第122話 揃わない記録
翌朝、屋敷を発つ前。
レオンは荷物を確かめながら、昨夜の書庫で見た古い文書を思い返していた。
対象Aは、リゼットだけを示す呼称ではない。
それより先は、まだ分からない。
隣で支度を終えたリゼットが口を開く。
「先に調べるなら、どちら?」
「世界秩序院」
答えは決めていた。
「十三環騎士団は現場に近い。昔の異常を処理した記録が残っている可能性はある。でも、今追いたいのは記録する側だ」
「対象Aの文書を、誰が残したのか」
「ああ」
それが世界秩序院だとは限らない。
ただ、国を越えて情報を扱う組織なら、確認する理由はある。
リゼットも頷いた。
「なら、決めつけずに見ましょう」
アルヴァ家領を離れ、王立魔法学院へ戻ったあと。
2人は学院で閲覧できる公開資料から、世界秩序院に関する記述を拾った。
国家間の魔法規則。
魔力災害の記録。
危険な魔法技術の監督。
学院と研究機関の認定。
書かれている役割自体に、不自然なものはない。
むしろ国ごとに魔法の扱いが違う世界で、共通の基準を持つ組織は必要に見えた。
「これだけなら、怪しいというより必要な組織ね」
リゼットが言う。
「災害の記録を残すのも、危険な技術を監督するのも、やらない方が困る」
「俺もそう思う」
人命や秩序を守るために情報を集める。
その行為だけを見て、敵だと決める理由はない。
レオンは資料から視線を外した。
だからこそ、引っかかる。
「どうしたの?」
「集めてるんだよな」
「何を?」
「各国の情報を」
リゼットが黙る。
レオンは机の上へ、これまで確認した内容を書き分けた紙を置いた。
学院によって異なっていた過去の災害の年代と原因。
一方で、欠けていた部分や管理の痕跡には似たところがあった。
「学院ごとに教えてる内容が違うこと自体は、おかしくないかもしれない」
国も学院も違えば、残る資料や解釈が変わることはある。
「でも世界秩序院は、その違う記録を集める側にいる」
リゼットの視線が紙の上を動く。
「両方を知っている可能性がある……」
「可能性だ」
レオンはすぐに区切った。
「世界秩序院が変えた証拠はない」
「ええ。集めていることと、書き換えたことは同じじゃないわ」
それでも、疑問は残った。
世界規模で魔力災害の記録を保管し、学院や研究機関まで認定する組織がある。
その一方で、学院ごとの歴史は揃っていない。
なぜなのか。
完全な記録が共有されていないのか。
学院側が独自に変えたのか。
それとも、別の理由があるのか。
今はどれも推測だった。
「歴史の文章だけ比べても、次は同じところを回るかもしれない」
レオンが言う。
リゼットが考え込む。
「じゃあ、何を見るの?」
レオンは公開資料の中にあった「学院と研究機関の認定」という記述へ目を戻した。
歴史の内容は変えられる。
説明も解釈も変わる。
けれど、組織同士が実際に関わったなら、その接点まで何も残らないとは限らない。
「世界秩序院が学院を認定してるなら、学院側にも何か残るはずだ」
「認定されたときの記録?」
「記録だけじゃなくていい。書式でも、管理記号でも、使われたものでも」
そこでレオンは言葉を止めた。
管理記号。
他学院の資料で見たもの。
学院地下の第0研究室で見た備品の記号。
似ているものは、すでにあった。
ただし、似ているだけだ。
同じものだとは、まだ言えない。
リゼットも同じことに気づいたらしい。
「次は、中身じゃなくて形を比べるのね」
「ああ」
誰が正しいかを決めるためではない。
誰が嘘をついたかを決めるためでもない。
別々に見えていたものの間に、本当に共通するものがあるのかを確かめる。
レオンは紙の端に、短く書き足した。
――認定の痕跡。
歴史が揃わないなら。
次に見るべきなのは、その歴史を扱ってきた組織が残した形だった。
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