予想通り、罠
「しまった……!」
爆発の余波は空にまで届かない。しかし、その意図を理解したギハンは焦りの色を見せる。急いで空に引き戻るよう提案しようとするも、時すでに遅し。
階段は瓦礫の山で防がれ、光を遮っている。真っ暗闇の中、空たちは、恐らく瓦礫があるであろう方向を見て、焦りを募らせた。
「やっぱ罠か! だが、瓦礫くらいなら力で吹き飛ばせるはずだ!」
号令に近いリエガの一言で、空は片手に悪魔のガントレットを装着し、思いっきり壁の方を殴った。
空の運動能力と、悪魔の破壊的なエネルギー特性。二つを組み合わせれば、瓦礫をどかすことくらいわけない。
「!」
だが、退路を断つその岩は、空の攻撃でびくともしなかった。
「割れねぇだと⁉」
驚くリエガを他所に、空は二度、三度と壁を殴った。しかし、壁はびくともせず、それどころか傷一つ付いている様子はなかった。
「なんだこの壁。ただの瓦礫じゃねぇのか?」
ようやく落ち着きを取り戻し、口調を元に戻す。しかし、やはり不安や焦りはほんのり残った様子だ。
そこでようやく、空も攻撃を止めた。
「……空。明かりをください」
なにかを悟ったギハンは、空に近くを照らすように求めた。
それに応えるように、空は妖精のエネルギーを右手に集中させて、炎を掌に生み出した。合わせて、周りの輪郭がはっきりしていき、瓦礫の壁も視認できるようになった。
「……」
炎に照らされた壁をじっと見つめて、ギハンはなにかあるのではないかと観察する。
「なにか分かったか?」
解答を待たずして、リエガは答えを急かした。
ちょうど観察を終えたのか、答えを急ぐリエガに呆れることなくギハンは淡々と答えた。
「はっきり言って、ここの壁がなぜこれほど頑丈なのか、その理由は分かりません。空の拳に耐えられるほどの頑丈さなら、先ほどの爆発で壊れるとも考えにくい」
謎の違和感を指摘するギハン。道を塞がれたことや頑丈すぎる瓦礫のことを考えれば、慌てるか焦るかするものだが、その様子は一切感じられなかった。
空に憑いて、冷静さに磨きがかかったというわけでもなさそうだった。
「なら、なんで俺たちの退路は断たれているんだ?」
ギハンの落ち着きが伝染したのか、リエガも落ち着いた口調で疑問を呈した。
「階段を防いだのは、爆発による瓦礫ではなく、もともと近くに転がっていた瓦礫だからですよ」
「……なるほどな」
たったそれだけの解答で、リエガは納得の意を示した。一方で、こちらは疑問を示す。
「え? なんで? どういうこと?」
「階段を下りる前、入口付近に大きめの瓦礫が転がっていたでしょう? その下に爆弾を忍ばせて、誰かが通ればそれを爆発……」
説明の途中、なにかに気が付いたのか、言葉が止まった。
理解を示したリギラと対照的に、リエガはギハンの違和感を悟った。
「? おい、どうした?」
(誰かが通れば、爆発する仕組み…… その考察自体は間違っていないはず。なら、どうやってそれを把握した? ワイヤー? ……いや、それなら空もすぐに気が付いて、なんらかの予備動作を行うはず)
考えを巡らせるギハン。されど、冷静さは失わない。これまで、それを無くしたことで散々痛い目に合わされたギハンは、それだけは見失うまいとなんとか平静を装っていた。
ただそれでも、思考を働かせると出る空にとって不利な情報は、ギハンの骸から冷汗を出すには十分だった。
(……暗視スコープ?)
結論を出して、警戒心が高まる。ここは暗闇で、相手には空の位置がバレている。だとすれば、すぐにでも攻撃が飛んで来てもおかしくはないからだ。
案の定、ギハンの目に暗闇でなにかが光ったのを捉えた。
「空! 先頭態勢!」
大声かつ端的に空へと合図を送る。すぐさまは空は戦闘態勢へ。
ただ、ここでは炎を消すことはできない。視界を奪われることは命取りになる。故に、妖精のエネルギーしか使えない。死神戦の時のように、同時に別のエネルギーを使うことはできても、同時に別のエネルギーを「展開」することはまだできないのだ。
片手に炎を持ち、片手を自由にして、攻撃が来るのを待った。
だが、その時間は一秒と無かった。炎で照らされた範囲に入ったかと思うと、複数の投げナイフが姿を現しては空目掛けて飛んできたのだ。
「……」
しかし、今の空にとってはこの程度は不意打ちにはならない。なんなら、弓使いの彼女の攻撃の方が早かったくらいだ。
空は無駄なく、飛んでくるナイフを避けた。
「ま、今の空にはこれくらいを避けることは、造作もないよね~♪」
ギハンの声を聞いて、怯え震えていたリギラだったが、単調な攻撃を見て、余裕を見せていた。
「「……」」
だが、この二人は違う。攻撃が単調で、避けられるものであっても、一切警戒心を緩めることはなかった。
この程度の罠で、死の空気が充満するものか。二人の脳裏には、入るまえに感じた不穏で重たい空気の感覚が残っていた。
きっと他にまだある。二人は、相手を信用しているからこそ、現状の楽さを信用していないのだ。
「……ん?」
再び違和感が作動する。今度は、戦闘に長けたリエガの方だ。
浮かび上がった疑問は、「なぜ、ここで投げナイフなのか」というものだ。発動した原因が、空の行動したことによるブービートラップなのだとしたら、これまた違和感が残る。
壁の観察から戦闘態勢を整るまで、空は一歩も動いてはいなかった。だが、投げナイフの罠が発動したのはその間。つまり、動きで作動したものではなく、意図的に発動したもの。
ではなぜ、ナイフなのか。目視で発動させたとするのなら、灯りを持つ空に、目立つ攻撃の投げナイフは愚策である。それでも、相手はそれを選んだ。
(その意図はなんだ……?)
リエガは視線を暗闇からナイフに移した。戦闘中に、警戒すべき場所から目を離す。これこそ悪手以外のなにものでもないが、リエガの視線は自然とナイフに向いた。違和感が、そこから発生していた気がするからだ。
そして、リエガ推測は正しかった。ナイフが赤みを持って膨らんでいたのだ。それはもう、爆弾みたいに。
(ナイフを模した爆弾⁉)
気づいた瞬間、背筋が凍った。やはり、侮れないと思った。こんな単純なことに引っ掛かるとは。それを逆手に取った相手の策略に、感服さえした。
「避けろ、空!」
それ以上に、空に負けてほしくないという思いが、リエガの喉を震わせた。
「!」
リエガの大声で、空もようやくナイフ形の爆弾に気が付いた。そして、声に押されるように、すぐさま距離を取った。
瞬間、後方で爆発が起こった。にも関わらず、頑丈の壁や天井や床は揺れるばかりで、壊れる気配は一切ない。空は、その頑丈すぎる床に華麗に着地した。




