第121話 記録する側
「何人いるの……」
リゼットの呟きが、書庫の静けさに残った。
レオンは机の上へ並べられた文書をもう一度見た。
対象者の名前は読めない。番号も欠けている。適性も目的も書かれていない。
分からないことばかりだ。
けれど、分かったことまで曖昧にする必要はない。
「少なくとも、対象Aはリゼットだけを示す呼び方じゃない」
「ええ」
「それと、昔から同じ呼び方が使われていた」
リゼットは古い紙へ視線を落とした。
「でも、それだけね。私が何に選ばれたのかは分からない」
「なら、そこから先は推測だ」
レオンは言った。
対象Aが何を意味するのか。
誰が選んだのか。
何のために番号を振ったのか。
今ある文書では、どれも答えにならない。
レオンは別の報告書へ手を伸ばす。
領内の魔力低下を記したもの。その横には、優秀な魔法使いの配置や保護について書かれた文書がある。
内容は違う。
だが、どちらも国から受け取った古い記録の中に残されていた。
「公爵。この対象Aの文書も、国から渡されたものなんですよね」
「ああ」
「じゃあ、アルヴァ家が対象Aを決めたとは限らない」
公爵はすぐには答えなかった。
「少なくとも、私はその決定に関わっていない」
事実として言えるのは、そこまでだった。
レオンは紙から目を離す。
これまで見つけた異常も同じだ。
学院ごとに説明される年代や原因は違った。
それなのに、欠けている記録や残された管理の痕跡には、妙な共通点がある。
1つの学院だけを見ても答えは出ない。
1つの貴族家だけでも足りない。
問題は、もっと上にあるのかもしれない。
「レオン?」
「対象Aの意味を考えるより先に、調べるべきことがある」
リゼットが顔を上げる。
「何?」
「誰が、こんな記録を残してるのか」
言葉にすると、疑問の形が変わった。
対象Aが何者なのかではない。
何十年も前から同じ呼称を使い、記録を残し続けている側がいる。
もしそれが国だけではないのなら。
「国を越えて記録を扱う組織……」
リゼットが小さく呟く。
公爵が腕を組んだ。
「世界秩序院か」
レオンはその名を聞き返さなかった。
魔法規則や災害記録、危険な技術。学院や研究機関に関わる情報まで扱う組織。
国境の内側だけを見ている存在ではない。
「でも、世界秩序院が対象Aを決めた証拠はないわ」
「ない」
レオンは即座に答えた。
「記録を持っているかもしれない。それだけだ」
リゼットが僅かに息を吐く。
「危うく、名前を知っただけで敵だと思うところだったわ」
「それをやったら、今まで調べてきた意味がない」
見えたことと、考えたことを分ける。
原因を決めつけない。
北東森林でも、他学院でも、それを繰り返してきた。
公爵が机の文書を整えながら口を開く。
「世界規模で動く組織なら、もう1つある」
「十三環騎士団ね」
リゼットが答えた。
大規模な魔物災害。
危険地域の封鎖。
古代遺跡の保護。
実際に現場へ出て、人を救ってきた組織でもある。
「世界秩序院が記録と制度を扱う側なら、十三環騎士団は現場に近い」
レオンは言った。
「昔の異常が今と同じなら、どちらかに記録が残っている可能性はある」
「可能性、ね」
「ああ。まだそれ以上じゃない」
公爵はそこで、わずかに視線を落とした。
「十三環騎士団は、他国の組織だ」
「他国?」
リゼットが問い返す。
「北方連合《ノルド=ヴァルハイト》と呼ばれる軍事・魔法同盟国家群がある。その中枢に近い位置で動いているのが十三環騎士団だ」
レオンは初めてその名を聞いたように、静かに受け止めた。
「13人の伝説級スキル保有者で構成されている。個々が国家級戦力と同等、あるいはそれ以上と言われている」
「13人……」
リゼットの声がわずかに低くなる。
「現場に出る組織で、その規模?」
「一騎当千…いや、何千万を体現する者たちだ。スキル1つで1国を制圧する程の伝説級スキル保有者の集まりだからこそ“騎士団”と呼ばれている。軍でも学院でもない。災害が起きれば国境を越えて介入する」
公爵は続けた。
「ただし、彼らは記録を管理する組織ではない。あくまで“現場処理”だ」
レオンはそこで理解する。
役割が違う。
世界秩序院は記録と制度。
十三環騎士団は現場と実行。
どちらも、国の外側にある。
「昔の異常が今と同じなら、どちらかに痕跡がある」
レオンはもう一度言った。
「ただし、まだそれ以上じゃない」
誰が隠したのかも分からない。
誰が消したのかも分からない。
そもそも、隠されたのかどうかさえ確定していない。
ただ、調べる範囲だけは見えてきた。
学院。
貴族家。
国家。
その外側。
リゼットは最後にもう一度、古い「A」の文字を見る。
「私の番号を追う前に、その番号を付けている側を探す」
「その方が早い」
「分かったわ」
迷いの残る声ではなかった。
公爵は文書箱の蓋を閉じた。
「今見せられるのはここまでだ」
「十分よ、父上」
リゼットは席を立つ。
レオンも立ち上がったが、扉へ向かう前に机を振り返った。
対象A。
今まで、その文字を見るたびにリゼットへ繋げて考えていた。
だが違う。
見るべきなのは、Aではない。
何十年も前から、その文字を書き続けている側だ。
学院の記録だけでは届かない。
国の報告書だけでも足りない。
次に調べるべき場所は決まった。
世界秩序院。
そして、その外側にもう一つ。
十三環騎士団。
13人の伝説級が動くという、その異国の組織。
そこに答えがあるとは、まだ誰にも言えない。
けれど少なくとも――
過去の記録を辿るなら、避けては通れない名前だった。
良ければブックマークしていただけると泣いて喜びます。




