勝利した彼への考察
「……どう思う?」
はっちゃけた放送が聞こえなくなった地球の控室。静まり返ったその一室で、シンスイの疑問の声が響いた。
「そりゃあ当然、空が勝つに決まってんぜ! あいつの根性見ただろ! こりゃあのデカブツも倒せるのも夢じゃねぇな!」
さっきの実況を聞いて、興奮が収まらないセッキは、嬉しそうに今後の展望を話す。その姿はもはや、空の一種のファンである。
「……カーシェス。貴様はどう思う?」
意外にも、シンスイは彼を否定することなく、流れるようにカーシェスに意見を聞いた。彼女も同じように思っているのか。それとも、聞く価値の無い、夢見がちな妄想だ、と切り捨てたのか。
「……あの小僧がネリムに勝てたのは偶々だ。今後、同じようなことは起こり得ない」
「ああ。私もそう思う」
「はぁ⁉」
酷評を述べるカーシェスに、それに同調するシンスイ。二人のありえない評価を聞いて、セッキは苛立ちの声を上げながら立ち上がった。
「お前、さっきの放送聞いてなかったのかよ! この戦いのダークホースとも、滅茶苦茶成長したとも言ってたんだぜ? 偶々なわけねぇだろうが!」
「偶々だ。あの小僧の能力が、ネリムと相性が良かったから勝てた。俺の目にはそのようにしか映らなかったが?」
「だとしたら相当節穴だな、その目。ああ、それともあれか? お前が優勝候補(あの女)にやられたことに対する僻みか?」
「殺すぞ、お前」
煽り、嘲るセッキの顔面に、思わず銃をぶっ放したくなったが、アホには弾丸がもったいなさすぎると、高まる衝動を抑え込んだ。
セッキは変顔で煽り続ける。カーシェスは言葉で対抗することに決めた。
「オークにボロ雑巾にされた貴様には分からんかもしれんが、シヨクは言わずもがなラキア(あの女)も別格だ。他の一般兵士や俺たちとは次元が違う」
「なんだぁ? 負けたことに対する言い訳ですかぁ?」
耳を傾ける仕草をして、セッキは煽り続ける。
「黙って聞け。俺はラキアもキユも、シヨクでさえ、他より少し強いだけで大げさに言われているだけだと思ったし、奴らの雰囲気に当てられただけだと思っていた」
カーシェスの中で、斬られた記憶がよみがえる。今思い返してみても、どうやってやられたのかいまいち把握できない。
「だが、その一人と相対して、それは間違いだと悟った。奴らは俺たちとは一つも二つもレベルが違った。もはや、奴らだけでこの戦いをすればいいと思ったくらいだ」
力強い熱演に、一同は聞き入る。先ほどまで煽っていたセッキも、真面目な顔つきで彼の話を耳に入れていた。
「そんな中、唯一倒せそうなのがネリムだった。戦う映像だけを見れば激戦だったかもしれないが、奴への対処は模索すればいくらでもあったし、他の三人と比べると、理不尽なことは一つもなかった」
カーシェスは俯いていた顔を上げ、モニターを見た。他の者たちも誘導されたように同じ箇所を見る。シヨクとキユが、自分たちでは絶対になしえない壮絶な戦いを繰り広げていた。その場に居た他の者たちは、戦いについていくことができず、致命傷を負い、強制送還の準備をしていた。
それはまさしく、カーシェスが述べる、「理不尽」に巻き込まれた代償に過ぎなかった。
「……これが、『空がネリムに偶々勝った』と言える根拠と、『今後の戦いで勝ち抜くことができない』と話す理由だ。理解してもらえたかね?」
カーシェスは近くに置いていたカップに口を付ける。中に入っていたお茶は、既に冷めきっていた。
「繰り返しになるが、私もカーシェスと同じ意見だ。シヨクの戦いっぷりや、カーシェスとラキアの戦いを見ると、とてもじゃないが、私たちが勝てる相手ではないことは明白だ。うちで対抗できるものと言えば、それこそキユくらいのものだ」
シンスイは再びモニターに視線を移した。シヨクの猛攻に食らい付いているキユを見た。同時に、その巻き添えを食らった共闘者が、強制送還される姿も。
「お前も映像を見ていたなら分かっているはずだ。奴らの力量が分からないほど、お前の目は節穴ではないはずだぞ」
視線をセッキに戻し、理不尽について説いた。セッキはその場に立ち尽くしたまま俯いている。流石の彼も理解したのか、重苦しい口調で同意した。
「……ああ。分かってんよ。あいつらの強さは、レベルが違ぇことも。空じゃあいつらに勝てねぇってことも」
あの頑固なセッキが、素直に自分の間違いを認めるとは。それほど彼らの戦いは凄まじく、そして、遥かに強かったのだ。
しんみりした空気の中、彼らは心の中で空に見切りをつけ、後のことはキユに託そうと考えた。
ただ一人、この男を除いては。
「……分かった上で言ってんだよ」
「……セッキ?」
小さく呟かれた声を聞いて、モニターに注がれていた視線は、再度セッキに集められた。
「全部分かった上で言ってんだ。あいつらが強ぇことも。空が弱ぇことも。ネリムに偶々勝てたことも、全部」
「……」
静かで張り詰めた空気が和んだ気がした。それは他の誰でもない。セッキの言葉のせいだ。
「けどよ? そんなこと、全部分かり切ってたことじゃねぇか。全員…… 俺もが、空は最弱だって思って最初っから投入したんだろ? それでもあいつは、俺たちの予想を裏切って、じゃいんときんぐ? したんじゃねぇか」
「ジャイアントキリングだ。馬鹿者」
セッキの間違いに、シンスイは小さくツッコミを入れる。引きつった表情には、歪んだ笑顔が見えていた。
「お前、話を聞いていなかったのか? それはネリムだから起こったことで……」
「関係ねぇよ」
「!」
話の分からないセッキに、カーシェスが再度話をしようとすると、間断なく言葉を遮った。
「あいつがネリムと戦う前だって、下馬評は低かったはずだ。それでもあいつは、その予想を上回ってネリムを倒した。なら今度も、それが起こらねぇ保証はねぇだろ?」
セッキのそれは、根拠を主軸にした言い分ではなく、ただの希望的観測にすぎない。それを聞いては、カーシェスも口を出さずにはいられなかった。
「いや、だからだな……」
「それに、あいつが勝つと思ってるのは俺だけじゃねぇぞ?」
そう言うと、セッキは隅でちょこんと座って、事の顛末を傍観していたシオリを指差した。
「見ろ! あいつは、空の勝利を信じて、なにも言わずに黙ってモニターを見てるじゃねぇか!」
「わ、私ですか⁉」
突然、名指しされたシオリは、ただ慌てふためくことしかできなかった。加えて、セッキの指差しで、全員の視線が自身に集中するのを感じて、さらに頭が困惑した。
「……そうなのかね?」
怖いおじさんが、自分の方を見て確認を促す。肯定すればおじさんに睨まれ、否定すればヤンキーの人に文句を言われる。下手なことは言えない、とシオリは安牌を打った。
「わ、分かりませんが、勝てたらいいな、と思います」
「!」
それを聞いたカーシェスは驚いた顔をした。彼女のその一文に、全てが詰まっていたからだ。
「『勝てたらいいな』か」
カーシェスは静かに笑った。自身の解答が正解か不正解か分からなかったシオリは、彼の態度がどちらを示しているのか分からず、頭に疑問符を浮かべるだけだった。
「彼女の言う通り、勝ってほしいものだな」
「ほう? 先ほどの意見とは異なるようだが?」
「さっきまでの意見は事実に基づいた『予測』だ。俺が今言ったのはあくまでも『願望』。考え方が違う」
それだけ言い残し、カーシェスはモニターを見て、カップに口を付けた。
「!」
温かい。視線を下に落とすと、湯気が立っていた。いつの間にか、シオリがお茶を淹れ直していたのだ。
「ふっ。そうだな。私も、彼には『勝ってほしい』ものだ」
続けざまに、シンスイを願望を口にした。視線はモニターに向けられている。
「勝つさ。あいつは絶対にな」
セッキも彼の勝利を口にする。二人と違って、彼の勝利は「予測」だった。セッキも皆と同様にモニターを見る。空が路上を走っていた。
それを見たセッキは口角を上げて、静かに見守っていた。
「? ……?」
なにがなんだか分からないシオリは、すまし顔で分かったふりをして、その場をやりきっていた。




