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英雄  作者: ゲシンム
第二章 抗えぬ欲
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誤解

「……君は、なんだ?」


 戦場という命をやり取りする場。彼は今その場に立ち、敵を前にしている。しかし、彼の口から出た言葉は、怒号でも、奮起でも、悲哀でもない。彼女に対する疑問の言葉だった。


「!」


 それを聞いた瞬間、種族たちは誰を前にしているのかをようやく理解した。彼女は敵だ。敵なのだ。だが、それだけではない。彼女は、空の殻を破った人物でもあるのだ。


 自我がなく、ただ言われたことを行う操り人形。それが前までの空。だが今は違う。自我が芽生え、自身が思うように行動し、自身の考えを述べる。


 今だってそうだ。誰からの命令も受けていないのに、自身が思ったから口にしたのだ。種族たちは、空の生末を見守ることにした。


「ん? ああ、自己紹介がまだだったな。すまない。これまで、話す間もなく終わってしまったからな。私の名前は……」


「アド=ラキア」


 間髪入れずに名前を呼んだ。言い方が若干ストーカー臭かったが、それは言うまいと、リエガは口を噤んだ。


「……そうだ。私の名前を知ってもらっているところ申し訳ないが、生憎と君の名前は存じ上げなくてね。良ければ名前を教えてくれないか?」


 自身の名前が知られていることに、なんの疑念も抱かない。彼女は自身が警戒されていることを自覚している。だから、名前を知っていてもおかしくはないと思ったのだ。


「……空だ。白時空」


「そうか。なら早速で悪いが、攻撃させてもらうぞ」


 ラキアの言葉の後にはすぐに、金属音が付いてまわる。つまり、この攻撃も空が防いだということだ。


「……驚いたな。ちょっと変化を加えて、後ろに回り込んで攻撃してみたのだが、これも防ぐのか」


 お世辞ではない。本当に驚いた表情を浮かべている。ほとんどの敵は、これで倒してきたと言いたげだ。


「……君はなんだ?」


「……なに?」


 そんな凄まじい攻撃を防いだ空は、同じ質問を繰り返した。これには彼女も、怪訝な顔を浮かべざるを得なかった。


「どういう意味だ? 自己紹介なら先ほどしたはずだが」


 鋭い目つきが空を睨む。相手が不可思議なことを言ってくるので警戒しているのだろう。彼女の剣を持つ力が強くなった。


「……空。もう少し詳しく話さないと、質問の意図を理解してもらえませんよ」


 不器用な空の質問の仕方を見かねて、ギハンは助け船を出す。空はしばらく考え込んだ後、一から説明することにした。


「……初めて君を見た時、色が付いたんだ」


「……色?」


 怪訝そうな顔のまま聞き返す彼女に、小さく首を縦に振った。


「自分の視界は、ずっと灰色のままだった。これからもずっとそうだろうと思っていたとき、君を見た。そうしたら、灰色の世界に色が付いたんだ」


「……」


「そこからなんだかおかしくなった。自分で意見を言うようになったり、ふと、力が湧いてきたり。それから、君を救いたいと思った」


「!」


 彼女の表情が崩れた。それは驚いた表情でも、喜びに溢れたものでもない。なにかを察し、身に覚えのある出来事に遭遇した時の顔だった。


 空は彼女の変化に気付かず、話を続けた。


「なんでこうなったのかは分からない。けど、君がきっかけだったことは確かだと思う。だから知りたいんだ。なんで自分がこうなったのか。なんで君を見た瞬間にこうなったのかを。君を知れば、こうなった理由が分かると思う」


 空はじっと彼女を見た。彼女は俯いたまま黙っている。その表情がどんなものか、空はまだ分かっていない。


(……自分から説明しろと言っておいてなんですが、今の空はやけに饒舌ですね。やはり、彼女がらみのことだからでしょうか)


 弓使いの彼女やネリムの時とは異なり、明らかに口数が多い。


 空は今、懸命に自分を探しているのかもしれない。「なぜ」「なんで」を多用し、自分自身を疑問に思うことで、自分を深く知ろうとしているのかもしれない。そのきっかけを作ったのは間違いなく彼女であり、彼女を知ることで自分を知ろうとしているのかもしれない。


 これまで見たことのない空を見て、ギハンはただそう思った。


「だから教えてくれ。君は一体、なんなんだ」


「ああ、結構。そういうアプローチはもうたくさんだ」


 空の疑問符の後、彼女はすぐに答えると、一瞬で空との間合いを詰め、二、三撃ほど攻撃を仕掛け、無防備な空の腹に蹴りを入れて壁に吹き飛ばした。


「がはっ、」


 剣戟は防いだものの、最後の蹴りだけは避けることができず、もろに喰らってしまった。地面に着地した空はゆっくりと起き上がり、彼女の方を見る。ケダモノを見るような目で空のことをみていた。その目で見られていると分かった瞬間、空の心臓は締め付けられるような苦しみに襲われた。


「さっきから黙って聞いていれば、『君を救いたい』だとか、『君のことを知りたい』だとか……」


 彼女は再び姿を眩ます。気づけば、空の後ろに回り込み剣を振るっていた。


「っ」


 せわしなく防御の体勢を取るが、間に合わない。傷は浅いものの、空の体に大きめの切り傷が付いた。


「……」


 空は、自身に付けられた傷を見た。痛かった。心が痛かった。傷自体の痛みよりも、彼女に傷を付けられたことの方が痛かった。


 理由は分からない。だが空は、そう思った。


「よく居たよ。そういう敵。甘い言葉を囁いて、こちらを油断させる気持ちの悪い敵。僕が勝ったらとかほざいて、私を手籠めにしようとする敵」


 剣先を空に向ける。鋭い目つきと共に。


「そういう奴を何人も屠ってきたし、そういう敵が一番、」


 空は耳を塞ぎたくなる衝動に駆られた。だが、彼女の前でそんなことをすれば命取りだ。それでも、塞ぎたい欲は止まらない。倒されるよりもきつい言葉が来ると予想したからだ。


 案の定、彼女の口から最も聞きたくない言葉が、空の耳に流れ込んだ。


「嫌いだ」


 心臓を刺された。精神的にだ。抉られるような痛みだった。


 だが彼女は言った。「そういう敵がいっぱい居た」と。なら、話せば分かり合えるはず。誤解は解けるはず。そういう思いで空はなんとか言葉を絞り出した。


「待って、話を……」


「問答無用」


 当然、聞く耳を持つはずがない。彼女は先ほど以上のスピードで空に迫った。


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