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英雄  作者: ゲシンム
第二章 抗えぬ欲
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他の惑星チームの反応

―惑星リープー


「……」


 敗北が確定したリープ軍一同。もはや誰が勝とうが負けようが、その勝敗に興味はない。自陣チームが誰一人として残っていない者としては、結末は既に変わらないからだ。


 物資も、技術も、歴史も、財も、人権も。全てが奪い去られるのだから、どっちが勝つのかなどはどうでもいいことだ。


 大事なことは、自分が、自分の大切な人たちが、今後どうなっていくのかだけだった。


「……」


 誰しもが不安の残る表情を浮かべる。口を開くものは誰も居ない。一様に首を傾げ、俯く。目元に涙を浮かべる者も居た。


「……」


 言うまでもない。心境は絶望である。


 ただ唯一、この者を除いては。


(おお、おお! やりおった! やってくれおったわい!)


 アナウンスを最後まで聞いていたネリムは、安堵と喜びの表情で、モニターを食い入るように見ていた。画面には、希望を託した少年、空の姿が映る。


(本当にラキアを倒してしまうとは! このままいけば本当に……!)


 淡い期待。しかし、理想という桃源郷に辿り着くには、その壁は大きい。


 それでも、空の活躍を見聞きしては、彼を心の奥底で応援せずにはいられなかった。


(どうか、わしらを救ってくれ!)


 祈るように拳を握り、一人静かに目を閉じた。




―惑星セス―


 一方、こちら、セスの控室。リープと同様、絶望の色が広がるが、静けさとは程遠く、ざわめきが全員に上がっていた。


「嘘っ、そんな……」


「隊長が負けるなんて……」


 口々に思いを述べる。しかし、それはどれもマイナスの発言ばかり。まだ、言葉を発せられるほど元気なのは、彼女が敗れて間もないからだろう。次第に、声を出す元気がなくなるくらい落ち込むことは、目に見えて分かっていた。


「……」


 そんな中、一人の女性は腕を組んで、黙ってモニターを見つめていた。


「随分と落ち着いていらっしゃるようですが、なにか理由でもあるのでしょうか?」


 慌てず騒がず、ただ一人で立ち尽くすミサに、一人の兵士が声を掛けた。


「……いいえ。少し、隊長の様子が気になってね」


「隊長の様子?」


 首を傾げる女兵士。しかし、ミサは答える様子はない。答えて良いものか判断が付かなかったというのもあるが、これはあまり言うべきではないと思ったからだ。


「……」


 ラキアと戦った相手。それは、自分を負かした相手と同じ人物だった。彼は普通ではない。性格も、戦い方も、これまで出会った男とはどこか違った。


 そんな彼が、ラキアをも倒した。しばらく言い争った後に、実力で。ラキアは言うまでもなく、惑星最強。やる気や言葉攻めで倒せる相手ではない。少なからず、この目で見た少年の実力は本物だった。


 そして最も気になったことは、ラキアの最後である。一片の曇りもなかった。後悔も、憤怒も、絶望も。負けてもなんとかなると思っている顔だった。


 ミサは空と話したことを思い出していた。


『君たちは絶対に助ける』


 今でもあれがどういう意味なのかは分からない。なんとなく予想は付くが、その実態は謎のままだ。それでもすんなり受け入れ、心に響いたのは、彼の言葉が嘘偽りなかったからだ。


「……空」


 小さく彼の名を呟く。その時、とある予想が付いた。


 彼は、ラキアにも同じことを言ったのではなかろうか?


 ラキアは昔ながらの友だ。窮地を切り抜けてきた戦友だ。地獄を見てきた同士だ。長年、彼女を見てきた自分だからこそ分かること。甘い言葉で、彼女が絆されることはない。


 しかし、長年見ていたからこそ分かる。彼女が寂しそうに遠くを眺めていたこと。それはきっと、同郷の者ではない他の誰かと、一度で良いから手を取り合ってみたいというもの。彼女が、空の言葉を聞いて、もう一度信用してみたいと思ったこと。


 空の言葉に嘘はない。芯がある。信用できる。信用させる力がある。自身も、心のどこかで彼に救いを求めているほどだ。だから、ラキアと空で繋がれた秘密の結束が、少しばかり羨ましく思った。


「……いいなぁ」


「? なにが?」


「!」


 口に出ていた言葉を引っ込めるように口を塞いだ。聞かれていないか心配だったが、杞憂だったようだ。ちゃんと聞かれていた。


「ねぇ、なにがいいの?」


「な、なんでもない! 勝ち抜いた相手のことを羨ましく思っただけだ!」


 咄嗟に嘘を付いた。理には適った謳い文句。自身の呟きにも反していないし、相手を納得させるいい言い訳だと思う。


「ふーん、そう。で、空ってなに?」


「‼」


 そっちも聞かれていたのか! と驚きが隠せなかった。それに、今度は言い訳も思いつかない。


 彼女の言い方的に、空が人物名ではなく、天のことだと思っているのだろうが、なぜ自分がそのようなことを言ったのか、納得させる言葉が出てこなかった。


「そ、それはだな……」


 頭の中で、懸命に策を模索するもなにも出てこない。まさか味方に追い詰められるなんて、と思いつつも、彼女を救う者が現れる。


 足音をコツコツと鳴らし、長い黒髪を揺らして、彼女は帰還した。


「『空』は、先ほどまで私が戦っていた相手の名前よ」


「隊長……」


 全員の視線がラキアに向く。それと同時に、ミサに質問を投げた兵士は納得の表情を浮かべた。


「……なるほど。だから彼の名前を呟いたのね。羨ましく思った彼の名を」


 その手があったか、と彼女の勘違いに付き合うことにした。


「そ、そうよ! 空が最後まで残ったことが羨ましくて、呟いてしまったの! ほんと、羨ましいったらありゃしない!」


 我ながら、無理な言い分だとは思う。けど、目の前の子は勘違いしたまま疑う様子はない。流れるようにモニターに視線を移し、走り続ける空の姿を見た。


「……確かに羨ましいですけど、そこまでですか? 最後に『あれ』と一対一で戦うんですよ?」


 兵士の視線は別のモニターへ。そこには、腕を組んで立つ、シヨクの姿があった。


「……」


 それを見て、言葉を失った。モニター越しでも分かる、圧倒的王者の貫禄。威風堂々とした立ち振る舞い。空と比べると、小動物と災害だ。


「彼なら大丈夫よ。心配しないで」


 そんな優しい言葉がラキアの口から出る。全員の視線が、再び彼女に集まった。


「やけに肩を持ちますね。空って奴は、それほどの実力者なんですか? そもそも、彼は敵なのでは?」


 誰かの疑問がラキアに向けられる。それは、兵士全員の意見とも取れるものだった。皆にも同じ表情、同じ思いが顔に出ていた。


「確かに彼の実力は、私如きが推して測れるものじゃないわ。直接剣を交えても、彼にはまだ秘められた実力があるように感じられたの」


 ラキアは最初の質問に答える。言い淀むことなく、淡々と話す様子は、空の実力を確かに認め、また、彼の力量が浮き彫りになるものだった。


 しかし、二つ目の質問は、なにやら言いにくそうで、少し間を置いてから、真剣な表情で話し始めた。


「……みんなに、伝えたいことがあるの」


 ラキアは枕詞にその言葉を添えると、空と話した二人のやり取りを全員に話した。その内容は、ミサが推測したものの通りだった。


「正気か、おぬし⁉」


 最初に言葉を荒げたのはロリ兵士だった。彼女も、昔から兵士として活躍する者の一人。敵の胡散臭さや醜さを知っている。


 だからこそ、それをよく知るラキアの話が信じられなかった。


「今日、初めて出会った男と約束を交わしたじゃと⁉ それも、わしらの故郷の命運が掛かった大事な勝負ごとに絡ませて! おぬしは過去からなにを学んだんじゃ!」


 小さな掌で胸ぐらを掴む。足りない分の身長は、ソファの背もたれに乗ることで補っていた。


「彼なら心配ないわ! 言葉に重みがあったもの!」


「たわけが! そうやって騙されて来たから、過去の遺産がわしらの胸にあるのじゃろうが! おぬしはあの悲惨な思いを、若い奴らにさせるつもりか⁉ またあの悲劇を繰り返すのか⁉ おぬしの選択が、故郷の者を苦しめるのじゃぞ!」


 その目には涙が浮かんでいた。悲しく、辛く、虚しい思いで溢れていた。他の子たちにはあんな思いをしてほしくない。苦しい思いをしてほしくないという魂の訴えだった。


「……ああ、分かっている」


 彼女の口調が強くなる。これは、隊長としての覚悟の表れだた。


「なにが分かっているじゃ! なにも分かっとらん! 過去のことも! 故郷のことも! わしらの気持ちも!」


 胸ぐらを掴む手が強くなる。涙を手の甲に流し、歯を食いしばった。


 必死に訴えかけるその姿を見て、過去を経験していない他の兵士たちも、曇り顔になる。ロリ兵士は、こう見えてもベテランの戦士だ。時に厳しく、時に優しく接してくれた思い出が、誰の胸の中にもある。


 そんな、強くて逞しい彼女が、胸を痛めつけて泣いている。彼女の必死さは、過去の悲惨さを物語っており、それほどまでに熱弁する彼女を見て、心動かされない者などいなかった。


「……お前たちを納得させる言葉を、私は持ち合わせていない」


「っ、おぬし!」


 小さな張り手がラキアに飛ぶ。誰しもが、その光景を固唾を呑んで見守っていた。ロリの手がラキアに飛び、その手を彼女が受け止める瞬間を。


「……」


 ラキアは片腕で、ロリの手を止めていた。


「っ!」


 どうしようもない思いを止められた彼女は、行き場のない感情を体中にまさぐらせ、どうしようもない思いに至った。


 そんな彼女に、彼女たちに隊長は声を掛けた。


「……お前たちを納得させる言葉を持っていない。だから、今から語る言葉は、私のエゴだ」


 彼女がそう言うと、小さく深呼吸して、思いの旨を言葉にした。


「私は、誰かを信じたかった」


「!」


 彼女の言葉に、驚きの表情を浮かべた。まさかセスの隊長である彼女が、あんなことを言うなんて。そんな思いでいっぱいだった。


「過去に多くの裏切りを経験して、私たちは、仲間以外を頼ることを止めた。何度信じても、何度手を握っても、私たちの誠実が仇となって返ってきたからだ」


「それを分かって…… 何故!」


 ロリの目から涙がこぼれ出る。ラキアはそれを、優しく拭った。


「『義務』と『願望』は別物だからだ」


「!」


「私たちは、相対する敵を信用してはならない。これは『義務』だ。過去から学んだ、私たちに課せられた使命だ。だが、本当は誰かを疑うことなんてしたくはなかった。皆が優しい生物であれば、そのようなことは必要なくなる」


「……じゃが、世の中そんな奴はおらん。悪人の方が多いのが、この世の理。だからわしらは、『願望』を捨てざるを得なかったんじゃ」


 ロリは小さな頭をうなだれた。力無く、諦めたように。


「私もそう思っていた。この世には悪人しかおらず、信用できる者などいない。そう思っていた」


「……いた?」


 過去形で話す言葉に引っ掛かり、ラキアの顔を見る。彼女は力強く頷いた。


「そんな時に出会ったのが、『空』という少年だった。彼は嘘偽りない言葉で、『私たちを助ける』と言ってくれた」


「それが本当だという保証はなんじゃ⁉ なぜ、そ奴の言葉だけ信じられる⁉」


 ロリの言い分はもっともだ。ラキアが空を信用していることは分かったが、信用する根拠も理由もない。彼が嘘を付いていない保証もない。ラキアが人の心を読めない限り、それが「本当」だという確証はどこにもないのだ。


「彼の言葉で心が震えた。そして、私の心も呼応するように叫んでいたからだ。『彼のことは信用できる』と」


「! そんな理由で……」


「……すまない。何度も言うように、私の言葉ではお前たちを納得させることはできない。だから、お前たちに掛けて誓おう」


 ラキアは胸に手を当て、覚悟と強い意思を持って、宣言した。


「もし、彼がわたしたちを裏切り、取り返しのつかない窮地に立たされるようであれば、私は、お前たちを全力で守り抜くと誓おう」


 彼女の言葉には重みがあった。暗い空気を吹き飛ばすほどに。


 だが、彼女だけは、そんな言葉に絆されることはなかった。


「だったらそれを、空とやらを倒すことで証明すればよかったんじゃ! そんなことを言うても、その時になっては既に手遅れ。一体、どうみんなを守るというのじゃ!」


 不安そうな顔でラキアを見つめる。そんなラキアの顔は、堂々としていて、真っ直ぐ前を見ていた。それはまるで、空のように。


「命を懸けて、ゼウスを殺すと誓おう」


「!」


 あまりにも大胆な宣言だった。自信と覚悟の表れだった。


 彼女は空に敗れた。そして、空よりも強いとされるのがシヨク。それよりも強い存在がゼウスだ。冗談でもそんなことは言えない。確かな覚悟が必要な発言だった。


 それでも、彼女の本気の言葉以上に、凄惨な過去が上回った彼女は、涙を拭うと、呆れた口調でそっぽを向いた。


「もう勝手にせい! どの道、おぬしが敗れた時点で道はないわい。わしはあやつのことなど信用せんし、何としてでも故郷の奴らを救うぞ!」


 などと言いつつも、具体的に彼女はどうする、などという案があるわけではなかった。彼女の中にあるのは、セスのみんなを救いたい思いと、そのためならなんだってする覚悟。彼女は一人、未来に訪れる悲惨な結末を、震えて想像していた。


「……すまない。私の判断が間違っていなかったことは、きっと彼が証明してくれるはずだ」


 ラキアはモニターに目を向ける。そこには、空の姿が映っていた。


「頼んだぞ、空」


 彼女は小さく祈り、願った。彼が、自分たちを良き未来に連れていってくれることを。


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