サイドストーリー)シンスイVS 決着
「……なぜ、分かった」
思わず眉間にしわが寄る。女兵士の一言は警戒心を煽るには十分すぎたのだ。
「え? なんとなく?」
「なんとなく、だと?」
「そ。おばさんの動き方とか、誘導されてる『感覚』とか。なんだか掌で転がされてるような、そんな感じ」
シンスイは彼女に対する警戒心をさらに強めた。「感覚」だけでそれを言い当ててみせたのだ。当然、彼女を見る目つきも変わった。
やはり、というべきか、この戦いに参加しているだけはある。
「そうか。感覚だけで言い当てられるとは、私も落ちたものだな」
少し残念そうに言うシンスイだったが、その顔に諦めなど微塵もない。自分の能力は知られたくらいで対処できるものではないという自負があるのだ。
「ただ単に年を取っただけじゃない?」
未だ年の話をする女兵士。シンスイはやはりそこに噛みつく。
「だから、私はそれほどおばさんでは……」
「あ、ついでに別の感覚の話なんだけど」
女兵士はシンスイの話を遮って言葉を並べた。
シンスイは遮られたことの不満よりも、別のことに着目していた。「別の感覚」、その不思議な単語に疑問を抱く。
しかし、聞き逃すことはできない。彼女はその「感覚」だけで能力を言い当てたのだ。それだけでも聞く価値に値する。だが、シンスイはこの後に聞く言葉がなんとなくだが良いものではない気がした。その感情は冷や汗となって顔を伝った。
「おばさん、この後不利になる気がするよ」
「⁉」
女兵士がそう言い終えた瞬間、オークがシンスイ目掛けて吹っ飛んできた。気が付けばすぐ目の前。真正面から現れたのは、不意打ちを仕掛けてしまった彼なりの配慮なのだろう。
「くっ」
そのような感想を抱いている暇もなく、シンスイは急いで横へと飛び避けた。おしゃれに着こなされていたスーツを砂埃で汚しながら、不格好に地面を転がる。
汚れたスーツを気にする間もなく、すぐに体勢を整えて顔を前に向ける。するとそこに、這いつくばるシンスイを見て嘲笑う女兵士と、避けられた斧を地面に突き刺し中腰にシンスイを見つめるオークの姿があった。
二人がこちらを見る様子を見て、シンスイは冷や汗をかきながらニヤリと笑った。そして、
「これは、まずいな」
心の内を吐露した。
シンスイがそのように思った理由。それはこれから二人が協力するかもしれない、という最悪の想定をしたからである。
二人のシンスイを睨みつける目つきが同じであった、というのもそのような想定に至った原因の一つではある。しかし、主となったのはそれではなく、能力披露会で最も得をした人物がいたことが発端である。
その者はフェロモンの能力を有する女兵士ではなく、物事を円滑に進める能力を持ったシンスイでもない。この場においてただ唯一能力を持たず、己の肉体のみで戦う戦士、オークである。
「二体一は貴様の好むものではないと思っていたのだが?」
「オレはソのヨウなヒキョウなマネはシナイ。オナジようにオマエたちにコウゲキするし、ソコにサ(差)などナイ。ダガ、ドチラをサキにタオスべきかユウセンジュンイくらいはハンダンする」
「それで私を先に倒しておくべきだと?」
「ソウだ。そしてオマエをコウゲキするにアタッテ、コのオンナがイッポウテキにカイニュウしているにスギない」
「そうそう。私がただオークの動きに合わせて動いているだけだから、お気になさらず」
オークの肩越しに、ケタケタ笑いながら女兵士は語る。不快な声を肩に聞いて、オークは武器を後ろに向かって振り切った。が、女兵士はひらりとそれを避けた。
(能力を言い当てられないと高をくくっていたことが仇となったか。オークに限らず私の能力を知れば誰でも矛先を私に変える)
冷静に分析するも、焦りを拭うことができないシンスイ。彼女の誤算はただ一つ、能力を言い当てられたことにあった。女兵士の感覚というものを見誤ったせいで、危機的状況に陥ったのだ。
「ついでにもう一個、感覚の話をしてあげようか?」
この状況を打開する案を思いついていないシンスイに、彼女の甲高い声が耳に届いた。
「これ以上、私が不利に陥る話ならばお断りなのだが」
嫌な予感がしたシンスイはやんわりと断ると
「その話だけど、止めてあげない♡」
その提案を嘲笑って一蹴されてしまった。彼女を止める術など当然あるはずもなく、シンスイは流れに身を任せて、彼女の話を聞くことしかできなかった。それはオークも同様である。
「さっきから戦ってて思ったんだけどさ。おばさん、攻撃手段持っていないでしょ」
「‼」
流石に表情に出てしまった。まさかそれさえも気づかれるとは思ってもみなかったのだから。彼女の感覚は本物であると確信した。彼女のニヤついた顔が鼻に付く。
「それも感覚か?」
「そ」
震えるシンスイの声を、彼女は再び嘲笑うように一言で返答した。しかし、感覚でここまで的確に言い当てられると、なにか裏があると勘ぐってしまう。
「あれ? 納得できない感じ?」
その心の変化さえ、女兵士は感覚で気付いてみせたのだ。もはや悟られることに対して不満や焦りではなく、彼女のその特技に関心が出るほどだった。
「ああ、そんな感じだ」
シンスイが苦し紛れに返答すると、
「え~。しょうがないな~」
女兵士は意外にも深掘りする姿勢を見せた。
「本当に感覚の話なんだけどね。おばさんが私やオークを攻撃するときに、それで致命傷を負わせる意思を感じられなかったの」
「それだけか?」
「まだ説明させる気? そうね…… 逆にオークから攻撃を受けるときには、オークの意思はもちろんだけど、おばさんの意思も結構強く感じた。これでどう? 満足した?」
その説明を聞いて、シンスイの中に納得と不満が半分ずつ残った。
納得の方は、彼女が言い当ててみせた根拠。シンスイはカモフラージュとして、確かに何度か攻撃を仕掛けた。しかし、それはあくまでも本質から目を反らすためのものであり、そこにリソースは裂いていない。
本命は、オークから彼女へ、彼女からオークへの攻撃。実はどちらの攻撃も、その半分近くはシンスイの誘導によるものだった。先ほどシンスイが立ち止まったときに起こったことも、シンスイの計算によって生み出された事変だったのだ。
そこに意思というものが含まれているというのであれば、なるほど納得のいくものだった。
一方の不満はやはりそれを言い当てたものである。「感覚」。たった漢字二文字で表されるもので見破られるほど、シンスイは自分の動きに不備があったとは思っていない。己の今回の動きを振り返って見ても、特に反省する点は見つけられなかった。
シンスイはオークの方をちらりと見る。しかし、驚いている様子はない。つまりそれは、オークもその予想を付けていたという事実を示唆していた。彼女が感覚だとするならば、オークは野生の感だろうか。そんな冗談が頭に浮かぶほど、笑える話だった。
「この化け物どもめ」
焦りの先に出たものは悪口のみ。暴言にしか頼ることができぬのはシンスイ自身が忌み嫌うもの。愚の骨頂であるそれを使用するほど、扱わないと決めていたことを忘れるほどには精神的に追いやられていた。
「隣の醜いオークならまだしも、こんな可愛い女の子を化け物呼ばわりするのは酷いんじゃない?」
「ダレがミニクいだ。コロすぞ」
「え? 自覚ないの?」
「……」
オークはまたも武器を振り切った。が、結果は同じ。オークの方はそうでもないのかもしれないが、女兵士の方はそのようなコントを展開するほどには仲間意識を持ち始めていた。
二人のやりとりの隙間を縫って、シンスイはその場を離脱しようとした。逃げるのではなく撤退。一旦その場を離れて作戦を練り直す必要性があると判断したのだ。
感覚の女兵士と運動能力に優れたオークが当然これを見逃すはずもない。オークは二人より秀でた瞬発力で、即座にシンスイに追いついて退路を防いだ。
「ニがさんゾ」
「くっ!」
シンスイは急いで足を止め、顔と体の向きを変えた。しかし、反対方向にはすでに女兵士が臨戦態勢で待ち構えていた。
「どこいくの、おばさん?」
運動能力の差を見せつけ、逃げられないという事実を突きつけてくる。彼女の表情は、嘲笑の笑み。
「まあそう簡単にいくわけもないか」
諦め口調で言葉を並べるシンスイであったが、その表情には一切それがない。未だ戦う意思を見せている。
「へー。まだ戦うの? おばさん」
女兵士は感覚でそれを読み解いた。
「当然だ。弱点が露見したところで諦める私ではない」
「実質二体一なのに、頑張るね」
「ああ。まだ勝算はあるからな」
「……なんですって」
女兵士はシンスイの言葉に反応する。怒りではなく驚き。この状況を覆す策を彼女は持つというのだ。女兵士は警戒心を強めた。
「私の能力や弱点を言い当てたことに満足して一つ忘れているな? 貴様らの攻撃も一度も当たっていないということに」
「「‼」」
二人はその言葉を聞いて、核心を突かれた気がした。相手の言う通り、シンスイに攻撃力こそないにしても、その彼女もまた無傷なのである。
「けどそれはおばさんも一緒でしょ」
女兵士の言う通り、ここまで何度も攻撃を仕掛けた三名だったが、誰一人として傷を負っていないのである。その光景は戦場という状況下において、奇妙と言わざるを得ない。
「そうだ。だが、さっきと違う状況ではこれからの流れ・展開も変わってくるだろう。そして、私の能力はその流れを円滑に進めるものだ。それを見破ったのは他の誰でもない、貴様のはずだが?」
「ぐっ!」
言いくるめられてぐうの音ならぬ、ぐっの音を出す女兵士。そんな彼女に代わって言葉を発したのは、シンスイに敵対するもう一人。
「ダガ、コウゲキシュダンをモたないコトはマギれもナイジジツ。ソのノウリョクをモッテしても、オレたちにキズヒトつツけられていないコトもナ」
「セスの者と違って中々鋭い指摘をするじゃないか」
「一言余計だってばおばさん」
「……貴様には一つ分からせてその呼び方を変えさせる必要があるな」
好き好きに物を言う三人はやがて黙り込んで、またも睨み合って効かせる。立ち位置こそ違うが、それは戦闘開始当時と同じであった。ただ違うことといえば、立ち位置と把握している情報である。
二人は匂いに注意して、二人は流されないように注意して、二人は機敏な動きに注意して相手の動きを警戒した。
「私のフェロモンで虜にしてあげる」
「ショウメンからネじフせる!」
「流れを変える」
三者は一斉に行動を開始する。
オークはシンスイを中心に狙いを定め、時々女兵士を攻撃。生まれ持った戦闘能力を活かして、戦場を縦横無尽に駆け回る。その剛腕な腕を振るって、戦場を粉砕していく。幹のように太い足で大地を蹴り上げ、敵の喉元へと刃を突き立てる。
女兵士はオークに合わせてシンスイを攻撃する。時折オークからも攻撃を受けたが、匂いの作用で身体能力を向上させ、これに対応。また、攻撃を受けてもその矛先はシンスイから変えることはなかった。己の能力で脳と身体を活性化させ、激しさの増す戦いに食らい付く。それどころか、先陣を切る勢いで猛進していった。
そして、二人からの集中砲火を喰らうシンスイ。傍から見れば絶望的な状況ではあるものの、彼女の言葉通り流れが変わった結果、見事に繰り出される攻撃を華麗に捌いていった。オークの腕から振り下ろされる斧を受け流し、女兵士の拳を避けきった。彼女にとって幸いなことは両者が近接攻撃特化であるという点。流した攻撃をそのまま己の攻撃手段として活用し、自身の力では足りない攻撃力を見事に補っていた。
「はぁ!」
「ガァ!」
「ふっ!」
ここから倒れるまで会話などは一切ない。三者の口から出てくるものは吐息、掛け声、涎、そして血反吐。誰かが倒れるまで攻撃の手を緩めることはない、体を休めない、喰らった攻撃で動きを鈍らせない。
動く。足掻く。耐える。繰り出す。吐く。三者は体をボロボロにしながらも、それらを繰り返した。なぜそれを行っているか目的も忘れて、がむしゃらに地を蹴った。立ち向かった。抗った。そして、楽しんだ。
呼吸は荒れ、体は軋む。今にも動きを止めてしまいたいくらいにはしんどかった。だが、三人の顔には笑顔が咲いた。
これほどまでの接戦が今まであっただろうか。いや、ない。それゆえに楽しかった。この緊張感。挑戦感。生きているという実感。肌が敏感になる。撫でる空気を神経がむき出しになったかと錯覚するほどに感じ取った。痛いのではない。むしろ心地よい。
「「「勝つ(カツ)‼」」」
出身も、体格も、能力も皆違う。だが、思いは重なる。今、彼ら彼女らにあるものは試練や義務などではない。ただ一心に、熱く燃え上がる渇望。勝利への渇望。勝ちたいという渇望。
血が足りなくなっても体を動かした。視界が霞んでも目を見開いた。体が動かなくなっても一歩を踏み出した。突き動かすは思いの力。
勝つ。勝つ! 勝つ‼ 勝つ‼‼
そして、決着の時は訪れた。
そこに立っていたのは
誰もいなかった。三人は地に伏し倒れ込んで、大量の汗を拭き出し、全力で呼吸を行った。
相子。その場に勝者は生まれなかった。三者とも敗者。この結果は覆らない。
だが、このレッテルは三人の肩には圧し掛からず、むしろその逆。達成感で満たされていた。
「はぁ。押し切れなかったか」
最初に口を開いたのはシンスイだった。呼吸は未だに荒れ荒れで、聞き取るのがやっとの声量だったが、そこに不満は一つもなかった。その言葉とは裏腹に。
「なに…… 言ってんの…… 私は、まだ…… 戦えるわよ」
シンスイの言葉に女兵士は反応する。言葉の途切れ途切れに呼吸を挟んでなんとか文にする。誰が聞いても分かる。強がりだ。
「ソウだな。オレもマダタタカえる」
オークは強がりに同調する。それは対抗心か。あるいは強敵に対する礼儀か。そんなオークも息は荒れて、立ち上がる気配を見せない。
「……ああ。私もまだ戦える」
こうなっては仕方がない。シンスイも二人に同調した。
三人は戦う意思を見せる。だが体は動かない。一歩も。一ミリも。
「ぷっ」
「「「あっハハハハハ‼」」」
そのやり取りが三人はおかしく聞こえた。体は動けないが心はまだ燃えているのだ。体も心も己のものなのに、静と動、正反対の動き・感情に面白さを覚えたのかもしれない。もしくは、未だ戦おうとする我がライバルたちに関心して、笑みがあふれ出した可能性も捨てきれない。
どちらにせよ、面白く、おかしく、楽しかった。
戦場のど真ん中で寝ころび高笑いする三者。そんな三人の体を黄金色の光が包み込んだ。そして光に包み込まれていく中、オークは口を開いた。
「ソウカン、だったか? あまりジカンはなさそうダな」
「ああ、口惜しいがここまでのようだな」
「はぁ、しょうがないか」
「意外だな。貴様はもっと駄々をこねると思ったぞ」
「勘弁してよ。序盤でこんなにきついのに、これからの戦いで勝ち抜ける自信は流石にないわ」
「自己分析もできるとは。またも意外な一面だな」
「おばさん私のこと舐めすぎ」
「いい加減その呼び方を変えろクソガキ」
「私に勝っていないからやだ♡」
「このっ」
三人がやりとりをしている間にも光は転送の準備を進める。黄金色の光はその輝きを一層強め、まもなく送還へと入る予兆を示す。それを感じ取ってか、オークは口を開いた。
「オマエたちとタタカえてタノしかったゾ。レイをイう」
押し問答を続けていた二人はオークの声を聞いて、言い争いをピタリとやめた。そして、オークに続いてシンスイが口を開いた。
「ああ。私もお前たちと戦えて良かったよ」
オークとシンスイは女兵士が次に喋ることを予想し、期待した。しかし、女兵士は中々話そうとしなかった。二人は一瞬だけ疑問に思ったが、話さない理由はすぐに分かった。恥ずかしかったのだ。何度か言葉を交わしたが、素直な言葉は中々出てこなかった女兵士。そんな性格の彼女が感謝の言葉を口にするのはかなりハードルが高かったのだ。それを二人は理解したのだ。
仕方がない、と二人はそのまま送還されるのを待った。送還されようとした次の瞬間、女兵士の方から声が聞こえてきた。
「……汝らに女王様の思し召しがあらんことを」
「「!」」
二人はその言葉を聞いて、静かに笑みを浮かべた。一方の女兵士はと言うと、二人から顔を反らしてその表情を読み取られないようにしていた。
が、彼女が恥ずかしがっているのは真っ赤な耳を見て悟った。最後に彼女の思いを尊重してそのことは言及しなかった。
そして、三者は同時に眩い光に包まれ、控室へと送還されていった。
こうして、シンスイ含む三人の役割は終え、彼女たちの戦いも幕を閉じた。
同時刻。空、シンスイと共に転送された地球軍代表の男セッキ。彼は今、苦戦を強いられていた。




