一戦目から大激闘
地面を転がり埃を蔓延させながらも体勢を整えた。顔を上げて、瞬時の状況確認。その時、空の目に映ったのは先ほどと同じ、あちこちに弓矢をセットし、待ち受ける彼女の姿だった。空は再び彼女の策にはまったのだ。
上下左右前後、そこかしこに設置された弓矢の照準は空に向いている。同じように彼女も弓矢を構えて空のことを睨んでいた。
同じ光景、同じパターンで二度目の攻撃。先ほどと異なることといえばセットされている矢が先ほど盾を貫いたものと同じ太さになっていること。それから、空が転がってから体勢を整えようとしている、その途中の体勢であるということ。つまり、空の準備はまだ完了していない。
幸いなことといえば、この体勢からでもメイのエネルギーを地面に流し込むことができることだろうか。しかし、今回は猛威を振るった矢が複数本。いくらエネルギーで防御態勢を取れるとはいっても、さすがに今回は止められるか怪しいレベルだ。
空は今までにしたことのない所作を一つ取り入れる。深く息を吸って吐く。深呼吸だ。息を整えて気合を入れる。表情はいつものように無だが、気合いの入れ具合が違う。
全てはそう、ラキアを救うため。こんなところで負けるわけにはいかない。
それは目の前の相手も同じ。今も怯えて暮らす故郷の者たちのためにも負けるわけにはいかないのだ。彼女は己を奮い立たせるために口を開く。
「今度こそ当てる!」
彼女の弓矢が顔の位置まで高くなり、弦も先ほど以上に引かれていた。そして、第二の攻撃が始まる。空を囲んで矢は集中砲火。
すかさず空は床にエネルギーを送る。本物の地面でなかろうが関係ない。人工物であっても元は石、同じように隆起させて操作する。しかし今度は山を作って固定させない。地面を流動させて、蛇のように動かす。再び迫る太い矢の数々を流動する地面ではたき落としていった。
空に向かって飛んだ矢は、固く流れるように動く地面になすすべなく地に落ち、やがて消えていった。
次の瞬間、動かした地面の影から彼女が飛び出してきた。こちらからではない急な相手からの接近に、空はただ彼女を視界に入れることしかできなかった。彼女の手に弓はなく、その手に直接矢を握りしめていた。
「はぁぁ‼」
大きな掛け声と共に、彼女は矢を空へと突き刺す。
反応が遅れた空はエネルギーを回すことができず、咄嗟に腕を伸ばす。エネルギーを使って防御するにはとても間に合わず、素手でガードせざるを得なかった。生身の体では彼女の矢を無傷では止められず、腕に矢が突き刺さった。肉を抉り骨に掠る。
貫通した矢は血液を幾分か持っていった。突き刺された勢いで顔や服に付着し、矢に付いた血は先端まで伝ってやがて地面へと滴り落ちた。
ギハンと戦った時以来のかなりの流血。あの時と違って、刺された部位が激しく燃え上がるような感覚に陥った。
――痛み。空は初めて戦いの中でそれを感じた。リエガに蹴り上げられた時も、ギハンに肩を抉られた時も、メイに電撃を浴びせられた時も、確かに痛みはあったがこれほどまでではなかった。その痛みさえも誰かの物だと思い込んでいたからだ。
しかし、今は違う。ラキアを目にして、感覚が冴えわたった。目に映るモノ全てが脳へと送られる感覚、肌に伝わる触感、そして痛みさえも。自分の意思のように感じて敏感になっていたのだ。
痛みの中葛藤している空に対して、彼女は矢を突き刺した後、追撃を行うことはなかった。静かに矢から手を離し、突き刺した時に保った体勢から直立に姿勢を正した。
深手を負いつつも片手に怪我を負っただけの空。足腰は未だ無傷で片腕も残っている。万全とはいえずともまだまだ戦うことのできる状態。そんな空に彼女が追撃を行わなかった理由は一つ。
自身の生成した矢を相手に突き刺した時点で、既に勝負は決まったと思ったからだ。彼女は無防備に空の前に立ち、動かない空を見つめた。手には弓矢さえ持っていない。
空は痛みのことを我慢することにして、急いで体勢を立て直そうとした。だがそれを体が拒んだ。脳は正常、体も腕以外に特におかしな点はなし。しかしそれでも体が動かなかった。
リエガの「殺せ」発言の時とも、ゼウスを見た時の体の衝動とも違う、体が麻痺して動かない。そんな感覚。
考えられる理由は一つしかなかった。彼女の矢、しいては彼女のなにかしらの能力が起因していることは明白だった。
「動けないだろう」
じっと動かない、動けない空の上から声が聞こえる。中腰になった空に、彼女は無防備に話しかけたのだ。弓矢も展開していない丸腰の彼女に、空はなにもすることができなかった。唯一、動いた眼球で彼女の姿を拝むことのみしか許されなかったのだ。
「ほう、眼は動かすことができるのか。大した奴だ」
まるで本来なら眼も動かすことができないような口ぶりの彼女。悠然と振舞う姿は、勝者を気取っているようにも見えた。彼女の中で勝ちはもう揺るがないものになっているのだろう。
「本来ならば、一度矢を掠りさえすれば、眼も動かせないはずなのだが、惑星代表の肩書は伊達ではないということか」
独り言とも、話しかけているようにも取れる曖昧な口調で話を続ける。そんな彼女は空の目と合った。なにかを悟ったのか、彼女は続けて口を開いた。
「私の能力について知りたそうな目をしているな。せめてもの手向けに教えてやる。どうせ、お前との戦いも控室のモニターに映し出されていただろうからな。既に私の情報は割れて、対策を練られているだろう」
彼女の発言は勝者その者の口ぶりだった。もはや次の戦いのことまで考えている。彼女は一種投げやりのように話しているようにも見えた。
空は目を彼女から反らさず、言葉に耳を傾けるしかなかった。
「私の能力は『催眠』だ」
「⁉」
予想外の言葉が彼女から出てくる。誰しもが期待した「麻痺」という単語が出てこなかったのだ。
空の状態からは想像できない症状を聞いて、これまで反応を示さなかった中に居る種族たちは、空に代わって驚きの反応を示した。
「『麻痺』だと思ったか? 体の自由を奪ったこの能力の正体が。これを喰らったものは皆そう思う。だが、実際は全く違う。私の矢を喰らえばその者の体を自由に操ることができる」
能力について包み隠さず話す彼女。だが、その表情はなにかを懸念しているように見て取れた。
「そう、例え相手がどんな巨漢だろうが、屈強な戦士だろうが操れるはずなのだ。はずなのだが……」
横目でちらりと空の方を見る。どういう訳かその場から動かすことができず、指の一本も操作することができない。
矢を刺したはずの体を操作することができない。腕に目をやると、確かに、確実に矢は貫いている。相手の腕を貫通させ、怪我を負わせているものは間違いなく自分の矢。直接矢を撃ち込んだため、幻覚やダミーである可能性もなかった。それでも操ることができないのだ。
それが彼女が抱くたった一つの、最大の懸念点だった。
「まぁいいさ。この勝負、私の勝ちだ」
操れないなんてことはこれまでになかった。しかし、強者と戦って勝った、相手は少なからず動けない。ひとまずはそれで良しとし、操ることができない理由に関しては相手がそれほどの強者だったからだとケリを付けた。
今は一つの戦いに勝利したことに酔いしれた。
「……一つ、お前たちに言っておきたいことがある」
懸念の顔から一転、彼女の顔が真剣なものへと変わった。空の目を真っ直ぐ見つめるも、その目には怒りのようなものが宿っていた。お前「たち」というからには、地球軍に宛てたメッセージなのだろうか。
「私はお前たちがこの戦いに参加する理由が気に食わない」
何を言われるのかと身構えていると、先に続いた予想外の言葉。彼女の目を見ると、本気でそう思っていることが感じ取れた。
「私たちは今日、明日の心配をしなければていけない環境下で生活をしている。それをお前たちは物資がないことや将来への不安で悩み、それを解決するためにこの戦いに参加した。自分たちで苦しめたその首を、我々を犠牲にすることで緩めようとしているんだ」
彼女は本気だ。その目、その声、その表情。どれをとっても真剣さを汲み取ることができる。それほどまでに彼女の掛ける思いは強く、彼女の抱く熱は高いのだ。
「そんな自分勝手なお前たちに私たちは負けない。負けたくない!」
やはり彼女は本気だ。心の底からそう思っている。それは空でも感じ取ることができるほどだった。
そんな表情から一転。彼女はふと我に返ったような顔をした。
「……すまない。失言だったな。言わずにいれなかったんだ。少なくとも今死力を尽くした相手に言うことではなかった」
その後、申し訳なさそうな表情を浮かべた。言わなくてもいいことまで言ってしまった、そういった顔だ。それでも言ってしまったのは、彼女にとってそれほど大切なことだったのだろう。
「余計な時間を取らせてしまったな」
今度はあまり申し訳を立てずに言うと、弓を持ち弦を引いた。そして、そこに矢をセットして照準を空に会わせた。
「最後に一つだけ言わせてくれ」
そう言う彼女の目は変わらず空を見つめ、反らさない。
「お前は私がこれまで戦ってきたどの男よりも強かった。誇っていい。そんなお前と戦えたことも、私の誇りだ。感謝する」
彼女は表情そのままに礼を言う。弦は引かれ、照準は変わらず空の方。とても礼を言う者の態度ではない。されど、彼女が心の底から言っているということは、言葉にこもった熱が伝えてくれた。
彼女の弦を引く指が強くなった。弓を強く握りしめ、より引ききって矢の位置を少し後ろにずらす。
そして、その時は訪れる。彼女が弦から指を離そうとしたその時、空は勢いよく彼女に突っ込んだ。
「なっ⁉」
再び彼女の驚く声。相手の勢いに思わず後ろに腰を引いてしまった。その反動で体勢を崩し、さらにその影響で弓矢の照準がずれた。その結果、矢は狙っていた心臓付近からずれてしまった。
彼女にとっては幸いなことに、そして、空にとっては不幸なことに矢はまたも同じ腕、別の箇所に当たってしまった。
矢の軌道を見て、彼女は喜んだ。安心した。運が重なって起こった出来事とは言え、催眠の矢が相手の腕に当たったのだ。何故相手が動けるようになったかは定かではないが、それでもこれでもう一度動けなくなることは明白だろう。一安心だ。
が、しかし、彼女の期待を裏切って、空の勢いは衰えない。体が止まる気配もない。唯一、当たった腕だけが活動を停止していたが、それ以外は健在である。空と彼女の距離は縮まるばかり。
彼女は目の前で起こる出来事に頭が追いつかず、戸惑うことしかできなかった。アスリートが予想外の出来事に対応できないのと同じ、彼女も体が硬直して咄嗟に動くことができなかったのだ。
一方の空は他の物には一切眼もくれず、一直線に彼女の下へと突っ込む。片腕は一切動かずにただ体に付着しているだけ。ぶらぶらと揺れる片腕を連れてその距離を縮めていった。
この時、空の心の中には未だ疑念すべき点が残っていた。ラキアの仲間を攻撃する、このことが空の頭からずっと離れない。説得されて一度は吹っ切れたものの、その懸念は完全には払拭されず、心の中の靄として残った。
しかし、その靄を払拭したのもまた、リギラの言葉。空はもう一度リギラに言われた言葉を思い出し、頭の中で反芻する。そして、覚悟を決めた。
残りの距離が数センチになっても、その速度を落とさない。むしろ助走したことにより勢いは増すばかり。悪魔のエネルギーを足に回して破壊的な踏み込みをすると、爆発するようなスピードが出る。空は彼女を攻撃する準備をする。
動く片腕を前に伸ばし、彼女のお腹に向かってその手を進める。勢いに乗せて無防備に空いた腹を張り手の要領で突っ張った。
「かッ、はッ」
その攻撃はまさに砲弾。瞬間的爆発力で叩き込まれた攻撃はそれを表現するのに相応しい。彼女の惑星で大砲という概念があるかどうかわからないが、彼女の頭の中ではそれと似た武器、攻撃を想像させたことは間違いないだろう。
激痛がお腹を走る。突き破られたのではないかと錯覚するほどの鋭い痛み。他の感覚が一切遮断され、痛みだけが敏感になっているような、そんな感覚さえ覚えるほどだ。繰り出された強烈な一手を前に、唾液と嗚咽しか出なかった。
痛みに抗う彼女に、張り手の攻撃はコンボを連ねる。空が受け持っていた勢いをそのまま彼女が引き継いだのだ。攻撃に込められた勢いをお腹だけで吸収することはできず、その勢いは後方へと身を飛ばすことで消化された。
相手との距離が再び広がる。空から受け継いだ勢いは全く変わらず、同じ速度で彼女も華奢な体躯を後方へと移動させる。止まらぬことを知らない勢いは体を壁にめり込ませるという代償を払って、やがてその暴走に終止符を落とした。
一瞬の出来事の間に彼女が負った傷は、腹部への打撲、背部を主とした複数骨折、そして吐血だった。彼女は壁から剥がれ落ち、誇り被った地面に倒れ込んだ。
「うっ、うぅ」
彼女の体はピクリとも動かない。無傷の喉で微かな声を発する。弱くか細い声だったが、その声は空を安心させるものだった。
拳を丸めて殴らなかったとはいえ、腹に打撃を入れた。自身の想定より勢いが余って、吹き飛ばしてしまった。結果、彼女は動かなくなってしまった。
空がエネルギー駆動率を見誤った理由は、エネルギー練磨にあった。メイが憑いたことで妖精のエネルギーを手に入れただけではなく、他の種族のエネルギーにも磨きが掛かったのだ。正しくはメイが空に憑いたことが直接関係しているわけではなく、メイとの戦いやその後に展開されたタスクによるA級悪魔との戦いが、エネルギーの扱い方を一段階成長させる糧となっていたのだ。
安心した空は足を動かしてゆっくりと彼女に近付く。
「くそっ!」
体を動かせない彼女は必死にもがく。もがくほど、全身に力を入れるほど傷に響き、激痛が走る。しかし、それでも足掻くことを止めない。相手がすぐそこまで迫っている。
こつこつとこちらに近付く足音を耳で捉えながら、焦り、急ぎ、もがく。さらに激痛が走る。それでも、止めない。
諦めない。諦めてたまるか。彼女は今出せる力を振り絞った。
「あああああぁぁぁぁぁ‼」
怒号が建物内に響き渡る。彼女を突き動かすものはいったいなんであるかは、本人しかわからない。それでもその本気は誰しもに伝わった。彼女の声は大気を震わせるほどの迫力があり、その振動が空の肌をも伝ったからだ。あるいはそれがなくとも、悟っただろう。少なくとも、空の中に居る種族たちはそれを理解していた。
空の周りを再び弓矢が囲む。彼女が出した全力の結果だ。誰しもが見て取れる最後の技。しかし、出された弓矢はボロボロでとても敵を倒せる代物ではない。弓矢にまで影響が出るほどに、彼女は満身創痍なのだ。
放たれた矢も、今まで以上に脆く弱く、簡単に振り落とせるものだった。一時の足止めにはなったがそれだけだ。足音は無常に近付いていく。
「くそ! くそ!」
彼女は未だもがいている。絶対に負けられないという意思を動かない体で体現している。そんな彼女のことを、空は突っ立って見ていた。うつ伏し倒れ込み、肩で息をする彼女のことを。
一人は伏し、一人は立っている。決着はとうについた。それでもなお、彼女は結果に抗おうとしているのだ。
「……無様と笑うか」
運命に抗おうとした女性が一人、息を切らしながら見下ろす男に問いかける。顔は伏して地面に這い蹲っても、覇気は衰えない。
「醜く這いつくばりながら、抗おうとする姿は滑稽か!」
彼女は怒りに任せて、言葉を空にぶつける。この時、傍観していた空はある感想を抱いた。
彼女は正気じゃない。
これまでの行動・言動から見て、彼女は聡明かつ冷静さを売りにした戦士だ。しかし、今の彼女はどうだ。とてもこれまでの彼女からは似ても似つかないほどに、怒りに呑まれている。いや、怒りとは別のもっと他のなにか。確かにそこに怒りもある。だが、本質は別のものだ。それがなんであるか、今の空には想像することさえできなかった。
が、彼女はヒントにも言葉を次の瞬間に述べるのだった。
「私は、私たちはこんなところで負けるわけにはいかないんだ! 今も他の惑星からの侵略に怯えて震える故郷の者たちのために! 我々の帰りを待つ仲間のために!」
迫力ある彼女の言葉は続く。
「もう二度と、あんな目には合わせない。もう、誰も傷つけさせない! 他の惑星の者など信用できない!」
唇を噛み、必死に強情に振舞う。泣きそうなのか、絶望をこらえているのか。彼女は決して表情を崩そうとはしなかった。
彼女の言葉を聞いて、ある確信を抱いた。彼女が強気でいる理由。怒りの仮面に隠した恐怖心。
過去に他の惑星に侵略されたのだ。その時のことなど、想像することなどできないが、彼女にとってはその出来事は凄惨で悲惨だった悲しいものだったのだろう。
そして、彼女たちが地球軍を憎む本当の理由は、今贅沢に生きる地球人のような存在に、蹂躙されたからだろう。その証拠に、先ほどは戦えて光栄だと賞賛した男を目で殺す勢いで睨みつけている。貶し蔑むような目で睨んでいる。決して、お前らなんぞには屈しないという目。かつて彼女たちを襲った者と重ねて見ている。そんな風に感じた。
「だから、こんなところで倒れるわけにはいかない! だというのに……」
目線を地球人から己の体に移した。横たわったまま動かない自分の体。なんど試しても動かない。それがなんとも歯がゆかった。
「動け! 動け‼ なんで動かないんだ‼ 敵が目の前に居ると言うのに、なんで私の体は言うことを聞かないんだ‼」
彼女は必死にもがく。けれど体は動く気配を見せない。
見かねた空は傍にしゃがみこんで、彼女の体に手を伸ばした。
「な、なにをするつもりだ!」
自身に伸びる手に気が付き、驚きと恐怖が混じった声が出る。
「や、やめろ。やめてくれ」
目頭が熱くなる。水滴が目に溜まる。仮面が剥がれ落ちて、恐怖の色が出始める。過去のトラウマというのは相当根深いものなのだろう。強情な顔は一瞬で絶望の顔へと変貌した。
「やめろぉぉーー‼」
彼女の切望する声が空しく響く。しかし、空の彼女へと伸びる手は進んでいった。
こちらに向かってくる手に思わず視界を塞いだ。そして静かに諦めた。
――あぁ、またか。
彼女は体の硬直を解いた。こうなってはもうどうしようもない。ただ流されるがままにされよう。そう思っていた。




