芽生え、あるいは気付き
空はいつものように無気力に、無心に、空虚に、他人事のように事の顛末を眺めていた。これまでもこれからも灰色の世界を眺めるはずだった。リギラと出会った時も、リエガやギハン、メイが憑いた時も、ゼウスに頼まれ事をされた時も、他の惑星に来た時も、オークのような宇宙人を目の当たりにした時でさえ、その心が揺れ動くことはなかった。
空は老人率いるチーム、オークのチームと同じように、彼女たちがこちらに近付く過程を眺めていた。距離でぼやけていた輪郭が、はっきりと映し出されていく。その度に鼓動が早くなっていることに気が付いた。しかし、それも誰かの物であるという認識のせいで気にも留めない。そんな空の心境の揺らぎなどお構いなしに、女性陣チームはこちらへの距離を縮めていった。
紫の瞳を認識できる距離まで彼女たちが近づき、空と彼女は目が合った。
その時、確かな変化を空は感じた。中学の出来事を境に灰色しか映し出さなかった瞳に、色が芽生えた。今まで灰色だった世界が、突然色づき始めたのだ。色めく世界に暖かな日差し。廃墟な惑星も美しく映る。眼前に花畑が広がり彼女と自分だけがそこに居る錯覚さえ覚えた。風が吹いて花びらが舞う。暖かな風は空へと吹いて、胸に風穴を開けた。
これはなんだ。訳が分からない。なぜ急にこんな。彩鮮やかな世界が映し出された。温かさも感じる。彼女のせいか。彼女の仕業か。
そんな思考も空の物ではない。
――そう思っていたはずなのに。
空の中で葛藤が生まれる。今起きていることはただの勘違いだ。錯覚だ。まやかしだ。間違いだ。
そう結論付けても、彼女に手を伸ばし、声を出さずにはいられなかった。
「――ぁ」
「「「「!」」」」
喉から声が出る。しかし、言葉が出てこない。緊張のせいか? それとも、久しぶりに喉を使ったからか? 声だけでなく、体もこれ以上動かすことができなかった。
ゆっくりとゾンビのような動きをする空を見て、リギラたちは驚く。空と過ごしてきた中で、一度も声を聞いたことがなかったリギラたち。いくら声を掛けようが、いくら弄ろうが、いくら会話に混ぜようとしようが、一言も話そうとしなかった空。そんな空が、この時、この場で、声を発したのだ。
その感情は、初めて話す赤子を見守る感覚のようなものでもなく、自分たちでその口を開くことのできなかった嫉妬心ですらない。ただただ驚きだけが勝った。
(空が声を……⁉ 今まで話さなかったのに、なぜ今になって……⁉)
(こいつ、今、喋ったのか⁉ どういうことだ⁉)
「空、今喋ったよね! ね⁉ ね⁉ なんで今まで話さなかったの?」
それぞれ、思い思いの感想を抱く三者。
「……」
しかし、この場で最も反応を示すことが予想されたリギラは、何も言わず空の様子を伺っていた。
「――gaぅ――」
空の頭に聞き覚えのない声が響いた。その声はリギラのものでも、リエガのものでも、ギハンのものでも、メイのものでもない。誰が発したか分からぬ声。空は確かにその声を知覚した。しかし、空の興味は聞き覚えの無い奇妙な謎の声よりも、彼女の方に向いていた。
一方、リギラたちがその声に反応することはなかった。ただ反応しなかったわけではない。その声はリギラたちには届かず、空にのみ聞こえたものだったのだ。
今にも消え入りそうな微かな声は、誰にも反応されることなく、話題に出てくることもなく、その場での役割を終えた。




