サイドストーリー)こちらの二人も能力開示
もはや二人の戦いに複雑な考えなど一切ない。二人の脳にあるのは、敵よりも先に攻撃をぶつけるという強い意志のみ。
先ほどの探り合いの攻防とは打って変わって、その戦いは激しさを極めた。
「……こんな時に話すことでもないと思いますが、お聞かせ願いますか」
言葉など不要だと思われた最中、兵士はソーシャに話しかけた。
「……なんでしょうか」
「もはや能力など不要になった今、あなたの能力を知る機会もなくなると思うと名残惜しく思います」
「お褒めいただき、光栄にございます」
激しさの増す戦いの中、二人は言葉を紡ぐ。それでもお互いに手を緩めることはなかった。
「そこで提案なのですが、互いの奮闘を称え合うことを目的として、それぞれの能力を披露いたしませんか?」
「!」
そこで二人の手は止まる。手だけではなく動きも止めて、相手の顔を覗き込んだ。さらに注意深く観察する。相手の意図、その本音。瞳に映す心理は何を描くのか。
(……なるほど。あながち嘘ではないようですが、その実本命ではない。兵士様の狙いは能力把握による状況打破ではなく、私の能力そのもの。つまり兵士様が欲しているものは……)
「情報ですか」
ソーシャは確認するような口ぶりで、しかし確信を持って兵士に返答を仰いだ。
「あら、流石ですね。少ない口頭の中でそれを見抜くなんて。本当に優れた洞察力をお持ちのようで」
「恐れ入ります」
皮肉混じりの兵士の発言に、謙遜する素振りを見せた。そんな様子のメイドを見て、アプローチが違うことを悟り、ため息を一つ。
「あなたのおっしゃる通り、私が欲しているのはあなたの情報です。その理由に関して見当が付いているかもしれませんが、『私の』戦いに役立てるためではありません。これはあくまで保険です。万が一、私が敗れた時にあなたの能力を後続に伝えるための、ね」
「仲間のため、という訳ですね」
「ええ、そういうことです。それにこれはあなたにとっても悪い話ではないはずですよ。情報を必要とするのはあなたも同じ。負ければ仲間と交流の図れる機会が必ず訪れるあなたなら尚更、持っていても損はないと思いますが」
「!」
その言葉を聞いて、彼女の言わんとしていることをソーシャは瞬時に悟った。これは僻みで包み隠された焦りだ。彼女は己が負ければ、もう後がない一歩手前まで来ていることを知っているのだ。
しかし、彼女は知らない。もはや彼女が控室に戻ったところで、その術は有効ではないという事実を。彼女が負けた瞬間、残りの三人が転送される。それを忘れるほど思慮の浅い彼女ではない。
つまり、兵士は残りの人数が六人であることを知らないのだ。
(あるいは、それに気が付いているからこそ、情報が必要なのかもしれませんね)
ソーシャは目線を横に反らし、姿の見えぬ軍人のことを思いながら、考えを巡らせた。
敵ながらなんと立派な忠誠心。国のために戦う彼女はまさに戦士と呼ぶに相応しい。
しかし、情に絆されて敵の口車に乗せられるほど、ソーシャの忠誠心も弱くはない。ただ、今回に限った話で言えば、それを差し引いても彼女の提案は魅力的かつ得のある話だった。
「分かりました。兵士様の提案、お受けさせていただきます」
熟考の末、ソーシャは彼女の提案を受けることを決意、その旨を言葉にして伝えた。
「そうですか。それは良かった……」
「しかし、これには一つ懸念点が残ります」
兵士が安堵の笑みを浮かべたその時、ソーシャはそれを遮る形で言葉を発した。が、兵士はこれに対して、予想通りといった態度を示す。
「ええ。本当の能力を隠して嘘を言うこと。それから、別の能力を持っている可能性、ですね?」
それを示唆するように兵士は確認を促すと、ソーシャは小さく頷いた。
「残念ながら、あなたの期待に応えられるような事実を証明するためのものは言葉以外には持ち合わせていません。私のこれまでの態度と兵士としての誇りにかけて嘘は付いていないと断言いたします。今はこれでご勘弁を」
兵士はそう言うと、深々と頭を下げた。一つ一つの所作が丁寧で、礼儀を感じさせる。それを見て、ソーシャはそこに裏表がないことを理解した。
「お顔を上げてください。こちらこそ疑うような発言をしてしまい申し訳ございません。兵士様の言う通り、これまでのあなたの行動を見ていれば嘘はない、と瞬時に気が付くべきでした」
誠意を見せた兵士にソーシャも腰を低く、メイドらしく言葉を振舞った。
「その言葉を聞いて、少し気持ちが救われました」
顔を上げながら、兵士は再び安堵の笑みを浮かべた。両者は顔を見合わせると、これまで死闘を繰り広げた相手に屈託のない優しい笑顔を向けた。
「では、あなたの思いに報いるためにも私が先に能力をお話させていただきます。とは言っても、あなたもおおよその見当は付いていると思いますが」
兵士はちらりと相手の顔を窺う。その表情から見て答えは「正」。言葉通りといった顔だ。
「私の能力、その正体は『SM』です」
「! やはりそうでしたか」
「あら。その反応からしてやはり予想は立てられていたのですね。それに、そちらの世界にもSMといった言葉があることにも驚きました」
「兵士様の言う通り、こちらの世界にも同じ言葉はございます。ただそれが意味することまで同じかどうかは判断しかねますが」
「そうですね。それを確かめるためにSMの詳細をお伝えしなければなりませんね」
兵士は鞭を構え、手触りをしかと感じた。ソーシャはそれを見ても武器を構えない。相手が奇襲を仕掛けてこない人間(宇宙人)であることを知っているからだ。
「SM。この能力は自分と相手の傷の付き方で効果が変わります。例えば、私の方の傷が相手よりも多い、つまり相手よりも不利な状況である場合は、両者の属性をMに設定することで不利な状況の方が優位になります」
「ならばSを設定すれば、有利な方はさらに強くなる、ということでお間違いないでしょうか」
「あなたは本当に聡い。話が早くて助かります。まさにそれこそ、私の真骨頂。不利な場合は立場を逆転、有利な場合はさらに差を付き離す。これが私の能力、SMです」
兵士の話はひとまずここで終えた。次はあなたの番だと目で訴えてくる。
ソーシャはそれを正しく受け取り、能力の説明を始めた。
「では次は私の方から説明をさせていただきます。私の能力は兵士様のように相手に作用するもの、自身に対するもの、それぞれ概ねは同じにございます。自身が相手よりも不利な状況に居た場合は、『社交辞令』を発動させて相手と同じ土俵まで運動能力を引き上げます。また、相手には『謙虚な姿勢』が求められ、『社交辞令』と同じく相手の土俵を不利な方へと引き下げる効果になります」
そこまで言うと、ソーシャは裾を持ち上げて再びお礼をした。簡単な能力説明はこれでおしまい、と言ったことを、お辞儀で表現したのだ。
そして、簡単な言葉で留めた理由は、相手がこれだけで理解できると踏んだからだ。相手の強さ・思慮深さを高く見積もって。敬意を払う意味も込めて。
もっとも、相手が同じ意味を持つ単語として扱っているかどうかは、ソーシャには把握できないが。
「……本当に、私の能力とそっくりなようですね」
兵士は、ソーシャの期待に応えるように、能力について理解を示した反応を示した。兵士が理解を示した、ということは、セスの惑星でも同じ言葉が使われている、ということである。
それを聞いたソーシャは、能力開示の際のお辞儀同様、ここでも同じ動きを行った。その所作から伝わる、「迅速な理解力、流石でございます」といった、相手への敬意は、兵士に不快感をまったく与えない、礼儀正しいものだった。
「私の能力が『差を戻し、引き離すもの』なのに対して、あなたの能力は『差をなくすもの』なのは、なんとも相性が良く、なんとも相性が悪い」
呆れか、怒りか。兵士は鞭を握ると、鋭い目つきに拍車をかけた。
それと同時に流れる空気が変わる。漂う重みは、二人が相まみえた時と同じ。無論、その空気の根源は兵士の方である。
お互いの能力を開示した今、必要なことは談笑ではなく、もはや「武」のみ。お淑やかな表情からは思わせないほどの、戦う気迫というものを感じさせた。
「では、お互いの能力も把握できたことですし、続きを始めるといたしましょう。もはや私たちに、会話は不要でしょう?」
言葉が要らないと分かる空気感の中、兵士は丁寧に戦闘継続の提案を申し出る。彼女がそのように口をする理由は、ソーシャへの敬意か。それとも、戦闘という面における、自身の腕への絶対的な信頼からくる傲りか。早く続きをしよう、と待ちきれない様子が言葉から滲み出ていた。
「仰る通りで。次の戦いに向けて、手早く済ませましょう」
空気に気圧されることなく、ソーシャはむしろ、その空気に合わせて、自身のプレッシャーを跳ね上がらせた。
腕に自身があるのは兵士だけではない。勝気なメイドも戦闘意欲を向上させ、新たなダガーをスカートの中から取り出すと、相手を見据えた。
メイドさながら、表情・視線がぶれることはない。だが、纏うオーラと戦う気迫に加え、瞳の奥底に宿る燃え上がる熱は、まさに血に飢えた獣である。
嘘である。彼女はそんなものを持ち合わせてなどいない。彼女が抱くものは、忠誠心、忠義心、そして、メイドとしての矜持のみ。
先ほどのセリフは戦闘を前にして心高ぶったわけでも、兵士の期待に応えたわけでもない。彼女がそのように言った根底には、メイドとしてなすべきことをなす、つまり、主の期待に応えた活躍をするというものがあった。
ここでいう主とは、依頼主である神、ゼウス。その内容は、敵対する宇宙人に勝って、地球に勝利を、未来をもたらすもの。彼女はそのために行動し、そのために戦う。さっきのセリフも、次の戦いに必ず赴くという、メイドとしての解答に過ぎなかったのだ。
「あら。メイドの分際で、随分と大口を叩くのですね」
口では罵倒しているが、その感情は静。戦う前の静けさを体現していた。
それは、ソーシャが決して自分を舐めているわけではないことを知っているから。大口を叩けるほどに、彼女は腕の立つ実力者であることを知っているからだ。
「ご容赦を。私も少々熱が入ってしまったようです」
半分、嘘である。高ぶりも、兵士の期待に応えたいわけでもない彼女だが、戦闘意欲を高めないと敵わない相手であることを理解している。そして、高まった戦闘意欲が言葉に表れるほどに、気合が入っていた。




