戦いに掛ける思い
「……すごいですね」
空が立ちあがりながら口を開く。ただし、これは代弁ではない。空自身が口を開き、言葉を発しているのだ。
種族たちは、その光景を驚いた表情で見ていた。
「自分には、あなたのように誰かの命を預かって戦っているという意識はありません。この戦いも、ただ頼まれたから参加しただけです」
「……」
空の言葉は、ネリムの言っていることとは真逆だった。帰りを待つ人々のために戦っている彼に対し、空にはその自覚も覚悟もない。ただ流されるがままに、戦場に立っているだけだった。
しかし、ネリムはなにも言わずに黙って耳を傾けていた。怒ることもない。人が戦う理由なんぞ、人それぞれだということを知っているからだ。
それに、目の前の少年の言葉はもう少し続きがあると思ったからだ。そしてなぜか、彼の言葉には重みとは違う、芯があったように感じたからだ。
「ですが、誰かのために戦いたいと思うようになりました。何千、何万という人のためではなく、ただ一人のために抗おうと思いました。だから……」
空の目に光が宿る。鋭く、真っ直ぐな瞳で相手を見た。その眼差しは、ホログラムを超えて本体を突き刺す勢いだった。
「救いたいただ一人のために、あなたを倒します」
空自身の言葉で、空自身の思いで、相手に言葉を送った。
「空……」
リギラは、空の成長に感動を覚えながら、逞しいその姿を目に焼き付けていた。それはリギラだけではない。他の種族たちも、空の言葉を聞いては口角を上げていた。
「ただ一人のため、か」
少年の言葉を聞いて、小さく呟いた。同情、というよりも共感に違い言葉の吐露だった。
「お互いに譲れぬものがある、ということじゃな。なら、愚かにも戦うしかないのう」
ネリムもいよいよ本気モードだ。先ほどまでの柔らかな表情はなく、敵を見る目つきに変わっていた。
空もそれに合わせて、戦闘態勢を取る。無論、右手には炎が燃え上がったままだ。
「片手を塞がれた状態でわしの攻撃に対抗できるかのう? 仕掛けたトラップなら、まだまだ無数にあるぞい」
揺らめく炎を見る目も、興味を示すものではない。今はただ警戒心を剥き出しにしている。もはや空は、完全に敵として扱われている。
「……」
空はまた黙ってしまった。いつもの空。無口な空だ。
ただ、口を開かずとも、やるべきことはきっちりとこなす。空は開いたもう片方の手をパッと開くと、その場でしゃがみこんで片手を地面に押し当てた。
「? なにを……」
その行動の意図を理解できぬまま、ネリムは不思議そうな表情で空を観察する。
次の瞬間、空たちの居た空間が揺れ動く。地震とも違うが、硬い四方面の奥でなにかが蠢いている感じだ。
「な、なんじゃ⁉」
ここに来て初めて経験する揺れに、ネリムは驚きと動揺を隠せずにいた。地盤が崩れて生き埋めになることを恐れたからだ。
それを見た空は確信した。ネリムはこの空間のどこかにいると。
やがて揺れが止まると、ネリムは安堵する。そんな彼をおいて、事態は先に進む。四方面の床、壁、天井から木の根っこのようなものがにょきにょきと生えてきたのだ。
「なんとっ……!」
あまりに現実離れした光景に、度肝を抜かれる。目から眼球が飛び出る勢いで、当たりを見回していた。
「これもおぬしの能力なのか⁉」
一通り周りを見た後、空の方に向き直る。空は小さく首を縦に振った。
「……」
興味と驚きが混ざった感情を視線に乗せて、空に当てる。堂々とした立ち振る舞いの空をじっと見て、科学者としての興味が沸々と湧いてくる。
しかし、それを止めたのは冷静さと、彼の記憶に残る子どもたちの苦しそうな顔だった。
「オホンッ! ま、まぁ確かに、これだけの能力を扱うことができるのは凄いことやもしれんが、これで一体なんになるというのかね?」
精一杯の強がりで、なんとも思っていないように見せる。敵として気丈に振舞うことで、高まる好奇心に蓋をしたのだ。
「まだ、終わってないっ……!」
苦しく、しんどそうな声が絞り出される。その声は甲高く、しかし、リギラの声ではない。
この中で、「火」や「木」など、属性に長けた者など一人しかいない。そう、これまでずっと興味を示さず、全てギハンたちに任せきりにしていたメイだった。
彼女は力を使い果たした後のように疲れ切っていた。
「お前、なんでそんなに疲れてんだ?」
当然の疑問がリエガの口から飛び出す。
「ちょっと…… 今、疲れてるから黙ってて……!」
答えるのも大変そうに、メイは息を切らしながらリエガへの回答を拒否した。
いつものリエガなら、彼女の態度にグチギレていただろうが、集中している彼女を見てふざけているわけではないと悟り、仕方なく口を閉じた。
「もう、一仕事っ!」
メイは懸命にエネルギーを練り上げる。
高まった妖精のエネルギーを体内で感じ取り、空は右手に炎、そして、左手に風を起こした。
「まだなにかするのか⁉」
もはや興味を隠すことはできない。目はキラキラと輝いている。子供たちに罪悪感を抱きながらも、彼への興味は枯れることはなかった。
「……」
一方、空は右手を前に伸ばして炎を奥へ。左手を締まって風を手前に持ってきた。だが、二つの属性は同じ方向に向けられている。
「! まさか!」
「いっっっけぇぇぇ!」
ネリムが驚いたのも束の間、空の属性は文字通り火を噴いた。
左手で突風を巻き起こし、それに乗せられた炎は空間奥底まで灯りと熱気を伝わらせる。炎は奥の方まで焼き尽くした。
「これでわしをあぶろうというのか⁉ じゃが、その程度の炎ではわしを倒すことは……」
「多分、違いますね。狙いはネリムではない」
空の行動の意図に感づいたギハンは小さく呟いた。リエガも理解しているのか、空の行動を静かに見守っていた。リギラはなにをしているのか分からない素振りだった。
やがて炎は静かに鎮火する。空の両手には、炎も風もなかった。
「……やはり届かんかったか。おぬしも力を使い果たして、もう炎を出せんようじゃな」
再びネリムは冷静さを取り戻し、相手のガス欠を予想した。
だが彼は気が付いていない。戦場に身を置くことがなかったためか、違和感に気が付けないでいた。
「道は開けましたね。では、空。罠を警戒して奥に進みましょう」
ギハンの言葉を聞いて、空は死神の鎌を取り出す。
その時になて、ネリムはようやく気が付いた。
「おぬし、なぜそれほど機敏に暗闇を動ける⁉ というよりも、なぜこんなにも明るい⁉」
ホログラムを動かして辺りを見回した。そして、明るかった原因を突き止めた。先ほどの炎が、それよりも前に出てきた木の根っこ群に引火していたのだ。炎は灯火となって、奥まで続く空間を照らした。
「‼」
それに気が付いた時には、既に空はそこにはいない。罠を次々と突破して、奥の方へと足を進めていた。
「……あやつ、名はなんと言ったかの。シヨク、ラキア、キユ以外に警戒すべき相手がおったとは思わなんだぞ」
ここまでの活躍を見て、空の評価を改めたネリムは、警戒心を最大限に引き上げ、ホログラムの電源を切った。




