本音で語り合うということ
「……なぜだ」
距離を取ったラキアは、俯きながら小さく呟く。
「なぜだ⁉ 貴様とは今ここで出会ったばかりのはずだろう⁉ それだというのになぜ、貴様は私を助けるなどと口にするのだ⁉」
彼女の顔には戸惑いと警戒が浮き出ていた。当然だろう。空には相手の攻撃を捌くほどの力量がある。反撃するチャンスもあった。
しかし、その口から出てくる言葉は「助ける」などという浮ついた芯のある言葉。こちらに危害を加えようとせず、真摯に向き合う姿勢には、疑問や違和感しかなかった。
しかし、納得のできる答えを待つ彼女に空は意外な言葉を口にする。
「……分からない」
「……は?」
戸惑う表情が加速する。こいつは何を言っているんだと、頭が混乱した。
「分からないんだ。なぜここまで君を助けることに執着するのか。なぜそう思うのか。なぜ、君に不幸になってほしくないのか」
それでも目の前の男は話を続ける。本心で語る。嘘偽りがないことが分かる。それでも、簡単に信用はできない。訳の分からぬ言葉で、納得することなどできなかった。
「なにを言い出すかと思えば、『分からない』だと? 貴様が言ったことだろうが! なぜ、自分の発言を分からないと宣う⁉ 助けたいなどと戯言を言う⁉ そんな理由では、私を絆す言い訳にしか聞こえないぞ!」
攻撃は仕掛けない。言葉で攻める。踏ん切りをつけるためだ。
一方で、言い訳を続ける空は、さらに言い訳を重ねていった。
「それでも、心が、体が、君を助けたいと叫んでいるんだ。救いたいと思ってしまう。君の幸せを願っている」
拳を握り、胸に手を当てる。空の心は、確かにそう言っている。救いの手を伸ばしているのだ。
「だから、自分に君を救わせてほしい」
空の表情は相変わらず無だった。ラキアはそんな空を見て、やはり信じられないと思った。しかし、その思いを覆したものは、空の目に映る情熱の灯だった。彼の目に濁りは無く、目を反らすことなく自分のことを見つめている。
空のこれまでの態度、掛けられた言葉、彼の目を見て彼女はゆっくりと口を開いた。
「そんな言葉が信用できるか‼」
彼女は怒りに任せた言葉をぶつける。
「そんな甘い言葉を囁く輩を私はこれまでたくさん見て来た! 時には信じようと差し伸べられた手を握ったこともあったさ。だが、そうするたびにその思いは踏みにじられ、侵され、蹂躙された! だから私はそのように語る者が嫌いだ! 嘘の言葉でたぶらかし、私たちの惑星を貪る貴様のような者が嫌いだ! だから私は貴様の口車には乗せられない!」
激昂する彼女は剣を構え、空に向かって剣を振り切った。空は彼女の攻撃を、鎌で受け止めるだけだった。
「っ、あぁ!」
咆えた彼女の剣戟が激しくなる。いや、荒くなった。可憐で優美な姿はどこにもない。懸命に剣を振るい、邪念ごと取っ払おうと葛藤する少女の姿しかなかった。
テクニックもなにもない正面からの剣戟を、そのことごとくを空は振るい落としていった。
「反撃しろ! 本性を表せ! その不愛想な仮面を取ってみろ!」
荒々しく、猛々しく、彼女は豪快に剣を振るう。しかし、彼女の刃が空に届くことはなかった。
「っ、なぜ動かん! なぜ反撃してこない⁉ 私の攻撃を捌く力を持ちながら、なんで!」
呼吸を荒くした彼女は、髪をぼさぼさにしながらも、空のことを睨む。葛藤はどこまでも続いた。
「……違う」
得体の知れない少年は、小さく呟いた。独り言のような呟きでさえ、今の彼女には反感を買う火種になった。
「なにが違う⁉」
「自分が強くなったんじゃない。君の攻撃が脆くなったんだ」
「……なん、だと?」
焦点がぶれる。また、お得意の話術で翻弄されかけた。だが彼女は知っている。その全ては嘘であること。自身をたぶらかす悪魔の囁きであることを。
「でたらめを言うな!」
剣を振るう。しかし、簡単に止められた。
「はぁ、はぁ、」
呼吸が荒れる。もう隙は十分にある。それでも、相手は攻めてこない。攻めるのは、言葉で、だった。
「……スピードもパワーも落ちている。無意識に力をセーブしたんだ」
「なぜ、私がそのようなことを! 貴様が妙な言葉で翻弄したせいだろうが!」
「そんな能力はない。ただ本心で語っただけだ」
「それが! そのせいで、私の力は……」
「見極めるつもりでそうしたんじゃないのか?」
「……え?」
剣を握る力が弱まっていく。またよく分からない言葉を言われたせいだ。だが、図星を突かれた気がした。
「見極めるため、だと?」
言葉を反復する。自分の口に出しても意味が分からない。分からないのに、妙にしっくりきた。それが物凄く不快だった。
それでも、目の前の少年は嫌なところを突いてきた。
「力を抑えたのは、自身を見極めるために、無意識で行ってたんだ。ギリギリで防ぐことができる攻撃で攻め、敢えて隙を作ることで反撃を誘った。自分が君をたぶらかしていることを証明するために」
言っている意味が分からなかった。分かりたくなかった。分からないふりをした。なにを言っているんだ、と言ってやりたかった。
だが、その言葉は出てこなかった。代わりに、相手が追い打ちをかける形で言葉を吐いた。
「反撃すれば、ただの口だけの人間だと分かる。けど、そうじゃないなら、言葉に信憑性が増す。そういう思いで攻撃を緩めたんだ」
「ち、違う! 私はそんな……」
必死に反論するも、言葉が出てこない。バカバカしい予想論だ。それっぽい言葉で油断を誘っているだけだ。しかし、心は必死に思い込もうとする考えを跳ねのける。
「見ることさえできなかった自分が、君の攻撃を防げたことがその証拠だ。君の隠れた思いが、行動に表れたんだってすぐに分かった」
「隠れた、思い……?」
やめろ。それを聞けば、また裏切られる。淡い期待を持つな。くだらない考えを抱くな。耳を塞げ。
頭で分かっているのに、心がそれを制止した。
「君は、本当は誰かを信じたかったんだ」
「‼」
ああ。全て見抜かれている。本当は誰かを疑うなんてことしたくはない。したくはなかった。だけど、そうしないと生きていけない。セスに住む者たちは、仲間以外を信じた瞬間に裏切られるのだ。
甘い言葉で囁く者も、一緒に戦おうと剣を取り合った者も、君たちを助けたいを手を刺し伸ばした者も。全員が裏切った。
仲間を攫われ、凌辱され、危機に晒され、殺され、蹂躙され、侵略され、騙され、裏切られた。信じられるのは仲間だけだ。他の惑星の者なんて信用できない。できるはずもない。
それでも、本当は誰かを信じたかった。
「単調な攻撃も、言葉に耳を傾けたのも、試すような真似をしたことだって、全部、誰かを信じたいから出た行動なんじゃないか?」
「……」
黙って顔を俯かせる。そうだ。その通りなんだ。誰かを信じたい。疑いたくはない。けど、それをしてはいけないことを、歴史が知っている。過去の経験が物語っている。だから、彼のことを、信用したい信じてはいけない。
「貴様のような輩など何人も見て来た! 貴様のような者が一番信用ならんのだ‼」
そのように言う彼女は剣を構え、空の首目掛けて、振り切った。
刃は空を切り、空の喉元へと迫る。空はそれを一歩も動かず、一寸も目を反らさず、じっとその場で見ていた。
「っ、なぜ動かん! そのまま終わりたいのか⁉ 送還されれば傷が癒えると高をくくっているのか⁉ なぜそこまで私のことを……!」
彼女の剣は空の首ギリギリで止まっていた。彼女の手はそれ以上動こうとしない。少し横にずらせばすぐに首を切れる距離だ。
それでも空は一歩も動かず彼女の目を見据えた。彼女も空の目を見る。
「あああああ‼」
淡い期待を打ち消すかのように大声を上げ、ラキアはもう一度剣を振りかぶり空目掛けて振った。しかし、今度もその手は空の首すれすれで止まった。掠れた剣は、空の首の皮一枚を切り、血を流した。
ラキアはもう一度空の目を見る。相変わらず空は真っ直ぐに彼女のことを見つめていた。
「なぜ動かん! そのまま終わりたいのか⁉ 送還されれば傷が癒えると高をくくっているのか⁉ なぜそこまで私のことを……」
力なく彼女は剣を下ろした。今の彼女はもはや無防備。攻撃されて防御する気力もないだろう。だが、彼女を裏切るような行為を、空がするはずもなかった。
「分からない。けど、君を救いたい」
納得させる根拠もない。信用できない感情論だ。
だがそれでも、少年の目は真っすぐで、濁りがなかった。
「自分に…… 『俺』に、君を救わせてほしい」
誰の言葉でもない。これは、空自身の言葉。「俺」は誰の真似もせず、「空」自身を指す言葉だった。
そして空は腕を差し出す。だが彼女は、その手を握ることを躊躇した。過去の経験か、今の感情か。比べるまでもない。けど、選択できない。
ラキアは少年の目を見る。確固たる自信と、絶対に裏切らないという純粋無垢な瞳。それを見て、彼女の希望はもう一度蘇った。
「……信じて、良いんだな?」
彼女の言葉に、空はゆっくり力強く頷いた。
「……分かった」
彼女は剣を下ろすと、怯えながら空の手を握る。最後の決意を抱いたのだ。彼を、信じてみよう信用できないと。
熱い握手を交わして、お互いの目を見つめる。ラキアは目だけでなく、彼の手から体温ではない得体の知れぬ温もりを感じた。嫌な気は一切せず、手を取って良かったと思った。




