信じたからこそ
「貴様のことを信じよう。だが、」
彼女は手を離すと距離を取り、剣を再び構えた。
「私も惑星の者全ての命運を預かる身。本当に私のことを救いたいというのならば、ここでその強さを証明してみせよ!」
臨戦態勢の構え。だがその表情に迷いはない。
「結局戦うのかよ!」
口を塞いでいたリエガも、どうやらこの展開は予想していなかったらしく、予想外の事態に声を荒げた。
「けどまぁ、そうでしょうね。この後に控えているのは、なんて言ったってあのシヨクですから。彼女に実力を認めさせるくらいでなければ、シヨクに勝つなんて到底無理な話でしょう」
一方で、ギハンはこの展開に納得いっているようで、二人が戦うことになんの疑念も抱かなかった。
「……分かった」
そして空は、彼女の期待に応えるように、死神のエネルギーで鎌を作った。
「実力を見せて、君が信用してくれた思いに応えてみせる」
空も臨戦態勢を整える。これまでとは違う気迫で、彼女の前に立ちはだかった。
「……いい構えだ。それでこそ、」
彼女の足に力が入る。片足を少し後ろに下げて、剣をグッと握った。
「私を救う男だ!」
過去最高の速度で空に攻撃を仕掛ける。空はこれを、ギリギリで防いだ。迷いがない分、先ほどよりも遥かに速く、そして重い。
「まだまだいくぞ!」
壁を蹴り上げた彼女は、再び空へと迫る。思考と軌道を読んで、攻撃を捌くものの、空は体勢を崩した。
「どうした? もっとスピードを上げていくぞ!」
しかし、彼女の猛攻は止まらない。吹っ切れた分、スピードもパワーも段違いだ。
読みだけではどうすることもできず、なにか手を打たなけれなば、空の敗北は必至だった。
「くそっ。やっぱりさっき、反撃しておけばよかったじゃねぇか!」
目で追えない彼女の動きに、視線をあちこち移動させながら文句を垂れる。
「私は空の選択を尊重しますよ。 ……とは言ったものの、これは流石に、リエガに同意せざるを得ませんね」
ギハンも同じ感想を抱いたらしく、打開策もないままに文句を発した。当然こちらも、目で捉えられてはいない。
「なにか手を打たないと、あっさり負けてしまいますよ!」
焦りの言葉が飛び出す。その間にも彼女の攻撃は続いた。
「はぁぁ!」
掛け声と共に、強烈な一太刀が空に迫った。
瞬間、ギハンは自身のエネルギーが急激に減っていくのを感じ取った。
「⁉」
驚くのも一瞬にして、すかさずエネルギーを練り上げる。なにが起こったのか分からないが、ここでエネルギーを切らすことはまずい気がした。
「くっ、凄い勢いでエネルギーが消耗されていく! 一体、空はなにをして……!」
なにがあったのかと、空の方を見た。すると、空が攻撃を完璧に防いでいる場面を目撃した。
「⁉ なんだ⁉ 急に反応速度が上がった⁉」
攻撃を仕掛けたラキアも、驚いた表情を浮かべている。ギハンにはなにが起こっているのかさっぱり分からず、リエガたちに空がなにをしたのかを聞いた。
「リエガ! 今、なにが起こっているのか分かりますか⁉」
「あ⁉ お前も見てたら分かんだろ! 空の反応が鋭くなってんだよ!」
「反応が鋭く? 一体なぜ?」
「知るか! 急に空の動きが良くなって、相手の攻撃を確実に防げるようになってんだよ!」
恐らく、リエガはありのままのことを話している。目に見えた情報をありのまま伝えているのだと、ギハンは悟った。
こうなれば、空に起こったことを…… 空自身を観察した方が早いと判断し、焦点を空に当てた。そして、空の機敏な動きを見て、ギハンはある考察を立てた。
「ああ、なるほど。そういうことですか」
空の変化に心当たりがあるのか、ギハンは一人、すべてを理解した表情を浮かべる。
「なんだ? どういうことだ?」
それに気が付いたリエガは、すかさずギハンを問い詰めた。
「簡単な話です。エネルギーを視神経に集中させているのですよ」
「!」
ギハンの説明を聞いて、リエガはすぐに納得の表情を浮かべた。確かにそれなら、相手の攻撃を見極めることができると。
納得したリエガを気にせず、ギハンはさらに説明を続けた。
「空はもともと、全身にエネルギーを流すことで、運動能力や動体視力を人並み以上に発揮しています。しかし、それだけでは彼女の動きを捉えられないことを悟った空は、お得意のエネルギー一点集中を目に使ったというわけです」
「なるほどな。確かにそうすりゃ、相手の動きはよく見えるし、一点集中を手足に応用すりゃ、体もあの女の動きについていける」
リエガは空の方を見た。先ほどまで防戦一方だったというのに、今は彼女と、手に汗握る白兵戦を繰り広げている。空もラキアも、どちらの剣にも迷いはない。楽しそうに武器を交えていた。
「……けどよ、それって相当、エネルギーを消費しねぇか? 激しい運動に耐えるために全身にエネルギーを回すのは当然として、鎌に、目に、筋肉。 ……お前、大丈夫か?」
やばいものを見る目つきで、リエガは憐れむようにギハンを見た。変な汗を搔いていた。
「正直、相当ハードですが、問題はありません。むしろ、問題があるのはあなたの方では?」
「俺? なんでだよ」
「これからの戦いで待っているのは『彼』ですよ? 一点集中の使い方を覚えた空が、彼との戦いで使わないはずはありませんから。私以上にエネルギーを消耗すると思いますよ?」
それを聞いた瞬間、リエガはとびっきりの嫌な顔をした。これからの戦いを想像して、背筋が震えたのだ。
「……ラキアとの戦いでエネルギーを残しとくのは無理か?」
ダメもとで恐る恐る聞いた。いつものリエガらしからぬ、覇気のない声だ。
「無理ですね。こちらはこちらで手一杯。今の、足りない分のエネルギーを全力で供給しているくらいですからね。彼女との戦いが終わる頃には、私は使い物にならなくなってますよ」
希望が一つ潰えた気がした。リエガは、そっとリギラの方を向いた。
「そちらもダメですよ。リギラは今、傷ついた空の体を全力で回復しているのですから」
ギハンの言う通り、リギラも全力でエネルギーを練り上げ、出来上がった瞬間から体に流し込んでいる。負傷した部分だけでなく、酷使し続けている筋肉や、体力の回復に至るまで、空が全力のパフォーマンスを発揮できるように、エネルギーのすべてを回復に使っているのだ。もはや、リギラが最も疲れているといっても過言ではない。
「ということで、一人で頑張ってくださいね」
リエガの背筋が再び凍った。もう未来のことなど想像もしたくはないといった様子だ。
――キィィン
そんなことを考えている間に、二人の戦いに決着が着いた。勝者は、相手の武器を遠くに弾き飛ばし、息を切らしながら、手に持った鎌を相手に突きつけていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
息を切らして彼女を見つめた。
「はぁ、はぁ」
ラキアも、息を切らして空の方を見ていた。
「……参った。降参だ」
しばらく、お互い見つめ合った後、彼女は敗北を宣言した。
「……いいのか?」
空は静かに尋ねた。彼女の体は傷一つ付いていない。戦おうと思えば、まだいくらでも戦える。
「なんだそれは。貴様が私を救うと言ったのだろう?」
彼女は小さく微笑みかけた。空を疑う様子は全くない。託してくれた表情だ。
「それに、武器を飛ばされた時点で、どちらが上かは決まった。この後、いくら戦い続けようと、お互い消耗するばかりで結果は変わらないだろう」
「……」
「だから降参。私の負けだ」
彼女が負けを完全に認めると、黄金色の光が体を包んだ。
それを見た空も、息を整え、鎌を消失させた。
二人は無言のまま、お互いを見つめている。
「……」
空からなにも言うことはない。黙って彼女を見送るだけだった。
「……」
ラキアは内心焦っていた。空に命運を託すことにじゃない。送還されるまでのわずかな時間、お互い沈黙していることが気まずかったのだ。
「あー、その…… 貴様は……」
彼女が気まずい空気を切り裂くように、言葉を発する。しかし空は、手を前に翳すことで、彼女の発言を遮った。
「なにも言わなくていい。あとのことは任せて」
無表情。しかしながら、真っ直ぐな目だった。もう疑う余地はない。彼は裏切らない。
確かな確信を持って、ラキアは迷いのない顔で、
「頼んだぞ。空」
空にすべてを託した。
空は小さく頷くと、彼女の期待を受け取り、脇を通って走り出した。
「空!」
それを、彼女の言葉が遮った。空は足を止めて振り向き、彼女の言葉に傾聴した。
「気を付けろ。奴は強いぞ」
感謝でも、鼓舞する言葉でもなかった。警戒を煽る言葉と、分かり切った言葉。それが意味することは、「彼は私よりも強い」だった。
「……行ってくる」
背中越しに述べる彼女に言葉を残して、空は走り去った。
「はぁ。まさか私が、誰かを信じる時がまた来るだなんて」
誰も居なくなった路上で一人、黄金色に包まれた彼女は小さく呟いた。それは、気高く美しい一人の兵士としてではない。誰かを信じることを嬉しく思う、純粋無垢な一人の少女だった。
「みんなになんて謝ろう」
などと言いつつも、全く悪いと思っていない。思わなければいけないというのに、悲しみや不安よりも、喜びの方が勝っていた。彼女の頭は、すでに一人の少年でいっぱいなのだ。
「……頑張ってね。空」
最後に激励の言葉を述べて、彼女は黄金の中に消えていった。
ラキア対空。 勝者、空。
一方、もう一つの戦場でも、決着が着いたところだった。
「貴殿との勝負、楽しませてもらったぞ」
傷ついたシヨクは、その場で仁王立ちし、不敵に微笑んでいた。
「……そうか。それは良かったよ」
最強の戦士を前に、一歩も引かず立ち向かった青年は、剣をこぼし、その場で倒れ込んだ。他には誰も居ない。彼が最後の一人だった。
彼は倒れた後すぐに、黄金色の光に包まれて、控室へと送られていった。
「ゴハッ!」
さらにその後、戦いに勝ったシヨクは、負傷した傷で咳ごみ、血反吐を地面に散らした。
「はぁはぁ。地球で生まれた勇猛な戦士キユ。俺はその名を、生涯忘れることはないだろう」
腕で口を拭い、血をふき取った。
そして、最後の戦いを、その場で立ち尽くして待った。




