サイドストーリー)カーシェスVS
「……」
「……」
両者、睨み合う。だがそれも、一瞬の時。
先に動いたのはオークだった。地面を力強く蹴り上げ跳躍。空中に身を放り投げた。
「……」
すかさず、照準を上空へ。スコープの中心がオークに定まると、引き金を引いては、一斉に乱射した。
これにオークも即、反応。腕をクロスさせると、顔だけ防備を固めては、そのまま落下していく。銃弾は硬い皮膚を貫けず、かすり傷として付いた。
「フッ」
貧弱な攻撃に、オークの口角が思わず上がる。
「ちっ」
その光景を見たカーシェスは、再びバックステップで距離を取った。
「オオオ‼」
オークはカーシェスに向かって、手持ちのハンマーを振り下ろす。
それよりも早く、カーシェスの回避が完了、ハンマーは地面を揺らす打撃を与え、煙を起こす。
「その着地の仕方が好きらしいな。先にプレゼントを用意しておいてよかったよ」
「!」
煙が徐々に晴れて見える、オークの顔。その顔は下を向いている。煙越しに見える、赤く光った床を見て、トラップが作動したことを安堵した。
瞬間、オークの地面直下で爆発が起こった。無論、オークを巻き込み、煙は言うまでもない。
「ブービートラップだ。ダラダラ会話している時に、こっそり仕掛けさせてもらった」
狭い路地裏で、逃げ場のない爆発は確かにオークにダメージを与える。
ただ、カーシェスは油断しない。銃をいつでも向けられる位置に構え、煙から目を反らさなかった。
案の定、煙の中から「それ」は飛び出す。すぐに銃を構え、引き金を引いた。
バスン、バスンと煙の中に弾丸が吸い込まれるも、飛んできた「それ」に命中。ただ、カーシェスに向かって飛ぶ勢いは衰えない。
「ちっ、しょうがねぇ」
再び舌打ちしながら、銃からナイフに武器を変える。あの勢いでは距離を取ることはできず、近接戦になると踏んでの判断だった。
しかし、その読みは外れることとなる。
煙から飛び出してきたのは、オークではなく、ハンマーだったからだ。
「なに⁉」
自身に飛んでくるハンマーをギリギリで回避し、思考を巡らせる。
今、飛んできたのはハンマーだ。では、オークはどこへ? 決まっている。爆発した場所に留まっているのだ。
「しまっ……」
煙から、ひいてはオークから目を反らしてしまった、自身の過失を後悔した。
そんな余裕もくれず、オークはカーシェスとの距離を詰め、わき腹を思いっきり殴った。
「ぐふっ、」
弾丸でも喰らったかのような痛みをわき腹に受け、その重みは体格良きカーシェスを吹き飛ばすにまで至った。
空中を物凄いスピードで飛ぶカーシェスは、そのまま壁に激突して体を制止し、血反吐を吐いた。
「ゴハッ!」
頑丈な建物の壁は、崩壊という現象を起こさずにぶつかった衝撃をそのまま生身に返す。あばら、内臓がいくつかやられたのを実感した。
「ナカナカ、いいトラップだったガ、アマい」
賞賛と共に、詰めの甘さを罵る。すぐにカーシェスを追うように、足を前に踏み出した。
瞬間、カチッという音と共に、二回目の爆発が起こる。
「!」
先ほど以上に大きな音と煙を生み出し、爆発は大気を震わせる。
「甘いのはどっちだ。同じ手に引っ掛かりやがって……」
痛みに耐えながらよろめき立ち、遠くで聞こえた爆発音を耳に入れて、皮肉だけを述べた。
「痛みにもだえてじっとなんかしてられないな。急いで移動しないと」
場所が悪いのか、現在地が戦闘に不向きな場所であると判断すると、わき腹を抑えてそそくさと場所を移動する。煙に包まれたオークが、自分の場所を見つけられるように痕跡を残しながら。
「フンッ!」
腕で纏わり付く煙を取っ払い、オークは遠くで移動するカーシェスの姿を見た。
「……サソっているナ。ダガ、ノってやル」
近くの地面に落ちていたハンマーを担ぎ、カーシェスが姿をくらます場面を目撃する。口だけだと思った人間が予想よりも強く、あまつさえ自身に傷を負わせた。
やはり、戦闘は面白いと再認識し、口角を上げる。オークは地面を力強く踏みしめ、身体を吹き飛ばしてはカーシェスを追った。
「タシか、こっちにイったはずダガ……!」
痕跡を辿らず、ただ直感だけで後を追う。場面は再び狭い路地裏へ。人影は見当たらないが、確かにそこに人がいる気配を感じ、オークはそこで足を止めた。
『豚の亜人種と言えど、流石に痕跡を辿るくらいの知能はあるか』
ノイズ混じりの声が路地に響く。目に見える範囲にはいないのに、声が反響して耳に届く。オークはそれを「すぴーかー」に似たなにかが原因だと悟った。
事実、カーシェスの声は至るところに設置されたトランシーバーから出ていた。
「コンセキ? ソんなものガあったのカ」
誰も居ない虚空を見つめ、機会混じりの声に返答する。
『……前言撤回だ。どうやらそれを見落とすほどに、注意力も散漫らしい』
自身の労力を無駄にされたことに呆れを覚えつつも、カーシェスは「相手の知能は相当低いものである」という有力情報を手にしたと逆に喜び、感情を抑えて淡々と言葉を並べた。
「ココにツいたジテンでイッショだろウ?」
予想外のツッコミに納得する。ただ、それをオークに言われたことが、少し腹立たしくなったが。
『……それもそうだな』
だがそんなことを気にしている時ではないことを重々承知しているカーシェスは、気持ちを落ち着かせてトランシーバーに声を通した。
「ソレより、オマエはイマどこにイるんダ?」
『……それを言ったら隠れている意味がないだろうが』
「ソウか。カクれていたのか。では、サガすとしよう」
オークが一歩踏み出そうとした。が、足を止めたのは先ほどの経験だった。
『……流石に学んだか』
地雷を見抜かれてもカーシェスは驚かない。というよりも、バレる、あるいは警戒されることを前提にしているように聞こえた。
だが、オークの次の言葉は、彼が予想していないものだった。
「やはり、ワナがシカけられていたカ。ソレがワかればジュウブンだ」
『……なに⁉』
驚く声を聞き流し、オークは一歩足を踏み出す。
案の定、爆発がオークを襲った。
「……フン。コのくらいナラたえられル」
煙を振り払い、新たな傷を付けながらもオークは平然と立っていた。
『……正気か?』
「サイショから、ムキズでおえヨウなんテおもっていナイ」
堂々たる立ち姿を見せる。頑丈な羽毛も、爆発の前に役に立ってはいないはずだが、オークは全く効いていない様子で、地面を踏みしめていた。
「オレからもキキたいんだガ、オマエ、なんでソレだけブキをイッパイモっているんダ?」
今度はオークからの質問。誰もいない虚空に呼びかけた。
そのような質問、当然カーシェスが答えるわけもない。自ら手の内を晒すのは、他でもない彼自身の戦術に反するからだ。
ただ、能力開示はこの場においてなんの意味もなさないことを彼だけは知っている。故に、彼の性格からは考えられぬ、解答という選択を選んだ。
『……本来、自身の手の内を晒すのは愚かとしか言いようがないことだと思うが、今回ばかりは答えよう。なぜなら、お前相手に俺の能力を言ったところで、なんの支障もないからだ』
カーシェスが解答を選んだ理由。それは、オークの理解力の乏しさに加え、能力を開示する・しないによって生まれる駆け引きが通じないと思ったからだ。
『俺の能力は指定した武器を無限に生み出すことができる能力だ。さっきからお前が引っ掛かっている地雷もその一つ。俺が無限に生み出して設置したものだ』
「ナルホド。だから、それダケおおくノぶきガデてくルのか」
『お前にしては察しがいいな。大方予想しているだろうから話すが、俺の武器はなにも地雷だけじゃない。指定できる武器は四つだ』
「ヨッつ?」
『地雷とトランシーバー。それから銃弾に……』
話の途中、オークは違和感を覚えた。話の流れ、会話、柄にもなく手の内を晒す相手でさえ、自然に感じる。違和感はそこにはない。
問題は「この場」「この時」の空気感。戦場に蔓延する張り詰めた空気と、死と隣り合わせの緊迫感。そう、「死」だ。今、自分が一番、死地に近い。
『グレネードだ』
「ッ⁉」
感覚が冴えわたる。死の匂いは上空からした。
咄嗟に顔を上に向けると、天を覆い隠すほど大量のグレネードが降り注いでいる。それはまるでゲリラ豪雨のよう。
雨の降らないオークの世界にそのような言葉はないが、少なくとも天候にイメージを重ねたに違いない。望んだ天気模様だが、これほど嬉しくないのも珍しいだろう。
そんなくだらない思考が、オークの脳に一瞬だけよぎり、回避行動がワンテンポ遅れる。
「チッ、ヨけ……!」
今、回避すればまだ間に合う。だが、次なる死の予感が、オークの行動をもうワンテンポ遅らせる。
上とは別で、周りから無数の死の匂いが漂う。先ほど通ってきた道でさえ、生存本能を刺激していた。
「ニげばが……ナイ⁉」
『こと戦闘においては、やっぱり察しが良いな。その通りだ。お前が通ってきた道には、既に地雷が大量に仕掛けられている。さっき踏んでも問題なかったのは、ただスイッチをオフにしていたからだ』
トランシーバーから、オークにとって不利な情報が流れる。説明と動揺で、オークの動きはさらに遅れる。
「……! ソのバでトんで、ジライをフまナイようにすれバ……!」
『ようやく気が付いたか』
それさえ見越していたかのように、ノイズボイスは単調に述べる。
ただ、行動が見透かされていたことも気にせず、オークは地面を力強く蹴り上げようと膝を曲げ、足の筋肉を縮こませた。そのまま膝を伸ばして、地面から離れる。
『だが、もう遅い』
上空の大量グレネード、地雷トラップ、罠に掛かった動揺と説明。既に、これだけ行動を遅延している。一瞬で判断すれば避けられたはずの攻撃だったが、回避できる時間の余白はもうない。
『吹き飛べ。でかぶつ』
カーシェスの声を合図にするかのように、オークに迫った火薬の雨は爆発する。一個、また一個と連動し、その一帯全てが爆発地帯へと化した。
爆発の渦に巻き込まれたオークにさらなる追撃が襲う。グレネードが爆発した余波で、周りの地雷トラップも作動し、破砕に拍車を掛けたのだ。
さらに、この攻撃をより鋭利なものにするための後押しで、地形が味方する。頑丈すぎる建物は爆発にも余裕で耐え、崩壊する素振りも見せない。狭い路地はそのままに、爆発が逃げる隙を作らない。その余波は全て、オークが被った。
爆発、爆発、爆発。終わらない爆発は確かにオークの体を蝕む。ただ、それを確認する術もない。なぜなら、彼は爆発の中にいるから。一人を殺すには過剰なほどの爆発は、大音量と高熱と大量の煙を生み出し、一人の戦士を葬るだけに使われた。




