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英雄  作者: ゲシンム
第二章 抗えぬ欲
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敗者の末路

―惑星リープー


「……ネリム殿……」


 ネリムの結末、そして、オタガミの放送を一部始終見聞きしていたリープの軍人たちは、落胆の声を上げる。我々の唯一の希望が潰えたのだ。残っているメンバーもあと一人。それも、相手はあのシヨクだ。誰しもが敗北を悟った。


「暗い顔をしとるのう、おぬしら」


 暗く静かな部屋に、その声は響いた。


 戦いに挑む前ならば、覇気もなにもないその声を聞いても、心震え、やる気に満ち溢れていただろう。だが今は違う。その声がここで聞こえるということは、実質的なリープの敗北を意味していた。


「ネリム殿……」


 元気のない返事。その言葉を聞いたネリムは、皆の顔を見た。押しつぶされそうになった。全員の顔が絶望に染まっていたのだ。


「……」


 ネリムはなにも言わなかった。言えなかった。あるいは、「言わなかった」。どう声を掛けていいものか分からなかった。なにかを言った瞬間、責められる気がして怖かった。彼らの顔を見て、取り返しのつかないことをしたと感じた。自分が、最後の希望を潰してしまったと思った。


「ネリム‼」


 突然、一人の軍人が声を上げ、ネリムに詰め寄る。その男は、ネリムが出撃する前に、作戦の全貌を聞きに来た男だった。


「ネリム、貴様っ‼」


 男はネリムの胸ぐらを掴み、睨みを効かせた。


「なぜ‼ なぜ、リタイアした‼」


 男の瞳には涙が浮かんでいた。それを見て、ネリムの心はさらに締め付けられた。掴まれて擦られた首元よりも、心臓の方が何倍も痛かった。


 そんなこと気にすることなく。男は自身の思いを語る。


「俺たちはみんな、お前に託していたんだぞ‼ それなのに、こんなにあっさり負けを認めやがって‼ せめて、最後まで抗ってみせろよ‼」


 現上司に、軍人とは思えぬ暴言。さらに、握られた拳は高く上がり、ネリムに振り下ろされようとしていた。


「おいっ、やめろ!」


 それを見ていた二人の軍人が男を押さえつける。


「離せ‼ こいつは売国奴だ‼ 仲間を裏切りやがった‼ 絶対に許せねぇ‼」


 暴れる男。二人は精一杯男を押さえつけた。


「あの状況じゃ仕方ないだろ! どんなに抗っても結果は同じだった。どうすることもできなかったって!」


 二人は懸命に男をなだめようとする。しかし、男は聞く耳を持たなかった。


「離せ! 離せよ‼」


 胸ぐらを掴まれたままのネリムはぶらぶらと揺らされる。そんな中、彼は重たい口をゆっくりと開いた。


「……おぬしの言う通り。全ての責任はわしにある」


 その言葉を聞いて、全員の動きが止まった。張り詰めた空気の中、ネリムは言葉を続けた。


「おぬしらの期待を裏切り、自分可愛さにリタイアする道を選んでしもうた。これは紛れもなくわしの失態であり、おぬしらに対する裏切りじゃった」


 覚悟を決めたネリムは、今なお掴んで離さぬ男を見て、


「殴って済むならいくらでも殴れ。それで少しでもおぬしの心が軽くなるなら、わしは喜んでサンドバッグになろう」


 男は震えた。こいつはなにを言っているんだと。諦めたら終わりだと鼓舞したのは、お前じゃないかと。お前のせいで、我々は敗北したのじゃないかと。


「っ」


 拳に力が入る。ネリムは目を瞑った。これは仕方のないことなのだ。誰かがその責任を負わなければならない。それは間違いなく、自分の役目であると理解しているのだ。


「……くそっ!」


 男は悔しそうに手を離した。ネリムが尻もちをつく。二人の男はネリムに、心配そうに声を掛けた。


「ネリム殿!」


「大丈夫ですか⁉」


 腰に手を当てながら、二人の男を制止した。


「……ほんとは分かってるんだ。俺たちが負けたのはあんたのせいじゃないし、あの状況じゃああするしかなかってことも」


 男は、本来大きいのに小さく見える背中をネリムに向けて、ポツリと呟いた。


「……」


 ネリムはそれを、黙って聞いた。そして、次の言葉をしっかりと受け止めようと思った。


「……でも、心の底ではなんで負けたんだってずっと思ってる! お前に託したのにって。勝つって信じてたのにって!」


 男の声を聞いて、誰しもが共感の色を心に染めた。僕も、私も、自分も、そう思っていたのに、と。そう思った瞬間、みんなの瞳に自然と涙が浮かんだ。


「……なぁ、ネリム」


 男は続ける。これ以上何を言う気だと思った。既に、ネリムの心ははちきれる寸前だったのだ。自身を罵る言葉ならばまだいい。だが、それ以上の言葉なら、重すぎる。そう思った。


 だが、ネリムの予想に反して、男が放った一言は、締め付けられた心臓を抉った。


「俺の子供たちの病気は、もう治んねぇのか?」


「‼」


 振り向きざまに男は述べた。壊れそうなほど、弱弱しい言葉だった。そんな言葉が、ネリムの心を破壊した。


 その瞬間、後悔が押し寄せた。なぜ、出会ったばかりの少年に託してしまったのか。なぜ、あの時もっと、抗わなかったのか。


 空気に絆されてしまった、なんてなんの言い訳にもならない。一度考えれば思い出したはずだ。諦めかけた彼らに掛けた言葉、彼らの抱く思い、帰りを待つ幼き少年少女の顔。


 取り返しのつかないことをしてしまったと思った。


「……すまん」


 謝ることしかできなかった。謝って、俯いて、心臓が壊れないようにするしかなかった。


 部屋のはすすり泣く声が響いた。リープは、敗北したのだ。


 ただ一人、ネリムは空の言葉を思い出していた。




『……もし、あなたが自分を信じてくれるのなら』

『任せてください。救ってみせます』




(ああ。少年よ、どうか頼む)


 心の奥で、静かに祈った。


(わしらのことを、救ってくれ!)


 藁にも縋る思いで、空に希望を託した。


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