決着前の乱入者
「サンカするマエにキめたハズだ。ナカマのタタカいにはタトえクセンしていてもワりコまないト」
「すまないな、我が同胞よ。邪魔するつもりはなかったのだ。さっきも言ったが、ここから一番大きな音が聞こえてきたのだ。俺も戦うなら強い者とがいいからな。戦っているのがお前だとは知らなかったのだよ」
シヨクの言い分はこうだ。最も激しい音が聞こえた=派手な戦いが繰り広げられている=強い者同士が戦っている!
結果、彼は音に釣られて空たちの前に現れたという訳だ。
シヨクはちらりと空の方を見る。空はすぐさまこれに反応、機敏に動くため足に力を込めた。
(ここでこいつとやるのか⁉ 勝ち残るためにはいずれ戦わなきゃならねぇ相手だが、まさかこんなに早くに出てくるとは思ってねぇよ!)
(想定外です! 今の空では決して敵わない。だから、彼には強い者をぶつけて消耗したところを狙おうと思っていましたが…… 流石に今挑むのは無謀すぎます!)
頭脳派二人は強敵シヨクを前に思い思いの感想を抱く。両者に窺える特徴は「負」。悪い方の感想である。
だが、二人の思いとは外れて、シヨクは言葉を空に投げる。
「戦う準備を済ませているところすまないな。俺は君とは戦えない」
「⁉ え⁉」
理解の及ばない言葉に、ギハンは驚きの声を上げる。しかし、その声は当然シヨクの耳に届かない。シヨクはそのまま話を続けた。
「正しくは『今は』戦えない、だがな。話の内容が聞いていたら二度目になるが、俺たちはこの戦いに参加する前、一つのルールを設けた」
シヨクは隣に居たオークの方をちらりと見る。その目配せを見て、オークは頷き、バトンタッチした。
「ナカマがタタカっていれば、ジャマしない。マけていてもテをカさナイ」
「これが俺たちの決まり事だった。しかし今、俺はその約束を破ってしまった」
少し残念そうにシヨクは話す。これまで堂々と話していたシヨクの姿はそこにはない。戦いの邪魔をしたことがよほど堪えているのだろう。
「だから君に一つ、チャンスをあげようと思ってな」
またも意外な言葉を口にするシヨク。彼の中で戦闘の邪魔をすることはよほどのことなのだろう。
「なんだ? 一発ずつ殴らせでもしてくれんのか?」
冗談交じりにリエガは言う。いくらシヨクでも流石にそれはないだろう。仮にそれを言うのならば、空のことを舐めているか、もしくは戦士として正しくありたいという本物であるかのどちらかである。
「俺に一発、入れてくれないか?」
無論、後者である。
「……嘘だろ」
冗談が現実になった瞬間を、リエガは呑み込めていない。あるいは馬鹿真面目な姿勢に言葉を失ったか。
「五分の勝負だったなら俺もこんなことは言わん。だが、俺の見る限りでは同胞が劣勢で、君が優勢だったのだろう? ならばその状況を崩した俺に責はある。頼む俺に償わせてくれ」
真剣な眼差しで語る。何度も言うが、彼にとってはそれほどのことなのだ。
(どうするの、空)
リギラは空に問いかける。シヨクの依頼を受けるも受けぬも空次第。断ったとて特に支障は出ないだろう。その口ぶりから察するに、ことが済めばシヨクはこの場を離れるはず。つまり、空が殴ろうがそうしまいが、今後の展開は変わらないのだ。
「オレからもタノむ」
空が考え込んでいると、オークも被せて懇願する。
二体のオークは熱い視線を空に向ける。その視線に応えるわけではないが、空は決めた。
足に力を入れ拳を握ることで、どちらを選択したかを二体に見せつける。これもラキアを助けるための合理的判断の結果だ。
「礼を言う」
悟ったオークは一言礼を言って、体を脱力させた。
次の瞬間、空は思いっきり地面を蹴り上げた。今の空が出せる最大速度。風を切って一瞬で間を詰める。
シヨクはそれを目で追った。追うことができた。しかし、避けようとはしない。ガードを取らない。
空の視線の先には空いた腹。勢い付いた空は、その威力を拳に乗せて力一杯殴った。
「グッ、」
鈍い声を出し、オークは空の拳を一点に受ける。空の拳に乗った運動エネルギーがシヨクの腹へと移動すると、反動でシヨクも後方へと移る。
が、距離にして僅か数メートル。シヨクは、吹き飛ぶというには短く、ズレたという方が正しいくらいだった。
「ふぅ。良いパンチだ」
シヨクも何食わぬ顔でそこに立っている。もはや今の賛辞がお世辞に聞こえるレベルで元気である。
「馬鹿な⁉ 今の空の一撃を喰らってあの程度だと⁉」
「やはり怪物。彼がこの戦いで立ちはだかる最大の壁であることは間違いなさそうですね」
驚くリエガと分析するギハン。そのどちらも空とシヨクにある絶対的な差を噛み締めた。果たしてこの差を埋められるのか。今、それを考えるとどうやっても気分が下がる。それを分かって、二人はあえて考えないようにした。
「これでさっきの分はなかったことにしてくれ。これでもまだ足りないというのなら、もう少し喰らっても良いが」
腹をポンポンと叩いてシヨクは話す。ケロッとした顔に、そのセリフ。空の拳が効いているのか疑うレベルだ。
これ以上はなにをやっても無駄だと悟り、自身の力不足を痛感して空は拳を下ろした。
「……感謝する」
シヨクは一言だけ話すと、振り返って空に背を向けた。既にこの場での用事は済まし、ここに居る意味などないかの様子。
がら空きの大きな背中。空は隙だらけの敵の背後を見てもただ眺めることしかできなかった。
「最後にもう一度、謝罪させてくれ。二人の戦いに水を差してすまなかったな」
何度目かの謝罪構文。シヨクはそれを背で語り、すぐにその場を跡にした。
ひび割れた地面を蹴り上げ、粉塵を撒き散らす。代わりにシヨクは一瞬にして、空の彼方へと飛んでいった。
「あれを倒さねぇと空の願望は叶えらんねぇわけか…… 無理じゃねぇか?」
リエガの性格からは考えられない言葉が漏れ出た。流石のリエガでもあの強さを前にして、傲慢な態度ではいられなくなったようだ。あるいは、単に力の差を思い知らされたのかもしれない。
「ええ。はっきり言って無謀にも等しい行いですね。実際に相対して、その実力を知ることができました。いえ、計り知れない実力を持っているということが分かりました」
こちらも弱気な発言の様子。ギハンの弱音はそのまま続いた。
「正直に申し上げますと、今の空が彼に勝てるビジョンが全く思い浮かびません。なにをしても負ける。どんな手を使っても返り討ちに遭う。正攻法で行こうが、奇策を衒おうが、なにをやっても通じない。 ……そんな風に思えて仕方がないのです」
「弱気だな、って言おうと思ったが無理もねぇ。実力差がありすぎる。俺や死神と戦った時もその差はあったかもしれねぇが……!」
「!」
リエガの言葉を聞いて、二人は気が付いた。
そうだ。リエガ戦の時も、ギハン戦の時も、空の実力は二人よりも下だった。だがそれでも、空は驚異の成長速度と、類い稀なる戦闘センスでそのピンチを切り抜けてきた。
先ほど戦った女兵士も、今戦っていたオークに関して言ってもそうだ。これまでの空の力量で挑んでいたなら攻撃が通じないとまではいかなくとも、きっとここまでスムーズにはいかなかっただろう。
二人が気が付いたものは、空の成長率。奇想天外性。どんな逆境も乗り越えてきた、微かな希望と運命力。二人が空に憑いた理由も、空への関心・興味が一つの事例である。
なら、自分たちに出来ることは空の行く末を見守ることのみ。
「スコし、イイカ?」
二人が空への期待として結末を見守る決意を決めると、オークが空に話しかけてきた。
「!」
野太い声を聞いて、全員が思い出した。シヨクという乱入者によって有耶無耶になっていたが、彼との戦いの最中であったのだ。これまで見てきたオークの性格を考えれば奇襲を仕掛けることなどしないだろうが、それでも敵を前に油断を晒すことは敗北するに等しい行いである。
それをここに居る誰しもが一番理解しているはずなのに、警戒を怠ってしまった。それほどまでに、シヨクの登場は鮮烈だったのだ。
空は急いで体勢を整え直す。視線をオークに、拳にガントレットを構え、グッと腰を落とす。空の準備はすぐに終わった。しかし、それを見てもオークは動こうとはしなかった。
「ソのママでイイからキいてクレ。オレにも、リーダーとオナじようにナグってくれないカ」
「⁉」
シヨクに続いて、このオークも予想外の言葉を出してきた。思わず拳の位置が少しぶれたが、すぐに戻した。
これはまだなにかあるはず、と一同はもう少し話を聞くことにした。
「サッキまでのタタカいで、オレはレッセイだった。ソレにオレはオマエにナグられそうにナッテいた。あのトキ、リーダーがハイってこなければ、オレはヨけられズにクらっていたハズだ。だから、あのトキのサイゲンをしたい。あのトキのツヅきをさせてホしい」
それを聞いて確信した。オークはどこまでいっても誇り高いのだと。空から一撃を貰ってただで済むはずがない。それを分かった上で、彼は望んでいるのだ。
ならそれを拒む理由はない。相手がそれを望み、こちらとしてはなんの損もない。
空はシヨクに攻撃したときと同じように構え、定めた。
「コい‼」
オークも受ける準備は万全。腰を落とし、今か今かと待ちわびる。
空は再び思いっきり地面を蹴り上げた。
「! これは!」
空の動作を見て、ギハンは声を上げる。喜びと驚きが混じった声だ。
先ほどと同じやり方、同じ仕草であるはずなのに、先ほどよりも威力が少しばかり上がっている。シヨクとの出会いで刺激されたのだろうか、ほんのわずかだが切れ味が増したように空の体は速度が乗った。
「……」
勢いで攻撃を仕掛ける空に、目を反らさず、背を向けず、真正面に立ち堂々と胸を張るオーク。覚悟は固いようだ。
受けて立とうとするオークを見ても、空が勢いを落とすことはない。その距離は徐々に徐々に縮まっていき、やがて、その拳はオークの腹を捉えた。
空の拳はオークの固い皮膚にめり込み、奥へと沈む。
「ゴッ、ハッ、」
一瞬だけ耐えたオークだったが、すぐに痰と唾液を吐いた。さらにそのまま後方へ。シヨクと違って遠くへと吹き飛ばされ、地面を転がるオークを見て、一同は空の攻撃力が衰えていないことを再確認。
「やはりおかしかったのは彼の方でしたか」
ほぼ同じ攻撃でこれほどの差。シヨクが去った後でも、その差を痛感することとなった。
「だな。本格的にあいつへの攻略法を考えねぇと、空と言えど勝てねぇ」
ギハンとリエガの興味は既にシヨクの方へと移っていた。あの拳を喰らった以上、オークとの勝負は決まったも同然だからだ。
これで相手が倒れるとは思っていないが、警戒するに値しないほどには弱っている。二人の観察眼には、よろよろと立ち上がるオークはそのように映っていた。
「ウゥ、リーダーはコレをクらってヘイゼンとしていたのカ。サスガだ」
攻撃の重みをその身に受けることで、シヨクへの賛辞を述べるオーク。まともに腹に喰らって、その声にも元気が薄れていることを感じさせるものがあった。それでも立ち上がってみせたのは流石というべきだろう。
「サァ。ツヅきをヤろう」
さらにオークは何事もなかったかのように戦闘態勢を整えた。シヨクのようにケロッとした顔はしていなかったが、覇気は十分。戦う意思も同様である。
「ま、そう来るわな」
「彼らの性格を考えるとこうなることは必至ですね。彼を倒さない限り次に進むことはできないでしょう」
こうなることを予期していたかのように二人は思い思いの言葉を口にする。それに続いて、空も再び拳を構えた。
「イくゾ」
オークは少しはにかんで、空に攻撃を仕掛けた。空もこれに対応して反撃を仕掛けた。
結果は予想通り、空の勝利で幕を収めた。しかし、危機に瀕したオークは最後の力を振り絞るが如く攻撃の鋭さを上げていった。
油断していたわけではないが、思わぬ猛攻に傷を負った空は、再び休憩を強いられることとなり、再度足止めを喰らう羽目となった。




