第12話 記録に残してください
「君の実技試験だけ、内容が変更された」
男は、穏やかな笑みを浮かべていた。
細い目。
整えられた金色の髪。
胸元には、3本の剣を組み合わせた王立魔法学院の紋章。
周囲の職員たちは、男の言葉に驚いた様子を見せない。
すでに知っていたのか。
それとも、逆らえない立場なのか。
レオンは水晶から手を離した。
「理由を聞いても?」
「登録情報と、現在の能力に大きな違いがあるからだ」
男は水晶に浮かんだ5個のスキルを見る。
「教会から提出された記録では、君が所有しているスキルは1個だった」
「7年前の記録です」
「普通は、7年経っても4個は増えない」
受付の周囲がざわつく。
並んでいた受験者たちが、レオンを見ていた。
無属性。
すべて一般級。
それでも、15歳で5個のスキルを持つ者は多くないらしい。
「後天的に獲得したスキルについて、試験前に確認する必要がある」
「確認とは?」
「追加の実技試験だ」
男は受付の奥に置かれていた書類を取り出した。
「通常の試験とは別に、君の能力を詳しく調べる」
「待ちなさい」
リゼットがレオンの前へ出た。
「通常試験の前に、余計な実技を受けさせるつもり?」
「余計なものではありません」
「試験の直前に魔力や体力を消耗したら、公平ではないでしょう」
「追加試験で消耗した分は考慮します」
「誰が、どうやって?」
リゼットの声が強くなる。
周囲の受験者たちが、さらに騒ぎ始めた。
男は笑みを崩さない。
「リゼット・アルヴァ様。これは学院の規則に基づく判断です」
「その規則を見せなさい」
「受験者へ公開する必要はありません」
「では、従う必要もないわね」
「拒否した場合、レオン・アーヴェル君の受験資格は停止されます」
リゼットの表情が変わった。
拒否すれば試験を受けられない。
だから、レオンが断れないと分かっている。
男の視線がレオンへ戻る。
「受けてもらえるね?」
「その前に、3つ確認します」
レオンが答えた。
男の眉が、わずかに動いた。
「何かな」
「追加試験の結果は、通常試験の点数に影響しますか」
「しない」
「試験中に負傷した場合、通常試験は延期されますか」
「必要だと判断されれば」
「誰が判断しますか」
「追加試験の責任者だ」
つまり、目の前の男たちが必要ないと判断すれば、負傷した状態で通常試験を受けることになる。
「最後です」
レオンは男が持っている書類を見る。
「今の説明を、すべて記録に残してください」
「何?」
「追加試験の目的。通常試験の点数に影響しないこと。負傷した場合の対応。受験資格を停止する条件」
受付の前が静かになる。
「口頭ではなく、学院の印を押した書面でお願いします」
男の笑みが、初めてわずかに崩れた。
「私の説明が信用できないと?」
「信用できるか判断するために、記録が必要です」
レオンは胸元にある受験許可証へ触れた。
大切な書類を、旅袋の一番上へ置いた。
落とした。
燃やされかけた。
同じ失敗は繰り返さない。
口約束だけで、自分の人生を預けない。
「正式な手続きなら、記録に残しても問題はないはずです」
男はレオンを見つめた。
細い目の奥から、笑みが消えている。
「随分と用心深い少年だ」
「必要だったので」
「いいだろう」
男は受付の職員へ紙を用意させた。
学院で使われている耐熱紙。
街道の盗賊が持っていた物と同じ紙だった。
男が文章を書き始める。
追加試験の目的。
試験結果の扱い。
負傷した場合の対応。
受験資格を停止する条件。
書き終えた紙の下へ、学院の印を押した。
「これで満足かな」
レオンは書類を受け取った。
内容を上から確認する。
言われたことは、すべて書かれている。
学院の印も本物に見えた。
だが。
「この日付は?」
書類の上部。
追加試験が決定された日。
そこには、3日前の日付が書かれていた。
レオンが王都へ到着する前。
受付で、5個のスキルが確認される前の日付。
周囲の職員たちが顔を見合わせる。
リゼットが書類をのぞき込んだ。
「登録情報と違っていたから、追加試験を決めたのでしょう?」
「その通りです」
「でも、3日前には今のスキル数を確認していないわ」
男は、すぐに答えなかった。
「教会から、事前に情報が届いていた」
「どこの教会ですか」
レオンが尋ねる。
「君が鑑定を受けた教会だ」
「俺の記録は、スキル1個のままです」
男の目が細くなる。
「7年間でスキルを増やしたことは、教会へ報告していません」
森で訓練を続けてきた。
スキルを獲得しても、再鑑定は受けていない。
マーサにさえ、すべては話していなかった。
故郷の教会が知るはずはない。
男は数秒間、黙っていた。
「教会側の記録に、何らかの不備があったのかもしれない」
「では、確認してください」
「必要はない」
「なぜ?」
「追加試験を受ければ、すべて分かるからだ」
男の声から、先ほどまでの柔らかさが消えていた。
理由を説明するつもりはないらしい。
「試験は明日の朝です」
男は受付の奥にある扉を指さした。
「第7実技棟へ来てもらう」
「試験監督は?」
「私だ」
「名前を聞いていません」
男は一瞬だけ黙る。
「ヴァルター・ヘインズ」
王立魔法学院入試管理部。
特別試験監督官。
ヴァルターは胸元の紋章へ手を置いた。
「君の能力を、正しく評価する者だ」
レオンは書類へ、ヴァルターの名前も記入するよう求めた。
男は無言で書き加えた。
「明日の朝、遅れないように」
「分かりました」
レオンは書類を折り、防水布へ包んだ。
そして、胸元の内側へしまった。
「追加試験を受けるの?」
受付から離れたあと、リゼットが尋ねた。
「受けなければ、通常試験も受けられません」
「明らかに怪しいわ」
「はい」
「罠かもしれない」
「その可能性はあります」
「分かっていて行くつもり?」
レオンは振り返った。
ヴァルターは受付の奥へ戻っている。
だが、こちらを見ていた。
「相手は、俺が追加試験を受けると考えています」
「実際、受けるのでしょう?」
「はい」
「では、相手の思い通りではないの」
「何も準備せずに受ければ」
レオンは腰の帳面を開いた。
『追加試験』
『決定日は、能力確認より3日前』
『説明された理由は虚偽の可能性』
『監督官、ヴァルター・ヘインズ』
『第7実技棟』
書き終えたあと、その下に必要な準備を書き加える。
建物の構造。
試験内容。
参加する職員。
緊急時の出口。
記録を残す方法。
「今日中に、第7実技棟を確認します」
「中へ入れるの?」
「外から見るだけでも分かることはあります」
「私も行くわ」
「目立ちます」
「あなた1人で動く方が危険でしょう」
レオンは少し考えた。
リゼットは狙われている。
学院の中にも、襲撃へ関わった者がいる可能性がある。
一緒に動けば目立つ。
だが、別々に動けば互いに危険を察知できない。
「離れてついてきてください」
「どうして私が、あなたの指示を――」
「目立ちたいなら、隣を歩いても構いません」
リゼットは口を閉じた。
そして、少し距離を空けて歩き始めた。
第7実技棟は、学院の敷地の端にあった。
白い校舎から離れた、灰色の建物。
窓は小さく、壁は他の実技棟よりも厚い。
正面には鉄製の扉。
入口の上には、数字の7が刻まれている。
人の出入りはない。
明日の試験会場とは思えないほど静かだった。
レオンは建物の周囲を歩く。
正面の扉。
側面に窓が2個。
裏側に、搬入口が1個。
煙突。
魔力を流すための導線が、壁の外側まで伸びている。
建物全体が、大型の魔導器として作られているらしい。
「何か分かった?」
離れていたリゼットが近づいてくる。
「外から魔力を供給できる構造です」
「実技棟なら、普通ではないの?」
「普通なら、停止装置も外側にあります」
レオンは壁に沿って歩く。
魔導器工房で働いていたため、魔力導線の配置は見慣れていた。
事故が起きた場合、外から装置を止められるようにする。
それが基本だった。
しかし、この建物には停止装置が見当たらない。
「中からしか止められない?」
「あるいは」
レオンは鉄の扉を見る。
「最初から、外から止めるつもりがない」
そのとき。
建物の中から、金属の擦れる音が聞こえた。
何かが動いている。
レオンは扉へ近づいた。
隙間から、中の様子を確かめようとする。
左手を扉へ添える。
透明な糸を細く伸ばす。
扉の向こう。
暗い通路。
床。
壁。
さらに奥。
糸が何かへ触れた。
硬い。
金属。
人の形。
1体ではない。
2体。
3体。
4体。
レオンがさらに糸を伸ばした瞬間。
金属の腕が動いた。
透明な糸をつかむ。
「っ!」
レオンはすぐに魔力を切った。
扉の向こうから、重い足音が近づいてくる。
1歩。
2歩。
3歩。
だが、扉の直前で止まった。
リゼットが炎を使えるよう、右手を前へ出す。
「何がいるの?」
「人型の魔導兵です」
「試験で使う人形でしょう?」
「俺の糸をつかみました」
見えないはずの透明な糸を。
扉の向こうにいる何かは、正確につかんだ。
レオンが7年間、誰にも教えず鍛えてきた無属性魔法。
それを知っているかのように。
金属の足音が、扉から離れていく。
やがて、建物の中は静かになった。
レオンは腰の帳面を開く。
『第7実技棟』
『人型魔導兵、最低4体』
『ゼロスレッドを認識可能』
そして、最後に書き加えた。
『追加試験は、無属性への対策を準備している』
試験は明日の朝。
相手は、レオンの能力を確認したいのではない。
すでに知っている。
そのうえで。
どこまで通用するのかを、試そうとしていた。




