戦いたくない相手
「……」
空は次なる相手を探し求めて、街の中を走り回っていた。とある場所から凄まじい音が聞こえてくるため、そこに向かって足を動かしていた。
「……」
一方で、ギハンたちは、ネリム同様、空の一言を思い出していた。
「……まさか空があんなことを言うなんて」
未だに空の言動が信じられないギハンは、自身の思いを口に出した。
「ねっ! 空が立派に成長してくれて嬉しいよ!」
ギハンの言葉に、リギラは嬉しそうに語る。天使として、空が正しい道に進むことが嬉しいようだ。
一方で、リエガはなんだか面白くなさそうに舌打ちした。
「この調子で、色んな人を助けるために、活躍する人になろうね!」
空にこれから活躍してほしい願望を込めて話す。既に、空の自意識が覚醒したことを受け入れ、今後の展望も視野に入れている言い方だった。
「……」
空は黙ってリギラの話を聞き、懸命に足を動かした。
「……それでは早速、空には活躍してもらいましょうか」
なにかを発見したギハンは空に合図を送ると、それに合わせて足を止めた。
「またこいつかよ。今更、こんな奴に手こずらねぇよな?」
ネリムと戦った後だと役不足だと言わんばかりに、リエガは小言垂れ、空に圧を掛ける。
「……」
自我が芽生えた空だったが、まだ、そのような圧に左右されるほどではなく、いつも通り淡々と、戦闘の準備を始めた。
「オマエ、ワがドウシをタオしたヤツだな?」
片言の言語で空に話しかけるオークは、拳をガツンッと合わせると、自身を奮い起こした。
「ソのツヨさ。ゼヒ、てアワせネガいたイ」
オークは早速、臨戦態勢を整る。言葉はいらず、早く戦いたいといった様子だ。
「こんな奴に手こずってんじゃねぇぞ、空。この後お前は、とんでもねぇ奴と戦うんだからな」
とんでもない奴とは、当然、シヨクのことだ。リエガの中では、既に空とシヨクが戦うことは確定事項らしい。そしてこの戦いは、シヨクと戦う前のウォーミングアップといったところだろう。空は死神の鎌を出して、握りしめた。
「……」
「……」
両者睨み合い、出方を窺う。そして、その時は一瞬だった。
目にも止まらぬ斬撃が、オークの体を切り裂いたのだ。
「バカな。オレがこんなにアッケなく……」
やがてオークは倒れ伏し、黄金色の光に包まれ消えた。
「ほう。私の一撃を防ぐか。どの相手も一撃で倒す、自慢の一刀だというのに」
声がした。口調はシンスイと似ているのに、芯があって可憐な声だった。
空は、鎌を破壊されたことも気にせず、声のした方を見た。
「まぁいい。次は確実に葬ってやる」
そこには、空が最も戦いたくない黒髪の女性が立っていた。
「……全く見えなかった」
一連の流れの末、ギハンは驚きの声を上げる。
オークを倒したのは、実は空ではない。ギハンの目で追えぬ素早い斬撃が、一瞬にしてオークを斬り伏せたのだ。
それだけではない。斬撃はオークだけに留まらず、相対していた空をも襲ったのだ。あまりにも鋭い俊足の一太刀は、死神の鎌を一撃で壊すにまで至った。
「リエガ。あなたにはさっきの一振りが見えましたか?」
自分の目がおかしくなったのではないことを証明するため、ギハンは同士に質問を投げる。これで、「見えていた」と返答されれば、自身の力不足を痛感するしかない。
「……悔しいが、全然だ。オークが倒れるまで、攻撃されたことにも気が付かなかった」
「……そうですか。私の目が悪くなってしまったと心配していたのですが、どうやらそのようなことはなさそうで安心しました」
なんて、軽い冗談で誤魔化してはいるが、内心は焦りでいっぱいだった。
(……私やリエガですら見えない、超スピードでの攻撃。これが彼女の能力ではなく、素の身体能力なのだとしたら……)
おぞましい考えを頭によぎらせながら、ギハンの視線は彼女に移る。細い剣を片手で持ち、こちらをじっと見つめている。とても、オークを倒せるようには見えない。
(彼女の力量は、シヨクやキユにも届き得る)
ギハンの中で、彼女への警戒指数が上昇する。先ほど戦った弓使いとは遥かにレベルが違う。基準が、彼女しかいなかったため、ラキアへの評価も相対的に低くなっていた。
だが、彼女の動きを見て、その評価は大きく変動する。ネリムを抑えて堂々の二位にランクインだ。
「来ないのか? なら、こっちから行くぞ!」
――ガキィィン!
相手の掛け声の後、すぐに金属音が鳴り響いた。
「……私の攻撃を二度も防いだ。なるほど。どうやら今までの相手とはひと味違うらしい」
そこに居たはずのラキアの姿がない。いつの間にか、彼女は全く別の位置に立っていた。
「また見えなかった……! なんというスピード!」
悔しさもあり、相手の速度に驚いたこともあるが、ギハンには、それ以上に注目すべき点があった。空である。
(その圧倒的なスピードを、彼は二度も捌いてみせた! いや、見る感じでは、捌いたというよりもギリギリ当てた、という方が正しいのかもしれませんが、それでも、反応しているのは事実!)
ギハンの注目が空に集中する。空は、壊れた鎌を捨て、新たに別の鎌を生成した。
(彼には、彼女の攻撃が見えているというのか?)
ギハンの予想とは異なり、空に彼女の攻撃は見えていない。それでも攻撃を防ぐことができたのは、類い稀なる戦闘センス、ネリム戦の時にも見せた危機察知能力、そして、彼女ならこうするだろうという空の予測。
空自身、なぜ、自分の予測が的中しているのか分からず、疑問に思っていた。
「このまま直線的に攻撃を仕掛けたところで、防がれることは目に見えている。さて、どう切り崩したものかな」
一方ラキアは、空への攻略に力を入れ始めた。攻撃を防がれた相手は過去にもいたが、その時も、頭を使い、アプローチを変えることで、敵を屠ってきた。今度も同じだ。攻撃方を変え、倒す。彼女にとって、空は敵ではなかった。




