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英雄  作者: ゲシンム
第二章 抗えぬ欲
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サイドストーリー)シンスイVS

 空とミサの戦いが始まる同時刻、シンスイ、グリン軍のオーク、セス軍の女兵士、この三人の戦いは既に始まっていた。


 シンスイがオークを攻撃しようとすると、女兵士が行く手を阻む。その隙を狙うようにオークは女兵士を狙うが、シンスイがそれを邪魔する。そして、女兵士がシンスイに攻撃を仕掛けると、オークが割って入る。それぞれの逆もまた然り。


 三人の戦いはお互いがお互いをけん制し合い、妨害することで成り立っていた。それは同時に、決定打に欠けて進捗がないことを示唆していた。


「邪魔しないでよ!」


「ソレはオマエだ!」


「貴様も人のことは言えんぞ」


 有効打もなく三人の不満は高まるばかり。純粋な一対一ならオークが勝つだろう。だがその差を補える能力を女兵士は有している。シンスイは二人ほどの強力な武器や能力は持ち合わせていないが、立ち回りが他の二人よりも上手かった。


(なんなのこいつら! オークはなぜか私の能力が効かないし、おばさんには心が読まれてるみたいに攻撃が当たらない! せめてどっちかだけでも倒れてくれればいくらでもやりようがあるのに!)


(……コキュウ、シヅライ。あのオンナのセイか。ソレにアッチのオンナにコウゲキがアタラナイ。ゼンブサバかれる。イヤ、ユウドウされているようなカンジだ)


(さて、これからどう動くか。相手は手練れだ。慎重に事を運ばなければすぐにやられてしまうのは目に見えている。それに、そろそろ私の能力も把握され始めた頃だろう。意外にも気が付いているのはオークの方だろうか?)


 それぞれが思い、感想を抱く。嘆く者、分析する者、策を練る者…… 三者は考え、そして動く。戦いはまだ始まったばかりだが、その熱はかなり高まっていた。


(こんなちんたらしてたら埒が明かない。多少無理してでも風向きをこっちに寄せないと)


 先に動いたのは女兵士。その狙いの先にはシンスイが居た。


「!」


 詰め寄る女兵士を見てシンスイも身構える。腰を低く落とし、いつでも動ける体勢を整える。そして彼女はあっという間にシンスイとの距離を詰めた。


(あのオークには効かなかったけど、おばさんには私の能力が効くはず! 風下にさえ追い込めば少なくともおばさんの行動は制限できる!)


 彼女は狙いをシンスイに絞った。とにかく行動を起こしてこの泥沼の戦いから抜け出そうと考えたのだ。そのためにオークよりも弱く、自分の能力が有効そうなシンスイを選ぶのは妥当な選択。


 しかし、シンスイはこれを読んでいた。彼女が自身の元までたどり着くより一足早くその場を離れたのだ。


「! 逃がさない!」


 当然、女兵士はこれを追う。目の前で逃げようとする相手を逃すはずがなかった。


 その時、彼女の目にシンスイのにやけた表情が映った。傲りから出たものなのか、それとも焦りからにじみ出たものなのか。彼女の目にはそのどちらでもない、必死に追いかける自分を嘲笑っているように見えたのだ。


「なに笑ってんのよ!」


 怒りで視界が狭まる女兵士。それを待っていたと言わんばかりにシンスイは足を動かすことを止めて、その場で立ち止まった。


「やっと諦めたわね!」


 女兵士は逃げることを止めたシンスイを見て思ったことを口にした。しかし、彼女が期待したこととは裏腹に、シンスイの笑顔は崩れない。


「この状況になってもまだ笑って――」


 怒りの言葉を口にしようとしたその時、後ろの方から斧が飛んできた。


「‼」


 彼女は咄嗟に避けながらもその斧を視界に捉えた。そして、その斧を見て今なにが起こったかを一瞬で把握。その後、怒りの矛先をシンスイから別の方向へと向けた。


 シンスイはその光景を見て、予想通り、と終始口角を上げたままだった。


「だから邪魔しないでって言ってるでしょ!」


 振り向きざまに怒号を浴びせる彼女。相手はもちろんオークだ。二人で戦うことを許すはずもなく、その間に割って入るかのように手持ちの斧を女兵士に向かってぶん投げたのだ。


「オレをハブイテカッテにタタカウな!」


 女兵士の怒りの言葉にも怯むことなくオークは言い返す。その言葉は駄々をこねた子供のよう。オークがこのように言った理由は、戦士として戦いに参加できないことを嘆いているだけだった。


「そんな馬鹿みたいな理由で介入してこないでよ!」


「バカジャない! センシがタタカイにサンカしないなどアッテはナラナイ!」


 二人が言い争いをしている間、シンスイは頭を働かせていた。二人よりも運動能力の劣る自分は頭で勝るしかないと、この瞬間も脳を働かせ続けた。


 考えていたのは女兵士のこと。本来、シンスイの目算では彼女は今のオークの不意打ちで倒れていたはずだった。しかし、その予想は大きく外れ、彼女は傷一つなくオークと言い争いをするほどに元気満タンの状態。


 そして先ほどから風下へ誘導させようとしていることも気がかりだった。彼女の能力に関係していることは間違いないが、完全に把握したわけではない。ただ、ある程度の目ぼし、予想はついていた。


 加えて、その能力は彼女が今も元気である理由も、オークが相対したときよりも「動きが鈍っている」ことの説明もつけることができる。


(彼女が風下に追い込む理由。華奢な体からは想像もつかぬ無限の体力。オークの鈍った動き。ここから推測される彼女の能力は……)


「匂いか」


「‼」


 シンスイが一つの結論に辿りつく。その言葉が発せられた瞬間、女兵士はオークとの口喧嘩を止めて、顔をシンスイの方へと向けた。シンスイはその表情を見た時、自身の推測が合っていたと確信した。驚き、呆気に取られている顔である。


「貴様の能力は匂いに関係することなのだろう? そう考えれば全ての事象に説明がつけられるからな」


「はぁ? なにそれ」


 女兵士は驚いた顔を隠して平常心を装った。彼女はあくまで白を切るスタンスらしい。しかし、口数の少なさが能力を決定付ける裏付けとなっていることには気が付いていない様子だった。


「ならば一つ一つ説明してやろう。まず、風下に誘導させたがっていたのは匂いが移動する方向に私を移動させたかったからだ。そこなら気付かれずに匂いを散布させることができるからな」


「そんなの匂いかどうかなんてわかんないじゃん」


「確かにそれだけでは貴様の能力を匂いだと断定するには浅い見解だ。だがそう断言できる理由は他の説明と結び付けて繋げることで完成する」


「言ってみなさいよ」


 シンスイと女兵士の押し問答が続く中、オークは手を出そうとはしなかった。理由はいつもの如く、戦士としての誇り。戦う準備のできていない相手を襲うことなど許されないのだ。また、相手の能力を把握できれば戦闘で有利にことを運べる。


 結果、オークは黙ってシンスイの話に耳を傾けることとなった。


「ならば二つ目の理由だ。ここまで激しい動きがあったにも関わらず、貴様は汗どころか呼吸すらも乱れていない。それは匂いで体をリラックスさせているからに他ならない。匂いにも種類があり、その中には嗅ぐことで鎮静させる効果を持つものもある。貴様が終始元気でいられ続ける正体も匂いが理由だというわけだ」


「そんなのこじつけもいいとこじゃない。私がただ単に無尽蔵の体力を有しているだけかもしれないし」


 中々認めようとしない女兵士。加えて鋭い指摘に、シンスイは痛い所を突かれた気持ちになった。というのも結局のところ、シンスイが披露した説明は屁理屈でしかなく、なんの根拠も証拠もない。ただ、言葉でねじ伏せているにすぎなかった。


 だがそれでもシンスイは言葉を使うことを止めなかった。


「話は最後まで聞け。三つ目の理由としてはオークの動きだ」


「! オレ?」


 突然話に出されたオークは戸惑いながら言葉を発した。二人の視線も自然とオークに向いた。シンスイはオークの言葉に小さく頷くことで肯定の意を示す。


「奴の動きが最初に出会った時に比べて鈍くなっていることに気が付いた時、真っ先に疑ったのは貴様の能力だ。最初こそ機敏に動いていた奴が、急に不調になるはずがない。疲れが出た可能性や持ち病の可能性もあるかもしれないが、それにしては動けすぎるからな」


「「……」」


 二人は黙ってシンスイの話を耳に入れた。一方は共感するかのように。もう一方は白を切るように。


「それで、正解のほうはいかほどか?」


 シンスイは女兵士の方を見て聞きただす。その言葉を聞いて、彼女は苦虫を潰したような顔をした。当たっているが認めるわけにはいかずにポーカーフェイスを必死に行う、そんな表情。


「いや、全然違うけど。それって結局全部推測じゃない。証拠もなにもあるわけじゃないし。そうよ、証拠を出しなさい証拠を」


 苦し紛れの言い訳。早口な言葉遣い。軽い赤面。どれをとっても彼女が無理をしている証拠に他ならないが、彼女の能力を裏付ける証拠はどこにもない。


「……」


 しかし、シンスイは動じずじっと彼女を見つめた。


「うぅ」


「……」


 たじろぐ女兵士、目を一寸も反らさず見つめるシンスイ。女兵士はまるですべてを見透かされているような感覚を覚えた。そして、誤魔化しが効かないことも悟った。


「はぁ」


 女兵士は諦めたように深くため息をついた。これ以上、どれほど取り繕っても無駄だと理解したのだ。おばさんには嘘を見抜かれている。呆れや苛立ちから自然と呼吸が漏れ出たのだ。


「ええそうよ。私の能力は『フェロモン』よ。匂いさえ嗅がせれば相手を麻痺させることもできるし、なんならそのまま殺すことだってできる。私が汗一つかかないのも匂いによるリラックス効果のおかげ。あのでかいのが動きが鈍っているっていうならそれも私の仕業。これでどう? 満足? 私の能力を言い当てて満足?」


 半ギレぎみに自身の能力について明かす彼女。やはりシンスイの読み通り、彼女の能力の正体は「匂い」もとい「フェロモン」だった。


 ただ彼女からその証言を貰っても、特になにかが変わるわけではなかった。元々、シンスイは彼女の能力が匂いであることを前提に行動していた。加えて、シンスイにその能力を止める手立てはない。ただ、不確定な要素に確信を抱けたことを今はひとまず善しとした。


「大体あんたに能力が効かないのが悪いのよ。図体ばっかりでかいくせに俊敏に動くし、私の邪魔はするし。あんたがさっさと動かなくなれば他にやりようはいくらでもあったのよ!」


「ナニをキレている。ヒトのセイにスルナ」


「あんたは人じゃないでしょうが‼」


 最初に提案してきた知的な彼女はどこへやら。その姿は見る影もない。


 そんなことよりも、彼女の能力を暴いたメリットが一つ。それはオークが彼女の能力を把握したことだ。これでオークの立ち回りが変わり、この戦況にも変化が訪れるだろう。


 ただ、シンスイはこれをメリット捉えて良いものか悩ましく思っていた。立ち回りが変わること自体はシンスイにとって好都合なことだったが、そもそも立ち回りが変わるかどうかの問題なのだ。


 はたしてオークは彼女の能力を知った所でその行動を変えるだろうか。


 これまでのオークの行動心理は、戦士としての闘争本能が駆り立てていることは間違いない。戦いの中で策を練り、奇襲・奇策も肯定するのが彼らの心理だろう。だが、それを彼らがやるかどうかはまた別の話である。いくらそれを許していたとしても、オークたちがそれを行う可能性は低いと考えられる。

正面突破。彼らの性格を考慮すると今後もそれを貫く可能性は十分あった。


「ていうか、私だけ能力ばらされて不公平じゃない。オークに特殊な能力があるとは思えないし、おばさんの能力も教えなさいよ」


「だから私はおばさんではないと何度も言っているだろう!」


 思わず、彼女みたいに知性の欠片もない話し方をしてしまった。しかし、シンスイの中でそれは譲れないことなのだ。


 レディにとってのおばさん呼ばわりは、どこに行ってもタブーなのである。


「そんなにきれないでよ、おばさん」


 頑なにおあさん呼びを止めない女兵士。能力を暴露された腹いせだろうか。


 これだから話を聞かない馬鹿は困るのだ。


「はぁ」


 ため息を吐く。「なにも言い返さず」呆れたように装うことが女兵士に一番効くことを知っているからだ。


 シンスイの予想通り、その態度は彼女を苛立たせることに成功した。その証拠に彼女は怪訝そうな顔をしている。


「その態度やめなさいよ。腹が立つから」


「おばさん呼ばわりをやめたら考えてもいいぞ」


 二人はにらみ合う。そんな二人のやり取りを止めたのは、一人傍観していたオークだった。


「オマエタチ、ナンのハナシをしている?」


「「!」」


 そこでようやく二人は我に返った。女兵士は反省する素振りを見せずそっぽを向いた。逆にシンスイは相手の土俵に上がってしまったことを後悔して、気を引き締め直した。


「それで、私の能力について、だったか」


「! そうよ! あんたの能力よ! さっさと教えなさいよ!」


「自分の手の内をそう安々と話すわけがないだろう。どうしても知りたいというのなら、私みたいに考察してみてはどうだ?」


「考察? そうね……」


 シンスイの提案に意外にも乗っかった女兵士。シンスイの予想では駄々をこねると思っていたが実際はそうはならず、真剣に考え込んでいる。口に手を当て目線を下に、考え込む彼女の姿は中々様になっていた。


 流石に無防備な相手に攻撃を仕掛けるほど、シンスイも落ちぶれてはおらず、オーク同様黙って見守った。


 次の瞬間、女兵士はゆっくりと口を開く。そして、シンスイはその言葉を聞いて目を丸くするのだった。


「物事を円滑に進める力、かしら?」


「‼」


「あ! その反応的にどうやら図星みたいね!」


 確信を抱き、喜びの表情を浮かべた。それとは逆に、シンスイはただただ驚いた。彼女の出した答えは、全くもっての大正解なのである。


 これまでの彼女からは想像もつかぬ急所を突く発言に彼女に対する見方が変わった。今までの言動から下された彼女の評価を、大幅に見直す必要があった。


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