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英雄  作者: ゲシンム
第二章 抗えぬ欲
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現れた優勝候補

「誰っ⁉」


 リギラの驚く声が空の脳に響く。それと同時に、空も声のした方に顔を向け、炎で周りを照らした。視線の方向に、見える範囲が広がる。


 壁、床、天井、所々に見える廃材、そして、老人の姿。


「‼」


「ひっ!」


「出やがったな!」


「惑星リープの代表、ネリム……!」


 それぞれが違う感想を抱きながらも、視線は皆同じ、一人の老人に注がれる。このような暗がりに一人で居る老人の姿は、言い方が悪いかもしれないが幽霊にしか見えなかった。


「それはお前さん特有の能力なのか? それとも、地球の者たちは皆、そういった能力が扱えるのか??」


 ネリムは空に、というよりも空の能力に興味津々で近づいて来る。


 無防備で近づいて来る「惑星のリーダー」に最大の警戒心を抱く空は、相手が近づく歩幅に合わせて、一歩、二歩と下がった。


「!」


 自分の動きが警戒心を強めるものだと、空の行動を見てようやく我に返った。


「おぉ。すまんすまん。見慣れぬ種族を見てしまっての。敵であることも忘れて、つい興奮してしもうたわい」


 頭を掻きながら、自身の失態を恥ずかしそうに語る。空たちはそれを黙って見ていた。


「……どう思います?」


 短めの疑問でリエガに問いかける。その意図は、「敵の前に無防備に姿を現したことについてどう思いますか?」というものか、「どう見ても老人にしか見えませんが、あなたはどう見ていますか?」というものだろう。


 判断はリエガに委ねられた。


「……どっからどう見ても、ただの老人にしか見えねぇな。こいつが惑星だ表であることも、罠を仕掛けるほどの頭を持っていることも、空に傷を負わせたことも、全部が信じらんねぇ」


 リエガは後者の意味で捉えた。


「なら、今この場で姿を現したことについてはどうお考えですか?」


 すかさず、前者の質問が飛ぶ。


「……分かんねぇな。相手を舐めるタイプにゃ見えねぇし、かと言って、無策に姿を見せるタイプにも思えねぇ。ただ単に、空の炎が気になったってだけで姿を現したとするなら、馬鹿すぎる」


 リエガはじっとネリムを見つめる。ネリムは黙って、空の掌で燃える炎を凝視していた。


「……その可能性があんのか?」


 瞬き一つせず見つめるネリムを見て、自身の言った可能性を捨てきれなくなった。


「……空。ここはひとまず会話を試みましょう。話す内容が思いつかないのであれば、私の言葉を反復してください」


 ギハンの言葉に空は小さく頷く。空を媒介にして、種族たちとネリムの会話が始まった。


「炎に夢中のところ申し訳ないのですが、質問してもよろしいでしょうか」


 ギハンの質問を空が代弁する。それを聞いたネリムは、二度目の我に返る姿を見せ、小さく咳払いした。


「おっと、すまない。また、おぬしの能力に夢中になっていたわい」


「……あなたの惑星にはこのような能力を持つ人間はいらっしゃらないのですか?」


「おらんおらん。火炎放射器を使う者はおっても、火を直接扱うような存在はおらん。そんな奴がおれば、すぐに研究対象じゃわい」


「科学を使って戦争を繰り返すのが、リープの住人であると」


「バカげた話じゃがな。じゃが、物資や資源が限られるのも事実。わしらは戦いの中でしか生きられん、矮小で愚かな生き物じゃ。無論、この戦いに参加しておる貴様ら含めての話じゃ」


 呆れ口調の中に、どこか寂しさを感じさせた。


「耳が痛い話ですね。ところで、その『戦い』に参加されているネリムさんは、見たところ科学者だと思うのですが……」


 ギハンが次の質問をしようとしたその時、ネリムが掌を空たちに向けてそれを制止した。


「おっと今度はわしの番じゃ。さっきの質問にまだ答えてもらっとらんぞ」


「……『私』以外に能力を使える者がいるのか、というお話ですね?」


 ギハンは確認を促すと、ネリムは大きくを首を縦に振った。余程、空の能力が興奮を掻き立てていると思われる。


「地球上に存在する生命体において、このような能力を使える人物は『私』以外にはおりません。正確には、確認できていないという表現の方が正しいのかもしれません。『私』が使えるのですから、他に使える者が居てもおかしくはないでしょう」


 ギハンの返答を聞いて、ネリムはショックを受けるどころか、ますます目を輝かせた。


「ほほう。それじゃあ、この能力はおぬしだけの特別な能力というわけじゃ!」


 視線は再び掌の炎へ。彼の興味は空の能力にあるようだ。


「そんな大事な情報をおいそれと敵に渡すとは、少々油断が過ぎるのではないかのう?」


「!」


 明るい表情、高い声色、目の輝き。その全てが覆った。


 表情は真剣に、声色は重く、目は敵を見据えている。この時になって、ギハンはようやく自身の失態を自覚した。


「しまった……!」


 ネリムの言う通り、ギハンが口を滑らせたのは、単なる油断。相手が老人で、科学者として目を輝かせていたことに、敵である意識が薄れ、いとも簡単に口を割ってしまったのだ。


 ネリムの一言で空気が変わり、空も臨戦態勢を取った。


「油断、それとも、慢心かのう? 敵のテリトリーに迂闊に飛び込み、あまつさえ『他の代表選手に能力はない』と重要な情報を喋る始末。余程、腕に自信があるようじゃのう」


「……そんなものはありませんよ。それよりも、油断を誘ったあなたの演技力が優れていると賞賛したいくらいです」


「ん? わしは演技なんぞしとらんぞ?」


「……え?」


 張り詰めた空気が、一気に抜ける。風船に穴が開いたように、空気がなくなって雰囲気がしぼんだ感じだった。


「……空の能力に興味を持ったのは、単なる好奇心だった?」


「そうじゃよ? それより、なんで一人称が変わっておるんじゃ?」


 キョトンとした顔で、空を見つめる。だが、それも油断を誘う罠かもしれないと、今度は気を緩めなかった。


「……空。なにも言わずに彼を地面に押さえつけてください」


 ギハンは空に耳打ちならぬ、脳打ちをする。この言葉は代弁しなかった。


「なんだぁ? 不意打ちかよ?」


 リエガは嬉しそうに話す。悪魔のような顔つきでワクワクしている様を想像させた。


「そ、そんなのずるいよ⁉ 相手は老人だし可哀そうだよ!」


 一方で、リギラは心配そうに話す。こちらは、天使のような顔つきで、おどおどしている様子だ。


「いいえ。卑怯でも可哀そうでもありませんよ。彼も言っていたではないですか。油断していた方が悪いと」


 ネリムの方を見る。腰に手を回し、猫背になっている。取っ組み合いになったら、まず間違いなく勝てる。


「空の前にのこのこ現れ、なんの対策もなしに前に立っている彼こそ、油断していると言ってもよいのではないでしょうか?」


「それは、まぁ…… 確かに?」


 ギハンの説得に、リギラは絆される。


「リギラの許しを得たところで、タイミングを見計らって奇襲を仕掛けてください」


 リギラの了承を得て、ギハンの指示が空に入る。タイミングを任されたのは、空の戦闘センスと自意識の芽生えが関与していることは言うまでもない。


「……」


 空は戦闘態勢を維持したまま相手を見つめる。一方のネリムは、黙りこくってしまった空を不思議そうな目で見ていた。


「……」


 タイミングを見計らう、と言っても、ここでのタイミングなんて空次第だ。相手は老人、動きさえ読まれなければ動きを抑えることなど容易い。


 空は唐突に行動に移す。予備モーションなどなく、一瞬前までその場に立っていたものとは思えぬような俊敏な動きだ。空の動きに合わせて揺れる掌の炎は、空の躍動感をそのまま表現していた。


「なんじゃ⁉」


 ネリムの驚く声が狭い空間に響く。辺りを見回すところを見るに、空の動きを目で追えてはいない様子。天井に居る空に気が付いている様子もない。


「……」


 空はそのまま天井を蹴り上げ、ネリムに迫る。この勢いのまま老人に激突すればただでは済まないかもしれないが、それならそれで構わない、といった様子だ。相手は敵。それも、敵軍のリーダー。これで終えることができるのなら儲け物だ。


「完全に捉えている。ドンピシャだ」


 空の動きに感心しながらも、ギハンはネリムを捉えられることに確信を持った。


 その確信はすぐに覆った。


 空の体がネリムの体を透過したのだ。


「ホログラム……!」


 その光景を見て、咄嗟に思い付いた考えを口にする。


 ギハンの推測通り、それは見た目本物のホログラム映像だ。確信を抱かせるのは、ネリムの発言だった。


「今度は躊躇なく攻撃してきおったわい」


 地面に着地した空を見下ろす形でネリムは関心の言葉を述べる。


「じゃが残念。今、おぬしに見えておるわしは立体映像にすぎん。のこのこ敵の前に姿を現すバカはおらんじゃろ」


「……」


 ネリムの言葉を聞いて、ギハンは悔しさを覚えた。


 確かに彼の言う通り、対面で敵うはずもない敵の前に現れるバカはいない。よくよく考えれば分かることも、あまりにリアルすぎる映像とネリムとの会話で見せた綻びのせいで視野が狭くなっていたのだ。


 これは何度目かの失敗。冷静でいること、直情的にならないこと。空と出会ってから、常に心掛けていたことが、こうもあっさり破られる。


 それを気にする者はここにはいないが、ギハンの心には「悔しさ」として確かに残った。


「壁にもたれ掛かって座り込んだまま動かんから様子を見に来たんじゃが、やはり本体は残してきて正解だったようじゃな」


 ここにきて、「敵の前に無防備に姿を現したことについてどう思いますか?」という疑問が解消される。リープの頭であるネリムは、相手を舐めていた訳でも、無策で近づいてきたわけでもなかった。相手を最大に警戒し、確実な方法を使って安否を確かめる。ネリムという科学者は、狡猾で、油断ならぬ宇宙人だった。


「さて。おぬしもやる気になってしまったみたいじゃし、戦闘再開といこうかのう」


 ホログラム越しなのに、ネリムの纏う空気が変わったのを感じ取った。ここで、ネリムをただの老人と舐めるものは誰一人としていなかった。


「……争い事は、矮小で愚かな者がすることではなかったのですか?」


 自身の失敗に悔しさを噛み締めていたギハンは、反省を後にして、ネリムに精一杯の皮肉を返した。


「安心せい。その自覚はちゃんとあるわい」


 当然、その程度の言葉でネリムに通じることはなく、卑下で返されるだけだった。


「それに、こうも言うたはずじゃよ。物資や資源が枯渇していると。今なお腹を空かせて泣いておる子供たちや、病で床に臥す子供たちが、わしらの帰りを待っておる。彼らのためなら、わしはいくらでも愚かになろう」


 言葉に重みというものを感じた。空や種族たちが背負う重さが違う。彼の肩には何千、何万という人の命が圧し掛かっている。それを、腰の曲がった体で受け止めている。故に、迫力があった。


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