思いの意図
空の中で変化が訪れている間にもそのチームは三十一人の下へと近付く。やがて、彼女らが話せる距離にまで近づくと、大勢の前でその足をピタリと止めた。
「私たちが最後か。すまない。待たせてしまったみたいだな」
空の葛藤や謎の声のことなどつゆ知らず、先頭に立つ例の女性は遅れての到着を謝罪した。オークの迫力ある声とは対照的に、透き通った声が辺りに響く。
「構わんよ。先もこ奴らに言ったんじゃが、皆ここに着いたばかりじゃ。それほど大した時間待ってはおらんよ」
「その通りだ、騎士殿よ。時間にしてほんの二、三分ほどの差。そこまで気にすることでもない」
「そうか。それを聞いて安心した。気遣い感謝する」
三人だけで話が進む。その三人が各チームの代表であることは誰が見ても明白だった。では、地球軍からの代表は誰か。そう問われれば答えはすぐに出る。今回戦いには参加せず、しかして催いには干渉する者、ゼウスだ。
「それじゃあ、全員揃ったことだし、早速ルール説明をしてもいいかな。それとも、挨拶する時間を設けようか?」
「いや、これ以上時間を取らせるのは気が引ける。構わず説明を始めてくれ」
「異議なし」
「こちらも同じじゃ」
代表者は、全員理解ある大人な対応を見せる。その言葉を聞いて、ゼウスは宙へと浮かび、全員が見える所で留まった。
「それじゃあ、これからルール説明を行うよ。しっかり聞いて、脳に刻み付けてね」
ゼウスの説明が始まろうとして、彼女との挨拶する場を失ってしまった。仕方なく、ゼウスの話に耳を傾けることにした。
……した? 自分の行動のようなことを、率先して行う。やはり、先ほどからなにかおかしい。
「今回行うのはチーム対抗のバトルロイヤル。最初は各チーム三人ずつ出し合って同じフィールドで戦ってもらうよ」
各惑星の者たちに向けて説明が始まり、その後もゼウスのルール説明は続いた。その詳細はこうだ。
・最初は各チーム三人ずつ、計十二人で戦う。最初の配置は、それぞれランダムに転送される。
・残りのメンバーは、控室で待機。中にあるモニターで戦闘状況を把握することも可能。ただし、映し出されるのは出場している自チームメンバーのみ。
・出場選手が致命傷を負ったり、動けない状況に陥ったら、控室に強制送還される。(なお、傷は送還時に回復される)
・強制送還で空いた枠に、新たに出場する選手を決定。このとき、控室に送還された選手を二度選ぶことはできない。新たに出場する選手もランダム転送。
・チームの残り人数が、現出場選手、残控え選手合わせて五人になった場合、控えの選手は強制出場。最大二十人での戦いとなる。
・残りの人数がゼロになった時点で、そのチームの敗北が確定。
・自チームの誰か一人でも勝ち抜ければ、そのチームの優勝。
ゼウスの話は長々と続いたが、要約するとこうだ。
相手チームを全員倒して生き残った者の勝ち。
途中、オークたちがモニターの話になったときに、ハテナマークを頭に浮かべていた。遠くのものを映すことのできる道具であると説明すると、大層驚いた様子を示していた。
「さて、大まかな説明は大体こんなところかな。今の話を聞いて、何か質問はあるかな」
今のうちに聞いておかなければ、また、さっきの二の舞になる。地球軍メンバーは誰しもがそう思った。しかし、今回のゼウスの説明は、質問する必要が無いほど丁寧で、穴を見つけることができなかった。
「なら、わしから一つ」
最初に言葉を発したのはあの老人だった。皆の注目が老人に向けられる。
「何かな?」
「強制送還や転送はどのようにして行われる? 特別な装置があるのか、それとも誰かの能力によるものなのか」
「僕が行う予定だけど、何か問題ある?」
「疑うわけではないんじゃが、お主は参加しないとは言っても地球とやらの惑星寄りじゃろう? そちらに肩入れするとも限らん、果たして信用してよいものだろうか」
「慎重なんだね」
「当然。わしらは惑星を代表してここに立っておる。危険な芽は摘んでおくに越したことはない」
老人の言及は尤もだ。いくらゼウスが中立な立ち位置に居るとは言え、その所属は地球であることは揺るがない事実。ゼウスが一方に有利に働かない確証はどこにもなく、おまけにこの戦いを成立させる上で、必要重要なことをゼウスが担っているのだ。別の惑星からの視点では、疑ってかかるべき問題点ではある。
オークチームと女性チームも老人の意見に賛同するように、納得の意志を示す。
「なるほど。じゃあこうしよう。送還・転送の過程で不備や不正が発覚した場合、ただちに僕と他のチームにも通達。それからその送還が正しく行われているかの判断を各自してもらう。全員の意見を受けて、もし、不正が行われているようだったら、こちらの代表メンバーから一人強制退場してもらう。ということでどうかな」
「……それなら構わんが、よろしいのか? こちらのデメリットがあまりに少ない。わざと虚偽報告をするやもしれんぞ」
老人は言い終えると、ちらりとオークと女性を見た。疑いの眼差しではないが、確証がないためのアイコンタクト。
オークと女性は老人の意図を察して、言葉を並べた。
「我々は戦士としての誇りを持っている。確かに、我が惑星は絶滅の危機に瀕してはいるが、それでも卑怯な手で勝ちを得るほど落ちぶれてはいない。そのような方法で得る勝ち方ならば、潔く滅びの道を辿る」
代表オークがそのようなことを口にすると、他のオークたちが雄叫びのような賛同の声を上げた。
「こちらも同じだ。我々は惑星の代表としてここに居る。そんなことで勝ちを持ち帰ったところで、故郷の皆は誰も喜ばんだろう。女王様にも顔向けできん」
代表女性もそのように話すと、今度は他の女性たちが自身が持っていた武器を地面に突きつけ、賛同の意を示した。
「君たちの言い分は分かった。それなら、万が一、虚偽の報告をして正当性が無いものだったならば、そのチームから一人強制退場させる、ということでどうかな」
ゼウスの提案に三者、同意する。それに連なって他のメンバーも納得した表情を浮かべた。
「なら、この話はここまでってことで。他に何か質問はあるかい」
ゼウスが再び質問を促すと、例の女性が手を上げる。ゼウスはそれを目配せで当てた。
「選手たちを転送させることといい、先ほどの報告の件といい、どうやってあなたに連絡すればいいんだ?」
「それなら控室にあるタブレット…… じゃ分からないか。操作端末があるからそれを使ってくれるといい。一応、使用説明書も置いてあるけど、使い方が分からないなら後で説明してあげるよ」
女性は話を聞き終えると、回答に満足して、それ以降は話さなかった。一方、オークたちは訳も分からぬ単語の羅列に、またも疑問を呈していた。ゼウスは埒が明かない、と後で控室にて説明することを約束していた。
ゼウスとオークのやり取りが一区切りつくと、十分情報を貰った彼女に対して、ゼウスは補足で説明を行う。
「ちなみに、そのタブレットには自分や相手のプロフィールなんかも掲載されているよ。流石に戦闘スタイルやどんな技を使うかまでは載せていないけど、戦う相手の名前くらいは知っておいた方がいいんじゃないかな」
プロフィール。その単語が空の中で引っ掛かった。もしかしたら、彼女のことを知ればこの心境の変化について知ることができるかもしれない。空は心の中でそう思った。
「他に質問がないなら、全員を各控室まで転送するよ。さっきの件も含めて、一度経験しておいた方が良いと思うからね」
「その前に一つ、よろしいかのう」
ゼウスが転送させようとした間近、老人がゼウスの動きを止める。言葉を発した老人は、ゼウスの方ではなく、女性とオークの方へと顔を向けた。
「「?」」
女性とオークは老人の行動の意図が分からず、疑問符を浮かべる。そんな二人に、老人は再び口を開いた。
「先ほどは疑うような真似をして、すまんかった」
老人は曲がった腰をさらに深く折り曲げて、頭を下げた。二人は老人の意図を察して、それぞれが口を開いた。
「気にするな、ご老体。お主のあの発言に懐疑の意図がないことは分かっていた。そう、思い悩むことはない」
「その通りだ。私も同じ立場なら同様のことをしただろう。それに、あなたの公平性を保とうとするその姿勢は、褒められるべきことだ。そこに賞賛されるいわれはあれど、非難される理由などどこにもありはしない」
二人の気遣いが、老人の重荷を軽くする。
「そうか。ありがとう」
老人は軽くお礼を言って、わだかまりを無くした。二人はそのお礼を笑顔で受け取った。
「さて。話が付いたところで、そろそろ転送してもいいかな」
三人の話が終えるのを見計らって、ゼウスは声を掛ける。ゼウスが転送をしようとした直前、今度は女性が声を掛けた。
「最後に聞きたいのだが、最初の選手を決めたらすぐに戦いは始まるのだろうか」
「そうだね。全員の出場選手が登録された時点で始めようと思ってるよ。だから、選手を決める前に作戦会議をしておいてね。ただ、長引かせるのもなんだから選手登録は三十分の時間制限を設けさせてもらうよ」
「登録に間に合わなければどうなる」
「その時は僕が適当に転送させるよ」
「なるほど。承知した」
女性が最後の一言を終えたところで、ゼウスは指を鳴らす。その後、視界が再び白く染め上げられていく。体の方も同じかと思いきや先ほど白く見えた光は黄金色に輝いていた。視界が色付いた結果、先ほどまで錯覚していた白の光もくっきり見えるようになったのだ。眩しさに再び目を閉じる。転送前に最後に見えたものは、同じく眩しさで目を瞑る彼女の姿だった。
そんな彼女の姿を細目で捉えて、空は瞼を閉じた。
目を開けると、再び白い部屋。同じ家具が同じ位置に置かれていたが、さっきと異なるものはやはり、色。その部屋が白黒のモノトーンカラーであることは変わりないが、鮮やかさが違った。濃淡がはっきりと出て、白と黒の「色」があることを認識できる。空は色を識別できるようになっていた。
色が見えるようになり、喜ぶでもなく、空は黙って考え込んでいた。他でもない彼女のことを。空の心残りは彼女と会話することができなかったことくらいだ。今、空は久方ぶりに自分で考えるという、ごく当たり前のことをやっているのだ。
空の思考が彼女のことで埋め尽くされていると、空を呼びかける声が頭に響く。
「ねぇ、空。さっき、ちょっとだけど喋ったよね?」
声を掛けたのはリギラだ。リギラは警戒している声質だった。
それもそのはず、これまで共に行動してきた空の突飛な言動。確かに、これまでもゼウスに急に攻撃を仕掛けるなどの不可解な行動はあった。
しかし、今回の「それ」は、明らかに空のこれまでのものとは違った。急な空の発声。たったそれだけのことだが、リギラの目にその行動は異質に見えた。
また、他の誰よりも長く共にしてきたせいか、空に間違いなく変化が起きていることにも気が付いていた。それを確認するための声掛けであり、警戒であった。
「今までボクが話しかけたりしても話さなかったのに、急に喋り出したのはなぜ?」
「……分からない」
「‼」
ギハンとリエガは驚いた。空から放たれたたった五文字の言葉。しかし、その言葉が空から出たというだけで驚くべきことへと変貌する。加えて、リギラの言葉にも反応したのだ。今までどれだけ声を掛けても反応しなかったあの空が反応した。二体にとってはそれだけのことが一大事だった。メイはただ空が反応することを喜んでいた。
「そっか」
リギラは驚くことなく、静かに空に返事をした。
「ただ」
「ただ?」
「彼女を見た途端に頭がすっきりするような感覚を経験した。なんでこうなったか、もしかしたら彼女が原因を知っているかもしれない」
「彼女?」
空はリギラに彼女を見た時のことを詳しく説明した。彼女を見た瞬間、思考がクリアになったこと、動悸が早くなったこと、灰色の視界が色づいたこと。リギラ含む、他の種族も空の話に耳を傾けていた。
(色恋じゃねーか!)
(彼女を見ただけでそんなことが起こり得るでしょうか? 彼女の能力? それとも何か空がこうなるトリガーを引いたのでしょうか?)
(空ってこんな声をしてたんだ~)
それぞれが思い思いの感想を抱く中、リギラは静かに空の話を聞いた。
「彼女を見た時にそんなことが起きてたんだね。それで、その変化で何か変わった? あ、これだと質問がおかしいか。えーと、こういう時、なんて言えばいいんだろう?」
リギラが慌てふためく様は、いつものリギラの心情を表しているようだった。驚きはしているものの、我を忘れるほどでもない。
しかし、空はそんなリギラに対して、今度は反応を示さない。無反応な空を見て、リギラは落ち着いた表情をしてみせた。
「良かった。多少の変化はあっても、空は空なんだね」
リギラは柔らかなトーンで声を発した。しかし、すぐに明るく元気な口調に戻った。
「けど、空の口を開いたのがボクじゃなくて彼女だったことは嫉妬しちゃうな。できることなら、ボクが空から声を出させたかったよ」
リギラは悔しそうな表現をするが、その声質からは全くそんな風を思わせなかった。
リギラと空が初めての会話をしていると、ムズムズしていたメイが我慢できずに割り込んだ。さらにそれに続いてギハンが、さらにさらにリエガが、と会話に混ざっていき、気づけば、いつもの賑やかな空気になっていた。ただ、いつもと違って、空が時々会話に混ざっていた。




