仮同盟成立?
「なんだと?」
リープ軍とマッチアップしていた女兵士は疑問の声を発する。ここは戦場。目の前には敵。やるべきことは一つだが、その前戯として会話くらいならば許そう。
しかし、その会話の内容が相応しくないのだ。
「もう一度言おうか? 俺たちと一時的に手を組まないか、と言ったんだ」
一方のリープ軍は淡々と言葉を並べる。目は泳がずはっきりと相手を見つめ、声も震えていない。一見、本心のように聞こえる言葉。彼の言葉に揺らぎはなかった。
しかし、だからこそ、胡散臭かった。
「それはもう聞いたよ。私が聞きたいのはなんでそんなことを言っているのか、ということだ」
「それこそ言う必要があるのか? 今の状況を見ればこんな提案をすることにも頷けると思うんだけどな」
女兵士は「こんな状況」がなにを意味しているのかすぐにピンときた。この男の言葉がなにを意図しているのかも。
「……私たちの惑星とお前たちの惑星が負けているから、仮同盟を組んで他二つの惑星を一気に叩くというわけだな」
「ついでにお互いの力量不足を補うためでもあるな。あんたらも薄々気が付いているんだろ? 単純な力勝負になると地球とグリンには敵わない」
「……」
図星を突かれた女兵士は黙り込む。それと同時に考えた。果たしてこの提案に乗るべきか。仮同盟とはどこからどこまでを指すのか。そもそも、これほど大事なことを自分一人で決めていいものなのか。
「そうだな。確かにお前の言う通り私たちの力は他の惑星に比べたら、少し劣るのかもしれないな」
「! じゃあ、」
「だがその提案、断らせてもらう」
男がぬか喜びしたのも束の間、思っていた言葉とは正反対の言葉が返ってきて、驚く。
それは他の場所でも同じ。
「お断りしますわ」
似たようなやりとりを行っていた二人のリープ人も、男軍人同様に断られていた。
「なっ⁉ 本当に状況を理解しているのですか⁉ このまま無策のまま戦っていっても、同じ轍を踏むだけですよ⁉」
場所が変わり女軍人。女兵士の返答に、思わず熱が籠る言葉を吐く。
「あら。あなたたちと組めば状況が好転するような物言いですね」
「それは……」
そんな軍人に対して、女兵士は言葉に起伏を起こさず述べる。鋭い指摘に女軍人は思わず口を噤んだ。
「それに、私たちこう見えてもプライドが高いのです。負けそうだから他人の手を借りる、というのはあまりにも情けない話だと思いませんか?」
女兵士は自身の、いや、セスの民として生き方、あり方を誇示するような言い方をした。
「ここに来てプライドの話ですか」
思わず口から漏れ出てしまった。
「……含みのある言い方ですね。仰りたいことがあるのなら、遠回しな表現をせずに直接話せばよろしいのでは」
当然、女軍人の言葉は兵士の反感を買うものだった。
「ならば言わせていただきますが、プライドがそんなに大事なのですか⁉ 負けてしまえば『それ』さえ持つことができなくなってしまうのですよ⁉ プライドを優先して、負けてしまえばそれこそ、本末転倒ではないですか⁉」
軍人は熱く語る。そこに込められた思いは「勝ちたい」というものだけではなかった。紛争国家ならではの考え方。プライドを優先すれば死んでしまうという国の体系を表した言の葉だった。
その思い・考えは兵士にひしひしと伝わったが、それが逆の方向へと導いた。
「なるほど。それがあなた方の考え方、というわけですか。やはりあなたたちとは相容れないようですね」
「!」
「私たちの国ではプライドを持つからこそ強いとされています。それを持って勝つからこそ美しいのです。プライドを捨てた生き方は死んだも同然。そのような生き方を選ぶくらいならば潔く滅びの道を選びます」
「! それほどまでに!」
「えぇ、それほどまでに私たちにとってプライドというものは大事なのですよ。それを蔑ろにするあなたたちとは手を組んでも上手くいきそうにもありませんし、そもそも信用するに値しません」
「……」
取り付く島もない。その上、彼女たちのデリケートゾーンに土足で踏み込んでしまい、返す言葉もなかった。もはや何も言えない、と三人は俯いた。
「これで理解できた? それじゃあ、さっさと戦おうよ」
三人目の場所。同じようなことがここでも起こる。提案し、断られ、逆鱗に触れた。こちらも打つ手はない、と首をうなだれていた。
「どうしたの? まだ心の整理が必要? 準備ができるまで待つくらいならしてあげるよ」
女兵士は俯く男に元気に声を掛ける。既に臨戦態勢。戦う準備は万全だ。
「プライド、か。そうだよな。手を貸して欲しいならこっちから歩み寄らねぇとな」
男は俯きざま小さく呟いた。やはりこうなることは避けられない、とでも言いたげな表情だった。悔しさ、諦め、尊敬。正も負も混ざったようなおかしな言葉を女兵士は聞き洩らした。
「? なんて言ったの?」
しかし、声は聞こえていたようで軍人に聞き返す。
そんな彼女の声を無視して、男はその場で武器を持った。
「お! やっと戦う気になった?」
兵士は拳を前に掲げて軽くステップを踏む。こちらはいつでも戦えるという意思がその動きからも伝わる。
その意思が伝わったはずの軍人は武器を持ったまま、戦おうとはしなかった。それが彼特有の戦闘スタイルの可能性も捨てきれなかったが、その姿勢、そのオーラからは、戦おうとするものから伝わる熱のようなものは全く感じられなかった。
「? 戦わないの?」
疑問に思った兵士は拳を下ろし、頭を搔いた。隙ができた兵士にも軍人は武器を持ったまま黙って見つめる。
沈黙の時間が流れたが、軍人はようやく行動に移した。
ポイッ
「え」
これには思わず唖然とした。彼女は目の前で起こった光景が信じられなかった。
なんと軍人は持っていた武器を彼女の近くに投げ捨てたのだ。
爆弾か? それとも他のなにか特別な武器なのか? しかしどう見ても近接武器であったが、彼女は警戒して投げ捨てられたそれから距離を取った。
「……」
「……」
軍人と兵士は向き合い、視線を合わせる。軍人は投げ捨てたポーズのまま。兵士はいつでも動ける体勢を整えたまま。
二人が睨み合っていると、
「使え」
軍人はそれだけを口にした。これに対して、兵士の反応は当然、
「?」
である。相手の言った「使え」とは、先ほど捨てた武器をお前が使え、という意味には違いないだろう。彼女がハテナを浮かべたのは、相手がそれを言った理由である。
「なんのつもり?」
彼女は臆すことなくその意図を聞いた。
「言葉だけじゃ俺たちの本気が伝わらないと思ったからな。熱をきちんと伝えるにはこれが最適だと思っただけだ」
「武器を渡すことが君たちの本気なの?」
「ああ、そうだ。お前らがプライドを大事にしていることは良く分かった。ならこっちも大事なものをさらけ出さないとフェアじゃないだろ」
「大事な武器を私たちに渡すことで本気を伝えようとした、っていう認識でいい?」
「ああ。それで間違っていない。俺たちにとってそれは生命線、命を何度も救われた宝物だ。それをお前らに預けることで担保にしたい」
「……」
真剣な眼差しで熱く語る軍人。それを兵士は黙って聞いていた。嘘は言っていない、と思う。他に武器らしきものは持ってはいない。それにこちらが臨戦態勢であるままなのに対して、あちらは無防備なままだ。
だがそれでも、
「ごめんだけど、まだ信用するには足りない」
「……」
兵士は武器を手に取ることを拒んだ。
控室に居た時にモニターで拝見した、リープの科学兵器の強力さ。これにセスの特殊な能力技を組み合わせれば、とてつもない爆発を生み出すことができるだろう。それはもしかしたら、地球やグリンの代表者を圧倒できるかもしれない。
それに、やはり彼の目。嘘は言っていない。本気を伝えるための仕草、眼差しは本物だ。
それでも彼女が彼らの手を握ることを拒んだのは、ひとえに過去の悲惨。過去に苦しみを味わった者として、他の惑星の手を握ることは巨大な壁を超えることに等しかった。
兵士たちは信用したいが信用してはいけないという苦い表情を浮かべていた。
「そっか、これでも無理か」
軍人は再び様々な感情の混ざった複雑な表情を浮かべた。
しかし、兵士が気になったことは彼の表情ではなく、目だった。
なにかを諦め、なにかを諦めていない、相反する二つの強烈な意思。覚悟を決めた者の目つきをしていた。
兵士は男の一挙手一投足に注意を払った。これからなにかを仕掛けてくるのか、それとも他のなにか特別な作戦でも存在するのか。彼の目にはそれをさせる特別ななにかを感じさせるのだ。
「なら、」
兵士が軍人に注目していると、男は動き出す。その場で無気力に片手を挙げてみせた。
これさえも警戒するに足り得る事象。グッと身構えて次の行動を予測する。仲間を呼ぶための予備動作? それとも攻撃を仕掛けるための前準備? いずれにせよ警戒を解くことはない。
軍人は警戒する相手を前にして、その場で大きく息を吸い込んだ。
やはりなにかの攻撃の前準備の方か、と兵士はいつでも動ける段階にまで体勢を整えた。これでなにが来ても万全。来るなら来い。
「「「リタイアする」」」
軍人たちは高らかに言い放った。
「……は? ……え?」
それを聞いて困惑する兵士たち。無理もない。身構えていた矢先、飛んできたものは強力な武器や高火力な銃弾などではなく、予想だにしていない言葉だったのだから。
「どうだ? これなら信用できるか?」
兵士があたふたしていると、軍人は彼女に問い質す。彼女は未だ心の整理ができないままでいた。
「え、いや、な、なんで?」
ようやく出て来た言葉はシンプルな疑問の言葉。頭が回らない中で出した最も聞きたいこと、本音がこの一言に詰まっている。あまりの衝撃に彼女は既に臨戦態勢を解除している。
「なんで、っていうのは『なんでそんなことを言ったのか』って話か? それとも『なんでそこまでして仮同盟を組みたいのか』って話か?」
「!」
その言葉を聞いて彼女は悟る。彼の目に宿った意思の内、諦めていない方。それは「説得」だった。これだけ話して、これだけNOを突きつけて、それでも彼は、彼らは諦めていないのだ。
なら、諦めた方は「参加」。セスからの信頼を得るためにこの戦いに参加する権利を放棄したのだ。覚悟の目つきはきっとこっちから出たもの。
「俺たちの故郷では『プライド』なんてもんはない。それを優先していたら、命がいくつあっても足りないからだ」
「!」
兵士が口を開き茫然としていると、軍人は語り始める。
「なによりも優先するべきは己の命。そして生きて帰ること。帰りを待つ人たちの下へと帰ることだ。そのためなら俺たちはどんな手段も厭わない。どんな卑怯なことだってやってみせる。そうだな。言うなれば」
軍人はそこまで言って彼女の方を見た。
「?」
「プライドを捨ててでも責務を全うすることが俺らのプライド、かな?」
「!」
ここで出たプライドの話。それをプライドと呼んでいいものかは分からないが、これがリープに住む軍人たちの在り方だった。
「君……」
思わず惹かれる兵士たち。プライドの話を出されれば流石に頭ごなしに否定ばかりもしていられない。彼女たちは胸打たれたのか覚悟を決めた。
「そっか。プライドか。それを出されちゃこちらとしては何も言えないよね」
腑に落ちたのか、逃げ場をなくしたせいか。言葉とは裏腹に満足そうな表情。ここまで譲歩されたのだ。それでもなお拒み続けるのは誇り高いというよりも愚か者に近しい。
「分かったよ。受けよう、君たちの提案」
「! 本当か?」
「これだけプライドの話をして、嘘吐くと思う? 本当だよ。ただし、この同盟はあくまでも地球とグリンを倒すまでだからね」
「ああ! それで構わねぇよ!」
兵士たちは武器を拾い上げることで、同盟締結の意思を示した。軍人たちはそれを眺めるだけでなにもしない。既にその権利は失われているのもあるが、彼らも本気で仮同盟を組めたことを喜んでいるからだ。
彼女が武器を拾い上げると、軍人はゆっくりと近付いた。そして、手を差し出す。
「短い間だけどよろしく」
「えぇ、こちらこそ」
他二つでも同様のやりとりが行われていた。結果は同じ。つまり、ここにセスとリープの仮同盟が組まれたのだ。




