第116話 命令と判断
「許可できません」
軍側の責任者が即答した。
「あなたはアルヴァ公爵家の令嬢です。危険地区へ出すわけにはいかない」
「学院生として救助訓練を受けています」
「それでもです」
リゼットは地図を指す。
「防壁は予備系統で30分。倉庫にも独立予備があります。南地区には、今救助を待っている人がいる」
「重要施設の安定が最優先です」
「なぜ?」
責任者が僅かに眉を動かす。
「説明したはずです」
「施設を失えば将来の被害が増える。それは理解しています。でも、今すぐ人命を救える余裕があるのに、30分後の危険だけを理由に全員を施設へ集める必要がありますか?」
広間が静かになる。
リゼットの父が口を開いた。
「南地区の状況は?」
伝令が答える。
「古い集合住宅2棟が一部崩落。避難できていない住民がいる可能性があります」
「防壁側へ必要な人数は?」
技師が計算する。
「ミナさんを含めて学院生2人いれば十分です。技師はこちらに揃っています」
リゼットの父は娘を見る。
「お前ならどう分ける?」
「ミナとノアを施設側へ。ガルド、セイル、ユリア、レオンは私と南地区へ。施設に追加人員が必要になれば、セイルを伝令として戻します」
「責任を持てるか?」
「持ちます」
短い沈黙のあと、公爵が頷いた。
「その判断で動け」
軍の責任者は不満そうだったが、命令へ従った。
南地区へ向かう途中、ガルドが言う。
「怒られると思ったぞ」
「私もよ」
リゼットは走りながら答える。
「でも、何も言わずに従ったら、後で自分を許せないと思った」
「それでいい」
レオンが言う。
「簡単に言うわね」
「前にも言われた」
南地区へ到着する。
古い石造りの住宅が崩れ、通りは瓦礫と土煙で覆われていた。
泣き声。
怒鳴り声。
血を流した住民。
訓練用の人形ではない。
倒れた男性の額から、血が頬を伝っている。
瓦礫の隙間から、誰かの手だけが見えていた。
ガルドが盾を背負い直す。
「どこからやる?」
レオンは周囲を見る。
「生きてる人からだ」
救助が始まった。
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