空VS弓使いの女兵士
空は長いアスファルトの上を走っていた。彼が走る理由は爆発音の下へと向かうため。さらに言えばラキアを救うため。空はまっすぐ、色のある道を走った。
「そういえば空、今がむしゃらに走っているけど具体的な場所ってわかるの?」
必死に足を動かしているリギラが問いかける。そんなリギラの言葉を聞いて、足は失速し、やがて止まった。
急に動きを止めたリギラは疑問がった。しかし、すぐに一つの結論にたどり着いた。根拠はないが、なぜか確信があった。
「……分からないんだね」
「……」
空は沈黙でそれを返した。いつも通り何も言わなかったのではない。いつもと異なり何も言えなかったのだ。恥ずかしさなどを感じることはないが、この場合どのように返答すれば良いかわからず黙ることしかできなかった。
「「……」」
リエガとギハンは絶句した。啞然とした。こいつ、今まで感で走っていたのかと呆れた。空ってこんなやつだったっけと驚いた。憑いた人間間違えたかなと嘆いた。
結果、絶句した。
そんな思いを向けられた空にメイが一言。
「迷子だ!」
そう、その言葉に尽きる。空は確かに音源には近づいているものの、間違いなく迷子だ。
空は方向音痴ではない。しかし、ここ最近はリギラに道を誘導されて自分の意思で歩いたことがなかったこと、加えて地球に似た惑星というだけで入り組んだ街を走り回ったことが災いして、今に至ったのだ。
ギハンが仕方なく助言をしようとした。その時、空は咄嗟に横へと飛びのいた。
「⁉」
空の不可解な行動にギハンたちは驚く。その理由は次の出来事を見てすぐに分かった。空が居た場所に矢が飛んできたのだ。
「なに⁉」
弓使いは驚きのあまり声を上げる。気配を殺し、機会を伺い、当たると思って射た矢が外れたのだ。彼の能力か、それとも野生の感のようなものでも働いたか。いずれにせよ、第一投を避けられた衝撃は、彼女の心に深く刺さった。
一方の空は、体勢を整えると矢の飛んできた方向に顔を向けた。そこに居たのは、他の三チームの中で最も戦いたくなかった相手。軍服姿の女兵士が屋根の上に立っていた。
同じセス軍でありながらも、その子を見ても感情の揺らぎはない。しかし、「同じセス軍」というだけで、攻撃を躊躇うものがあった。
(なんだあいつは! 後ろに目でも付いているのか⁉)
先に反応したのは女兵士。それも先ほどに続いた驚きの反応だった。女兵士は空を警戒してその場から動こうとしなかった。相手に場所や己の存在がばれた以上、迂闊に動くことは危険だと判断したのだ。
動かないのは空も同じ。この戦いに勝って彼女を救う。確かに先ほどはそう心掛けた。しかし、そのために彼女の仲間を傷つけて良いものなのだろうか。正当化しているだけで、間違った選択をしているのではないだろうか。
……彼女に嫌われないだろうか。
そんな葛藤が空の中で芽生える。そんな動かない空に天使は優しく声を掛けた。
「大丈夫だよ。空の決断は間違ってなんかいない。彼女を救うための行動が、彼女が空を責める理由になんてなるもんか! それに、なにも相手を傷つけるだけが勝つ方法じゃない。気絶させても、それはきっと勝ちになるはずだよ!」
リギラは優しく、そして元気に空を諭す。戦いの前の不安さはどこにもない。そこに居るのは、いつも励ましてくれる頼もしい相棒だった。
迷いを断ち切り軽く呼吸をする。拳を軽く握って、悪魔のエネルギーでガントレットを生成。そして、戦う覚悟を決めた。
最初の相手は、気になる人の仲間。それでも、彼女のために戦うと決めたのだ。
空の目つきが虚ろから戦う者の目に変わった。
戦う準備をする空の様子を見て、女兵士は我に返る。相手がこちらに視線を送っていることに気が付くと、すぐにその場を離脱した。
空も屋根までジャンプして、彼女を追いかける。
「いいですか、空。相手は見た通り遠距離を得意とする弓使いです。近接戦も得意かもしれませんが、なるべく近づいて戦いましょう。ただし、決して油断しないこと。いいですね?」
ギハンは最後に空に忠告する。
その言葉を耳に入れて、空は屋根上で彼女を追いかけた。
「くっ、やはり追いかけてくるか」
女兵士は逃げられないと悟ると、素早く空の方へ振り返って弓を引いた。しかし、その弓には矢が掛かっていない。空は迷うことなく突っ込んだ。
敵が突っ込んできても女兵士は動じない。次の瞬間、携えていた弓に矢が錬成されていき、セットされた。弦は引かれ、ターゲットは目の前。準備はすでに完了している。
空は矢の錬成を見て、即座に横に飛びのいた。その後すぐに、横から屋根が削れる音がした。矢が放たれたのだろう。横は見ずに前を向く。しかし、すでにそこには女兵士の姿はない。どこに行ったのか。
空は顔も目も動かすことなく、今度は前に飛んだ。後ろでまたも屋根が壊れる音。女兵士が頭上から攻撃してきたのだ。今度の攻撃は一発で終わらず、二発目、三発目と間髪入れずに空目掛けて放たれた。
何発かは避けた。しかし、これ以上は避けられないと、体の向きを飛んでくる方向に向けて、向かってくる矢を迎え撃った。皮膚に当たらないよう、装着したガントレットを上手く活用して、迫る矢を丁寧に捌いた。
「ちっ」
女兵士は相手の粘り強さに思わず舌打ちした。やはりこいつ、後ろに目があるんじゃないかと思わせるほど対応してくる。しかし、苛立たない。焦らない。慎重に次の攻撃へと移行する。
怒涛の攻撃に中々近づくことができない。相手がかなりの手練れである証明だ。しかし、リエガやギハンやメイほどじゃない。理不尽な相手でもない。空は好機を自ら作り出すため、再び相手に突っ込んだ。
それでも慌てない。心を乱さない。これまで、多くの敵を相手にしてきた。多くの獲物を狩ってきた。今回もそれと変わらない。相手がいつも以上に手強いだけ。やるべきことは変わらない。平常心を抱いて、女兵士は弦を引く。
しかし、あの矢がセットされていない。それでも気にする様子もなく女兵士は指を弦から離した。
何もセットされていない弓から放たれたのは小さい矢の雨。一本一本が小さく、当たってもあまり致命傷にはならなそうなほどだ。
そこに違和感がある。当たっても致命傷にならず、それどころか支障が出ないほどの攻撃。これは当てることで怪我を負わすよりもむしろ、当てることに特化している。
空は瞬時に次の行動を開始。死神のエネルギーで鎌を作り、前でプロペラのようにぶん回した。
「‼」
女兵士はまた驚く。空の対応の速さとその手数の多さ。ただただ驚くことしかできなかった。
空はできて当然と言わんばかりに、軽々その動作をこなす。とはいうものの、その動きができるのは日々の賜物だった。
メイが憑いたことによって空の動きの幅は格段に広くなり、その分エネルギーを扱う練度は高まっていった。決して攻撃を当てられない彼女が弱いわけではない。エネルギーを巧みに扱う空の進化がそれを上回っているのだ。
彼女の矢を全て振るい落とすと、相手の懐目掛けて飛び込んだ。
「くそっ!」
普通の矢もダメ。工夫を凝らした攻撃も効かない。相手は後ろに退くことしかできなかった。空はすぐさま追いかける。
その時、相手から目を反らさずバックステップで下がった女兵士は、後方の屋根が途切れていることに気が付かなかった。目の前の相手に注視するあまり、彼女は足を踏み外したのだ。
「しまッ」
不覚を取った彼女は驚きの声を上げる。ミスをしたのが心境に影響したのか、上ずった声。足から腰、やがて上体へ。彼女の姿が下方へと消えていく。空も彼女の後を追って、屋根から飛び降りた。
建物の隙間に姿を消した彼女の姿が再び見える。それと同時に地面も視界に映り込む。
そして、彼女の術中にはまったと気が付く。
落下した先、そのポイントに照準を合わされた無人の弓矢があちこちにセットされていたのだ。彼女が足を滑らせて落下したように見せたのもわざとだった。声が上ずった理由もそこにあった。相手を誘導するための演技。策略にはめるための猿芝居。
彼女の顔に不敵な笑みが浮かんだのが何よりの証拠だった。
「これで終わりだ‼」
彼女は掛け声とともに自身の弦を引く。すると、セットされていた弓矢の弦も勝手に引かれる。彼女が矢をセットすると、他の弓矢にも勝手にセットされた。
そして、彼女が指を離すと矢が放たれ、他の弓からも矢が放たれた。
「いくら貴様の反応が速かろうと、一度に攻撃されれば防ぐことなどできないだろう! それでも凌ぐことができると言うのならばやってみろ!」
フラグのような言葉を吐き捨てる女兵士。空の戦闘センスに対する賛辞、罠が上手くいったことによる達成感、そしてこれまで出会ったことのない強き者と戦っているという高揚。彼女はテンションが上がっていた。
四方八方を矢で囲まれてしまった空。しかし、その表情はいつものように揺らがない。慌てず、冷静に、淡々と、何事もないかのように体を動かす。両手を広げて、掌を外へ。そのまま天使のエネルギーを体外へと放出した。そして、自身を囲むような形で白い盾をいくつも展開してみせた。
「なっ⁉」
驚く女兵士。その盾が出された瞬間、彼女は理解したのだ。上手くいくはずだったこの作戦が失敗に終わると。相手目掛けて放たれた無数の矢が全て止められてしまうと。
彼女の予想通り、全ての矢は白い盾に弾かれてやがて地面へと落ちた。それと同じくらいに空と彼女も地面に着地し、相手を見つめ合った。
二人の目が合う。空は彼女の目がまだ死んでいないことに気が付いた。これまでの攻撃が捌かれようとも、策が通じずとも彼女は挫けていないのだ。
両者共に怪我などなく、心も折れていない。戦いはまだ始まったばかり。すぐに立ち上がって両者は武器を構える。一方は弓矢、一方は双剣。両者動かず、じっと隙を伺う。
そんな中、彼女の持つ弓に再び矢がセットされた。しかし彼女はすぐには放たない。見る見るうちに矢が大きく、太くなっていく。今度は威力で押し切ろうと言うのだ。
普通の矢では防御され、小さい矢では弾かれる。生半可な攻撃では通用しないと判断した結果だった。
空はじっと様子を伺う。彼女から目を反らさず、腰を低くし、じりじりと足を動かす。
両者は見つめ、動かない。しかし、このままでは進展がないことは両者百も承知。そう思い、先に仕掛けた一方。大きくなった矢を前方に向けて放ったのだった。
大きく太いだけでなく、速度も速い。しかし、これくらいならば避けることができるし、振るい落とすこともできると考え、空は矢に向かって突っ込んだ。しかし、空の予想に反して、矢は彼女の手元から離れた後も大きく速くなっていく。
狭い路地裏でこれを避けるには逃げ場がない。上空に逃げるか対処するかの二択。空の中では実質一択だった。上へと逃げることは彼女も想定している可能性があったからだ。むしろ、こちらを対処すべく待ち受けている可能性の方が高かった。つまりはもう一つの選択肢、矢の対処しか選ぶことができなかった。
空はその場で足を止め、仕方なく矢の対処を優先。前に手を掲げ、白い盾を展開した。
次の瞬間、放たれた矢が先ほどの矢とは違うことが証明された。これまで数多の攻撃を防いだ白い盾を、いとも簡単に貫いてみせたのだ。白い盾はあっけなく崩壊し、光の泡となって消えた。
すかさずもう片方の手も前に翳し、幾重にも盾を展開した。矢と空の間には一列に並んだ盾が。それでも矢は次々と白い盾を破壊していき、その勢いを落とすことはなかった。
空はその光景を気にすることなく次なる一手を出す。今度は体内エネルギーを手ではなく足へと回し、そのまま地面へと流し込んだ。さらに、何かを操作するかのように手を動かす。すると、近くの地面が動き始め、見る見ると形を変えていった。
地面は隆起し、空の目の前で軽い山を作って矢の前に立ち塞がった。流石にただの地面でできた山では矢を防ぐことはできないだろう。しかし、この山にはエネルギーが流れ、強化されている。それもただのエネルギーではない。「属性」に特化したスペシャルなエネルギーなのだ。
「いっけぇぇぇ‼」
エネルギーの本来の持ち主であるメイは大声で叫ぶ。叫ぶことによる効果などはないが、とにかく叫ぶ。空と自分の初めてのコンビネーション技、思わず肩に力が入ってしまったのかもしれない。山が硬くなるわけではない。エネルギーが洗練されるわけでもない。それでもメイは叫ばずにはいられなかった。
そんなメイの期待に応えた結果かどうかはわからないが、大きな矢は山を軽く削った後、その動きを止めた。そして、地面に落ちた。
相手の猛攻を凌いで空は一息つく。そんな暇を相手が与えてくれるはずなどなかった。彼女は空が一撃の対処をしている間に、次の手を打っていたのだ。
矢と空の間を山が隔てていたとき、彼女の姿も山の陰に隠れてしまったのだ。その間に彼女が講じた手は二つ。上空に矢を放つこと。壁に反射する矢を放つこと。
上空に射た矢は無数の矢に分裂し遥か高くまで飛んだ後、その矛先を上から下に変えて落下し始めた。続く第二の矢も彼女の弓から離れた後に分裂し、路地の両壁と隆起した山とにできた隙間を縫って進んでいく。上からは矢の雨、横からは反射する矢、空にまたも矢の大群が迫りくる。
先ほどのように盾で防ぐには、展開する時間も距離も足りない。空は後ろ目で窓を見つけた。彼女の姿が見えないのが気がかりだが、今は目の前の攻撃を凌ぐことが先決。矢から逃れるために、窓ガラスを割って屋内へと侵入した。




