サイドストーリー)セッキVS 決着!
次の瞬間、女軍人は引き金を引いた。流石に銃弾、とてつもない速さで空を切る。だが、セッキは紙一重でこれを躱した。彼女が引き金を引くよりも先に、セッキの体が動いていたのだ。
弾丸はそのまま一直線上に飛んでいき、壁に激突してやがて止まった。
「……は?」
呆気に取られる女軍人。そうしている間にもセッキは彼女へと迫った。
「ちょっ、待っ」
慌てふためく彼女だったが気が付くころにはもう遅い。セッキの拳は彼女の顔面を捉えていた。
オーク族のラダを苦しめた一撃。宇宙人ではあるものの、外見は人間女子である彼女が喰らえば果たしてどうなるだろうか。人間と耐久性が同じであるならば、セッキのその一撃は文字通りの致命傷、顔は木っ端みじんに砕け散るだろう。
事実、リープに住む者たちの人体構造は地球人とほとんど変わりはなかった。つまり、その耐久性も同じ。セッキの一撃を喰らえば、風船の如く破裂するのが落ちだった。実際、そのことを知っていたゼウスは、セッキの拳が彼女の顔に触れた瞬間、強制送還するつもりだったのだ。
だが、ゼウスの心配は杞憂に終わる。セッキの拳が彼女の顔に当たると思われたその時、その拳は顔ではなく胴体へと入った。
持ち前の気力で、なんとか体を動かしていたセッキであったが、体の方が限界の片鱗を見せはじめたのだ。拳が顔に当たる直前、足に力が入らなくなり片膝から崩れ落ちる。しかし、拳の勢いは止まらず、体勢を崩したまま拳を振るった結果、彼女の胴体へとその一撃が入ったのだ。
「かっ、はっ、!」
今にも倒れそうな相手から繰り出された重く、鋭い一撃。予想だにしていなかったインパクトのある一撃を、無防備に喰らった彼女は鈍い声を出し、血の混じった大量の唾液を吐き出した。
その衝撃を小柄な体一つで受け止めることなどできるわけがなく、余った勢いは後方へと飛ばされることでやっと吊りあった。そしてそのまま後ろの壁に激突して、やがてその身は静止した。
「ぐっ、!」
轟音と共に壁に叩きつけられた女軍人は、再び血の混じった唾液を吐き出す。これで彼女は腹と背中に大きな損傷を負い、有利な状況を一気に覆された形となった。
顔に喰らえば即死が必然だったセッキの攻撃。それを胴体に喰らっても彼女が無事であった理由はひとえに防弾チョッキのおかげである。彼女が着ていたそれは戦争惑星リープで開発された特殊防具。並みの攻撃ならばいくら喰らおうとも傷一つ追わない特別性。
そんな防御力を突破してセッキは彼女にダメージを負わせたのだ。そして、その防具があるからこそ彼女は助かったとも言える。
「っ、なんなんっすか一体。なんでそんな死にそうな体でこんな威力を出せるんすか。反則っすよ。チートっす!」
女軍人は愚痴を言いながらよろめき立ち上がった。油断していた相手に重傷を負わされ、憤りを覚えた様子。セッキを睨みつける。
「ぅ、ああぁぁ‼」
体勢を崩したセッキは自分に向けられた敵意を察知して、すぐに相手に襲い掛かった。荒々しく動く様にもはや人間味を感じさせず、その姿は野生の獣そのものだった。
「くっ!」
猪突猛進してくる獣、もといセッキに現状、対抗手段を持ち合わせていない彼女は横に避けるしかなった。手に持つ銃ならばあるいは動きを制限できたかもしれないが、目の前の獣を見てはとてもそうは思えない。
彼女は重たくなった体を捻って、セッキの攻撃をなんとか回避。後方で轟音を聞きながら、避けられたことをひとまず安心した。
振り返って確認すると、相手が拳で壁に小さなクレーターを形成していた。
「どこからそんな力が……!」
と文句を垂れつつ、彼女は急いで場所を移し替えた。幸いなことにそこは屋内。隠れる場所など豊富にある。彼女は物陰に隠れて様子を伺おうと考えたのだ。
しかし、セッキ(の体)はそれを許さない。逃げ出そうとする彼女の背中を追いかけ、再び突進した。
両者重体ではあるものの、なぜか動くことのできるセッキの方がスピードは遥か上。セッキは一息で彼女に追いついてみせた。セッキの攻撃が当たり、ゲームセット。誰しもがそう思った時、
カチッ
セッキの踏み込んだ地面から奇妙な音が鳴った。次の瞬間、セッキが居た場所が爆発したのだ。
熱風と砂塵を巻き起こした爆発は、セッキを巻き込み焼き焦がす。近くに居た彼女もその熱を背中に感じながら、軽く吹き飛ばされた。
が、しかし、彼女は文句を垂れることも驚いた様子もなく、ゆっくりと立ち上がった。そして、静かに爆発した場所を眺めた。
「万が一に備えたトラップっす。接触する前に仕掛けておいたっすけど、まさか使うとは思ってもみなかったっす」
主犯のような口ぶりをする彼女。セッキが作動させた爆発は、彼女がセットしていたものだった。
「自分がただ無策に挑んだと思ったっすか? 舐めた態度を取っているから楽な相手だと思ったっすか? 甘いっす。これでも惑星代表。戦い方はそれなりに熟知しているつもりっすよ」
焼け焦げたセッキを遠目に彼女は煽る。今度は油断せず、遠くから眺めた。セッキの負わせた傷が予想よりも遥かに響いて、ただ単にその場から動けないということもあるが。
彼女は眺める。目を反らさない。銃を構え警戒した。油断はさっきだけで十分だと学んだのだ。セッキの様子を監視した。
案の定、セッキは傷、流血、火傷を負ってもまだ動いた。さっきよりも深手の状態で彼女に迫る。
だが、彼女は焦らない。
「言ったはずっすよ。甘いって」
迫るセッキを前に一歩も引かない彼女。その時、セッキの下で再び爆発が起こる。
「がっ、がっ、」
壊れたおもちゃのように体をびくびくさせて、その場を動かないセッキ。やはり体の方はもう限界なのだ。皮は捲れ、肉は抉られ、片腕はすでに機能を停止している。
だが、セッキは動いた。彼女に向かって真っすぐに突っ込んだ。
強敵との約束を果たすため? 己の誇りのため? とにかく勝つため? 否、
俺がセッキ(俺)であるために。
「ガァァァァァ!」
涎を垂らし、セッキは猛進する。そんな彼を見ても女軍人は動かない。動けない。やはり先ほどの一撃が響いている。背骨が折れたか、ひびが入ったか。いずれにせよ、その場から動くことができなかった。
だが、彼女は焦っていない。その理由は、トラップを他にも仕掛けているためだ。彼女とセッキの間にはまだ三つのトラップが残っている。加えて、手に持っている銃。この四つが最後の切り札なのだ。
セッキが彼女に到達するまでに、倒れることがあれば彼女の勝ち。仕留めそこなったらセッキの勝ちである。
もちろんセッキがトラップを回避する可能性は残っている。しかし、彼の頭は既に機能しておらず、視力もゼロに等しい。体を突き動かしている動力源は心なのだ。
「ガァァァァァ!」
セッキが動く。女軍人とセッキの、駆け引きの無い攻防が始まった。
セッキが近くの柱を通り過ぎる。その影から別の銃が姿を現した。足元には不自然なワイヤー。その黒く固い糸がセッキの足に引っ掛かって、トラップが作動する。
第一のトラップ。無人の銃撃。ワイヤーが引き金となって、設置されていた銃はターゲットに向かって弾を発射する。
セッキにはこれを避ける余力も、防ぐ力も残っていない。セッキはただ弾を一身に受けるしかなかった。何発かは彼の肉をそぎ落とし、腕や口を貫通するものもあった。
セッキの体は一瞬だけ怯み、すぐにそのまま突っ込んだ。
「ガァァァァァ!」
セッキは咆える。もはや人間ではない。獰猛な獣そのもの。知性の欠片も感じさせず、突き進む。
「……」
女軍人は黙ってそれを見ていた。
そしてセッキは次のトラップに差し掛かる。第二のトラップ。極薄のワイヤー。目で捉えることのできない細いワイヤーがセッキの前に張りめぐらされていた。しかし、強固、かつ鋭い。何もなくただ通り過ぎるだけならば、彼の体は細切れになる事を避けられない。
いくらセッキの体が頑丈といえども、このトラップをそのまま通ると、胴体は切断されるだろう。
それに気が付いたのだろうか。セッキの本能がそれを危険と判断したのか。これを切る術など持ち合わせていないセッキは、人一人が通ることのできるギリギリの場所を見極め、そこに己の体を通した。
これで二つ目のトラップもクリア。だが、その代償に右腕と左足が切断された。
「ガ、ァァァァァ!」
だがそれでもセッキは止まらない。動くことを止めない。片足で跳ね回り、追撃を続けた。
「……」
女軍人は目を反らさない。今まで動いていたのも奇跡なくらいだ。片腕や片足がなくなったくらいで彼が止まるなどとても思っていなかったのだ。
そして、続く最後のトラップ。それは既に目に見えている。第三のトラップ。大量の爆弾。セッキが彼女にたどり着くにはとある柱の間を通らなければならない。しかし、その柱には大量の爆弾がセットされていた。彼が通ったその瞬間、これが起動し、両サイドから吹き飛ばすというものだ。
加えて、柱が壊れればそのままセッキを生き埋めにすることも可能。これが彼女の用意した最後の罠である。
セッキは差し掛かる。回り道など考えず、片足で彼女へと鬼気迫る。セッキがちょうど柱の間に位置した。
瞬間、大爆発。これまでで一番の轟音と、ものすごい爆風が発生した。二つのでかい爆発。その中間に居たセッキは当然巻き込まれた。爆炎と煙に身を包まれる。さらに、柱が崩れてセッキに圧し掛かれば女軍人の勝利に兆しが見える。
しかし、一向にその崩壊音は彼女の耳に届かなかった。嫌な予感がして彼女は銃の照準を煙に向けた。未だに煙が舞っているのは爆発の規模を表していた。
彼女が銃を持って待ち構えていると、煙の中から何かが飛び出してきた。瓦礫にしては大きい。かといって、こちらに飛んでくるようなトラップはセットしていない。だとするならば、残された可能性は一つしかない。彼だ。
彼の姿は見るも無残な死に体だった。もはや生きているのかも怪しい。その姿はなんとも形容しがたく、気持ち悪さを誘う姿だった。
彼の姿を見ても、女軍人は怯まない。なぜならば、彼女は戦場でそんな姿の者たちを何人も見てきたのだ。彼の姿は見慣れたものだった。
それよりも驚くべきことは、そのボロボロの体で動いているという事実。何が彼をそこまで突き動かすのか。それは彼しか分からない。
女軍人はすぐに引き金を引いた。もはやそんなものは意味がないと理解していながらも乱射し続けた。なぜ、意味がないと思ったのか。決まっている。
そんなものではもうセッキを止められないからだ。
「アアアアアァァァァァ‼」
セッキが片足で彼女に飛びつく。血まみれの腕を伸ばして彼女の首を掴み、そのまま窓際まで押し込んだ。
「アアアアアァァァァァ‼」
吠えながら突進していく。やがて二つの影が窓に近付くと、そのまま外へと身を放り投げた。女軍人だけではない。セッキも首を掴んだまま、外へと出たのだ。
階層にして四階、その高さのまま二人は落下した。
「アアアアアァァァァァ‼」
その途中もセッキは首から手を離さない。なにかを咆えていたが、掛け声なのか、それとも言葉なのかさえ分からない。
二人は見る見る地上へと近付いて行く。セッキが上で女軍人が下。彼女はなされるがまま抵抗をしなかった。とうに無駄であると悟ったからだ。
しかし、セッキにはそんなことなど関係ない。首から絶対に手を離さなかった。
「アアアアアァァァァァ‼」
やがて二人は地面目前まで迫る。その時、セッキが彼女の首を持って、地面へと叩きつけた。
「っぁ‼」
彼女ももはや声さえ出ない。激痛が走っているはずなのに、声を出すことができない。セッキが未だ首を掴んでいるせい。もしくはその元気すら無かったせいか、あるいは叫ぶことが無駄な行為であることを理解したせいか。
次の瞬間、彼女の体が黄金色の光に包まれる。この時点で彼女の敗北が確定した。いや、あるいは第三のトラップが失敗に終わった時点で負けは確定していたのかもしれない。柱はおそらく崩壊していない。彼女の想定よりも頑丈だったのだ。仮に柱で彼を生き埋めにしても止められたかどうかも怪しいものだ。
だが、もはやそんなことは今となっては関係がなかった。彼女は負け、セッキが勝った。残った事実はそれだけである。
「あーあ。ほんと、ついてないっす」
微かな声でそれだけ言い残すと、彼女はすぐに送還された。
「ううううう、アアアアア‼」
それを感じ取ったセッキは雄叫びを上げた。それは紛れもない勝者の咆哮。知性を無くそうとも、勝利の確信だけは抱くことができたのだ。
そして、彼は倒れた。仰向けになり、固いアスファルトを背中に。既に存在しない腕と足で大の字に寝ころんだ。
セッキはなにも言わない。言うことができない。もうその力も残っていないのだ。彼は勝ったが、今後の戦いに参加することは到底不可能。つまり、
送還である。
セッキの体が黄金色の光に包まれていく。彼はその役目を終えた。明らかに格上だった敵を倒し、ボロボロの状態でもう一人を打ち破ってみせた。快挙である。
だが、彼は喜ばない。もう心の元気もないのだ。セッキは黙って目を瞑ろうとした。しかし、ぼやけた視界の端になにかがあるのを見つけた。セッキは首をそのまま横にして、それを見た。ぼやけて分からないがなにか黒いものが近くに落ちている。
じっとそれを見つめていると、それに焦点が合った。黒いものの正体は壊れたサングラスだった。戦いの余波でどこかにいったサングラスは、四階から落ちてこんなところに転がっていたのだ。
セッキはそれをじっと見つめ
(……こんなところに落ちていたのか)
心の中で静かに思った。感情の起伏はない。ただ単にそう思った。いわゆる感想。特に思い入れもないサングラスのことを思う。
セッキはただそれだけを思うと、やがて光に包まれ戦場から姿を消した。




