第零話 邂逅
※試験的に行間を開けてみました。
詰めるべきか、開けるべきか、読みやすいのはどちらか、ご意見をお聞かせください!
「――その体は私のものなんだ、返してくれないか?」
その言葉がまた、風にかき消されてゆく。
相手からの返答はない。
もう何度繰り返されただろう、対峙しているこの二人、瀬見原ナギとカグラ・アシュリィ・ワズワースの間には、一方的な質問と、それに対する黙殺だけが流れていた。
荒廃した大地が遥か地平線まで続いている。
所々では大きな岩の塊が、空を衝くように隆起している。
その間を冷たい風が、悲しげな音を奏でながら吹き抜けてゆく。
空は濃淡のある赤紫色。
朝方のような夕方のような、期待と不安が入り混じった、そんな感じを覚える。
いや、本当はそのどちらでもないし、どちらでもあるのだ。
そういう世界で、二人は出会った。
「返してくれと言っても、何も難しいことをやろうってんじゃない。お互いの魂を入れ換えるだけだ。痛みはないし時間もかからない、もちろんお金もな。お前が了承さえしてくれれば、すぐに済む。それに、私の今世の境遇は悪くないぞ。生活水準は高いと思うし、将来もそれなりに約束されている。お前にとっても悪くない話だと思うんだが、どうだ?」
再び問いかけたのは、薄桃色の長い髪の女、カグラだ。
その装いは、古風な漆黒のコルセットスカートに深紅の長外套。白のブラウスに青のリボンタイ。濃い目のストッキングに編み上げのロングブーツ。
自信に満ちたカグラの顔が、彼女の言葉を確信させる。
「カグラ・アシュリィ・ワズワース……」
不意に、それまで沈黙していた瀬見原ナギの口が動いた。
「おお! おおおおお!!!」
やっと名を呼ばれたことが嬉しかったのか、カグラは声を上げてナギに詰め寄った。
「そのとおり、私はカグラ! 稀代の魔術師にして世界最高峰の魔法使い! 時に賢者と呼ばれては讃えられ、時に魔人と呼ばれては畏れられた! しかしてその正体は! 遥か時流を駆ける千年魔女!」
カグラはナギの周りを小躍りしながら、語る語る。
「そうだ、魂を入れ換える前に何かひとつ願いを叶えてやろう! いや待て、魂を入れ換えてからのほうが確実かもな! ほれ、人生に失敗はつきものだって言うだろ? いやあ、それにしても良かったよ、話のわかるやつ――」
「断る」
カグラの小躍りが止まった。
カグラの顎には、ナギが携えている剣の切っ先が突きつけられていた。
「待て待て待て! 少し落ち着け、瀬見原ナギ! お前と争うつもりはない!」
カグラは慌ててナギから距離を取った。
ナギはゆっくりと剣を構え直す。
口が動く。
「私たちは初対面だった、なのにあなたは私ことを知っていた。これがどういうことなのか、わからないわけないでしょ――」
ナギは話を続ける。
「ここは常世、第一界層開境。現世の人間が自由に立ち入ることなど叶わない……。ここには私が知っているマガリガミがたくさんいる。彼らも私のことを熟知している。答えて、私を知る私が知らないあなたは、いったい何者……?」
ナギは冷たく言い放った。
彼女は野球帽を深く被り、顔はよく見えない。
その装いは、膝丈ほどある灰色のパーカーに黒のジーンズ。白い運動靴。そしてその華奢な体には似つかわしくない、身の丈ほどある鈍色の歪な剣を携えていた。
ナギに問われたカグラは、しばらくナギを見据えて口を開いた。
「言ったろ、私は救世の魔法少女だ」
「そんなこと言ってない」
「ああ、ドジっ子悪魔ちゃんだったか」
「もういい――」
刹那、ナギの剣の切っ先がカグラに向かって突撃した。
――ズサァアア!
カグラの髪が翻り、彼女は寸でのところでそれを躱す。
二人の体が交差し、互いに距離をとった。
「言ったろ、お前と争うつもりはないって!」
カグラが言い放った。
「答えて、あなたはいったい何者!?」
ナギも負けじと言い返す。そして静かに剣を構え直した。
カグラは再びナギを見据えて溜息を吐く。
――やはりこうなるのか……。
そう思い、ゆっくりと口を動かした。
「はぁ、止めだ止め……。月連ゆかりは知っているな? 瀬見原ナギ。私は、ゆかりの従姉だ」
「ゆかり……! ゆかりの従姉……?」
途端に、あれほどあったナギの祇力が弱まっていく。
剣の切っ先が、地面に落ちた。
「ああ、私の父親とゆかりの母親が兄妹だ。私の歳は、お前らより一つ上の十七歳。幼い頃はゆかりの家の近くに住んでいたんだぜ。おまえとも、どこかで会っているかもな」
「待って、何がどうなって……」
カグラは動揺しているナギを一瞥して、話を続ける。
「ゆかりから話は聞いているよ。常世のこと、マガリガミのこと、おまえらヒモロギのことや、叢雨とかいう、おまえらを管理する組織のこと。おまえらがここ常世で何をやっているのか、ということもな。言っておくが私はただの人間だ、おまえらのように死なずの肉体を持っているわけではない。それでも私にいろんな肩書きがあるのは事実だ。私がこれまで述べてきたことは嘘じゃない――」
カグラは一旦言葉を区切って、ナギを見る。
ナギの口は固く結ばれたままだ。
カグラは話を続ける。
「事の発端は一か月前、ゆかりから諸々を打ち明けられたのが始まりだった。いまおまえに話したことがそうだ。そのときに私のこともゆかりに打ち明けたんだ。私が何者なのか、ゆかりの従姉として、カグラ・アシュリィ・ワズワースとしてこの世に生を受けた、私の正体をな……」
「転生者、千年を生きる魔女……」
ナギが呟くように言った。
「ああ、そうだ……。ゆかりにすべてを打ち明けたときはまったく信じてもらえなかったよ。苦笑いされて終わりそうになった。仕方ないよな、言葉は目には見えないからな。人間は目に見えないものはそうそう信じない……。だからさ、こいつを見せた――!」
カグラはそう言うと、両手を、パン! と胸の前で合わせた。
ニヤリと笑った口が動く。
「イグルス! ヘキサソス! キルジェ ロムフォ! ツァイ イル ルムガ!
(黒鉄の王! 赤土の獣! 黒き実を食らいて、怨嗟の渦より来たれり!)」
カグラは両手を開いた。
するとその空間に黒い球体が出現した。
黒い球体からは幾本もの赤黒い帯が飛び出し、カグラを包み込んでゆく。
「ジェクト ヒュム! テクス ジオカラム! カミィル エル セスタスク コパイン!
(我が声は開闢! 汝が御手は享楽! 因果の針をもって、永劫の楔を解き放たん!)」
カグラは両手を地面にかざした。
赤黒い帯が次々と地面に吸い込まれてゆく。
「さあ、今世三度目の召喚だ! さっさと出てこい、ルイン!」
カグラは再び叫んだ。
すると地面に光る模様が現れ、光の柱が空高く伸びて行った。
光の柱が輝きを増し、そこから人影が現れた。
「あ・る・じ・さ・まー♡」
現れたのは際どい恰好をした――いや、白いビキニ姿の黒髪金眼の褐色エルフだった。やったぜ!
「お久しぶりです、主様♡ 遅いですよ、何やってたんですかまったく、ぷんぷん、あはっ♡ おやおや、よく見ると今世の主様はボーイシュな女の子♡ 良いんですよ、ルウがじっくりねっとりまったり手ほどきをしてあげるう♡」
「おい、ルウ」
「おやおや、よく見るとあたりはすっかり真っ暗、夜じゃないですか♡ 少し汗臭いですよ主様♡ 湯浴みはまだですよね、すぐに準備をしますので服を脱いで待っててくださいね、ヌギヌゲ♡」
「ルイン!」
「へ?」
主の言葉がやっと届いたのか、ルインはカグラを見て目を丸くさせる。
カグラは溜息を吐いて言う。
「おまえの主は私だ。それと、そいつ嫌がっているから服から手を放してやれ」
ルインは目をパチパチさせながら服を脱がそうとしているナギと、しかめっ面のカグラを交互に見やり、カグラに向き直って笑顔を投げた。
「あ・る・じ・さ・まー♡」
以下、繰り返しなので割愛する。
◇ ◇ ◇
「悪かったな、瀬見原ナギ。こいつはルイン、私の従者だ。悪気はなかったと思うんだが、許してやってくれ」
カグラは自身にまとわりつくルインを足蹴にしながら弁明した。
ナギは着衣を整えながら冷静に言う。
「別に、気にしてない……。それよりその人、寒さは平気なの? ここ開境でそんな恰好でいては危険よ」
「ん? ああ、心配は要らない。こいつは私が作った魔法式の――というより、私の魔法そのものだ。破壊されることも自壊することもないな。それよりも、これで私の話を信じてくれたのなら嬉しいんだけど?」
「主さまー」
ナギからの返答はない。振り出しに戻ったように剣を構えて黙り込んでいる。
カグラは眉をひそめて身震いした。
「それにしても開境は寒いな、やっぱり。来たときほどではないんだけど……」
そう言って、カグラは大きく息を吐いた。
白い吐息が霧散する。
ここ常世の開境は、場所にもよるが、摂氏マイナス十度からマイナス三十度にもなる極寒の地である。
「主さまってばー」
「そういえば、ゆかりから持たされたお守りがあったんだ」
カグラはそう言って、外套のポケットから人の形をした赤い木の板を取り出した。
途端にそれは黒く変色したかと思うと、ぼろぼろと崩れ去っていった。
「それが今まであなたの身代わりをしていたの……」
ナギが小さく呟いた。彼女の目は、カグラの背後を見ている。
「身代わり、ね……」
カグラも呟いて、再び息を吐いた。白い吐息が氷の粒となって散ってゆく。
痛いほどの寒気が、ビシビシと足元から這い上がってくる。
カグラは寒さで目眩がしそうだった。
「ねえ、あるじさまぁ、後ろに何かいますよぉ……」
「おう、どうだルイン。そいつ、斃せるか?」
「んー……ルウねぇ、なんだか眠くなってきちゃった……」
「おまえ、こんなときに何――!」
振り返ったカグラは、息を飲んだ。
――壁。すぐ目の前に黒い壁があった。
目を動かして視野を広げたが、上にも左右にも果てがない。何よりも、これほど巨大なのに気配がまるでしなかった。
「マガリ……ガミ……」
カグラはそれ以上声が出なかった。それは寒さのせいでもあり、突然の理解の範疇を超えた出来事のせいでもあった。失念していたわけではない、マガリガミと遭遇することも想定していたはずだった。
寒さで遠退きそうな意識の中、必死で歯を食いしばったカグラの視界を、何かが掠めた。
「死にたくなければ静かにしていて」
そう呟いたナギが、マガリガミの前に立ちはだかった。
次回、『第一話 起動』
お楽しみに!
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