差して受ける。
強い衝撃。
身体が後方へ弾き飛ばされた。
床を転がる。
背中が壁へぶつかった。
息が詰まる。
止まる時間はない。
危機察知が、強く反応している。
レオンは床へ手をつき、横へ転がった。
剣の魔導兵が振り下ろした刃が、壁へ食い込む。
立ち上がる。
右腕がしびれている。
先ほどの一撃を受けた影響だ。
黒い魔導兵が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
『回避行動を記録』
『防御動作を記録』
『最適化を実行』
赤い目が明滅する。
次の瞬間。
黒い魔導兵の動きが変わった。
先ほどより速い。
レオンが右へ避ける前に、その方向へ糸が張られる。
左へ動けば、剣の魔導兵が待っている。
後ろへ下がれば、棒が逃げ道を塞ぐ。
レオンが試験中に見せた動き。
そのすべてを使い、逃げる場所を先回りしている。
レオンは短剣を持っていない。
試験中に盾の魔導兵の背後へ飛ばしたままだ。
武器を取り戻そうと視線を動かす。
黒い魔導兵が、その動きに反応した。
透明な糸が短剣へ伸びる。
レオンより先に巻きつき、黒い魔導兵の手元へ引き寄せられた。
右手の剣。
左手には短剣。
どちらもレオンへ向けられる。
『武装を追加』
「本当に、何でも真似するのね」
観覧室でリゼットが炎を生み出す。
「壁を壊すわ!」
「待て!」
ヴァルターが叫んだ。
「今、外部から魔法を当てれば、内部の防御魔導器が反応する! 実技場全体へ衝撃を返す可能性がある!」
「では、何もしないで見ていろと言うの!」
「管理棟へ職員を向かわせている!」
それまで、レオンが生きていられる保証はない。
黒い魔導兵が踏み込む。
短剣が下から迫る。
レオンは半歩下がった。
そこへ、剣が振り下ろされる。
避けるため、さらに右へ動く。
右側には、すでに透明な糸が張られていた。
外套の袖が触れる。
布が裂けた。
同時に、右腕の皮膚が浅く切れる。
血が流れる。
「レオン!」
リゼットの声。
レオンは傷口を押さえず、距離を取った。
黒い魔導兵は追ってこない。
逃げ道を塞ぐように、4体の魔導兵が位置を変える。
完全に読まれている。
歩法。
糸を伸ばす位置。
攻撃を避けたあとの動き。
短剣の使い方。
これまで成功したすべての行動が、黒い魔導兵の中へ記録されている。
しかも。
同じ方法を、レオンより強い力と速い動きで実行している。
同じことを続ければ、勝てない。
レオンは呼吸を整えた。
同じ成功を繰り返しても、相手には通用しない。
ならば。
成功していないことを試す。
レオンの腰には、帳面がある。
7年間。
成功したことだけではなく、失敗したことを書き続けてきた。
糸が切れた。
魔力が足りなかった。
狙った場所へ届かなかった。
複数の糸が絡まった。
力を込めすぎて制御を失った。
無駄になった試行は、1個もない。
黒い魔導兵は、レオンの成功を模倣している。
だが。
失敗した理由までは知らない。
「やってみるか」
レオンは左手を前へ出した。
「ゼロスレッド」
透明な糸が、黒い魔導兵へ向かう。
相手の左手も動いた。
糸をつかもうとする。
レオンは糸を消さなかった。
ただし。
強く張らない。
途中で魔力を弱める。
透明な糸が、力を失ったように床へ垂れた。
黒い魔導兵の手が空をつかむ。
『軌道の異常を確認』
もう1本。
今度は黒い魔導兵の右側へ伸ばす。
途中で曲がる。
床に触れる。
さらに1本。
天井へ向けて伸ばしたあと、途中で落とす。
真っ直ぐではない。
速くもない。
何かを引く力もない。
7年前。
小石すら持ち上げられなかった頃の、弱く不安定な糸。
黒い魔導兵は、それを1本ずつ追いかける。
左手が動く。
右手の剣が動く。
糸を切ろうとする。
だが、糸は力なく形を変え、刃を避けるように垂れ下がる。
「何をしているの?」
リゼットがつぶやく。
レオンは答えない。
4本。
5本。
6本。
力の弱い糸を、黒い魔導兵の周囲へ伸ばしていく。
魔力の消費は少ない。
しかし、制御は難しい。
張った糸なら、伸ばす方向を決めればいい。
力のない糸は、床や魔導兵の動きによって簡単に形が変わる。
黒い魔導兵が踏み出す。
垂れ下がった糸を脚が押す。
糸が滑り、足首へ巻きついた。
黒い魔導兵は気づかない。
力が弱すぎるため、拘束とは判断されていない。
さらに1歩。
別の糸が、膝の関節へ入る。
腕を動かす。
垂れた糸が、肘へ巻きつく。
『無効な魔力反応』
『排除優先度を低下』
黒い魔導兵は、弱い糸を脅威ではないと判断した。
レオンは左手の指を1本ずつ曲げる。
今は引かない。
まだ足りない。
黒い魔導兵が剣を構えた。
その後ろから、4体の魔導兵も近づいてくる。
囲まれる。
残りの距離は、およそ10歩。
黒い魔導兵が走り出した。
レオンは動かない。
「避けなさい!」
リゼットが叫ぶ。
あと7歩。
5歩。
3歩。
黒い剣が振り上げられる。
レオンは左手を強く握った。
周囲へ垂らしていた、すべての糸へ魔力を流す。
一瞬で張る。
黒い魔導兵の足首。
膝。
肘。
肩。
身体の各所へ巻きついた糸が、同時に引かれた。
「止まれ!」
黒い魔導兵の動きが崩れる。
剣を振り下ろす右腕。
踏み込む左脚。
前へ進む身体。
それぞれが別の方向へ引かれた。
完全には止まらない。
糸の力だけでは、黒い魔導兵の強さに勝てない。
だが。
動きを、指1本分ずらすことはできる。
黒い剣がレオンの肩を外れる。
レオンは魔導兵の懐へ入った。
胸の白い魔石。
その周囲を、黒い装甲が覆っている。
外から切るには硬すぎる。
黒い魔導兵が左腕を振る。
レオンの首をつかもうとする。
レオンはその腕の下へ身体を入れた。
胸の装甲へ左手を添える。
「ゼロスレッド」
透明な糸を、胸の魔石へ向ける。
黒い魔導兵の手が動いた。
糸をつかもうとする。
だが、今度は外へ伸ばしていない。
装甲と魔石のわずかな隙間。
そこへ、直接糸を滑り込ませる。
7年間。
何度も試した。
石の中へ魔力を通す。
木材の内部へ糸を入れる。
魔導器の外側から、内部の部品を動かす。
ほとんど失敗した。
目で見えない。
形が分からない。
少しでも方向を間違えれば、糸が途切れる。
成功したことは、数えるほどしかない。
だから、黒い魔導兵は知らない。
『未確認の魔力経路』
『模倣――』
レオンは目を閉じた。
指先へ伝わる感覚に集中する。
硬い装甲。
その内側。
魔石を固定する金具。
複数の魔力導線。
どれが魔導兵を動かしている。
どれを切れば停止する。
分からない。
一度で正解を引く必要はない。
1本目。
引く。
変化はない。
違う。
2本目。
魔導兵の右腕がわずかに止まる。
腕を動かす導線。
目的ではない。
3本目。
赤い目が一瞬消える。
近い。
黒い魔導兵の左手が、レオンの首をつかんだ。
強い力で締められる。
息ができない。
足が床から浮く。
「レオン!」
観覧室で炎が弾けた。
リゼットが壁へ魔法を放とうとしている。
「待ってください!」
レオンは苦しみながら声を上げた。
炎が止まる。
自分で終わらせる。
左手の指を、わずかに動かす。
4本目。
何か硬いものへ触れる。
魔石から伸びた、太い導線。
レオンは糸を巻きつけた。
引く。
動かない。
力が足りない。
黒い魔導兵の指が、さらに首へ食い込む。
視界が暗くなる。
直接引き抜くことはできない。
ならば。
切るのではなく。
緩める。
金具へ巻きついた糸を、細かく左右へ動かす。
1回。
2回。
3回。
同じ場所へ、何度も力を加える。
4回。
5回。
金属がきしむ。
黒い魔導兵の赤い目が明滅する。
10回。
20回。
首をつかむ力が弱くなる。
30回。
金具が外れた。
胸の中で、何かが落ちる音。
黒い魔導兵の身体が大きく震えた。
『中枢導線の異常』
『再接続を――』
レオンは、外れた導線へ糸を巻きつけた。
最後の力で引く。
魔石と導線が離れた。
黒い魔導兵の赤い目が消える。
首をつかんでいた手が開いた。
レオンは床へ落ちた。
膝をつく。
空気を吸う。
喉が焼けるように痛い。
動きを止めた黒い魔導兵が、レオンの前へ立っている。
一瞬の沈黙。
その身体が、前へ傾いた。
レオンは横へ転がる。
黒い魔導兵が、大きな音を立てて床へ倒れた。
同時に。
訓練場へ供給されていた魔力が途切れた。
壁の赤い魔石が消える。
残っていた4体の魔導兵も、その場で停止した。
鉄扉の鍵が外れる。
観覧室からリゼットが飛び出してきた。
「レオン!」
床へ座り込んだレオンの前へ、膝をつく。
首元を見る。
赤黒い指の跡が残っていた。
「大丈夫なの?」
「息はできます」
「大丈夫ではないでしょう!」
「生きています」
「見れば分かるわ!」
怒鳴りながら、リゼットの声は震えていた。
ヴァルターと女性職員も訓練場へ入ってくる。
ヴァルターは倒れた黒い魔導兵を見ると、明らかに動揺した。
「この機体は……」
「知っているんですか」
レオンが尋ねる。
ヴァルターは答えない。
黒い魔導兵の胸元へ近づき、白い魔石を確認する。
「あり得ない」
「何がですか」
「この魔導兵は、20年前に廃棄された」
ヴァルターの顔から血の気が引いている。
「自ら戦闘方法を学習し、魔法を再現する試作機」
「なぜ、実技棟に?」
「分からない。廃棄記録も確認した」
「あなたが保管していたのではないの?」
リゼットが問い詰める。
「違う!」
ヴァルターが強く否定する。
「あれは危険すぎた。学院の研究評議会が、すべての機体と設計図を処分したはずだ」
レオンは倒れた魔導兵を見る。
20年前に廃棄された試作機。
それが、レオンの受験番号を知っていた。
対象Bという呼び方も。
偶然、ここへ置かれていたとは考えにくい。
レオンは立ち上がろうとした。
足に力が入らず、身体が傾く。
リゼットが肩を支える。
「動かないで」
「確認したいことがあります」
黒い魔導兵の胸。
白い魔石の下。
外れた導線の奥に、金属板が見える。
レオンはゼロスレッドを伸ばした。
今度は警戒する必要はない。
細い金属板を引き出す。
表面には、古い文字が刻まれていた。
『適応型魔導兵・試作第7号』
その下。
製造した研究部署の名前。
『王立魔法学院・第0研究室』
「第0研究室?」
リゼットが読み上げる。
ヴァルターの表情が固まった。
「そんな研究室は存在しない」
「でも、ここに書かれています」
「学院にあるのは、第1研究室から第12研究室までだ」
レオンは金属板を裏返した。
裏面にも文字がある。
新しく刻まれたような傷。
『対象B・戦闘記録』
その下では、魔導文字が淡く光っていた。
『送信状況』
『完了』
レオンの手が止まる。
黒い魔導兵は、ただ排除するために動いたのではない。
戦闘を観察し。
新しい使い方まで記録し。
どこかへ送った。
レオンが魔導兵を止めるより先に。
目的は達成されていた。
「どこへ送ったの?」
リゼットが尋ねる。
ヴァルターは首を横へ振る。
「この設備には、外部へ記録を送る機能などない」
ならば。
学院の通常設備ではない、別の場所へつながっている。
レオンは金属板を見つめた。
対象B。
第0研究室。
20年前に廃棄されたはずの魔導兵。
自分の能力を知り、記録を集めている何者か。
黒い魔導兵は停止した。
試験には合格した。
だが。
レオンの新しい戦い方は。
すでに、見知らぬ誰かのもとへ届いていた。




