空VSオーク
冷たく固い地面を臀部に感じて、ゆっくりと瞼を開ける。目を覚まして最初に思ったことは「そのまま」であるということ。彼女を目の当たりにして訪れた変化。それは一時のものであり、体を休めてリセットされるものだと思ったがどうやらそうではないらしい。
証拠として、「冷たい」をしっかりと感じるし、自分の思考のように脳が働いている。おまけにリギラたちの騒ぐ声が鮮明に聞こえ、目の前には色の付いたオークが居る。
? オーク?
「メがサめたか」
野太い声が頭ではなく耳に響く。その次に聞こえてきたのはリギラの甲高い声。
「空! 早く起きて! 敵! 敵!」
リギラだけではない。他の三人も好き好きに言葉を発している。が、その内容はどれも同じ。「目の前に敵が居る」「さっさと起きろ」「早く準備をしろ」、だ。
多くの情報が一気に流れる込むも、それを処理する脳は正常。情報処理の末、辿り着いた結果はこうだ。
目を覚ました瞬間、目の前には敵が居た。
空は急いで距離を取った。狭い屋内から、広々とした屋外へ。抉れたアスファルトの上に足を置いて、出て来た建物の方をじっと見る。そしてすぐさまエネルギーを展開。出したものはお得意の双剣だった。
「ようやく起きやがったかてめぇ。何度も何度も呼んでんのにグースカ寝やがって」
「本当だよ! 向こうのオークが手を出そうとしなかったから良かったものの、相手がろくでなしだったらそのまま負けてたんだからね!」
脳に空を非難する声が四つも響く。
「空の馬鹿! 今まで反応しなかったのに、他所の女に現を抜かして!」
途中、空に思考が芽生えたここぞとばかりに、おかしな誹謗中傷も流れてきたが、それこそ相手にする必要はないと無視を決め込んだ。
武器を構え、様子を伺う。急な出来事にも機敏な対応。空の動きは百点だった。
一方のオークはその場でしゃがみ込んだままだった。空の一部始終を見守った後、ゆっくりと立ち上がる。
「キュウケイはオワりカ?」
片言の言葉でオークは尋ねる。のそのそと歩き、屋外へと体を露出させた。
これに対し、空は剣を深く握りしめることで肯定の意を示した。
「ソウカ。ナラ、サッソクはじめヨウ」
オークは一言発すると、はにかむ。そして、跳ね上がるプレッシャー。
睡眠を妨害しない優しさ、準備が整うまで待つ真摯さで目を曇らせていたが、ここは戦場であり相手は敵。しかも、単体火力だけなら随一のオークが相手である。気は抜けない。
「フンッ」
オークは気合を入れるために拳を前で合わせた。ガツンという音と共に知らせる準備完了のサイン。
これで両者準備は整った。相手を睨み出方を窺う。その時が来るのを今か今かと待ちわびた。
それを止めたのは一匹の悪魔だった。
「待て、空」
リエガの声を聞いて、空は一度双剣を構えることを止めた。
「?」
それを見たオークは疑問の顔を浮かべてしばらく様子を見ることに。準備が終えていない空に襲い掛からないのは、例のごとく、戦士としての矜持だ。
「天使の力はあんま使うな。こいつの治癒能力はこの後も絶対に必要になる。しかも今回の相手は素手だ。他の能力を優先的に使え」
ギハンに代わった作戦指示。アドバイスを受けた空は小さく頷き、双剣をしまうと、ガントレットを装着した。
「!」
新たな武器の登場に驚いたのか、オークは反応を示す。
空の準備も整ったところで、さて、今度こそ。かと思いきや、その戦いに待ったを掛けたのはオークの方だった。
「ナゼ、ブキをカえた?」
相変わらず片言な言葉でオークは語り掛ける。しかし、空にはオークの質問の意図を理解していなかった。
そんな空にとって、オークの次の言葉はその意図を理解するに十分なものだった。
「カタナとスデだとオレがフリだからカ? だからブキをカえたのか? だとすれば、オマエはオレをナめていル。オレのコトをブジョクしていル!」
「!」
なるほど、オークにとって刃物が付いていない武器に変えたことは、失礼な行為に当たるのか。確かに一見配慮している行いにも見て取れるが、当然空にそのような意図はない。しかし、わざわざそれを説明する必要もない。ならば態度で示すのみ。
空は拳を前に掲げ、そのまま戦う姿勢を示した。
「! ……どうやらソのメツキ、ナめていルワケではナさそうダナ。スマナい」
空はここで知る。オークの真摯さ。戦士としてのプライド。戦い方、その矜持。
しかし、そのどれをとっても空には関係ない。興味がない。脳裏に浮かぶ彼女の顔。空が拳を振るうのはただそのため。
「ヨケイなジカンをツカわせタ。コンドこそタタカおう」
オークは三度拳を前に掲げ、戦闘態勢。空も応えて、ガントレットの付けた拳を前に掲げた。
両者飛び出す。
初撃目、拳対拳。互角。
二撃目。蹴り対蹴り。互角。
三撃目。頭対頭。互角。
四撃目、五撃目、六撃目……
二人が動くたびに数は増え、また次へと積み重なる。二人の攻撃がぶつかり合うたび、衝撃を生み、音を鳴らす。
「はぁはぁ。っ!」
息を切らしながらも空は攻撃を仕掛ける。心の内に秘めるものはたった一つ。しかし、それが空の拳を何倍も重くさせた。
「ガァァァァァ‼」
オークも既に本気。己を奮い立たす雄叫びが無人の街に鳴り響く。彼は戦士だ。国のために戦うヒーローだ。ならば、立ち上がることも本望。強敵と相対することなど、避けて通れぬ運命だろう。
両者の攻撃はほぼ互角。だが僅かに、ほんの少しだけの差ではあるが、空が優勢だった。
「そのまま押し切れ! 空!」
リエガの声援が飛び交う。言われずとも! と空は力強い一歩を踏み出した。
「! クソ!」
反応が遅れたオーク。空の拳が顔へと迫る。これは決定的な一撃だ。まだ、それで勝敗が決まらないとしても、勝負を決める一手になる事は間違いない。
短い間だが、拳を交わした二人はそれを確かに感じ取ったのだ。
空の拳はもう間もなく到達する。その距離僅か数センチメートル。誰しもが当たると思った。その時、
巨大な砂煙と爆発するような轟音が鳴り響いた。
その演出の在り方をリープ軍は知っている。その爆発にも似た激烈な登場シーンにグリン軍は歓喜の雄叫びを上げる。何が起こっているのか分からない地球軍は、モニターとにらめっこするしかできなかった。
そして、それを目の当たりにした空、オーク、四つの種族はそれぞれ、無反応、がっかりした態度、驚き慌てる反応を示した。
「いろいろな場所で音がして、一番でかい音がする方に来てみれば、まさかハズレを引くとは思わなかった」
煙の中から、戦っていたオークよりも一回り大きな体が姿を現す。
「! こいつは!」
「なぜ、彼がここに⁉」
「やばいよこの状況⁉ どうすればいいの⁉」
「でっか~い!」
現れた姿を見た四種族は、リープの軍人のような反応を示した。しかし、それを目の前にすれば誰しもがそのような反応しか取れなくなるのも当然かもしれない。
圧倒的な風格。暴力的なまでの空気感。一目で分かる強キャラ感。全てが彼を印象付ける。
「……」
空は先ほど以上に拳を強く握る。警戒心もより高めて腰を落とす。煙から出るそれから、目を一瞬たりとも離さない。
「リーダー」
オークが口にする。その代名詞を聞かなくても分かるだろうが、彼の言った通りだ。
惑星グリンの代表たち、そのリーダー、名をシヨク。空が決定打を入れる直前に彼は現れたのだ。




