第11話 監視対象B
『無属性への接触は禁止』
レオンは、紙に書かれた最後の1行を見つめた。
リゼットを捕らえること。
アルヴァ家の家印を奪うこと。
そして、レオンとは接触しないこと。
命令を出した者は、リゼットだけでなく、レオンの存在も知っていた。
「対象Bが、あなたという証拠はあるの?」
リゼットが尋ねる。
「まだありません」
レオンは紙を裏返した。
表には短い命令。
裏には何も書かれていない。
光へ透かす。
先ほどの地図と違い、隠された紋章は浮かばなかった。
紙の端。
折り目。
インクのにじみ。
小さな違和感も見落とさないよう、1つずつ確認する。
右下の角に、小さな数字が書かれていた。
『B-1847』
レオンは胸元から、焦げた受験許可証を取り出した。
王立魔法学院。
受験者名、レオン・アーヴェル。
その下に書かれた受験番号。
『1847』
リゼットが息をのむ。
「同じ番号……」
「対象Bは、俺です」
偶然ではない。
この命令書を作った人間は、レオンの受験番号を知っていた。
王立魔法学院へ提出した書類。
教会の鑑定記録。
受験者名簿。
そのどれかを見られる人間が、襲撃に関係している。
「どうして、あなたが狙われるの?」
「分かりません」
無属性だから。
一般級しか持っていないから。
あるいは。
7年間で、スキルを5個まで増やしたから。
どれも、今の段階では推測にすぎない。
床へ押さえつけられている男が、わずかに身じろぎした。
ダリウスが腕を強くひねる。
「動くな」
「ぐっ……」
男の口には布が詰められている。
毒を仕込んだ歯は、すでに取り除いていた。
「この男から聞き出せば分かるわ」
リゼットが男の前へ立つ。
「誰の命令で動いたの?」
ダリウスが口の布を外す。
男は荒い呼吸を繰り返すだけで、何も答えない。
「あなたたちの仲間は逃げたわ」
リゼットが言う。
「毒を飲んで死ぬほど忠誠を誓っている相手は、あなたを置いて逃げたのよ」
男の視線が動く。
ほんのわずか。
だが、言葉は届いている。
「今、話せば命は保証する」
「……保証?」
男が初めて声を出した。
「貴族の言葉を、信じろと?」
「アルヴァ家の名に誓うわ」
男は乾いた笑い声を漏らした。
「何も知らないお嬢様だ」
「どういう意味?」
「俺たちは、命令された仕事をしただけだ」
「誰に?」
「知らない」
リゼットの眉が動く。
「嘘をつかないで」
「本当に知らない。依頼は毎回、指定された場所へ置かれる」
「顔を合わせたことは?」
「ない」
「報酬は?」
「仕事の前に半分。終われば残りが届く」
男は、床に倒れた仲間を見る。
「俺たちは、使い捨てだ」
偽リゼットの正体。
依頼主。
目的。
この男は、何も知らされていない可能性が高い。
それでも、すべてが無駄ではない。
「依頼を受け取る場所は?」
ダリウスが尋ねる。
男は口を閉じた。
「話せば命は助ける」
「話さなくても、殺されはしない」
男はそう言った。
アルヴァ家が、捕らえた人間を勝手に処刑できないと知っている。
「では、王都守備隊へ引き渡します」
レオンが言った。
男の顔がわずかに強張る。
「貴族への襲撃。身分証の偽造。王都への不正入場。使用人への毒物の使用」
レオンは指を折る。
「さらに、王立魔法学院の物品を所持していた」
最後の言葉に、男が反応した。
学院。
やはり、そこに何かある。
「守備隊だけでは終わらないかもしれません」
レオンは続けた。
「学院が関係者の引き渡しを求めれば、あなたは学院の取調室へ移される」
「やめろ」
男が低い声を出した。
初めて、はっきりと恐怖が表れた。
「学院へは渡すな」
「なぜですか」
「知らない」
「学院に誰がいるんですか」
「知らないと言っている!」
男が暴れようとする。
ダリウスが床へ押さえつけた。
「依頼を受け取った場所を話してください」
レオンは男を見る。
「そうすれば、学院ではなく守備隊へ引き渡すよう、リゼットに頼みます」
「勝手に決めないでくれる?」
リゼットが言う。
だが、すぐに男へ向き直った。
「その条件でいいわ」
男はしばらく黙っていた。
やがて、諦めたように息を吐く。
「西区の、閉鎖された時計塔だ」
「次の連絡は?」
「仕事が終わった日の深夜」
今日の深夜。
依頼主が現れるとは限らない。
報酬だけを置き、別の人間が回収する可能性もある。
それでも、手がかりにはなる。
ダリウスは男の口へ、もう1度布を詰めた。
「旦那様がお戻りになるまで、地下の保管室へ入れます」
「逃げられないようにしてください」
「分かっている」
ダリウスは男を立たせ、書斎から連れ出した。
日が傾き始めた頃。
アルヴァ公爵が王城から戻った。
屋敷の異変を知らされた公爵は、馬車から降りるなり書斎へ向かった。
オルディス・アルヴァ。
年齢は40歳を少し過ぎた頃。
リゼットと同じ赤い髪。
灰色の外套の下には、王国議会で着用する正装を身につけている。
書斎へ入ると、最初にリゼットを見た。
「お父様」
リゼットが立ち上がる。
オルディスは返事をしない。
娘の顔。
服。
立ち方。
細かな部分を確かめるように見つめている。
「リゼット」
「はい」
「お前が7歳のとき、初めて火魔法で燃やした物は?」
リゼットの顔が引きつる。
「……お父様の大切にしていた椅子です」
「理由は?」
「大きな虫がいたからです」
「虫は?」
「逃げました」
オルディスが目を閉じる。
そして、深く息を吐いた。
「本物だな」
「疑ったのですか?」
「偽物が屋敷へ入ったと聞いた直後だ。当然だろう」
正しい判断だった。
リゼットは不満そうだったが、言い返さなかった。
オルディスは娘へ歩み寄る。
両肩へ手を置き、怪我がないかを確かめる。
「無事でよかった」
その一言で、リゼットの表情が崩れた。
「……はい」
強気に振る舞っていた声が、小さくなる。
オルディスは娘の頭を1度だけ撫でた。
それから、レオンへ視線を向ける。
「君が娘を助けた少年か」
「レオン・アーヴェルです」
「話はダリウスから聞いた。街道でも、この屋敷でも、君がいなければ娘は無事では済まなかった」
「1人では何もできませんでした」
「それでも、君の判断があったから全員が動けた」
オルディスは深く頭を下げた。
公爵が、身分のない少年へ頭を下げる。
レオンは少し戸惑った。
「礼を言う」
「護衛として契約しました。報酬も受け取ります」
「それだけでは足りない」
「足ります」
「頑固だな」
「よく言われます」
オルディスがわずかに笑う。
リゼットは机の上に置かれた命令書を父親へ差し出した。
「これを見てください」
オルディスは内容を読む。
表情から笑みが消えた。
「対象Bが、レオンの受験番号と一致しました」
「間違いないのか」
レオンが焦げた受験許可証を見せる。
オルディスは番号を確認した。
「この受験番号を知ることができるのは?」
レオンが尋ねる。
「本人。申請を受け付けた教会。そして、王立魔法学院の入試管理部だ」
「アルヴァ家では?」
「リゼット本人の番号は把握している。だが、他の受験者の番号を見ることはできない」
襲撃者へ情報を流した者は、教会か学院にいる。
あるいは、どちらかの記録を盗み見た。
「試験は3日後だったな」
「はい」
「危険だ。君は試験を辞退した方がいい」
「嫌です」
レオンは即答した。
オルディスが目を瞬く。
「狙われている可能性があるのだぞ」
「だからといって辞退すれば、相手の思い通りになります」
王立魔法学院へ入る。
それは、レオンが7年間積み上げてきた目標だった。
正体も分からない相手の命令書1枚で、諦めることはできない。
「それに」
レオンは命令書を見る。
「相手は、俺への接触を禁止しています」
狙われているとは限らない。
むしろ、近づくことを避けられている。
「理由を知るには、学院へ行くしかありません」
オルディスは、しばらくレオンを見つめていた。
「自分から危険の中へ入ることになる」
「危険があると分かっていれば、準備できます」
「君は、すべてを準備で乗り越えられると思っているのか」
「思っていません」
レオンは答えた。
「準備しても、失敗するときはあります」
灰牙狼との戦い。
工房からの脱出。
受験許可証。
街道の盗賊。
偽物との戦い。
準備しても、予想外のことは起きた。
「ですが、何もしないよりは失敗を減らせます」
オルディスは目を細める。
やがて、椅子へ腰を下ろした。
「分かった。辞退しろとは言わない」
「お父様」
「リゼットも同じ顔をしているからな」
娘を見る。
リゼットは、何を言われても試験を受けるつもりだったらしい。
「ただし、試験まではこの屋敷に滞在しろ」
オルディスがレオンへ言う。
「学院へ向かう際も、こちらで馬車を用意する」
「目立ちませんか」
「アルヴァ家の馬車を使えばな」
公爵は机の引き出しから、古い鍵を取り出した。
「商会名義の馬車と、使用人用の出入口を使う。君がここに滞在していることは、必要な者以外には知らせない」
「そこまでしてもらう理由がありません」
「ある」
オルディスは命令書を指さした。
「敵は娘と君を、同じ計画の中へ入れている」
対象Aと対象B。
目的は分からない。
だが、無関係ではない。
「君を守ることが、娘を守ることにつながるかもしれない」
レオンは考える。
宿を探すより、安全性は高い。
王都の情報も得られる。
断る理由はなかった。
「分かりました」
「ようやく素直に受け入れたな」
「合理的なので」
「本当に可愛げがないわね」
リゼットが言った。
「以前にも聞きました」
マーサにも言われた言葉だった。
翌朝。
レオンとリゼットは、商人が使うような無地の馬車で学院へ向かった。
試験前の本人確認と、受験者登録を済ませるためだ。
王都の中心へ近づくほど、人通りが増えていく。
人間種。
森人種。
獣人種。
青みがかった肌と、耳の後ろに小さなひれを持つ海人種。
短い角と黒い紋様を持つ魔人種の青年が、魔導書を抱えて歩いている。
同じ方向へ向かう少年や少女も多い。
高価な杖。
磨かれた剣。
家門の紋章が入った外套。
王立魔法学院の受験者たちだった。
「着いたわ」
リゼットの声に、レオンは馬車の窓から外を見る。
巨大な鉄門。
その奥に並ぶ、白い校舎。
空へ伸びる塔。
広大な訓練場。
門の上には、3本の剣を組み合わせた紋章が掲げられている。
王立魔法学院。
レオンが7年間目指し続けた場所。
門前には、受験者の長い列ができていた。
レオンたちも最後尾へ並ぶ。
本人確認は、1人ずつ行われている。
名前。
受験番号。
属性。
登録されたスキル。
順番が近づく。
リゼットが先に受付へ進んだ。
「リゼット・アルヴァ」
受付の職員が書類を確認する。
小さな水晶へ手を置くよう指示した。
水晶が赤く輝く。
「火属性。登録済みの情報と一致しています」
リゼットの確認は、すぐに終わった。
次はレオン。
焦げた受験許可証を差し出す。
職員は紙の端を見て眉を寄せたが、王家の紋章と番号を確認すると受理した。
「レオン・アーヴェル」
職員が名簿を開く。
「無属性。登録スキルは1個」
周囲の受験者から、小さな笑い声が聞こえた。
レオンは気にせず、水晶へ手を置いた。
透明な水晶の内部に、白い光が広がる。
1つ。
2つ。
3つ。
光の輪が重なっていく。
職員の表情が変わった。
「これは……」
水晶の中に、5個の光が浮かんでいる。
職員は名簿を見る。
もう1度、水晶を見る。
「登録記録では、スキルは1個のはずだ」
「7年前の記録です」
「残りの4個は?」
「あとから覚えました」
周囲が静かになる。
スキルは、生まれ持った才能によって発現する。
それが、この世界の常識。
訓練によって技術は向上しても、新しいスキルを次々と獲得する者は多くない。
職員が水晶へ手をかざす。
光の中に、文字が浮かび上がった。
一般級・反復作業。
一般級・魔力制御。
一般級・剣術。
一般級・歩法。
一般級・危機察知。
すべて一般級。
それでも、職員の顔から驚きは消えない。
「反復作業で、新しいスキルを覚えたのか?」
「分かりません」
レオンは答えた。
嘘ではない。
反復作業が、直接スキルを生み出しているのか。
訓練を助けているだけなのか。
まだ、完全には分かっていない。
受付の奥。
書類を整理していた1人の男が、ゆっくりと顔を上げた。
細い目。
整えられた金色の髪。
昨日、王都の門にはいなかった。
それでも。
男は、レオンを待っていたような顔をしていた。
「受験者番号1847」
男が口を開く。
レオンの胸元で、命令書の内容がよみがえる。
対象B。
無属性への接触は禁止。
男はレオンの前へ立った。
その胸元には、王立魔法学院の紋章がある。
「レオン・アーヴェル君」
男は笑った。
「君の実技試験だけ、内容が変更された」




