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英雄  作者: ゲシンム
第二章 抗えぬ欲
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サイドストーリー)シノブVS

 最初に仕掛けたのはシノブだった。相手に走り近づく際、胸の前で手を絡ませて「印」を結んだのだ。


「土遁の術!」


 印を結び終えると、その場でしゃがみこんで両手を地面に押さえつけた。


「? なんじゃ?」


 猛スピードで相手に近付きながら、奇妙な動きに困惑するロリ兵士。見たこともない動きに警戒心を抱きつつも、距離を徐々に縮めていく。


 次の瞬間、ロリ兵士とシノブを挟み込む形で二つの壁がせり上がってきたのだ。二人は狭い一本道に閉じ込められる形となったのだ。


 それはまるで、空が使う「妖精のエネルギー特性」である土属性のものと類似していた。


「……なるほどのう。壁でわしの動きを狭めると同時に、リープの援護射撃を遮る。ふむ。なかなか良い手じゃ」


 相手の手技に感心しつつも、その足を止めることはなく、また、焦りが生まれることはない。


「じゃが、」


 ロリ兵士は膝をさらに屈曲させる。その足を伸ばすと、さらに動きは加速した。


「その程度でわしを捉えられると思うたか!」


 距離は途轍もない速度で埋められていく。焦りが生じてか、シノブは急いで次の印を結んでいる。しかし、それではとても間に合いそうにない。先にロリの剣がシノブの喉元に届くことは明白だった。


「これでも喰らえ!」


 そのセリフを叫ぶにはまだ距離がある。だが、彼女の中では既に必中範囲。この程度の距離ならすぐに埋められると、長年の経験則から判断したのだ。


「⁉」


 だが、その経験則は覆ることになる。動きが急速に鈍くなったのだ。


「な、なに⁉」


 足が地面に絡む感覚を覚えながら、動きはやがて完全に止まった。


「なんじゃ⁉ 一体、なにが……」


 疑問と戸惑いを頭で混ぜながら、ロリはふと下を見る。案の定、足は地面の下に絡む。先ほどまではなかったはずの沼のような場所で。


「おぬし! さっきのしゃがみ込む動作は壁を作りあげるだけじゃなかったんじゃな!」


 沼の正体に見当が付いたロリは、印を結び続けるシノブに大声を浴びせる。


 彼女の予想通り、沼を作った正体はシノブであり、作ったタイミングもドンピシャである。沼の色も地面とほぼ同じで、足元に注意を払っていないと気付けないほどである。


 ロリは自身の不甲斐無さや爪の甘さに腹を立てつつも、すぐに冷静さを取り戻す。足は絡み、相手は攻撃の手筈を整えている。次にどのような手が来るのか、予想を立てることもできない。


 しかし、彼女は冷静に、慎重に、頭の中で次なる一手を組み立てた。


「……年寄りを舐めるなよ」


 全く相応しくないセリフを吐きつつ、ロリはその場で跳躍した。


「!」


 動きを封じたはずの相手が、華麗に宙を舞う姿を見ては、流石のシノブも驚いた表情を浮かべざるを得なかった。ただ、忍びのマスクで物理的に隠れていることは言うまでもない。


「わし自慢の足を封じるのは良い手じゃった。じゃが、この程度の修羅場、いくらでも乗り越えてきたわい!」


 空中に身を放り投げたロリ。その足には靴がない。踏ん張りの無い沼の中で、靴を地面がわとして蹴り上げたのだ。


 その柔軟な発想は、彼女の言う通り、多くの修羅場を乗り越えてきたからこそ生まれたものであった。


「しまいじゃ。わっぱ!」


 レイピアの先端をシノブに、空中で身を翻したロリはそのまま突撃する。


 しかし、シノブは淡々と印を結び、そうやく術を発動する準備が整った。


「火遁の術!」


 ただそれだけの言葉を吐くと、その口から続けざまに炎が噴き出た。


 炎は正確にロリを狙っている。空中で避けることは不可能。確実に当たる攻撃だった。


「……常に先を見据えて攻撃を仕掛ける。それは見事じゃ」


 炎が自分に差し迫る中、賞賛の言葉を述べる。小さな顔に付いた口の端も、少しだけ歪んでいた。だが、その言葉の中に、「諦める」という意思は感じられなかった。


「じゃが、」


 予想通り、彼女の言葉から出てきた次の言葉は逆接。まだまだこの状況を覆すことができるという意思が満ち溢れると共に、彼女は肘を曲げて腕を大きく引いた。


「言うたはずじゃぞ! この程度の修羅場はいくらでも乗り越えてきたと!」


 瞬間、彼女は腕を伸ばして、レイピアを空中に突き刺した。小柄な体躯から放たれた鋭い突きは、風を巻き起こし、目の前の炎を吹き飛ばして見せた。


「!」


 炎を吹き飛ばす突きを見て、シノブは再び驚く。その瞬間さえ置き去りにして、ロリのターンは続いた。


 あまりにも強烈な突きは、炎を吹き飛ばすだけに留まらず、勢い余ってシノブへと差し迫ったのだ。


「っ、」


 強烈な突きは、シノブが回避することを許さない。判断し、避ける動作を起こす前に、レイピアはシノブを捉えていた。


(取った!)


 ロリは勝ちを確信した。


 流石は終盤まで残された切り札たち。両者、激しい読み合いに駆け引きを繰り広げる。凄まじい攻防の末、戦略に軍配が上がったのは、シノブの方だった。


 レイピアはシノブを貫く。しかし、「シノブだと思っていたもの」は、ただの銅像だったのだ。その証拠に、銅像は破壊され箇所から全身にひびを走らせ、やがて崩壊へと至った。


「なんじゃと⁉」


 これには流石のベテラン兵士も驚かざるを得なかった。驚きはさらに上乗せされ、崩壊した銅像の後ろから、恐らく本物であろうシノブの姿が現れたのだ。


「そんな馬鹿な…… おぬし、いつ入れ替わりおった⁉」


 ロリの可愛らしい怒号がシノブの耳に入る。


「……」


 シノブはなにも言わずに、空中に身を投げたロリをじっと見つめていた。


 答える気の無さそうなシノブを見て、ロリは自身で考える。その結果はすぐに出た。


「まさか、わしが下を向いたあの一瞬の間か!」


 見当が付き、自身の予想が当たっているかを確認するために、シノブを観察した。その時になって初めて、シノブが印を結んでいることに気が付いた。


「! しまっ……」


 気づいた時にはもう遅い。気づいたところでどうしようもなかった。


 空中で身動きが取れない。攻撃を仕掛けた後で隙ができている。新たに追撃をするにせよ、相手の攻撃を防ぐにせよ、すぐにはできず予備モーションが必要となる。その予備モーションの時間を、体勢を立て直すことに使ってしまっている。攻撃を防ぐまでには間に合わない。


 ロリは攻撃を食らうことを直感した。


「火遁の術」


 ロリの葛藤などつゆ知らず、シノブは印を結び終え、淡々と術の準備を進める。あとは炎を吐くだけ。それだけでは強制送還にまでは至らないのかもしれないが、少なくとも致命的な怪我を負わせることはできるだろう。シノブは大きく息を吸い込んだ。


「おおおおお‼」


 突然、上空の方から声が聞こえた。その後に続く銃の乱射音を聞きながら、シノブは声のした方に顔を向けた。今まで姿を見せなかったロリのパートナーであろう軍人が、空から降ってきながら銃を乱射している。ロリに当たるかもしれないという考えも無しに、ただ闇雲に銃を乱射した。


「っ、」


 シノブは仕方なくターゲットを変えて、軍人に向けて火を吹いた。炎は勢いよく上空へと射出され、宙を舞った軍人に見事に的中した。


「ぐおおおおお‼」


 炎に焼かれた軍人は苦しみもがきながら地面へと落下し、すぐに黄金色の光に包まれ消えた。


 一方で、シノブは炎の中を掻き進んで飛んできた銃弾をなんとか捌き、ロリの動きを警戒して距離を取った。また、軍人のおかげでわずかな時間ができたロリも、飛んできた銃弾をはたき落として、無傷で着地した。


「……」


「……」


 お互い、距離を開けて向き合ったまま、黙って相手を警戒していた。そんな中で、ロリの頭には軍人の顔が思い浮かび上がっていた。


「……あの時、おぬしが闇雲に姿を現したのは、身を挺してわしを助けるためだったんじゃろうな」


 ロリは小さく呟く。頭では、必死に注意を惹き付ける軍人の回想シーンが今も流れ続けている。


「のう、名も知れぬリープの者よ。自分ではこ奴には勝てんと踏んで、わしに託したのじゃろう? 仮同盟中とは言え、敵であるこのわしに」


 レイピアを握る手が強くなる。その手は少し震え、思いや感情が顔ではなく、そこに表れているようだった。


「……その心意気やよし。他の惑星の者なんぞ信用ならんが、今だけはわしもその思いに全力で応えよう」


 感情を振り払うようにレイピアを振るい、気持ちを収めて敵に向けた。


「こ奴を討つことでの!」


 ロリの目つきが鋭くなる。その瞳には、敵であるシノブの姿が映っていた。


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