サイドストーリー)シオリの決意
「ふぅ。やっと倒れたか」
煙越しに倒れたシオリを見て、兵士の方が先に一息ついた。煙越しに薄っすら見える、倒れる人型のシルエット。煙から自身の足元に流れる血液。敵を前にして、彼女が一息ついた理由はここにあった。
「しっかし、科学兵器っていうのは凄いな。攻撃の幅が一気に広がった感じがするよ。特にこいつは私のスタイルにも合っているし、近・中・遠全部に対応しているのが気に入ったよ」
拳を天に翳して、メリケンサックを眺めながら彼女は話す。どうやら科学兵器とやらがよっぽど気に入った様子。少し系統は違うが、目を輝かせてアクセサリーを見つめる様は女の子そのものだ。
「それは何より。ならその武器をもっと試すために、さっさとその子を片付けちゃいましょう」
元気な兵士に対して、淡々と言葉を返す軍人。
「連れないねぇ」
と、吐露しつつ、兵士は煙の中心に向かって歩いて行く。煙に近付くにつれて、その煙も風に流されていく。やがて煙が完全に流れ去ると、残ったものは地面に倒れ伏したシオリの姿だった。
「うぅ、」
意識は失っていない。だが、全身に切り傷が付き出血多量。満身創痍という言葉がお似合いの状態。まだ世間を知らない幼い少女には不釣り合いな状態となっていた。
「リタイアしな」
「!」
倒れるシオリの前に立った兵士は、見下ろしながらそう言った。負けを促すセリフ。既に彼女の中で決着はついているのだ。
「可哀そうに。まだ子供じゃないか。地球の連中は余程人手不足なんだろうね。ん? いや、違うか。人が多いから困っているんだっけか。なら尚更、子供のあんたに重役を押し付けるなんて、とんでもなく卑怯な奴らだね」
散々ボコボコにしておいてよく言う。だが、彼女の言う通りだ。
(なんで私、こんなになるまで頑張ってるんだろ)
こんなに頑張っても極秘の話らしいから誰にも知れ渡ることはない。誰からも認めてもらえず、誰からも褒めてもらえない。両親や友達に思い出話の一つとして打ち明けることもできない。それなのに、なんで、
「……もうやめときなって。あんたもう戦える状態じゃないんだからさ」
なぜ、私は立ち上がろうとしているんだろう。体はボロボロで血は今も絶えず流れ続けている。痛みは…… 大分なくなってきた。これは多分やばい状態のやつだ。
「言っておくけど、戦おうとするなら容赦はしないよ。さっき負けを勧めたのもあんたが『女』で『子供』で『戦えそうになかった』からだ。その譲歩を蹴ってでも立ち向かうのなら、今度は徹底的にやるよ」
今までは手加減してたの? そんなことを聞くのは野暮だろうか。そんなことよりも、体が勝手に動いている方がやばいか。若干目も擦れてきたし、耳も遠くなりつつある。部活で疲れた時以上に体は休めって警告しているのに、歯止めが効かない。
足を小鹿のように震わせて、薙刀を杖代わりに立ち上がった。
「はぁ。そのまま寝ておけば良かったのに。控室に戻れば傷も回復するんだろ? だったら戦いをは他の連中に任せて、控室でゆっくりしてればいいのに」
「!」
兵士の言葉がシオリに気付かせた。体が今なお立ち上がろうとしている理由。
シオリは懸命に立とうとしながら口を開いた。
「ごめんなさい。確かにあなたの言う通り、私にはやる気がないのかもしれません」
「……へぇ。私の前でそれを言うなんて大した度胸してるね。けど、この際だからそれは見逃してあげる。問題は、なんでやる気がないのに立ち上がろうとしているのか、っていうところね」
兵士は腕を組んでシオリを見つめる。返答によってはただでは済まさないといった気魄を感じさせた。
「私が立つ理由、ですか。それは……」
兵士が見守る中、シオリは答えるために一呼吸置いた。これが彼女のお眼鏡にかなうかどうかは分からないが、答えはもう出ている。なにを言うべきかは決まっていた。
「任されたからです」
「……なんだって?」
素っ頓狂な解答に思わず聞き返してしまった。自分の聞き間違いか。幻聴を聞いたのか。
「『任された』から、です」
しかし、目の前の相手は一言一句違わず同じ言葉を返してきた。任された? 誰に? 何を? ……まさか、この戦いを?
「任されたから、立ち上がろうっていうの?」
頭の整理のために口にする。これは確認する意も込められている。果たして彼女は本当の本当にそう答えたのかの確認だ。
「はい、そうです」
はっきりと、堂々と、迷うことなく答えた。濁りの無い「はい、そうです」。
「あっはっはっは!」
思わず笑ってしまった。腹の底から高笑いだ。これが大人ならぶちぎれていただろう。
「大人のくせに自分の意思すらないのか‼」
とか、
「命運を掛けたこの戦いに、任されたから参加しているだと‼」
など怒号を上げていたことだろう。
だが相手は子供だ。彼女くらいの年頃なら、同年代の子たちと遊んで、談笑して、戦いとは無縁の生活を送るのが普通だろう。
そんな年端も行かぬ女の子が頼まれたから血を流すというのだ。なんとも立派で、逞しい。笑いが出るのも当然だ。
「はー、いや、すまない。馬鹿にしているわけじゃないんだ。予想外の言葉にただおかしさがこみあげてきたんだ」
「予想外、ですか?」
「ああ。まさかそれだけが理由で戦っているなんて、誰も思わないだろ? 誰かに頼まれて痛い思いをする馬鹿は宇宙広しと言えど、滅多にお目見えするものじゃない。ましてやそれが純粋無垢な女の子だったんだからそりゃ笑うさ」
「誰かが困っていて頼みごとをしているのなら、手を差し出して最後までやるのは当然だと思うんですけど……」
自分が言っていることは当たり前のことだと、疑問の表情を浮かべるシオリ。その表情は兵士の笑いをさらに誘った。
「そうだね。だが世の中それができる奴は限られているんだよ。頼まれ事が厄介なものなら尚更ね。さ、お喋りはこれくらいにして、あんたの頼まれ事とやらを再開しようじゃないか。それが全うできるかどうかは定かじゃないけどね」
爆笑し、お姉さん的な立ち振る舞いをしていた兵士が一転、纏う雰囲気を変えて戦場兵へと変貌した。それと同時に戦闘体勢。斧付きのメリケンサックを体の前に構えた。
もはや手加減・手心を加えてくれることはもうないだろう。それは彼女の獲物を狩るような目を見て分かった。
「全うしてみせます! 私、こう見えても責任感が強いんです!」
シオリも兵士に続いて薙刀を構えた。




