倒したあの子は?
激闘の末、控室に帰還した彼女は心の中で苦闘していた。
彼女は負けた。惑星の生末を決める戦いに参加し、役目を終えたのだ。今後の命運を掛けた大事な戦いに、一度負けたことで参加する資格を失ったのだ。一戦ゼロ勝の戦績だけで見ると、大敗もいい所。なんの成果もあげられなかったように捉えられる。吉報を待つ惑星の者たちに顔向けできないほどだった。
が、しかし、彼女の顔はにやけていた。にやけが止まらなかった。
「絶対に助ける」
空に言われた言葉が頭から離れないのだ。その優しく温かい言葉が何度も繰り返し頭の中を巡って、顔を歪ませるのだ。こんな状態で皆の前に出れば、「真面目にやれ!」と叱責は逃れられない。仲間たちに限ってそんなことは言わないだろうが、不快に思う者も少なからずいることだろう。
彼女は負けたことによる悲哀に打ちひしがれているわけではなかった。そちらに関してはむしろ後ろめたいことは特になく、戦士として力の限り戦ったことで負の感情は振り払われていた。
にやけ面からの脱却に対する葛藤。控室で待つ他の戦士たちに示しを付けるために、なんとしても転送が終えるまでにそれをしなければならなかった。
しかし、彼はなぜあんなことを言ったのだろうか? どうやって助けるというのだろう?
やがて転送を終えて、皆の前に姿を現す。目を塞ぐほどの眩しい光は体から離れ消えて、空にやられた傷の痛みも全く感じなくなった。
顔はにやけていないだろうか? そんなことを思いながらゆっくりと瞼を開いた。
目の前には控室の背景。そして、自分の帰りを労う仲間の姿が……! とはならず、全員が、いや、最初に出た三人を除いて五人がモニターをかじりつくように見入っていた。別々に映し出された三つのモニターの内、同じモニターを全員が食い入るように、険しい顔をして見ていた。
転送する時に出る光は、この小さな部屋の中に居ればどこにいても気付くほどの光量だ。だから、モニターを見ている彼女たちも誰かが送還されたことには気が付いているはず。それに、彼女たちは国のために戦った戦士を敬わないほど薄情ではない。その意思を忘れさせるほどのものが今モニターに映っているのだ。
それに気になることは他にもある。「五人」なのだ。六人ならばまだ分かる。控室に送還された自分に代わって誰かが転送されたのだから。しかし、五人。モニター前に居るのは隊長を含めて五人なのだ。
「お帰り~」
ふと後ろから声がした。なんだ、後ろにいたのか、と安心して振り向く。その者の顔を見つめて、一瞬違和感を感じた。そして、その違和感は疑惑の言葉へと変貌した。
「な、なぜお前がここに居る、トリネ⁉」
驚いた。驚かざるを得なかった。そこに居たのは私の仲間、紛れもない国のために戦う同士だ。だが、驚いた本質はそこではない。目の前に居る彼女は、私と一緒に最初に転送された者なのだ。その事実が物語ることは彼女は既に何者かに敗北し送還された後だということだ。私よりも先に。
「いや~、実は早々に負けちゃって。誰よりも早く帰ってきちゃった」
あっけらかんと答えるトリネ。悔しさなど微塵も感じられない。だがそれは良い。彼女の朗らかな性格から考えればいつものことなのだから。
問題は私よりも早く送還されたという点だ。トリネは不真面目な奴だが、ここぞという時には頼りになるし、その実力も折り紙付きだ。戦士としての歴なら私の方が長いが、一対一で戦うとなればサポーターの私が彼女に勝つことは難しいだろう。そんな彼女がこれほど早く負けたのだ。
実際、私は自分が一番最初に負けたと思っていた。奮闘はしたものの、空の豊富な手段を前にすぐにやられてしまったのだ。そんな私をも差し置いて、トリネの方が早かった。いやな予感しかしない。
「お前がか? 私より早く?」
思わず声に出す。目の前の事実があまりにも信じられないもの過ぎて、自然と口から漏れ出たのだ。彼女は手練れだ。いくら相手が惑星代表であろうともそう簡単に負けるはずがないのだ。
思考巡る頭の中で、ふと一つの疑問に辿り着く。
「一体、誰にやられたんだ?」
何度も言うようにトリネは強い。だが負けた。ならば、そんな彼女を負かした相手は一体誰なのか。
私がそう言うと、トリネの表情が変わった。暗い、というより怒り? 焦り? のようななんとも言えぬ、静かな無表情を作ってみせた。いつも能天気で、人を小馬鹿にしたように仕事を押し付ける彼女の姿はそこにはない。こんなトリネを見るのは初めてだった。
「それは……」
ゆっくりと口を開き、その者の名を言おうとした。その時、
『おーっと! またしても彼が敵を打ち破ってみせたー‼』
突然、モニターの方から聞き慣れぬ声がした。慌てて音のした方を向くと、なにやら実況のような音が映像と共に流れていた。全員が注目するモニターにはなにかが映っている。人影だ。皆がそいつに焦点を当てているのだ。ここからではあまり見えないが、その人影はどこか見覚えのあるシルエットをしていた。
そんなまさか…… そう思いながら急いでモニターの近くに駆け寄った。そこまで近づいてようやく輪郭がはっきりとして、その者の正体が明らかになった。そして目を疑い、絶句した。
「おかえり、ミサ」
今度は横から私の名を呼ぶ声が聞こえた。温もりを持ちながらも覇気のある声。一瞬にしてその声の持ち主が誰か分かった。声が聞こえて素早く横に顔を振ると、隊長がこちらを見て温かく微笑んでいた。その顔を見ると、心が安らぐようだった。
「すまないな、出迎えてやれなくて。今、『奴』をどのように攻略するか対策を考えていたところなんだ」
口調が凛々しいときのものに戻っている。今は「ラキア」ではなく隊長として会話しているのだろう。隊長はそう言うと、また私からモニターへと視線を移した。その言葉を聞いて、私も安心感から緊迫感へと再び感情が移行した。
「どういうこと⁉ 一体なぜあいつが出ているの⁉」
焦りと驚きで、普段二人で話すときみたくタメ口で話してしまった。そんなことに気が付かないほど、心は乱れ焦っていた。
「今回のルール上、強い者を後に残すことがセオリーのはず。けど、あいつは今出ている! はっきり言って舐められているとしか思えない!」
焦りから怒りへ。感情のコントロールが難しい。それほど動揺させるくらいにはこんな序盤での「奴」の出場は想定外だったのだ。
「落ち着け。彼がそんなひどい奴ではないことは、先の会話で理解しただろう」
私をなだめる隊長。穏やかさを装ってはいるものの、目が笑っていない。彼女もこの事態を予想しておらず、どう対応すれば良いか困っているのだろう。それを表に出さず胸の内にしまっているのは流石というべきか。一方のこちらはというと、そんな彼女を見ても感情は一向に収まりを見せなかった。
隊長はというと、相変わらず表情を変えず、淡々と会話を続けた。
「奴が今出ているのは、傲りなどでは決してないだろう。戦士として戦場に立ち、向かってくる者を返り討ちにする。彼が今、あそこに居るのは彼が『戦士』だからだろうな」
じっとモニターを見つめる隊長。その眼差しは敵に向けるにはあまりにも、尊敬さがにじみ出ていた。そう言われては何も言い返すことができない。なぜなら、その気持ちはよくわかるし、我々も同じく国のために戦う戦士なのだから。
言葉を出せなかった私は、歯を食いしばり悔しさを前面に出しながらモニターを見た。確かに堂々と戦場に佇む彼の姿はまさに戦士だった。
「さて。奴をどうやって攻略する」
ラキアはモニターに表示されたシヨクを目に映しながらポツリと小さく呟いた。釣られて私もモニター越しにシヨクを見る。
送還されてから得た情報はあまりにも衝撃的で、空のことを思い出す余裕もなく、気づけばにやけ面はしかめっ面へと変わっていた。




