予想外の刺客、しかし実力は予想通り
空と戦った女兵士ミサが空に敗れる数分前。合流したリープ軍二人の下になにかが飛んできた時のことである。
二人は巻き上がった砂煙の中から自分たちを覘く鋭い目つきに気圧され動くことができないでいた。
「‼ ……」
ただただ煙の中を見つめる二人。「興味」もあるのかもしれないが、最も膨れ上がった感情は「畏怖」だろう。
目に見える範囲に敵はいなかった。つまり、索敵範囲外から「これ」は飛んできたのである。
さらにその畏怖は、飛んできたモノが物質ではなく人型のなにかであるということで、心に募った。物質ならばこれほど恐れを抱かなかったことだろう。なぜならば、彼らと同じでなんらかの機械を使用することで物を飛ばしたと推測できるからだ。
しかし、人型ならば話は異なる。物質と同じように発射装置を使って飛んできたのかもしれないが、人型というだけで別の発想が思いついてしまうのだ。
個の能力でここまで飛んできた。つまり跳躍である。「これ」は索敵範囲外から一っ飛びでここまで飛んできた、と考えてしまうのだった。
彼らが動くことができなかった理由は、未知のモノに対して、下手な行動は命取りになると体が動くことを拒んだ結果に他ならない。
やがて煙は風に流れていき、揺らめき動いていた黒い影はその全貌を明らかにする。
一回り大きな体躯に、丸太のような足。鋭い目つきに鋭利な牙。極めつけは剛腕な腕に備わった大剣だった。
見たことのある大剣に背筋が凍る思いがした。飛んできた人影、所持した大剣。まだところところが煙に隠れて全てが見えているわけではないが、全てを見なくても分かる。「これ」、いや、「彼」が何者であるかを。
「派手な爆発音と謎の黒い煙が見えたから飛んで来てみれば…… 貴殿らは惑星リープの者だな?」
圧のある声を聞いて、その者の正体を確信する。それと同時に、先ほど動けなかった理由が勘違いだったと悟った。
「あっ、あぁ、」
二人は未知の相手を警戒して動かなかったのではなかった。生存本能が働いた結果、体が動かないという拒絶反応を引き起こしたわけではなかったのだ。影越しで放たれる圧倒的な存在感と、煙と共に撒き散らされた威圧的なオーラを前に動けなかったのだ。
やがて煙は完全に消えて、頭のてっぺんからつま先までが露わになった。その姿を見て、さらに緊張感が走り、体はより一層強張った。
堂々とした立ち振る舞いでゆっくりと近付いてくる。その身を近づけられるたび、強者の風格が肌を触りひりつくのを感じた。
彼こそこの戦いにおいての最強格。屈強なオークたちを束ねるグリン軍のリーダー、シヨクだ。
シヨクは己が強いと思っているゆえ、真の戦士であると自覚があるゆえに最初から戦いに参加することを決めていたのだ。
「? どうした? なぜ動かない?」
動かない敵を前にして、奇襲を仕掛けることもない。そんなことは戦士としてあるまじき行為だということを彼は知っているからだ。敵を倒すときは真正面から。シヨクの中に卑怯や邪道という言葉は存在しないのだ。
「戦いはすでに始まっているぞ。それとも、まだ準備ができていないのか」
猶予を与えても未だ動こうとしない二人にシヨクは問いかける。まだ、戦う準備ができていないと思っているようだ。ならばそれも待つまで。それが戦士としての在り方であることを知っているからだ。
「……嘘でしょ」
見つめ合う三人の下へと、また一人ふらりとやって来た。トリネである。彼女もシヨクと同じく、爆音と黒煙に誘われた一人。敵が居るはずである、と様子を見に立ち寄ったのだ。
そして、彼女も二人と同じくシヨクの姿を見て固まってしまった。
なぜここに? これからどうする? まだ距離があるのに圧が凄い。ああもう面倒くさい。
様々な思考と感情が心と頭で駆け回る。奴を目に収めてから冷汗が止まらない。なんてプレッシャー。
トリネの言う通り、二人の間にはそこそこ距離があり、またトリネは物陰からこっそり様子を伺っていた。並みの相手ならば、とても気付くことができず油断しているであろう距離だ。
トリネはこちらだけが相手に気が付いているこの状況をアドバンテージと捉えた。相手がこちらに気が付いていないのなら、選択肢は増える。
奇襲を仕掛ける。罠を仕掛ける。作戦を練る。様子を伺う。隙を狙う。仲間を呼ぶ。逃げる。選択肢は無数にあるのだ。
あるはずなのに、奴を見ていると全てが失敗しそうなネガティブな思考に陥るのはなぜだろうか。
「ん?」
しかし、ここに居るのは並みの者ではない。二人のことをずっと見つめていたシヨクは、トリネが到着した時、初めて視線を二人から反らした。なにかに感づいたのだ。
トリネが気配を消しきれなかったのではない。ましてや、シヨクに相手の位置が分かる特別な能力があるわけでもなかった。ひとえに「本能」。この一言に尽きる。戦士としての闘争本能か、あるいは強者としての危機察知能力か。シヨクはこの場に自分と目の前の二人以外に、もう一人居ることに感づいたのだ。
トリネの考えた策は相手が自分に気が付いていないことで成り立っている。つまり、相手が気付いた時点でアドバンテージは完全になくなり、選択肢も限りなく減らされるのだ。
さらに、一瞬で覆ったこの有利な状況は、シヨクが気が付いたことで一気に不利になった。もう一人居るということが分かるだけで警戒心は高まり、加えて最も不利な要素と考えられるカウンターを行うことができるのだ。
シヨクとトリネの戦闘力は一目瞭然。シヨクが格上、トリネが格下。そんな中、隠れた存在に気が付いたシヨクに奇襲など、到底通用するはずもなくカウンターを喰らって一発KOだ。
この状況は圧倒的にシヨクが有利な立ち位置にいるのだ。
「そこの柱に隠れている者よ。どこの所属かは知らんが正体を見せよ」
が、それを許さないのがこの男。シヨクはトリネが隠れているであろう位置に声を掛けたのだ。別に奇襲を許していないわけではない。奇襲のことを悪だとは思っていないのだ。
相手との実力差を埋めるための奇襲はむしろ歓迎するところだった。
「⁉」
思わず顔の向きを変える二人。強敵を前に目を反らすことは自殺行為にも等しい。それでもこの場に他の者の気配さえ気づかなかった二人は、注意を惹かれたのだった。
当然、シヨクは二人が他所の方向を向いても不意打ちをしなかった。
「はぁ」
一方のトリネはため息を一つ。諦めか、覚悟か。仕方ない、と腹をくくると一歩足を前に出して三人の前に姿を現した。
「なんで気付くかなぁ。この距離なら普通分からないでしょ」
呆れ風に物言うトリネ。そんな彼女に反応したのは、二人の内一人の男だった。
(あんな遠くに⁉ それをこの男は一瞬で気が付いたというのか⁉)
彼女の小ささを見て、男は驚きの感想を胸に秘める。その驚きは額に汗をかく生理的現象を引き起こした。
そして、驚きとシヨクに対する恐怖は、彼女を見た時に微かな希望へと変わった。次いですぐに行動を開始する。
「そこのお前‼」
大声で叫ぶ。焦りや緊張が声を震わせる。それを抑えるために大声を出した。コード番号03は隣で口をパクパクしていた。血迷ったかと思われているかもしれない。
心臓が鳴りやまない。汗が止まらない。これを言えばどうなるか、想像もつかない。
だが、言わざるを得ない。この状況を打破するためにはこれしか方法が思いつかなかったのだ。
男は再び口を開いた。
「頼む‼ 手を貸してくれ‼」
言葉足らずの懇願。このようなセリフを述べた理由、この状況の説明、相手と自分たちの詳細、助けることのメリット、なにもかもが足りない。今起こっている全てがイレギュラーで頭が回らなかった。とにかく現状打破。それ以外頭になかった。
助けを求める声を聞いたトリネは少し戸惑った。はたして、協力することが正しい選択なのだろうか。二人を餌に逃げることが正しいのではないだろうか。
他の惑星の者、しかも男を信用して良いものだろうか。
ミサのように壮絶な過去を経験していないトリネ。彼女が他の惑星の者を信用しない理由は「そう教えられている」からだった。生まれて日が浅いトリネは他惑星からの侵略を退けた経験があるものの、窮地に陥ったことはない。それゆえ、他惑星に対して恐怖をあまり抱いておらず、さらに言えば疑心が薄かった。
そこから生まれる葛藤。だが、提案された後に、シヨクの微動だにしない態度を見て天秤は一気に傾いた。彼はその提案を妨害することなく、黙って事の顛末を見届けていたのだ。彼にとって、相手が協力しようがしまいがどうでもよいことだった。
圧倒的強者の立ち振る舞いをする彼を見ては、選択は当然こちらを選ぶ。
「しょうがない。今回だけね」
この化け物は、ここで始末しなければならないと。
……そこからは一瞬だった。三人がかりでシヨクに立ち向かい、抗った。二人が前衛で一人が後衛。一人にヘイトが向かないようにタイミングを合わせて攻撃を仕掛けた。その場の即興にしては上手く連携が取れていたように見える。
が、そんな付け焼刃はこの男には一切通用しなかった。パワー、スピード、テクニック、どれをとっても頭一つ飛び抜けている。繰り出した攻撃そのすべてを対応されたのだ。
戦いの途中、シヨクの大剣が前衛の一人、リープ軍の男の体を切り裂いた。その瞬間、男は光に包まれてすぐに消えた。その最中、トリネと男の目が合ってしまった。
その目その顔が絶望に満ちているのをよく覚えていると、トリネは後に語る。また、これで戦わなくてすむという安心感があったことも。
「ひぃ‼」
仲間の胴体を切り裂かれた一部始終を目の当たりにしたもう一人のリープ軍の女は、その光景を見るや否やすぐに背を向けて逃げ出した。
当然この男から逃げられるはずもなく、一瞬で追いつかれ、そして切り伏せられた。相対していたはずのトリネのことを振り切って、一息で追いついてみせたのだ。
その女も男と同じ表情をしていた。痛みからくる恐怖とリタイアする安堵。男と同じく、女もすぐに光に包まれて消えた。
その場に残ったのはトリネとシヨクの二人のみ。結果は当然見えている。例えるのならば蟻と像だろうか。これからの結末を変えるほどの力をトリネは持ち合わせていなかった。
結果が分かっているのならば、もう頑張る必要はない。抗う必要もない。面倒くさがりな自分にしてはよくやった。よくこの化け物に立ち向かったと自分を誉めてやりたい気持ちだった。
だが、トリネは武器を構えた。敵を睨みつけ、戦う意思を示した。そして、挑んだ。
自分に似つかわしくないほどの汗をかき、勇猛果敢に戦いに勤しんだ。これほど全力なのはほとんどやけくそだった。
なんで私がこんな強い相手と戦わなくちゃいけないんだ。なんでこんな序盤でラスボスみたいなやつが出てくるんだ。なんでさっきの二人は早々に離脱したんだ。
なんで私がこんな面倒くさいことをしなくちゃいけないんだ。
トリネの強い思いが奇跡を生む…… などということもなく、シヨクの貪り喰らうように戦うスタイルに圧倒的敗北を喫した。
結果、シヨクに傷一つ付けることなく、シヨクの強さが皆に示されただけの戦いは終えた。




